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悪の組織の求人広告  作者: Q7/喜友名トト
社内闘争編~マルーン5~
40/106

本当の悪は

※※

 

 男は、地下にある専用の個室を出て、歩きながら考えていた。


 計画は失敗だった。

 まさかあの島の連中がマルーン5を退けるとは思っていなかった。


 コンペのため、という名目を隠れ蓑に開発室を移設させた。絶対の光学迷彩を根拠に戦力も最低限しかさいていなかった。


 それもこれも、開発室を、煉獄島を潰してもらうためだ。


 アニス・ジャイルズが死んでしまうのは痛いが、この計画が上手くいったときのことを考えれば仕方ない。どのみちクリムゾンはいつか潰すつもりなのだから。


 コンペの案には目を通してはいる。一課の案『シュヴァリエ』は改造に時間がかかり、二課の案『スピリチアル・シルエット』は初期戦闘能力が低い。とてもロックスと戦えるレベルではない。


 はずだった。


 男は、通路を歩きゲートをくぐり、エレベーターに向かった。


 なのに、連中はマルーン5を撃退した。現場の対応ということで折衷案を取り、また指揮官の奮闘もあったということらしい。


 どういうことだ。あの池野という者と小森という者は反目しあっていたのではないのか。


 しかも、上がってきた報告書によると、コンペの勝者は一課、つまり池野ということになっている。小森が譲った形ということだろうか。何故? あの男は私にすら従わなかったのに?


 エレベーターが到着した。一度地上に上がるつもりだった。


 まあいい。仕方がない。別に失敗したからといって、自分の身に危険があるわけでもない。ただ、すこし計画が遅れるだけのことだ。私の能力ならば、かならずまた機会はある。いや、作る。


 そう思いなおし、男は、プロフェッサーHはエレベーターに入った。


 そのときだった。


 「こんにちは。プロフェッサーH」


 驚愕した。さきほどから考えていたこと、つまり計画の失敗の要因たる者、小森 寧人がそこにいた。


 プロフェッサーHは元来技術者であり、科学者だ。悪の組織の幹部とはいえ、体術などの特殊技能はない。だから、エレベーターの扉の陰に潜んでいた小森寧人に気付かなかった。


 「き、君は……なぜ…ここに…?」


 「いえ、すこし貴方に話がありまして」


 エレベーター内は密室だ。そしてドア開閉や階指定のボタン前に寧人がいる。自分が殺そうとして失敗し、そして今では改造人間になっている男だ。

 

 前にあったときとは違う。冷酷で残忍、暖かさなどかけらもない悪人の姿がそこにはあった。


 これが、こいつの本当の顔なのか。

 

 プロフェッサーHはぞっとした自分に気付いた。


 「話……ですか? 小森くん、私は、せ、専務ですよ。面会なら所定の手続きを……」


 おびえる必要はない。私が開発室を潰そうとした証拠などあるはずがないのだから。


 「すぐに済みますよ。それに、貴方にとっても悪い話じゃないと思います」


 小森は『閉』のボタンを押し続けている。エレベーターは閉まったが、階を指定していないために、動き出しはしない。


 「手短に、お願いしますよ」


 こんな小僧に、弱みをみせるわけにはいかない。私は、数々の怪物を生み出したプロフェッサーHなのだ。


 プロフェッサーHは寧人を睨みつけた。


 だが、寧人は平然としたままドアのほうを向き、無視した。そして言った。

 

 「開発室の場所をリークしたのは、あなたですね?」


 今、こいつは何を言った?


 「…バカなことを……私が何故そんなことを? あまりに無礼な発言には厳罰を与えることもできるのですよ?」


 焦るな。怯むな。おびえてはいけない。目の前にいるただの小男のはずの寧人が、どれほど恐ろしい怪物に見えたとしても。

 

 錯覚だ。小僧の背後に黒い獰猛ななにかが見えるのは、錯覚だ。そうに決まっている。


 「何故そんなことを? ですか。この件で得をするのは貴方だけだからですよ」


 小森は冷たい声で続けた。



 「……意味がわかりませんね」


 「そうですか? 説明しましょうか。プロフェッサーH、あなたは本当に優秀な科学者ですよね」


 小森はさらに続ける。穏やかで、しかし圧力を感じさせる言葉の流れだった。

 

 開発室にはプロフェッサーHが、つまりこの自分が残した膨大なデータと設備がある。改造人間の生産や武装には、それは絶対に欠かせないものだ。


 この身は第一線を退いた開発者だが、いまだ私に及ぶレベルの技術や知識を持つものはいない。だから私が退いたあと、改造人間をはじめとするメタリカの戦力は頭打ちになっていた。当然だ。どいつもこいつも無能で、私の残した知識と技術の遺産に頼っているからだ。


 例のコンペもその状況を打破するための苦肉の策として行われていた。メタリカのこれまで積み重ねてきた怪人・兵器製造のためのすべてのデータと資源を煉獄島に移して。


 「そんな状況のなか、開発室が潰されたらどうなるでしょうね?」


 「そ、それは……」


 わかりますよね? そう言って小森は笑う。それは嘲笑に見えた。


 プロフェッサーHの残した物はすべて失われる。頼みに綱だったコンペ参加者も皆殺し。それが答えだ。


 「なぜ私がそんなことをする必要がある!? 私はメタリカの副社長ですよ…!」


 プロフェッサーHは声を張った。ここで飲まれるわけにはいかなかった。


 「それが嫌になったんでしょう? いつまでも『副』でいるのが、それにラーズ将軍と対等でいるのが。貴重な開発室が失われるのは、メタリカにとって重大な危機です。そしてその危機を救えるのは…」


 小森はドアのほうを向いていた顔をプロフェッサーHに向け、告げた。


 「貴方だけです」


 「!……」


 「貴方なら、開発室のすべてが失われてしまっても、取り戻すことができる。メタリカの改造人間のデータが残っているのは、開発室のほかにもう1つあるから。天才の頭脳の内に」


 言い返すことが、出来ない。それは論理的な問題ではなく、この男がさっきからはなっている凄まじいまでの悪意のためだ。ラーズと同等、いや種類は違うがそれ以上だ。


 「そうやってメタリカを立て直した貴方は、間違いなく今の地位より上に行くでしょうね。他の人が力を失うのですから。首領の座でも狙っていたのですか? それともラーズ将軍より上に行きたかっただけですか?」


 この男はなんだ。なんなのだ。


 自分が前に見たときとは、明らかに違う。噂は聞いていた、報告書も読んでいた。だが目の当たりにしてはじめてわかる。こいつは異質だ。


 だめだ。だが認めるわけにはいかない。


 「……なるほど。仮説としては面白いですね。ですが、それは空想ですよ。決定的な証拠でもあるのですか?」


 あるはずがない。この男がどれだけ悪かろうと、その一点で負けるはずがない。



 「決定的証拠? そんなものはありませんよ。見つけるつもりもない。『俺は』ね」


 だが小森は平然としていた。


 「大事なのは、そういう仮説が成り立つということです。そしてもう1つ、俺はあのとき、マルーン5から聞き出しましてね。煉獄島の場所はガーディアンの技術部門の重鎮から聞いたそうです。そしてその重鎮の人間は『メタリカからリークがあった』と述べた。勿論録音してありますし、証人もいます。俺が言えば証言してくれますよ」


 その通りだった。ガーディアンの技術部門にはつながりのある人間がいる。まだ、まっとうな科学者だった時代の知人だ。もちろん道が分かたれ、お互いに悪と正義の要職についてからは接点はなかった。今回の件までは、だ。


 だが、自分が彼に情報をもらしたという証拠など、そうそう見つかるはずがない。少なくとも、たかだか課長程度の男には無理だ。


 「それがどうかしたのですか? 私が裏切り者だという明確な根拠にするには薄すぎると思いますがね」


 「証拠を見つけるのは俺じゃありませんよ。今話したことをラーズ将軍に伝えたらどうでしょうね?」


 「……なにを」


 「きっと喜んであなたを追い詰めますよ。決定的ではなくても、調べる価値のある情報ですから。派閥争いをしているくらいですし。それにメタリカの専務の力だ。手段も資金も戦力も惜しまず、ありとあらゆる手段で必ずあなたを追い詰めます。どうですか? 自信ありますか? それでも絶対に尻尾を捕まれない自信は」


 プロフェッサーHは答えられなかった。その可能性は十分にある。島ごと全て葬るつもりだった。しかし島は残り、証言を持った生き残りがいる。他は? 本当に隠蔽は十分と言えるだろうか? いや下手をしたらラーズは証拠を捏造してでも私を追い込むかもしれない。


 


 「そして背信行為が証明されれば、どうなるかわかりますか? メタリカでは裏切りは許されない。死んだほうがマシだという目に合わされるのは間違いない。さてわかりますか? 俺がラーズ将軍に話せば、貴方は終わりです」



 「馬鹿な!! 私はプロフェッサーHだぞ!! そんなことがあるわけがない!! 私なくしてメタリカの台頭はありえなかった!! それにこれからも…!!」


 プロフェッサーHは口に出しかけて、気付いた。


 「いいえ。そんなことはありませんよ。あなたの功績はすばらしい。ですが、あなたはもう何年も改造人間を作っていない。権力争いに終始していてね。だから開発室の発展は止まった。でもそれでもメタリカは現状を維持してきた。そして」


 コンペは成功した。もう、自分がいなくてもメタリカの改造人間は次の段階に進む。


 愕然とした。


 「わかりましたか? もうあなたは必要ない」



 「お、お前は…!! 証拠もなく、憶測だけで、私を脅すつもりか!?」


 とんでもない話だ。小森の仮説は正解だが、違う可能性もあるのだ。にも関わらず、人に死より恐ろしい条件での脅しをかけるなど正気の沙汰ではない。


 「ええ。脅しています」


 だが小森はほんの少しも悪びれていない。


 「はっきり言えば、俺は貴方が本当に裏切り者じゃなくても別にかまわないんですよ。どっちにしろ同じように脅します。俺は目的のためには手段を選ばない。たとえ無実の人間が八つ裂きにされても知ったことじゃない。俺の道のために役にたってもらいます。まぁ、俺は貴方が裏切り者だと確信していますけど」



 恐ろしい。こいつは間違いなくそうする。非道なことなどためらいもしない。むしろ今の状況を喜んでいる。

 なんだこいつは、あの弱気な顔はなんだったのだ。

 

 どうすればいい。いっそこいつを殺してしまえばいいのではないのか。改造人間だとしても、自分には派閥に加わる多くの者がいる。私兵となる改造人間だっている。


 「言っておきますけど、俺が死ねばあるルートから同じ情報がラーズ将軍に伝わります。俺が作戦中に死んだり、事故や病気で死んでも一緒です。せいぜい俺の健康を祈るといいですよ」



 不可能なようだった。こいつは悪だ。同族の思考パターンは読んでいる。ということだろうか。


 もはや、逃げられそうにもなかった。プロフェッサーHはしばらくの沈黙のあと口を開く。


 「………なにが、望みなのですか?」


 「簡単ですよ。あなたが行動する上で俺の利益を考えてくれるだけでいい。それだけで俺は貴方に便宜を図ることができる。そのまま副社長でいてもらって結構ですよ」


 あのとき、プロフェッサーHが言った言葉だった。ひどく黒い声だった。


 「とりあえず、俺を疎ましく思っている社内の連中を全部抑えてもらいましょうか。できるんだよな? 派閥に加われと言ったあのときにお前はそういった。メタリカの幹部にして一つ派閥の長なんだ、当然出来るよな? そのくらい」



 「……可能では、あるでしょう」


 出来る。それは出来る。下の者を押さえつけるなどわけはない。これがこいつのやり方か、

 自分の傘下に入るどころか、傘の上から下を押さえつけるつもりなのか。


 

 「それはよかった。あとはそうだな、人事に口出ししてもらいたい」


 「人事……ですか? あなたに出世欲があったとは意外ですね…。コンペの成功を譲らなければ部長になれたはずですが…」



 プロフェッサーHはひとまず安心した。人事程度のことならなんとかなる。



 「部長? 冗談じゃないですよ。取締役に入れろといってるんだよ。俺は」


 「なっ…!?」


 「さらに言えば、クリムゾンとの交流人事は続いている。俺を次に出向させてもらおうか。メタリカの取締役だ。副社長くらいの待遇にはなるよな?」


 小森の口調は荒いものに変わっていた。折れる兆しをみせた自分にはもう容赦はしないということだろうか。だが、言っていることはむちゃくちゃだった。


 「なんのためにそんなことを…」


 「お前ごときに話すつもりはない。そしてこの条件はあくまで暫定だ。お前はその地位にいさせてやる。だが俺の犬になれ。世界一権力のある飼い犬にな」

 

 もはや小森は自分を虫程度にしか思っていない。それがわかる視線と口調だった。


 許せなかった。この私を、そんな目でみて、命令するだと?


 ふざけるな



 「そ、そんなこと、できるわけがない…調子に乗るな!! 小森ィ!!」


 「へぇ。そうかい。俺は別にかまわないぜ。ただバラすだけだ。痛くもかゆくもない。お前は間違いなく八つ裂きにされて死ぬけどな」


 気勢をはったプロフェッサーだったが、小森は眉一つ動かさなかった。


 そして、エレベーターのボタンを操作しだした。閉ボタンを離し、地上一階、ロビーを押したようだった。


 「受け付け時間はこのエレベーターが到着するまでだ。よく考えるんだな。ヘッドフィールド」


 「……!」


 エレベーターはどんどん上がっていく。数秒程度で到着だろう。



 「待ちなさい…小森くん。冷静になりなさい……!!」


 「俺は冷静だよ。お前のほうこそすこし落ち着いたらどうだ」


 どうするどうするどうすればいい

 この男に従わなければ、私は死ぬのか?

 もう地下12階だ。


 「待て、待てと言ってるんだ…!!」

 

 「嫌だね。お前は科学者として一流でも、悪党としては二流なんだよ、小悪党だ。身の程を知らないから、そうなる」


 地下5階。ダメだ。もう考えてる暇はない。だがこの男の下につくのは嫌だ。

 見た目上立場は変わらなくても、屈服するのはごめんだ。だが。



 「冗談ですよ。プロフェッサーH。人事の件と他の人を抑えてくれるだけで結構です。まあ背信を認めてくだされば」


 ふいに、小森が笑った。優しげな笑顔だった。


 救いだった。ぎりぎりの状況。もう、選択肢は残されていなかった。



 「……わかりました…!」


 プロフェッサーHは膝から崩れおち、ひざまずくような格好で答えた。体の力が抜けていた。


 チン、という音がなった。一階についたらしい。


 「……どうも。では、生かしといてあげますよ。ヘッドフィールド」


 小森はプロフェッサーHに一瞥もくれず、エレベーターを出て行く。


 悠然と歩く後ろ姿、座り込んでそれを眺める自分。


 「…あ、…あぁ……」


 認めてしまった。苛烈な攻めから一転した甘言に乗せられ、精神的に敗北してしまった。


 この私が、プロフェッサーHが。稀代の天才にして数多の怪物の創造主であるこの私が。


 ラーズが気に入らなかった。もっと上に立ちたかった。最強の力をもち、すべてを思うようにしたかった。だから策を討った。悪人らしい卑劣な策を。だがそれはやぶられた。そしてそのためにさらに強い悪によって追い詰められ、絶望に落とされた。


 

 プロフェッサーHははいつくばったまま、小森の後ろ姿を見た。恐ろしかった。


 小森は立ち止まり、振り返らずに言葉をかけてくる。


 「プロフェッサーH、あなたはさぞかしラーズ将軍とは気があわないでしょうね。わかりますよ。俺も嫌いなヤツ、いますから。……ですが」


 小森は続ける。淡々と、しかし確実に、言葉を告げた


 「本当の悪は、好き嫌いでは、動かない」


 そういって立ち去る小森の姿。それはこれまで自分が生み出したどんな怪物よりも、もっと、ずっと、恐ろしいものに見えた。その背中には悪魔が宿っていた。


社内編終わりです


次は

米国進出編~スリップノット/ソニックユース~


です。




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