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悪の組織の求人広告  作者: Q7/喜友名トト
新入社員立志編~ディラン~
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ちょっとお前ら、殴らせろ

 入社式の翌日。寧人は案内を受けたとおり、庶務課なる部署に出向いた。

 より正確に言うと、全国各地にある庶務課のなかの一支店といったところだ。郊外の倉庫が乱立するエリアにあったそこは、一件すると町工場のような雰囲気である。


 だんだんわかってきたのだが、悪の組織であるメタリカは施設やら人員に表向きの肩書きを与えているようだった。


 職場の人員は10名。一番上の人で主任という肩書きらしい。メンバーはいずれも作業服のようなものを着ており、仕事をしているようには見えなかった。


 「本日からお世話になります。小森です。よろしくお願いします!」


 寧人としてはかなり頑張って自己紹介をしたのだが、反応としては、微妙だった。あー、はいはいそうですか、そんな雰囲気だった。


 「小森君は、本社採用なのに一般職という非常に珍しい経歴です。えっと、どうしようかな…」

 そんな空気の中、主任が周囲を見渡し、メンバーの一員らしき太った若い男に声をかける

 「おーい。重田くん。君、小森くんの面倒みて上げて」


 重田、と呼ばれた男は面倒くさそうに舌打ちし、立ち上がる

 「え? 俺っすかー。…ちっ、わかりましたー。おい新人。こい」


 重田はタバコを吹かし、だるそうに寧人を呼ぶ。


 なんだこの人は、すげーメタボだけどこれで戦闘員が務まるのか。ってか普通に職場でタバコすってるけどこれはいいのか。


 寧人の脳裏には最近話題の単語が駆け巡っていた。


 ブラック企業。


 そういえば庶務課はみんな一般職だそうだ。賃金も低い上に危険で、そもそも悪の組織、使い捨ての兵隊。そんなところの職場環境がいいはずがない。モラルなどあるのか。

 学生時代はチンピラでヤクザやらヒモにもなれないからもうメタリカにでも入るか、みたいな連中じゃないのか。

 

 真紀や池野みたいな総合職は違う。巨大な力をもち、世界中で暗躍するメタリカ。その運営を担うエリートなのだ。一般人である寧人は知らなかったが、どうも各分野のトップレベルではメタリカという団体があり、普通に企業体として存在していることは周知の事実のようだ。世界レベルに影響力がある大企業。業務内容は特殊だが、トップレベルの人材が集まるのもまあ納得できる。


 それにしても…差がありすぎだろう。


 「おい新入り! てめ何ぼーっとしてんだよ」

 デブの罵声が飛ぶ。


 「は、はい! すみません!」


 「お前、銃とか使える?」

 「え? いや使えませんけど」

 「んじゃ、何か格闘技でもやってたのかよ?」

 「いや…別に」

 「爆弾とかつくれんの?」

 「…」


 一連の会話のあと重田はボリボリと頭をかきつつ呟いた

 

 「…まじ使えねぇ…」

 「えっ」

 

 なんてアンビリーバボーな職場だ。寧人はまだなにも働いていないが、すでに帰りたい気持ちでいっぱいだった。


 「いいか? 明日までになんか出来るようにしとけよ。俺は忙しいから勝手に練習しとけ。銃以外の武器はそこのロッカーに入ってるからよ。爆薬と銃は持ち出すときには申請書いるぞ」


 根元近くまで吸ったタバコをもみ消した重田は、スポーツ新聞を広げ、もう話は終わりだ。と態度で主張した。

 愕然としたが、勿論逆らうことなどできない。寧人はもそもそとロッカーをあけ、言うとおりにしてみることにした。


 それから数時間がたったが、その間、重田が寧人に話しかけたのは「ジュース買ってこい」だけだった。


 しばらくして就業時間がくるやいないや。重田は携帯電話を取り出す。


 「おう。今終わったわ? え? マジで? マージで? 相手何人? いいじゃん。

  うひゃひゃ。マジいいわー。おっけー駅前の居酒屋な。んじゃあとで」


 「あの…重田さん…」


 「お疲れしたー」


 重田は平然と帰っていった。

 マジかよ…あのデブ…帰りやがった。こんなんでどうしろってんだよ。ブラックにもほどがあんだろ。

 途方にくれる以外、ニートにできることはなかった。


 同じような状況は翌日以降も続いた。3日目には重田が思い出したように提案してくる。

 「そういやお前少しは使えるようになったか? 来週には俺と模擬戦な」


 「は?」


 突如、衝撃的な発言だった。なんだそれは。模擬戦ってなんだ。

 「模擬戦…ってなんですか?」

 「はぁ? 言ってただろ? 庶務課の新入りはやることになってんだよ。これでダメダメだったらクビな。俺はもう帰るけど、掃除して帰れよ」


 寧人は目の前が真っ暗になるようだった。まあルールはわかる。そういう決まりがあるのも無理はないだろう。なにせ庶務課はいわば末端の実働部隊だ。使い物にならなきゃどうしようもない。そんな状態で実戦にでたら死にかねない。いわば試用期間の最終試験みたいなもんなんだろう。


 それはわかる。が。

 どうしろというのだ。俺は入社してからジュース買いに行くのと、掃除以外してない。

 重田はああみえてもメタリカの庶務課で2年働いてる男だ。チンピラあがりの人だったとしてもその戦闘能力は少なくとも寧人よりは上だろう。


 と、いうよりも。重田はそれをみこして何も訓練をしてくれなかったのかもしれない。


 ヤバイ。やばすぎる。このままじゃあボコボコにされて大怪我したあげく会社はクビだ。


 「…終わったかもしれん」

 取り残された寧人は、そう呟くしかなかった。

 もういい。こんな会社辞めてやる。そう思いつつもとりあえずモップを手に掃除を始める。こんな会社だが少しの間は希望をみせてくれた。その恩返しだ。


 「若いの。今日はもう上がれ」

 そんな寧人に、職場のメンバーの一人。今まであまり話したことがない中年の男性だった。たしか、名前は間中 年男といったような気がする。


 「いや、でも掃除がまだ」

 「いいんだよそんなもんは。たいして汚れちゃいねぇだろ。お前が昨日も掃除してくれてたしな」


 意外だった。自分が掃除していたことなど、誰も気にも留めていないと思っていた。


 「お前、今日メシも食ってないだろ。奢ってやるから。飲みに付き合えよ」

 これがあれか。職場のノミニケーションとやらか。寧人は少し戸惑った。一応飲酒年齢には達してはいるが、人と、ましてや職場の同僚と一緒に飲みにいったことなんてない。


 「はあ…」


 力なくそう返事をする。間中は重田とは違い。まともな人に見えた。どうせ辞めるのだから、少しくらい経験を積んでもいいだろう。そう判断した。


 連れて行かれたのはすこし古いおでん屋だった。ちょっと汚いが、値段もやすく、おでん種も豊富だった。


 間中は焼酎のお湯割りをちびちびと飲み、大根をはふはふと食べた。旨そうだった。寧人は先輩と飲みにいくときの作法なんてわからないので、しばらくじっとしていた。


 「おう。食えよ。たいしたもんじゃねぇけどな」

 「…はい」


 口にしたおでんは暖かかった。しばらくは他愛もない話をしつつ、腹を満たした。


 「お前も災難だったな。本社採用でいきなり庶務課なんてよ」

 間中はポツポツと喋る。


 「いえ…」

 「正直に言えよ。これがメタリカかよ、って思っただろ」


 なんとなく居心地がよくて、寧人も本音を漏らす。

 「…はい、すこしは…」


 「はは。すこしか。俺なんて年中思ってるよ。上の連中は現場のことを知りもしねぇで無茶な目標ばっかり立てやがる。

 実際やってらんねぇよ。俺の給料なんざ、総合職の二年目より低いんだぜ。

 そのくせやれ出動が遅いだコストが高いだ…重田みたいにやる気なくしちまうのも、ま、無理ねぇわな」


 そういう間中は、ここ数日の職場での振舞いをみるかぎり、やさぐれているようには見えなかった。だから聞いてみた。


 「間中さんは…どうしてそれなのに、働いてるんですか?」

 

 「ま、女房子どもを養わなきゃなんねぇしな」


 そうか。社会人は大変だな。お父さんの悲哀ってやつか…。寧人が同情しそうになったそのとき、

間中は遠くをみるように続けた。


 「それに、な。世界征服、ってやつにも。まだ、思いがあんだわ。これでも若いときに、世界を変えてやる、って思っててな。それが出来るかもしれない悪の組織に憧れて入社したからな」


 同じだった。その部分はすくなからず入社前の寧人と同じだ。

 「それは…」


 「ははっ、バカみてぇか? こんな下っ端のオッサンがよ?」


 照れたように笑うその顔は、言っていることとは裏腹に、子どもみたいにみえた。


 「いえ、そんなことは…」


 そのときだった。おでん屋の外にある公園から怒声が聞こえた。サイレンの音もだ。


「…ガーディアンか」

間中はそう呟いた。


ガーディアン、それは悪の組織の乱立する少し前に治安維持のために設立された組織、およびその構成員の通称である。


もちろん警察は警察で他に存在するが、ガーディアンの権力はその上位に位置する。悪の組織に対してはより影響力のある存在だ。従来の警察よりもより積極的で、実力行使に出ることも多い。法に厳格で、正しく強い、秩序の実行者と言われている。

 

個人で動く謎のヒーローであるロックスとは違うが、要するに正義の味方だ。


当然、メタリカにとっては敵であると言えるだろう。

まさか自分たちを制圧に来たのか、寧人は一瞬焦ったが、怒声をよく聞くとどうも違うらしい。外にいる誰かに対して高圧的に怒鳴っているようだ。


どうしよう。まだバレてないみたいだし、逃げたほうがいいのだろうか。寧人がそんな風に思ったそのとき、傍らにいた間中がゆっくり立ち上がる


「間中さん?」

「ん? ああ。ちょっと行ってくるわ。大将、つけといてくれ」

「あいよ。年男さん、昔からかわってないねぇ。もう若くないんだからあんまり無茶しちゃ毒だよ」


 間中はおでん屋の店員に勘定を払うと、表に出て行った。

 ? つけといてくれ? 今勘定は払ったじゃないか


 あわてて寧人もそれを追う。おでん屋の近くの公園では間中の予想通り、ガーディアンがきていた。

 特徴的な白いプロテクターのような装備に、競輪選手のようなヘルメット。手には警棒を持っている。ガーディアンの警備出動時の装いである。あれはCランクとかいう一般警備レベルの連中だろう。


 3人のガーディアンはなにやら、公園にダンボールハウスを立てて夜風をしのいでいたホームレスに詰め寄っていた。


 「おい! こんなところにダンボールハウスを建てるな! ただちに撤去しろ!!」


 「そ、そんな…ここから今追い出されたら、わしらどうしたらいいか…。この寒さじゃ死んじまうよ…明日には出て行くから…お願いします…!」


 どうやらホームレスに対して退去命令を出しているようだ。なるほどたしかにホームレスのしていることは違法なのだろう。


 「知ったことか!! 違反なんだよ違反。わかる? おじさん。」

 「はー。まったくめんどうだな。いいから早くしてくれないかな。隣町の公園までいくといいよ。ウチの管轄じゃないから見逃してあげるからさ」


 ガーディアンの居丈高な物言いに寧人は違和感を覚える。たしかに彼らは悪ではない。だけどその行為はとても応援する気にはなれない。


 「…」

 黙りこみ、その光景を見つめていた寧人。だが、傍らにいた間中は違った。

 「これだからガーディアンってのは…」

 「!? 間中さん!?」


 止める間もなく、間中はガーディアンたちの前に歩み進んだ。

 「おいそこのガー公、ちょっとお前ら、殴らせろ」


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