裏切り者は、そのままにはしないさ。
※※
寧人の目の前に迫るエネルギー波。これを生身の自分が受ければ間違いなく死ぬだろう。そして池野とは違い、避けるほどの運動能力などないことを寧人はよく知っている。
だから、今しかない。
改造手術は成功している。でも、変身したことはない。
真紀は言った。ビートル・クリスタルの影響で初期想定よりパワーが上がっている。精神汚染も強いだろう。だから、もしかしたら正気を失い、死ぬまで暴れまわるだけの怪物になってしまうかもしれない、と。怖い。正直怖い。
だが、そうはならない。なるはずがない。俺には進むべき道が見えている。そのために罪を重ねてきた。悪とは衝動のままに他者を傷つけることじゃない。己の目的を一般的な倫理より優先させる有様のことだ。少なくとも俺の定義はそうだ。
俺は悪だ。誰よりも悪い。
だから、俺の精神が壊れることは、絶対に、無い。
「……変身」
寧人は口に出す。弱い自分を切り離すために、小さく、ささやくように。
それは『彼ら』のように胸を張って勇ましく言う、気迫の台詞としてではない。己のうちにあるものと向き合い、罪を背負って進むための、合言葉として。
いつも感じていた、黒い何か。それが物理的な熱量をもって体中に満ちていく。
体が熱い。
みなぎる、という言葉の意味は知っている。でもそれを感じたことはなかった。
今はじめてわかった。ああ、そうか。みなぎる、っていうのは、こういうことか。力が全身から溢れそうだ。
体が変っていく。黒く、強く。
たしかに精神的にも高揚している。何もかも破壊してしまいたくなる。だがそうはしない。押さえつける。俺の精神を、俺の悪を操れるのはこの俺だけだ。
長くは持たないかもしれないが、十分だ。
もはや眼前に迫ったレッドのジャスティス・ハンマー。ああ、すごい威力だろうな。でもそれ、本当は5人で撃つ技だろ? 今の俺はやられはしない。
鋭い爪をもつように変っている右手を突き出す、掌でエネルギー波を受け止める。大爆発が起こる。やっぱりかなり痛い。だけど、大丈夫だ。
晴れていく爆炎、対峙したレッドがこちらの異変に気づいたのがわかる。警戒の構えに入っている。
「……あなたは……!」
寧人は自分の四肢と羽根を確認する。ふむ、なるほど、コレが俺の精神の形か。悪くない。いや『悪い』、気にいったぜ。
「エビル・シルエット……ちょっとシンプルすぎる命名か?」
「……僕は、負けない」
「ああ、じゃあ……いくぜ」
寧人は強く廊下を踏みしめ、レッドに飛び掛る。速い。自分でも驚くほど速い。あっという間に視界が後ろに飛び去っていく。
これがあいつらの、ロックスのみていた世界か。
驚愕しつつもそのままレッドの体に向けて爪を振り下ろす。
「死ね」
「やらせない!!」
キン! というような音が響きわたる。レッドは寧人が振り下ろした右手の爪をサイキックパワーのバリアで防いでいた。
便利な力だな。だけどお前、結構苦しそうだぞ。額に汗も出てるし、食いしばってる歯からは血が滲んでるじゃないか。
「えいやぁっ!!」
しかし、ヒーローはさすがだ。レッドは掌を突き出し、そこからテレキネシスを放ってくる。空気の歪みが顔面に迫ってくるのがわかる。
「ウオォォッ!!」
寧人は左手の爪でテレキネシスを引き裂き衝撃を受け止める。だがこちらもそれで左手に損傷を抱える。
今の攻防で数メートルほど後退してしまった。
「いくぞ!!」
その間を逃さず、レッドはあたりに散らばっていた無数のコンクリート片を宙に浮かし、そして一斉に寧人へ向けて射出。
「ちっ…!!」
寧人は次々と襲いくる破片を片っ端から爪で引き裂き、身を守る。
そして防御だけしているつもりはない。精神エネルギーを集めた爪撃を衝撃波として放つ。
レッドはそれをテレキネシスで弾き飛ばす。
双方、避けきれない部分をダメージとして受けながら戦う。
怪人と超人の攻防はほぼ互角だった。
くそ、互角どまりか。マルーン5は5名そろってA級と呼ばれている。ならレッド一人ならせいぜいC級。なら俺は面と向かっての勝負ならビートルやラモーンにはまだ勝てないってわけか。
どうせならいきなり最強の力を得たかったが、そうもいかないらしい。
まあ、いいさ。それも俺らしい。
そして、最初からこういうのは俺の戦い方じゃない。面と向かって一騎打ち? かっこいいなそれ。でも俺はやらない。そんなこと。
さきほどから戦っている最上階の廊下はすでに窓があちこち割れており、壁も一部壊れている。寧人は外の様子をさきほどから伺っている。
ここからは演習場がよく見える。
目に映るのは、奮闘しているマルーン・ピンク。池野率いる数名の者と戦っているようだ。集団に囲まれながら、それでもピンクは互角以上に戦っているようだ。
ピンクはマルーン5のなかでは最も戦闘能力が低い。その分、ヒーリングや透視といった能力があるらしい。が、それは今関係ない。
マルーン5のメンバーで単独最強の戦闘能力を持っているのはレッド。そのレッドと俺は互角。
互いの総人員での戦力はマルーン5のほうが上、俺とレッドは互角だが、他のメンバーは地力で負けているマルーン5相手にギリギリのところで耐えている。弾薬も体力もおしみなくフルパワーだ。まもなく尽きる。
コントロールセンターが機能していることで池野の指揮が生きているからなんとか可能な状況だが、時間が立てば寧人の仲間は敗れていくだろう。そうすればレッドには味方の援軍がくる。寧人はロックス2体以上と戦えはしない。結局負けるだろう。
そういう状況。
ならばやることは。
「……くっくっくっ…レッド。お前さぁ、仲間を大事にしてるんだよな?」
戦いながら、寧人はレッドに語りかける。あざけり笑うのはある確信があるからだ。
「…何が言いたい…?」
「さて、お前は間違えないでいられるか? ヒーロー」
寧人は大きく後ろに飛び、そして窓ガラスを破壊、そのまま最上階から飛び降りた。
羽根を利用し、滑空するように目標地点まで急降下する。
狙うのはマルーン・ピンク。今、演習場で池野たちと戦っているアイツだ。
ピンクはレッドより数段劣る。しかも彼らは全員、反射速度がロックスとしては低い。突如、俺が上から襲い掛かったら? 間違いなく殺れる。
が、実はこれは良策とはいえない。
寧人はもともと、コントロールルームを守るためにレッドの前に立ちふさがっていた。
その寧人がレッドの前を離れた。ならばレッドはそのまま進み、コントロールルームにいる新名を殺し、そして部屋を吹き飛ばせばいい。
そうすればメタリカの指示系統はボロボロになる。開発室のメンバーはその後、全滅させられるだろう。マルーン5の5名、いや4名の手によってだ。
そう、寧人がこの行動に出た時点で、レッドが取るべき最適な対応は『寧人は無視し、コントロールルームを制圧する』ことだ。結果、ピンクは寧人に殺されるだろう。
が、こちらも新名が死ぬ。そしてコントロールルームが潰され、戦力が弱って最終的には全滅する。
俺がレッドならそうする。容赦なくそうする。
もちろん仲間や自分の命は大事だ。できるかぎり守りたいし守るべきだと思う。でも俺には、それよりもなによりも優先させることが、ある。だからこそ俺は今、守るべき場所を捨てて、ピンクに襲いかかるのだ。
だけどヒーロー、お前に、そんなことができるか?
寧人は空を飛びながら、後ろをちらりと伺った。
「さくらちゃん!! やらせるもんかーーーー!!!」
レッドは寧人の後を追い、テレキネシスで自分の体を操作しつつ、最上階から飛んでくる。
来ると思ったよ。いや確信していた。
愛と友情の絆で結ばれた戦士だもんな。
人々の小さな幸せを守るために戦うんだもんな。
お前言ったよな? 大義のためなら犠牲にしていい小さな犠牲なんて無い。と
お前のその主張は綺麗だ。誇っていい。温かくて人間らしい正義だ。
信じてたよ。俺はある意味、他の誰よりもお前らを信頼している。その尊さを。
だからこそ。お前は、俺に負けるのだ。
お前らは『守る者』だ。対応者だ。俺は違う。悪くてもなんでも『攻める者』だ。何を犠牲にしても進む。
「ツルギ!! 池野!!! わかっているな!!!」
もう少しで着地だ。寧人は改造された強靭な肉体の声帯を震わせた。彼らなら必ず寧人の意図を気づいてくれる。テレパシーなんかいらない。
レッドはやや遅れて追ってくる。
何度もみたよ。漫画でもアニメでもRPGでも。
目の前の一人の人を救えずに世界が変えられるもんか!
俺は両方とも救ってみせる!
お前は間違っている!
そういわれて、悪役はいつも負ける。
クソ食らえだ。
わかっているよ。一人の犠牲を出さず、何も壊さず誰も傷つけず世界を変えられるならそれが一番だ。
でも俺は神様じゃないから、そんなことはできない。それでも進む。
みんなを幸せにすることを諦めるな、といわれそうだな?
じゃあお前らは? お前らはそのために何かしているのか?
俺はお前らを非難しない。多くの人々のためにつらくても戦うお前たちは本当に尊い。すばらしい存在だ。俺に比べればはるかに美しい存在だ。
だけど、そんなお前らに、俺は負けるわけにはいかない!!!
「ダメ!! 光くん!! きちゃだめ!!!」
眼前に迫ったピンクが叫ぶ。そうかこいつは感知能力が高いんだったな。自分より仲間の身を案じるか、皆してそうなのか。すごいよお前らは。けどな。
「もう遅い」
寧人はピンクの背後に着地した。ピンクは撃たれ続ける銃弾を防ぐのに精一杯だ。寧人はエビル・シルエットの爪にエネルギーを宿す。
だが、これはピンクに振り下ろすためではない。
「オオオオオオォォォッ!!!」
寧人は再び地面を蹴って飛ぶ。
「な…!?」
俺の狙いは、最初からお前だ。マルーンレッド、紅 光太郎。
テレキネシスによる飛行は不安定だ。速度もたいしたことはないし、空中で複雑には動けない。だがこっちは違う。今思い切り地面を蹴ったところだ。羽根もある。
受けきれるか? 俺の一撃を。
「だあああああっ!!!!」
寧人の爪はレッドには届かなかった。あとわずか、数センチというところでレッドの死力を尽くしたバリアによって遮られる。演習場上空、二階部分相当の高さで衝突の衝撃音と爆風が広がった。
すごいな。正義の精神力。それでも守りきれるか。だがまだだ。
「ツルギ!! 池野!!」
「承知!!!」
「俺に、指図するな!!」
寧人の声に反応する二人。池野はさきほどからこの状況を予測していたのだろう。すでにガンブレードの銃口をレッドの背後に合わせている。
ツルギもまた、三階の窓を突き破り、飛び込んでくる。大上段に日本刀をかかげてレッドの頭上に迫る。
彼らは一時的に持ち場を離れたのだ。これは賭けだ。ここでレッドを倒せなくてはもう終わりだ。だが必ず倒す。
「ハアアアアッ!!!」
三人の気合が炸裂した。ツルギが日本刀を振り下ろし、池野がガンブレードを連射、寧人はバリアにとめられていた爪撃に力を込めて押し出す。
「!!……ぼく、は……!」
寧人の攻撃を防ぐのに精神を集中していたレッドは、頭上と背後からの攻撃に対処できなかった。銃撃、斬撃、爪撃。浅くなったガードを貫き、三つの悪が正義を貫いた。
卑怯な。というだろうか。
池野ならこう答えるだろう。数的有利を一時的に生むのは戦術のうちだ、と。
だが寧人の見解は違う。シンプルだ。複数で一人を攻撃するのは卑怯だ。小難しい戦討論ではなくて、直感的に。それは悪いことだ。でもそれがどうした。悪いことしてなにが悪い。
「光ちゃーーん!!!」
ピンクの絶叫が響きわたる。だが気にしない。
寧人は空中でテレキネシスを失い、ぐらりとしたレッドをそのまま踏みつけ、着地する。
「……うっ…」
うつぶせにしたレッドの背骨を踏む。パワーが切れたのか、纏っていたサイキックスーツが消失し、素顔をさらしていた。
「俺の勝ちだ。マルーン5」
一瞬のあと、各エリアで戦っていたマルーン5の残りのものが演習場に駆けつけた。メタリカの仲間はあえて彼らを追わない。
ブルー、イエロー、グリーン、ピンク。4人の正義が寧人を睨みつける。
「てめぇ……ぶちのめして…」
「コウタロウさん!! なんてことだ!!」
彼らは戦闘態勢に入ろうとするが……
「やめとけよ。お前らが力を使うより、俺がこの足に体重をかけるほうがはるかに早い。それともなにか? 超能力者は背骨が踏み砕かれても死なないのか?」
グリグリ、と紅 光太郎の背中を踏みつける。
「……ぁ…!…みんな、僕にかまわず…、戦うんだ…!」
光太郎はうめき声をこらし、仲間に語りかける。
「ひゃっはっは、すげぇな正義の味方は。この状況でそんなことがいえるのか? 自分のことより皆を? 正義のために? 尊敬するぜハハハハ!!」
寧人は皮肉のような口調で言うが、本心は言葉通りだ。すごい。
痛くないはずがないのだ。だが光太郎は悲鳴を上げない。折れない。多分背骨は折れても、心はけして折れない。その目にたたえた正義の光はけして消えない。
「……背骨がバラバラに折れたこいつの死体が見たいんならいいぜ? かかってこいよ。相手をしてやる」
もちろん、実際にかかってこられたら困る。エビル・シルエットの力をこれ以上使うのは危険だ、ダメージもある。仲間たちも疲れきっているし被害もある。弾薬もほとんど残ってないはずだ。マルーン5の4人が本気で戦ってきたら絶対に勝てない。
「卑怯もんが!! アンタ外道や!!」
イエローが叫ぶ。
「はぁ? そんなの最初からわかってるだろバカかお前」
寧人は答えながら考える。このまま光太郎を人質に一人ずつ嬲り殺すか?
いやダメだ。寧人は彼らのことを知っている。だって大好きだったから。
彼らはこんなピンチ、仲間が人質に取られる程度、なんども潜り抜けてきている。突破口をみつけ、みんなの力で切り抜ける。そこには理不尽とも思える強運が作用しているようにみえたこともあった。もしかしたら神はいて、神は正義の味方の味方なのかもしれない。
だから、寧人は油断しない。ここで彼らを一人残らず倒すのはおそらく無理だ。そもそもどこかの時点で光太郎が死ねば、怒りに燃えた彼らになにをされるかわかったものではない。この状況は、実は冷静に考えればまだ寧人のほうが不利なのだ。
「ボス、どうしますか?」
傍らではツルギが問いかける。そうだなあまり時間はかけられない。
「取引だ。マルーン5。お前らのリーダーを解放してやってもいい。そうだな。ブルー、お前がサブリーダーだろ? 小暮 蒼一」
「……俺たちのことをよく知ってやがるようだな」
「ああ、敵のことを調べるのは基本だろ」
ああ、俺はお前らに憧れているからな。
「取引、だと?」
「そうだ。お前らがここの情報を知ったのは、メタリカ内からのリークだろう? 情報元を教えろ。そうすればレッドを開放してやる。もちろん、お前らがその後、なにもせずにこの島を去るのが条件だ」
「……情報元? 知らねぇな」
そんなはずはない。不確かな情報でこんなところまで攻めてくるはずがない。だから彼らには罠の可能性を考慮しつつも、確認してもいいと思わせるほどの根拠があるはずなのだ。
「おい、俺は気が短いんだぜ?」
寧人は光太郎の背中を踏みにじる。光太郎はうめき声を上げないが、悲痛な息を洩らした。
「よせ!!」
「お前が言えば、そして消えると約束したらやめてやるよ。おい、俺はかなり譲歩してるんだぜ? お前らが嘘をいう可能性やレッドを開放したあとにガーディアンたちと襲い掛かってくる可能性は消して考えてやってるんだ。正義の味方さんを信頼してるからな」
「……お前が情報を聞いて、光太郎を開放しない可能性もある」
「お前はマルーン5一番のキレ者なんだろ? よく考えろよ。そうだとして、今と状況変るか? どっちにしろ手打ちにしなけりゃ俺たちとお前らはすぐに殺しあうんだ。そうすればどちらかが勝つ。俺たちが勝てば、お前を拷問でもなんでもして聞けばいい話だ。お前らが勝てば、俺は死ぬんだから情報なんて聞いても意味は無い。あと光太郎は死ぬだろうが弔いはできるな」
十中八九、負けるのはメタリカ側だ。だけど光太郎だけは必ず殺す。
「別に俺が約束を守らなくてもお前らの状況は変わらない。だけど約束を守れば、確実に生きてこの島を出られるぜ? お仲間みんなでな」
寧人としてもこのまま戦うのは避けたい。人質がいるというアドバンテージを考慮してもおそらく負けるからだ。
「蒼くん……光くんははやく治療しないと…!!」
ピンクが不安そうな声をあげる。いいぞ。ナイスアシストだ。
「決めろよ」
その場にいる誰もが静まり返って結論を待った。
「……わかった。話せばいいんだな」
「ああ。信頼してくれていいぜ。極悪人だけど、意外と約束は守るんだ」
ブルーは話した。情報元は裏切り者個人を特定するにはやや弱い。だが十分だ。勿論録音もしている。そしてそれは、寧人の予想とも一致する犯人像だ。
「なるほどな。わかった。じゃあ約束どおり、開放してやるよ。ほらよ」
寧人は足元の光太郎を蹴り飛ばした。
「光太郎!!」
「光くん!!」
「……みんな…ごめん…僕のために」
「ええんや!! かまへん! 無事でなによりや!」
仲間たちがそれを受け止める。
「心配するな。死んじゃいない。また戦えるかは知らないけどな。心配なのはこっちのほうだぜ。お前ら、ちゃんと帰ってくれるよな? やるっていうなら、めんどくさいが相手をしてやるが?」
これは賭けだ。でもきわめて勝率の高い賭けだ。少なくとも光太郎という人質を取りながら戦うよりは勝率が高い。
「……約束は、守るさ」
ブルーはそういうと、光太郎を肩に担ぎ、背を向けた。ここで撃ってしまってもいいかもしれないと思ったが、やめた。ひどいことだからじゃない。彼らはまだ警戒しているからだ。すぐに対応され、戦闘になるだろう。
「ありがとう。さすがは世に名高いマルーン5だ。では、お帰りはあちらです。お気をつけてどうぞ」
寧人はいやらしく笑う。なめられてはいけない。こっちの余力が0であることを知られてはいけない。
「……お前の名前を聞かせてくれや」
去り際、マルーンブルー、小暮 蒼一は寧人にそう聞いてきた。
「俺の名はネイト。名前を聞かれるなんて光栄だな?」
「今は消えてやる。そしてこの島にももう来ない。どうせ対策がされるだろうからな。……だが、いつかかならず、お前を倒す。光太郎も含めた、俺たち5人がな」
ブルーの気迫はすさまじかった。ああ、悲しいな。この男にこんな目でみられるのは悲しい。でも笑って答える。
「楽しみにしてるよ。せいぜい頑張れよ」
煉獄島防衛戦は終わった。メタリカ側は軽症複数、重傷者3名、機器破損複数。だが、守りきった。大事なものは壊れていない。
彼らが島から離れたのを確認し、寧人は変身を解除した。これ以上は精神が持たない。
「よっしゃー!! やったっすね!! 先輩!!」
新名が駆け寄ってくる。ああ、生きてて良かったなお前。一応大丈夫だろうとは思ってたけど、さ。
「寧人くん、勝ったんですね……。良かった…!」
真紀もまた来てくれた。瞳が潤んでいる。こちらに駆け寄ってきてそのまま、抱きつかれた。
え? なにこれ? 感動屋?
「え、あ、その……、ああ、見た? 俺の変身体。良かったよ思ったよりグロくなくて。それに結構強かったし。真紀さん、ありがとう。君のおかげだと思う」
「……そんなこと…、でも、ありがとうございます…! 寧人くんはやっぱり凄い人です。良かった、本当に無事でよかったです…!」
抱きつかれて泣かれる。鼻水も出てるみたいだ。が、まぁ悪い気分はしない。いや嬉しい。でもちょっと困る。慣れてないし、今結構大変な状況だからだ。
「ありがとう。その……そんな泣かなくても」
「うぅ……すいません…もう少しで泣き止みます…」
と、いろいろやることもあるな。そういえば。寧人は真紀に抱きつかれたまま池野に話しかける。
「池野、怪我人の治療と……」
「もうやっている」
事後処理は池野がすでに始めていた。さすがだ。
勝てたのはコイツのおかげだ。寧人は熱血アニメであるように、池野と拳をあわせようかとも思ったが、やめた。だってこいつ嫌いだし。だが言うことは言う。
「言ったろ? 俺とお前なら勝てる、ってな」
「ほとんど俺の力だろうが」
池野は即答する。だがその通りだ。
「違いない」
寧人は真紀の頭をたどたどしく撫でながら、苦笑した。
「ボス、改造人間としての初陣、見事でした」
「ああ、ツルギ。最後、よくやってくれた。流石だ」
「ふっ、アンタなら必ずああするだろうと思いましたからね。腹心の俺が続かないわけにはいかない」
ツルギは傷だらけだった。おそらく誰よりも奮闘していたのだろう。
アニスも屋上から降りてきた。元気に駆け寄ってくる。とてもさっきまでここば戦場だっとは思えないテンションだ。
「やったねネイト! すごかったヨ!! ちょーかっこよかったヨ!! でも、変身してもネイト、あんまり変わらなかったね? 不思議だね」
おいおいちょっとまて。お前の目には普段から俺が、あの悪魔みたいな姿に見えていたのか。とは思うが口には出さない。
「ボス、裏切り者の件ですが……」
「あの情報じゃ特定できないよな。まぁ仕方ない。助かっただけよかった」
尋ねてきたツルギの言葉を遮る。そして目をみる。ツルギもまた目だけで答えた。主君と懐刀だけに存在するアイコンタクトだった。
「……ですね。まあアンタがそういうなら仕方ない」
ああ、ツルギもさっきの情報で理解していたらしい。誰が裏切り者なのか。どうやら俺とツルギだけのようだ。
これはこの件で一番の収穫だった。上手く使えば色々な問題が一気に解決する。悪党ならではの方法で、これを利用してやるさ。だが真相を知る者は少数でいい。
カリスマは、演出によって成り立つ。
「ツルギ、悪いけど、ちょっと肩かしてくれ。疲れた」
「承知」
寧人はツルギの肩につかまり、彼にしか聞こえないように小声でささやいた。
「裏切り者は、そのままにはしないさ」
骨の髄まで後悔させてやる。この俺を利用しようとしたことをな。
お前は俺が生き残るだなんてみじんも思っていなかっただろう。残念だったな。
俺はけしてお前を許さない。復讐なんかじゃない。これはケジメだ。たっぷり絞ってやるよ。
成功しない裏切りは最低の手だ。お前は二流の悪党だ。やるからには一度だけ、そして絶対に成功させないといけない、それがわからなかったのか?
お前はそんなに深くは考えていなかっただろうな。だが俺からすればお前は、俺の道を妨げた敵だ。叩き潰してやる。そして潰れたお前に飛び乗って、俺はもっと上に行く。しゃぶりつくしたフライドチキンの骨のように、投げ捨ててやる。
ツルギはそんな寧人の表情をみて答えた。
「承知。それにしても馬鹿としかいいようがない。アンタを敵に回したんだから」
どうやらまた、ぞっとするような顔をしていたようだ。
次回「本当の悪党は」
次で社内編終わりです