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悪の組織の求人広告  作者: Q7/喜友名トト
社内闘争編~マルーン5~
37/106

ありがたく思えキザ野郎

長くなりがちです。



くどくならないようにもっと勉強します。

※※

 1月某日。池野ら開発室一課の面々は開発室共同の講堂に集まった。ここに来るのははじめてのことだった。講堂は一課と二課の棟のちょうど中心にある。今日から3日間、コンペの結論を出すために様々プレゼンテーションやシュミレーション、そして最後には改造人間の実働テストが行われることになっていた。


 一課のメンバーはすでに着席していた。


 池野は小森 寧人をみた。


 はっ、やる気満々という面だな。


 すこし遅れて、本社からやってきた2名も加わる。彼らはこのコンペを見届け、本社に報告し、そして勝者を決定するための要員である。取締役の者だ。


 小森のことだ。なにか悪どい裏工作をやってくる可能性もある。しかしそれでも俺は負けない。圧倒的な性能差を、そしてお前との実力の差をみせてやる。


 池野はそう思っていた。

 

 「それでは、メタリカ次期メインタイプ改造モデルコンペのプレゼンテーションに入る」


 「私のほうから始めさせていただいてもよろしいでしょうか?」



 池野は始まるやいなや、挙手をする。


 「ふむ。小森課長がよければ一課からはじめるが?」


 「俺はどっちでもいいですよ」


 池野は寧人の言葉を受け、プレゼンテーションに入った。


 一課の改造人間案、ビートルクリスタルの内臓とそれに耐える大幅な機械化を施したボディをもつそれは、開発名称を『シュヴァリエ』という。西洋の騎士のそれを思わせる甲冑のごときフレーム。クリスタルのエネルギーをパワーに変換する技術。


超重量と高速機動力を合わせ持ち、手にした大剣によりあらゆる敵を一刀のもとに叩き伏せる。


 改造の安全性、戦闘能力、複製が難しいクリスタルについては劣化版の生産体制の提示、運用のしやすさ、どこをとっても非の打ち所はない。さらに実働テストで改造予定のものは、池野がグローバルレベニューマネジメント時代に直接対決で打ち倒して引き抜いてきた海外組織の猛者。負ける理由がない。


 池野は持ち前の弁舌を存分に活かし、完璧なプレゼンテーションを行った。


 「シュバリエ、か。以前から報告書に目は通していたが、なかなかのもののようだな。改造にかかる時間はどのくらいかね? 大幅な機械化というからには従来の2日以上はみたほうがいいのかな」



 「いいえ。資料の12ページをご確認ください。改造手術自体は13時間。テストを経て運用可能域まで1日で十分です」


 「ほぉ…。これだけのものを」


 「ありがとうございます」


 入社して3年、功績を立て続け人脈もある自分だからこそ可能な作品だという自負が、池野にはあった。


 「では、続いて二課を。小森課長」


 指名された寧人は、立ち上がったが、こう述べた。


 「あぁ、いえ。二課は開発主任の真紀さんから説明します。俺よりも詳しいですし」


 「……ふむ」


 「よ、よろしくお願いします!」


 真紀はプレゼンを始めた。池野はすでにほとんど知っている内容だ。どうやったのかは知らないが、精神エネルギーの変換効率は上がっているようだ。たしかに面白い案ではある。が、変身者の精神力に左右される部分が大きい。成長していく怪人というコンセプトは魅力的だが、果たしてそれはシュバリエを上回るほどの利点だろうか? そこをどの程度重視するかが、このコンペの勝敗を分けるだろう。


 池野が思った。そのときだった。



 突如、講堂のライトが赤く点滅し、スピーカーから大音量のサイレンが鳴り響いた。エマージェンシーコールだった。


 「!!?? なんだ!!??」

 「何事だ!?」



 誰のものとも思えない声があちらこちらから上がった。起こるはずがない現象が起きたのだから、当然の反応だろう。誰もが混乱しているようだった。


 ありえないのだ。ここはメタリカ内でも一部の人間しか所在を知らず、また特殊な設備によって外部から特定することが不可能な島だ。


 プロフェッサーHの技術的功績の多くを移設した開発室はメタリカの心臓部ともいうべき重要機関であり、安全は保障されているはずだ。


 何者かが、やってくるなど、ありえない。誰もがみな、突発的な事件に取り乱していた。


 だが、池野は一瞬で事態を理解し、迅速に声を上げた。

 


 「落ち着け!! これはエマージェンシーコールだ。何者かは知らないが、この島に近づく者がいるようだ。だが第一次感知ラインを超えたに過ぎない。世界最速の船舶であろうと、そこから島に到着するのに3時間はかかる!! 事態が確認できるまで、レベル2未満のものは講堂で待機せよ!」



 池野の反応は誰よりも早かった。寧人のように自ら最前線に身をさらしたことは少ないが、実戦の指揮をとった経験でひけを取らない。いついかなるときも、負けないために戦い続けた男の言葉はその場の全員に届いた。


 「取締役のお二人は安全が確認できるまで地下のシェルターに避難を。レベル2以上の者は…」


 「……事態の確認だな? ツルギ、新名、アニス行くぞ! 真紀さんはここに残ってて」


 池野に遅れること数秒、寧人もまた、管理職としての判断を発揮し始めたようだ。



 池野は本社の2名のシェルターまでの避難させ、一課の部下たち、寧人ら二課の主要メンバーとともに、開発室の奥にあるコントロールセンターへ向かった。



 コントロールセンターは開発室及び、煉獄島のセキュリティを統括・操作するシステムと防衛ラインの索敵レーダー及び監視モニターが設置されている。



 コントロールセンターに入室した一同はモニターをすぐさま確認する。侵入者の防衛ライン突破時の映像が映っているはずだ。



 「…!! これ…は!?」



 潜水艇だった。だが、ただの潜水艇ではない。


 誰もが知っている。有名なマーク。カラフルな5色で描かれた紋章。


 知っている。


 正義の5名。超能力で悪と戦うサイキック・ソルジャー。


 「マルーン5!!」



 「こ、こ、これどういうことっすか!?」


 新名が震えた声を上げる。


 「……何故かは知らないが、ここの場所がばれたみたいだな」


 寧人は多少落ち着いてはいる。多少なりとも修羅場をくぐってきた経験がそうさせているようだった。


 「んー。コンペは中止なのかな? あーあザンネン」


 アニス・ジャイルズは緊張感がない。


 「なんてこった……あいつら、ここを攻めるつもりだ!!」


 「ど、どうするんですか? 開発室は最低限の武装しかない! 戦闘員だってほとんどいないんですよ!?」


 「どうやってここを察知したんだ!? しかもあの潜水艦、マルーン5だけじゃないぞ。ガーディアンだって100名近くは乗ってるはずだ…」


 「攻められた終わりだ!! みんなやられる…!」


 一課のメンバーは研究職選任のものがほとんどだ。今回の『戦い』はコンペなのだから、それに勝つために池野が集めた者はそれで当然だ。誰もがおびえていた。



 小森寧人の腹心であるツルギだけは落ち着いている様子だが、室内は再び混乱した。


 池野は慌てても、おびえてもいない。


 考えていた。


 どうすればいい? どうすればこの場を切り抜けることができる。位置の秘匿に自信があったために、部下たちの言うようにここの戦力は弱い。改造人間を開発し、派遣や治療を行ってはいるが、現在戦闘可能怪人はいない。戦えるのは池野とツルギ、アニスくらいのものだろう。


 相手が超常的な強さをもつ者であることを考えれば、こちらの不利は明白だ。テレキネシスの一撃でも食らえば死んでしまう戦力しかないのだから。


 「……池野、あいつらの戦力をどうみる」


 小森寧人の問いかけ。一応この場では自分と同格であるのはこいつだけだ。


 「ロックスが5人、おそらくガーディアンも帯同している。こちらは圧倒的に戦力が劣るな」


 そんなことは聞かないでもわかるだろう。そう思いつつはき捨てるように答えた。



 「……なんでここの場所がわかったんだ…?」


 池野が考えている横で、部下の一人が呟いた。


 まずい。そのことについて考えるのは、今はまずい。


 「わかるはずがないんだ。絶対に。……誰かが、メタリカの誰かが情報を漏らしたんじゃ…?」


 「! そうだ。そうに決まってる!!」


 「誰が、そんなことを…! 二課の連中じゃないのか!?」


 「そうだ。裏で何か取引してやがったんだ!!」


 ちっ、案の定の展開になりやがった。


 悪の組織、というだけあって、競い合う立場にいる同僚への信頼感など皆無なのだ。


 「なっ!? そ、そんなことするわけないじゃないっすか!? 俺たちだって死んじゃうんすから!! それに大体場所なんて俺たちも大体でしか知らないんすよ!?」


 新名の発言はもっとも。


 ではない。


 自分だけが生き残る方法なんていくらでもある。それにやろうと思えば、島の情報を特定することもできるだろう。天文学の知識があれば緯度経度を割り出すくらい簡単なことだ。



 というか、池野自身、裏切り者の情報漏えい者の存在を確信している。それで混乱するのはよくないが、間違いない。それ以外ありえない。


 疑わしいものはいる。自分や小森の部下だってそうだ。何か利益をちらつかされ転んだ可能性はある。

 派閥に属していない小森を疎ましく思う幹部の誰かの仕業かもしれない。

 あるいは、小森自身が裏切り者である可能性も否定できない。ここにいる者をまとめて葬り、自分だけは生き残り、コンペの結果を独占する、卑劣な外道のこいつならやりかねない。


 「それなら、アンタたちだって…!」


 「落ち着け新名。ここで言い争って何になる。ボスの判断を待て」


 「……了解っす」


 一課のメンバーは比較的冷静だが、コントロールルームは不穏で荒れた空気になっていた。

 鳴り止まないエマージェンシーコール。飛び交う怒声。正義の味方への恐怖。無理もない。



 様々な可能性がある。だがわからないこともある。

 開発室にはプロフェッサーHが残したデータや設備という貴重なものがある。仮にここを殲滅されればメタリカが受けるダメージは計り知れない。


 プロフェッサーHの残したデータが数多く残っている開発室はメタリカにとって急所だ。にも関わらず裏切り者はいる。


 どういうことだ。


 「おい池野!!」


 考え込んでいた池野に怒鳴りつけてくるものがいた。寧人だった。


 「……なんだ」


 「俺たちが勝てる可能性はあるのか? いや、ないのなら。可能性が生まれるには何があればいい」


 どうやら小森寧人は悪あがきをするつもりらしい。その瞳は覚えがある。ハリスン攻略会議のときにみた。黒い何かががやどる眼だった。


 俺だって同じだ。負けるのはごめんだ。


 「……最低でも、ロックスと互角に戦える改造人間が一体は必要だ。それが出来て、一流の指揮官がいれば、五分程度にはもっていけるだろう」


 池野とてロックスと戦ったことはある。勿論負けたことはない。鍛え上げた闘技と戦術をもって勝ち続けてきた。

 

 しかし、この島には、改造人間はいない。



 ※※


 「一流の指揮官がいれば…だな?」


 池野の言葉を聴いた寧人は己を塗りつぶそうとしていた絶望を払いのけた。


 「……新名。真紀さんをここに呼んできてくれ」


 「え?」


 「はやくしろ」


 俺はこんなところで死ねない。これまで散々悪事を行った。目的のためにだ。中途半端で死ぬわけにはいない。


 「りょ、了解っす!!」


 新名が走っていくのを横目に、寧人は池野に考えを伝える。


 「池野、俺が改造手術を受ける。今すぐにだ」

 

 これしかない。すでに訓練は終えている。ノウハウも確立されている。


 「なんだと?」


 池野はそれ以上ない、というほどいぶかしげな顔をした。大体考えていることは寧人にもわかる。


 「真紀さんのコンペ案、スピリチアル・シルエットは大幅な機械化を必要としない。手術時間も短時間で済む」



 「だからどうした? あの改造スキームでは初期のパワーは望めない。戦力にはならないな。お前が改造後に一人だけ逃げ延びるためか? それくらいは可能だろうな」


 やっぱりだ。俺とこいつは、もしかしたら似ているのかもしれない。


 だが違う。決定的に違う。


 「俺は戦う。……だから池野、一課の持っているビートル・クリスタルを俺に渡してくれ」


 「ふざけるな」 


 池野は鋭く重い圧力を持って寧人を睨みつける。だが寧人もまた目をそらさない。


 「精神エネルギーの補助動力にクリスタルを使う。真紀さんのシミュレーションでは十分に戦闘に耐えるレベルになる結果が出た」


 クリスタルの存在を知ってから、寧人はその可能性を考慮し、すでにシミュレーションを終えていた。


 「……かもしれないな。だがダメだな」


 寧人と池野の間の空気が張り詰める。周囲は少しずつ静かになっていった。


 「なんでだ。この後に及んでコンペの勝者になることに拘るのか? 現場判断で中間案を取った、ということにすればいい。咎められると思うのか?」


 「俺がお前の言うことを鵜呑みにすると思うのか? コンペの結果報告だけを言っているんじゃない」


 怒りを押さえつけるように池野は寧人にゆっくり近づいてきた。そして胸倉をつかまれる。


 「メタリカ内に裏切り者がいるのは間違いない。それがお前でない保証はない。こういう筋書きはどうだ? 二つの改造コンセプトの結果を自分の体で独占した状態のまま、改造で得た力を使い、一人だけ逃亡。開発室の人間は全滅。お前は遺産を持ったただ一人の奇跡的な生き残りとしてその地位を上げる」


 「……なるほど。そう思うか?」


 周囲から怒声が響いた。一課のメンバーの怒りはすさまじいようだった。


 寧人は自分より15センチは背が高いであろう池野に胸倉をつかまれつつ、罵声を浴びせられながら、もけして目をそらさない。絶対にだ。絶対にそらさない。



 「池野さん、寧人くんはそんなこと…!」

 「ちょ、先輩、なにか言った方がいいっすよ!!」


 いつの間にか来ていた真紀と新名の声が後ろから聞こえたが、寧人は振り返らない。


 「だが、俺が改造手術を受けて、マルーン5を倒す鍵になるつもりだという可能性もあるんだぜ」


 寧人は池野を突き飛ばし、再び距離をとり、続ける。


 「俺を、信じられないか?」


 今度は寧人が池野を睨みつける。


 周囲はまた静かになった。新名が言っていた『俺の本気のときの迫力』とやらでも出ているんだろうか。一課の誰もが押し黙り、下を向く。おびえたように寧人から目をそらす。だが池野だけは違った。


 「信じられると思うか? 卑劣で外道、それがお前だ。それでここまで来たんだろう」


 池野もまた、寧人を睨みつける。悪党同士の睨みあい。意地でも負けられない。


 だが池野は折れそうにもない。なら仕方ない。ここから先のことを話すしかない。


 「池野、俺はこれまで一度だって仲間を裏切ったことはない」


 事実だ。卑劣な策もとった、だまし討ちもした。だが仲間を裏切ったことは一度もない。

 庶務課の人への報酬は約束どおり払った。沖縄での戦いでは本物の爆薬を首に巻いた。


 「だからどうした。これから先も裏切らない、だから信じてください、とでもいいたいのか?」


 いいや。だって俺は悪だから。


 寧人はすこし間をおいて、静かに答えた



 「そうじゃない。俺は、一度だけ仲間を裏切る」


 寧人が答えた瞬間、周囲の罵声が復活した。やっぱり裏切るつもりか、このゲスが、やらせねぇよ、まずお前から叩き殺してやる。すさまじかった。


 が


 「黙れ」


 寧人は短く、そして小さく呟いた。


 「俺の目を見ることも出来ない者は黙れ。今俺と対等に話していいのは、池野だけだ」


 もう悪意を抑えたりはしない。寧人は湧き上がる黒い感情をむき出しにする。

 一課のものたちが一瞬で萎縮したのがわかる。二課の仲間たちが固唾を呑んでこちらを見ているのもわかる。



 「一度だけ裏切る。だが、それは今じゃない」


 「…狂ったか」

 

 池野の言葉。狂ってる? いいや。俺は冷静だよ。走り続けるためにな。


 「裏切りは、本当の悪党の常套手段じゃない。効果的じゃないからだ」


 そうだ。裏切りはよくない。それは良心や人倫にも基づく話じゃない。


 「裏切りを行えば、味方が減る。敵を作る。不信感を持たれる。力を失う結果になる。デメリットが大きすぎる。乱用するのは三流の悪党がやることだ」


 進む道を険しくしてしまう。寧人はそう考える。


 俺は進む、頂点まで進む。


 しかし、裏切らないとは誓わない。なぜなら


 「俺は悪人だからな。目的のためには容赦も躊躇もしない。だから、一度だけ裏切る。デメリットを帳消しにして、最大の効果が得られるただ一度のときにな」

 

 手段など選ばない。時が来たなら俺は悪として、冷酷非情に悪をなす。


 寧人はそこまで言うと、周囲を見渡した。誰もが寧人に注目していた。


 池野も同じだ。寧人は池野に歩み寄り、その胸倉をつかみ上げた。信じてくれ、なんて哀願するつもりはさらさらない。


 寧人は吼えた。



 「俺は頂点を掴み、世界を砕く!!! だから、俺の道はまだ続く!」


 「俺が裏切りという切り札を使うのは今じゃない!! 目指すとことはまだ遠いからだ。だから俺は、裏切られた者が最『悪』を味わうことになるその時がくるまで、けして仲間を裏切らない!!」


 池野は押し黙った。真剣な表情だった。



 後ろのほうでは部下たちの声が聞こえてきた。


 「わぉ! ムチャクチャいってる! ネイト、カッコいいヨ♪」

 「先輩……おれはそんときは逃げるんでよろしく。でもそれまでは信じてるっすよ。一応」

 「ふっ……流石は俺が見込んだ悪だ。アンタは」


 本当に頼もしい人たちだ。



 「いいか池野。お前の言うとおり、改造された俺なら、一人で逃げることはできる。戦いが始まる前に一目散に逃げたならな」


 「……お前」


 池野ほどの男に意味がわからないはずはない。


 そう、たしかに逃げることは出来る。だが、戦いが始まってしまえば別だ。

 マルーン5を相手にして無傷でいられるはずがない。そしてダメージを受けた体でこの島を脱出できるはずがない。


 だから、途中で逃げることはできない。


 戦うのなら、戦って勝つ以外に生き残る道はない。だから勝利を信じなくては戦えない。


 「お前言ったな。一流の指揮官と改造人間がいれば戦える、と」


この場において指揮を取れるのは池野だけだ。


 「ああ」


 池野のことは知っている。こいつは本当に負けず嫌いだ。


 常に強くあるべきだ、という信念は鋼のように固い。けして曲げない。負けることを許さない。その信念は自分にはないものだ。


 「俺はお前の強さを信じてる。お前は超一流の男だ。戦えば必ず勝てる」


 「ああ、お前が裏切らなければ、な」


 池野の言葉を受けて寧人はそのまま続ける。こんなに声を振り絞ったことはない。魂を吐き出すように、寧人は吼えた。


 「俺を信じろ。俺の『良心』なんかじゃない、『同期としての連帯』なんかでもない!! 目的のために世界さえも砕こうとする俺の、『悪意』を信じろ!!!」


 寧人は池野に己のすべてをぶつけた。


 室内に完全な静寂が訪れた。


 誰も彼もが黙っていた。そして池野の言葉を待った。


 「……小森。俺は、お前が嫌いだ。自分の思うがままに世界を変えようとする外道なお前がな」


 池野の言葉、寧人も答えた。



 「俺もだよ。池野。俺もお前が嫌いだ。いつも強くて、傲慢なお前が嫌いだ」



 でも、だからこそ。



 長い沈黙のあと、二つの声が重なった。


 「「――お前を、信じる――」」


 一瞬遅れて、歓声があがった。絶望的な状況のなか、わずかに生まれたかぼそい光、今にも消えてしまいそうなその光は、それでも悪党たちを照らした。



 池野はカードを取り出した。人差し指と中指ではさんだそれを、投げつけてくる。


 洗練された動き。おそらくそれも練習したことがあるのだろう。カードは鋭く寧人にむかって飛んできた。

 運動神経がいいわけではない寧人だが、最近の訓練の成果もあって、なんとかキャッチする。


 「一課のセキュリティルームのカードキーだ。クリスタルはそこにある」


 池野は寧人の顔をみない。あくまでも傲慢な口調だ。


 かっこつけやがって。寧人はすこしだけ、笑ってしまいそうになった。嘲笑ではない。なにかもっと別の感情による笑いだ。


 でも笑わなかった。かわりに指示を飛ばす。


 「ツルギ、新名、アニス、一課のみんなと一緒に池野の指揮下に入れ。マルーン5はまもなく来る。俺の改造手術が終わるまで奴らを食い止めろ」


 仲間たちはそれぞれの返事で指示を受け止めた。

 気勢があがる



 「はっ、庶務課上がりが偉そうにしやがって。クズ野郎の分際で」


 やはり池野には嫌われているらしい。でもいいさ。お互い様だ。もうこっちだって我慢しない。

 強いお前に萎縮していた。俺は弱かったから。でも違う。俺はお前よりはるかに悪い。見ているものが違う。だから。


 「俺の部下は、俺と違って優秀なんだぞ。ありがく思えキザ野郎」


 寧人は言い返すとすぐに真紀の手をとった。


 「真紀さん、そういうことだから。よろしく」


 そのまま走り出す。


 寧人は思う。


 マルーン5。子どものころに憧れた。

 

 正義の絆で戦う戦士。


 そんな彼らが俺を討たんと迫りくる。


 そうさ俺は悪だからな。俺は止まらない。



 いいぜ、かかってこいよ。

 

 お前らが、愛と友情で結ばれた正義の絆で戦うのなら

 俺たちには、信念と悪意で繋がった黒い鎖がある。


 この黒い鎖は綺麗じゃなくても、けして、誰にも壊せはしない。



次回「……変身」


池野が活躍しそうです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] これまで楽しく読ませて頂いていましたが、まえがきで書かれている通り、かなりくどいと感じました。熱い展開の雰囲気は感じますが、作風が突然変わって違和感もあります。緊迫感もなくなってしまっ…
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