…おつかれ。
長くなってしまった。
でもこれで準備のための回は終わりです。
新設された開発室がある島はメタリカ内では『煉獄島』と呼ばれている。太平洋上にあり、メタリカ内でも一部の人間以外はその正確な位置を知らない。特殊な工学迷彩が島をつつむドームに施されており、レーダーでも調べられないようになっているのだ。
開発室に赴任すると当然、簡単には島外には出られないが、煉獄島には社員のための住居や飲食店、アミューズメント施設まであり、開発室勤務以外の住人もいる。もちろん全員メタリカの息がかかったものだ。
そう不自由はしないようだ。新名だけは、これじゃナンパもできないじゃないすか、と愚痴を零していた。
赴任当日からすぐに仕事は開始された。
コンペに直接は関わらないが、既存の改造人間の各部署への派遣や戦果の分析と報告などの事務仕事については寧人の予想以上に新名が活躍した。とにかく早いのだ。
その分、雑になることはあるのだが、ミスが出たら出たで
「あ、サーセンした。直しときます」
と、これまた速攻で修正をかける。まぁ、ちょっと態度的には問題がないわけではないのだが、実際仕事は出来ている。
「おまえ、けっこうすごいよな。マジで」
「そっすか? いやー。すげぇな俺。んじゃ、先輩、メシ行きましょうよ」
「まだ11時だろ」
「朝食ってないから、腹減って俺もう無理っす。今日はカツ丼がいいっすね。朝から決めてたんで」
「俺はカレーが食べたい」
「あー…んじゃ妥協案でカツカレーでいいっすよ」
こんな会話がよくあった。
ツルギはツルギで開発武装のテスト及び、コンペで開発しているスピリチアルシルエットのための戦闘モーションのモデルとしてその腕を振るった。
経歴も国籍も不明なツルギだが、その実力は確かだ。みるみる成果をあげていく。その一方で開発担当者の真紀とも頻繁に打ち合わせを行ってもいた。
真紀は科学者だが、戦闘に関しては素人同然だ。ツルギのアドバイスは必要だったのだろう。
「真紀さん、このデータですが、ちょっと腕部にパワーバランスを傾けすぎてはいませんかね」
「あ、そ、そうですか…。右のフィニッシュブロウに拘りすぎましたかね…」
「それはわかりますがね。しかし、突きの威力ってもんは腕だけで出すもんじゃあない。しっかり腰をためて、脚からの力を伝えるのが大事かと。例えば…こんな風に…!!」
「わぁ!…すごいスピードですね! なるほど! さすがはツルギさんです! 脚部のエネルギー転換率をもう少しあげてみます」
シュミレーションは着々と進んでいるようだった。
アニスもまた開発室でもその実力を遺憾なく発揮。
クリムゾンのトップの愛娘である彼女は英才教育の賜物か、射撃を初めとする様々な戦闘技術に加え、機械工学への造詣も深い。作業員たちを持ち前の明るさで励まし、またときには技術指導を行ったり、そして、寧人の改造適性を高めるためのトレーニングのコーチまでやってくれることになった。
寧人は開発室に赴任した翌日には改造適性検査を受けた。適性検査自体は今回のコンペのために作られたものではなく、従来のそれと同じだ。肉体の強度、反射速度、精神耐性、免疫力、体力などによって測定が行われる。
寧人の適性検査結果は『D』だった。
ちなみに適性レベルは上から順に
『A』、改造適性が非常に高く、改造の成果を100%以上発揮できる。
『B』、素体として十分に優秀。優先的に高ランクの改造人間として運用できる。
『C』、適性あり。改造に際して問題は無し。
『D』、いずれかの項目に難あり。改造可能域ではあるが、積極的な運用は避ける。
『E』、適性が低く、改造手術のさいに大きなリスクあり。
『F』、致命的な欠陥あり。改造手術は不許可。
と、なっている。
寧人にとって幸いだったのは、なんとか改造可能域の結果が出たことだった。精神耐性が強かったことでギリギリ『D』の判定だった。
だが、コンペに勝つためには素体である寧人自身の適性を少しでもあげる必要がある。そうそうすぐに上がるようなものではないが、寧人は実際に改造手術をうけるそのときまで、ベストを尽くしたいと考えていた。
そこで、課長としての仕事の傍ら、アニスのコーチのもとトレーニングに励んでいた。
「ほらほらー。ネイト。もーちょっとだヨ! ふぁいと♪」
「……う、うん…!…」
「あと3回だヨ! がんば!」
「……198…199……うりゃぁあ!!…200!!」
「はい、よくできました! 偉いね。はい、ドリンク」
「…あ、りがとう。ちょっと休ませて」
このトレーニングはウエイトを背負った状態で、目の前のモニターの光った部分を次々と素早く押していくもので、体力と反射速度と精神的持久力を同時に鍛えられるものだが、寧人はこれが一番きつかった。でも、欠かさなかった。これはアニスの協力がなければ怪しいところだったと思っている。
開発室での日々は、メンバー全員がやることが山盛りだったこともあり、それなりに充実していた。それぞれが実力を発揮していた。
悪くないチームだよな。寧人はそんな風に思っていた。
ある日、すこし居残りで自主的にトレーニングをしたあと、開発室に忘れ物をしたことに気づいた寧人が戻ってみると、一人で残っていた真紀を見かけたことがあった。
うお。頑張ってるな。すげー集中してるみたいだ。
寧人はすこし考えた。なにが励ましたりとか、応援したりしたいな、と思った。だって同期だし。真紀には色々親切にしてもらったし。それにまぁ、出来れば好かれたいし。
悩みに悩み、缶コーヒーを買ってみた。
お疲れ様。そういって差し出そうかと思ったけど、迷惑がられるかもしれないし、下心があるように思われたら嫌だな、とも思って、廊下でウロウロしていると、たまたま新名がやってきた。
「に、新名、お前なんでこんな時間に?」
「え? あー、仕事終わったあと家まで帰るのめんどくさいからたまに休憩室に泊まってるんすけど。ゲームとか持ち込んでありますし。先輩はどうして……あ、へー。ほー。なるほど」
廊下から開発室を覗いた新名は真紀が残っていることに気づき、ニヤニヤしだした。
「な、なんだよ」
「いえいえ別に。…先輩、真紀さんはコーヒーより紅茶派って知ってました?」
「え? そ、そうなのか?」
「そうなんすよ。だから差し入れなら紅茶のほうがいいっすよ。Bブロックに自販機ありますから。真紀さんはあれ好きだから差し入れたら喜ぶと思いますけど」
「……ちょっと買ってくる」
「ああ、先輩」
「なんだよ」
「そのコーヒー、余りましたよね? 俺にください」
「……ほれ」
「あざっす」
新名のちゃっかりしたところに苦笑しつつ、一方でよく気がつくところにも感心した。
「しかし先輩ほどの極悪人が、なんでプライベートではそーなんすかね。俺意味わかんないっす。ヘタレすぎっしょ」
新名はそんなことを言いつつコーヒーを空けた。
「……でも、まぁ。本気だした先輩は……まぁ、ある意味けっこーカッコイイっすから、多分ダイジョブじゃないっすかね」
途中、ちょっとだけ照れたように口ごもったが、やっぱり図々しくコーヒーをグビグビ飲みながら、そう言って、新名は立ち去った。
そんな些細なこともあり、でもそれぞれがコンペに全力を注ぐ日々は続いた。
いくつか問題も発生したりもした。
寧人が研究ブースの様子を見に行ったときのことだ。
「……うーん」
「どうしたの? 真紀さん」
「あ、寧人くん、いえ…、ちょっと詰まっちゃって」
寧人は真紀に詳しく聞いてみた。
スピリチアルシルエットのパワーがまだ弱いそうだ。理由は二つある。
一つ目、変身者の精神エネルギーを外的なパワーに変換するのがコンセプトだが、その変換効率が頭打ちになってしまっている。もう少しパワー変換率をあげる必要がある。
二つ目、一つ目が出来たとしても不安がある。やっぱりなにか別のエネルギー源を精神エネルギーの補助として組み込んだほうがいいように思える。
と、いうことだった。
寧人には科学知識なんてまったくないが、一つ目の問題については、すこし思いついたことがあった。
「……あのさ、精神エネルギーって、要するにその、魂? みたいなものって思っていいのかな?」
「? そうですね。詩的な言い方ですけど、間違いではないと思います。」
そうか。やっぱりそうなのか。寧人は提案してみた。
「俺の知り合いの人に、あ、いや『人』じゃないんだけど、魂の扱いが上手な知り合いがいるよ。なんか魂集めたりとか、その魂で拠点にバリア張ったりしてた感じで」
「!? ホ、ホントですか? それってスピリチアコントロールの超高等技術ですよ! 理論的には出来るはずなんですけど、実現はまだのはずで…」
「よくわかんないけどさ、一応あの人たち、今はメタリカに協力的なはずだから、ちょっと言ってみる? ヒントになるかもしれない。クコクコ言うし、顔は怖いんだけど。根はわりといい人? みたいだったよ。俺の力になる、って言ってたし」
「はい! ぜひお願いします!」
結論から言うと、この試みは上手くいった。メタリカが用意した『彼ら』の新しい拠点を訪問した寧人は、イノチ、タスケラレタ、レイダ。コレ、クエ、と生の深海魚を差し出されたし、真紀は多少怖がりつつも彼らが生得的にもっていた魂の加工技術の感覚論を聞いて、なんらかのヒントを得たらしい。
あんな片言で話してるのに、よくそんな複雑な内容が理解できるよな、真紀さんは。と寧人は感心した
そんなこともあって、寧人たちが開発室に赴任してから3ヶ月が過ぎた。真紀が言った二つ目の問題、に対する答えは結局出なかった。小型で出力も高く、そして精神エネルギーの補助として機能する。そんな都合のいいエネルギー源はそうそうあるもんじゃない。
ちなみに、池野ら一課の面々は同じ敷地内の別棟でコンペの準備と業務に当たっており、コンペの最終段階、つまり実際に直接競い合うそのときまではほとんど社内で顔を合わせることはなかった。
とはいえ、同じ島内にいるので、ときおり外で会うことはある。コンペの最終段階に入る二日ほど前、寧人が食堂でカレーうどんを食べていると、あとから池野が入ってきた。時間は21時。どうやら彼も残業していたようだった。
「……おつかれ」
「………ああ、おつかれ」
二人は互いの存在に気づくと短い挨拶を交わす。
この食堂はカウンターしかないので、必然的に池野は寧人の横に座ることになった。他に客はいないので、間に3席ほど空いてはいるが。
「……」
「……」
会話をすることもなく黙々と食事をする二人。
二人は互いのコンペ案について、ある程度知っている。課長同士、報告書は回ってくるからだ。プライドの高い池野のことだ、虚偽の報告などしないだろう。
「……池野」
「なんだ」
「お前のチームのコンペ案、みたよ。お前はすごいよ。やっぱり」
池野のチームは外的エネルギーの内蔵と素体の大幅な機械化を推している。さらに言えば、池野がこの『外的エネルギー源』として取り入れたもの、それはビートル・クリスタルだった。
忘れもしない。オーバーテクノロジーのアーマーを纏った超人、ビートル。そのビートルがエネルギー源としていたクリスタルである。
高次元からエネルギーを取り入れ、放出する神秘のクリスタル。ハリスンが製造した驚異的な物体だ。
池野はハリスン攻略戦のあと、速やかに手を回し、ハリスンの研究チームの技術をメタリカに吸収させていた。さらに、クリスタルの製造技術を社内でも一部以外には極秘としていた。現在は幹部を除けば一課が独占している状況だ。
「小森。お前は何が言いたい? ビートルを倒したのは自分なのに、とでも?」
「いや。たしかに現場でビートルと戦ったのは俺だ。だが、効果的な武装の立案、戦闘員の配置、襲撃のタイミング、ハリスン内の攻略ルートの予測。それに俺が強行させた怪人の複数投入だって、お前が手配したんだろ? 俺は一人で勝ったなんて思っちゃいないよ」
事実だった。あれは合同プロジェクトだった。当時企画部にいた池野の策があってのことだ。俺に同じことが出来ただろうか。
それに結果的に寧人のプランが選ばれたが、池野の考えだって間違っていたわけではない。
しかも、池野はビートルを倒した直後から、その後自分が有利になるように手を回していた。だから今クリスタルが池野の手にある。
ずっと先を見通し、強く有り続けるために、池野は万全の手を打ち続けている。寧人には思いつきもしなかったことだ。
こいつは強い。それだけは認めている。
「事実だからな。よかったよ。お前がそれくらいの理解力があるやつで」
「……じゃ、お先に。コンペではせいぜいお手柔らかに頼むぜ」
寧人はカレーうどんを食べ終わり、それ以上は何も話さず店をでた。
寧人はわざわざ口には出さないが、池野のことは好きではなかった。きっと、彼とは一生友情を感じることは出来ないだろう。
そう、思った。
※※
22世紀の日本は米国に並び、正義の超人であるロックスが多く存在する。テクノロジーが発達しているからか、それとも古来より受け継がれている神秘的な何かがあるからなのか。とにかく様々な要因で超人となった者たちが、それぞれの形で戦っている。
そんな彼ら、日本のロックスにはある特徴がある。
ほとんどの者が、個人で活動しているということだ。
20年前に最初のロックスとして登場したディラン。ハリスンという科学施設を拠点とするビートル。沖縄という限定的なエリアで特定の敵と戦ってきたラモーン。そのほかにも例は多い。
それぞれバックボーンとするものはあるのだろうが、ロックスは常にそれぞれ一人、というケースが多い。やはりそれほどの超パワーを得られる人間は数少なく、またそうした人間が他の同様な存在と交流を持つのは難しいということなのだろう。
だが、何事にも例外がある。常に集団で戦うロックスが一組だけいるのだ。出自も比較的有名なほうだ。
10年ほど昔、日本ではサイキックパワー、つまり人間がもつ超能力の研究が盛んだった時期がある。
手を触れずに物を動かすテレキネシス、近距離でのテレポート、テレパシーに透視。そうした能力をもつ人間がいることが明確に証明されたあと、そうした資質をもつ子どもたちを一同に集め、能力を開発するスクール、『マルーン』が誕生した。
マルーンでの超能力開発を順調に進んだかのように見えていたが、その実、マルーンの創設者は野望をむき出しにし始めた。超能力を持つ子どもたちに洗脳にも近い教育を施し、私兵とし、そして世界に覇を唱えたのだ。
当時のマルーンはメタリカに次ぐ、国内有数の悪の組織とされるようになった。
超能力を持つ子どもたちは、感情のないマシーンのように次々と立ちふさがる勢力を壊滅させていったのだ。それはもはや虐殺に近かったと聞いている。
が、そんなマルーンは今はもうない。何故か?
反乱が起こったのだ。
マルーンによる子どもたちの洗脳は完璧ではなかった。子どもたちのうち、ふとしたきっかけで仲良くなった5人の少年少女がいた。彼らは幼少のころから、辛い訓練の途中もお互いを思いやり、共に成長した。いつも彼らは仲間だった。たった5人の仲間だが、ほかの子どもたちにはない温かい絆をもっていた彼らは、マルーンの洗脳教育に耐え、友情と愛情をもったまま成長することが出来たのだ。
そんな人間としてまっとうな、正しい感情を知った彼らは、自分たちの所属しているマルーンがどれほど非道なことを行っているかを理解していた。
結果、彼らはマルーンを離脱し、そして人々を守るために己のもつ超能力を振るい戦うようになった。
超能力は人間の心が生み出す力とされている。強い絆で結ばれた彼らは他の操り人形のような超能力者たちよりも強く。それゆえに人々を救った。彼らの奮闘と、そしてメタリカの攻撃により、マルーンは滅びたのだ。そして彼らはその後もガーディアンに協力し、世界中の悪と戦っている。
この現在の戦記は、美談として世間に語り継がれているし、同時期を過ごした少年たちはみな彼らの強さとその友愛の絆に憧れた。
紅 光太郎
小暮 蒼一
山吹 薫
レイ・エヴァグリーン
桃井 さくら
今では青年となった彼らは、正義の絆で結ばれた彼らは、世間ではこう呼ばれている。
――マルーン5――
マルーンが生み出し、そしてマルーンを止めた正義の5人。
彼らは今日もまた、正義の味方として、悪を討つための戦いへ向かっていた。
ついに突き止めたのだ。悪の組織の急所を、魔人を生み出す根源の地を。
その情報の出所はやや特殊なケースだったが、ある意味では信頼できるものだ。
内部の裏切りものによる情報のリーク。やはり悪の組織などそんなものだ。どんな理由があるのか知らない。組織内の軋轢でもあるのだろう。
仲間を裏切るなど、自分たち5人は考えたこともない。
悪は自らの性質ゆえに滅ぶのだ。絆を持つことのない、その脆弱さによって。
友情は人を強くする。だから、そんな悪の組織に俺たちが負ける筈はない。
煉獄島。メタリカが改造人間を生み出す島。
マルーン5は専用の潜水艦で煉獄島に向かっていた。
全体的に盛り下がる回かと不安です。
次回は、それなりに。