オフィスラブっすか?先輩
池野からの情報提供を受けた寧人はツルギと相談の結果、開発室を希望部署に決めた。
怪人や各種機器、武装を生み出す開発室はメタリカの重要なセクションであるし、派閥に属していない寧人が別の部署に赴任した場合、不当に改造人間を回してもらえないなどのリスクが考えられる。
ならば自分自身が開発室の権限を握ったほうがいい。
また、池野の情報が正しいとすれば、開発室を二分して行われるコンペの勝者となることができれば、それは今後のメタリカで大きな力となるだろう。
常に最前線で戦い続けてきた寧人にとって初となる後方部署であるが、避けて通ることは出来ない。
それが開発室を希望した理由である。
あと、ツルギには言っていないが、コンペの最終候補者である真紀を応援したい気持ちもあった。
真紀の改造コンセプトはバイオテクノロジーを応用した『精神エネルギーの転換による肉体の強化と変身者の成長に伴う強度上昇』とのことで、現在主流となっている機械化改造人間とは異なる発想だ。
一方、もう一人のコンペ最終候補案は現在主流の機械化をさらに推し進めた『外的超エネルギーの内蔵と肉体の大幅な機械化による剛性の獲得』、そしてこの発案者はキースという男で、池野が所属しているグローバルレベニューマネジメント部で科学顧問という立場で池野の下についていた男だ。
池野は一課長に決まっているということだから、おそらくキースの案を取るのが一課、真紀の案を取るのが二課ということだろう。
自分があの池野に勝てるかどうかはわからない。だが、勝つしかない。
寧人が開発室への異動希望を出してから1ヵ月後、開発室が二分されることが発表され、同時に
寧人は開発室二課の課長に任命された。部下も同様だ。チーム単位での異動はメタリカではよくあることらしい。
開発室二課課長 小森 寧人
開発室二課係長 ツルギ・F・ガードナー
開発室二課研究主任 黛 真紀
開発室二課 アニス・ジャイルズ
開発室二課 新名 数馬
他に5名の技術者、その下の作業員が21名。
寧人は30名を束ねる課長として、新たな職場へと立つ。なお沖縄支店での送別会は大いに盛り上がり、庶務課のメンバーたちに散々飲まされ、二日酔いに苦しんだりもした。
※※
「それにしても。開発室ってのは遠いっすね。まだつかないんすか? 海ちょっと飽きてきたんすけど」
メタリカ専用船舶に乗った寧人たちは一同は東京湾を離れ、外洋へと向かっていた。キッチンも備え付けられた定住性のあるその船舶といえども、さすがに移動時間が長い。なんと到着は明日の朝を予定している。今日は船舶内での就寝となるだろう。
新名が不満をもらした。
「外部に知られないために孤島に造られたんだから遠くて当然だろう。男がブツクサ言うな新名」
「へーい」
新名の不満をたしなめるツルギ。この光景は寧人のチームでは非常に良くみられるものだった。
「ネイト、コーヒー飲む?」
「あー、うん。ありがとう」
アニスはコーヒーを入れるのが上手い。窓辺に立って海をみていた寧人はソファに座りなおした。
二課に分かれた新開発室は組織図上は本社内にあるが、地理的には本社内にはない。
様々な実験設備を用意しなくてはならない都合や、外敵に攻撃されるとメタリカにとって致命傷になりかねないことを考えれば、正確な位置を社員にも知らせていない洋上にあるのは当然だよな。寧人はそんな風に思いつつ、コーヒーを啜った。
ソファはコの字型になっており、寧人の斜めには真紀が座っている。彼女はコーヒーに砂糖を多めに入れるタイプらしかった。
「そ、それにしても、小森課長! ついに同じ部署になれましたね! 嬉しいです!」
真紀はソワソワしていた。何故か寧人に話しかけるのに緊張しているように見える。でも表情は明るくてはつらつとしていた。
「? そうだね。コンペで真紀さんの足ひっぱらないようにがんばるよ。あと別にいままで通り、寧人でいいよ。同期なんだし」
「……はい! じゃあ改めてこれからもよろしくお願いします。寧人くん」
真紀は嬉しそうに笑った。整った顔立ちがいっそう魅力的にみえる。
あー、やっぱり可愛いなこの人。
「あれ? オフィスラブっすか?先輩」
「そ、そんな、いえ、そのあの……!!」
新名の軽口に真紀は赤くなった。
「バカかお前。どう見たら今のがそんな風に見えるんだよ」
新名に突っ込む寧人。新名は人懐っこい男でとても気安い。寧人も新名にはフランクに話せるようになっていた。
「ばかかオマエ。どうみたら今のがそんな風に見えるんだヨ。ちゃらいぞニーナ」
アニスが寧人の口調を真似て復唱して、付け加えもした。ちょっと似てた。
「…あぅ。…そ、そうですよ新名さん。からかわないでください」
一同は明るい雰囲気に包まれている。ハタからみたら、とてもこれから世界を征服するための兵器を開発しにいく集団とは思えないんだろうな。寧人はそんな風に思った。それはそれでいい。
でも、やるべきこともあった。
「まぁ。それはそれとして。思ったんだけど主要メンバーみんないるから、到着前だけど開発室での役割分担とか方針とか、話してもいいか?」
「賛成です。時間との勝負になりかねない。まずはアンタの考えを」
寧人の提案に賛成するツルギ。他のメンバーも同じく頷いた。
「……えーっと、そうだな」
ここ数日。寧人はろくに寝ていない。開発室の業務内容の理解と方針の検討のためだ。
事務仕事の経験などない寧人はそういったことは不得意なので、かなり苦労した。
「コンペの件もなんだけど、他にもやることが結構あってさ。他部署への改造人間の派遣管理とか、既存の改造人間の戦果の分析と本社への報告とか。この辺は…」
ここまで聞いて新名が軽く手を上げた。
「あ、俺やりましょうか? 多分こんなかじゃそういうの一番得意なの俺っすから。それに訓練とかしんどいからやりたくないし」
軽い口調だが、ありがたかった。寧人の考えと同じだった。すくなくとも自分には荷が重い。新名はちゃらちゃらしているように見えるし、実際ちゃらいのだが、フットワークと頭の回転は抜群だ。
最近は仕事についてもやる気が出始めているようでもある。別に自分が育てたなどと思っているわけではないが、成長がみられて少し嬉しく思っていた。
「そうか。ならお願い」
「うぃーっす」
「あとは武器の使用テストと改造人間に適用するための戦闘モーションのシュミレーションは……ツルギ、頼めるか?」
これはツルギ以外の人間には不可能だろう。そして彼ならば十二分に成果をあげるはずだ。
名刀とはいえ、普通の日本刀でブレイクブレードと戦えるほどの鋭い太刀筋を見せるツルギは強い。そしてたしかな観察眼と戦術的思考の持ち主だ。
「承知」
ツルギは座礼にて答えた。その忠誠心がこそばゆかったが、彼には本当に感謝している。
「ネイト、わたしは? わたしは?」
アニスがぴょこぴょこと動いてアピールをしてくる。
「アニスは俺の補佐かな。色々動いてもらうかもしれない」
「ん! おっけー♪」
アニスに好意をもたれていることは流石にわかってはいるが『諸事情』のため、一定以上仲良くなってはいけない、と思っている寧人だったが、いつも元気で明るい彼女といると、色々考えさせられるものがあった。
「で、既存の改造人間のメンテナンスとか改良も同時にやるとして、肝心のコンペの件だけど…これはついてから話そうと思う。もう時間も遅いし。みんな船室に入って休んでくれ」
コンペについては寧人は考えていることがある。しかしそれをみんなに言う前にやらないといけないことがあった。
みんなは寧人の言葉をうけ、それぞれの船室へ入っていった。
残った寧人は一人、デッキに出てみる。考えをまとめるためと、そして決意を固めるために一人になる時間がほしかった。
「……」
夜風が心地よい。寧人は柵によりかかり、海と星を眺めた。
今回のコンペでは実際に試作として改造人間を作る。そして一課と二課での性能テストの勝負となり、勝者は今度のメタリカの改造人間の基本コンセプトとなる。
池野が言っていたように、非常に重要なプロジェクトなのは間違いない。
勝たなくてはならない。絶対にだ。
迷いはある。でも、俺のなかにある悪意が、そうすべきだと伝えている。
「……やってやるさ」
一人つぶやく寧人。
デッキにでてどれくらい時間が過ぎただろう。寧人の迷いはなくなっていた。
ちょうどそのときだった。
「あれ? 寧人くん? どうしたんですか? まだ、休んでなかったんですか?」
真紀だった。彼女はストールを体に巻いて、船室から出てきたところだったようだ。
「あ、うん。ちょっと考え事してて。真紀さんはどうしたの?」
「そうなんですか……ごめんなさい。ジャマしちゃって。ちょっと眠れなくて。それで、なんとなく、です」
「いや、いいよ。ちょうど良かった。あっちについたらバタバタしそうだし、今のうちに君に言いたいことが……大事な話があるんだ。ちょっといいかな」
「え……? な、なんですか? も、もちろん大丈夫ですよ!」
真紀はすこしあわてたようだった。あたふたしているようにみえた。
でも気にしない。今がそのときだ。
満天の星空の下、寧人は思いを告げる決意をした。
「真紀さんの思いは知ってる」
「ええ!? …そ、そうなんですか…?」
何故か真紀は顔を赤らめた。元々色白だから、船室から漏れる淡い光でもそれがよくわかる。
「? ……あ、うん。知ってる。だから、これから言うことは簡単な気持ちで言うんじゃない」
「……うん…うん…」
真紀はじっと寧人をみつめる。今度は寧人のほうが緊張してきた。
「真紀さんは強い人だと思う。夢をかなえるために、メタリカに入って、そして一生懸命頑張ってる。そんな君だから。俺は…」
「…はい」
真紀が寧人に一歩、歩み寄った。瞳が潤んでいるようにも見えた。
「俺は、君と一緒に夢を叶えたいと思う。だから!」
「はい…!」
「大事なコンペなのはわかってる、でも俺も精一杯やる。だから俺が改造人間の素体になることを認めてほしい!!」
「……は…ふぇ?」
真紀は一瞬、きょとん、とした。
あ、あれ? おかしいな。俺変なこと言ったかな。だって今の流れでそれ以外あるか? ああ、ええっと。説明だな。説明しないと。
寧人はあわてて続けた。
「最初はツルギにお願いしようと思ったんだ。俺が改造されるよりはるかに強いだろうし。でもそれじゃ意味がない。自慢じゃないけど俺は戦闘能力が低い。でも、だからこそ改造手術で強くなれば、劇的なアピールになるしコンセプトの有効性を示せると思う」
「あ、えっと…その…ちょっと、ちょっと待ってください!」
真紀はなんだかさっきよりも赤くなった。耳まで赤い。ほんとうにどうしたんだろう。恥かしいことでもあるのかな。あ、俺チャックあいてるのか? いや、あいてないな。
寧人が狼狽していると、落ち着きを取り戻したらしい真紀が答えた。
「…ふーっ、はい。す、すみません。もう大丈夫です」
なんだったのだろう。寧人にはさっぱりわからなかったが続けることにした。
「これが一番いいと思うんだ。それに実際コンペに勝って、このあと運用されるとしても、俺がなったほうがいい。怪人への変身時と運用にはレベル4以上の社員の決済が必要なのは知ってるよね? 俺自身が改造人間になれば、いちいち決済をまたず自分の判断で変身ができるようになる」
「…た、たしかにそうですけど…」
本来であれば、寧人は上司なので、命令と言う形で押し通すことは出来るが、それはしたくなかった。
真紀がメタリカに入った動機は知っている。コンペにかける思いも。
あのとき、おでん屋で寧人は真紀に言った。『この世界を一緒に変えよう』と。
大事なコンペだ。真紀にとって、とてもとても大事なものだ。だからこそ、まずは彼女に認めてほしかったしそうするべきだと思った。
寧人は真紀の手を握り、思いを伝える。
「俺はこの世界を征服する! 極悪人と言われても、立ちふさがる者は打ち倒す! 相手が正義の味方でも関係ない。そのためにまだまだ進むつもりだ! けして真紀さんの夢を壊したりしない…!」
「……あの」
真紀がささやくような声をあげた。
そこで気づいたが、距離が近い。手を握ってるんだから当たり前だ。あわてて手を離した。
そういえば俺が? 女の子の手を? うわーキモい。申し訳ない。熱くなるとこれだよ。そういえば営業部時代に泉さんに直情的傾向あるとか言われたな。反省しないと…。
「ご、ごめん!」
「いえ…ホントに寧人くんは外道ですね。悪のことしか考えてないんですか?もー」
言葉とは裏腹に、真紀は笑っていた。
「え? だって…ほかの事…って?」
「わからないならいいです!」
「…で、どう、かな?」
寧人は恐る恐る聞いてみた。真紀は寧人の手を握り返し、答えた。
「もちろんです。寧人くんがやってくれるなら、こっちからお願いしたいくらいです」
「ほんと!?」
「はい。わたしのコンペ案、スピリチアシルエットは精神力をエネルギーに代えて成長します。寧人くんならきっと…、あ! でも改造適性検査はすぐにしないとダメですよ! 開発室についたらまずは検査ですからね! 適性が足りなかったらトレーニングからですよ!」
「う、うん」
さっきまで潤んでいた真紀の瞳はこんどは爛々と輝いていた。
「たーだ! わたしの適性検査は、きびしいですからね。覚悟しててください」
びしっ、と指をさし、真紀は冗談めかして言う。だから寧人も強気に答えた。
「望むところだよ! 庶務課上がりの意地を見せてやるよ」
「はい!…ふふふ」
「ははは。ちょっと寒くなってきたね。戻ろうか」
「あ、いえ。私はすこし顔が火照っちゃったので、もうすこし…」
「そう? じゃあ。先に戻るね。おやすみ」
「おやすみなさい」
寧人は船室に戻りながらすこし考えた。
報告書で読んだ真紀の改造案、スピリアルシルエットは変身者の精神がデザインとして発露するそうだ。聖人君子が変身者なら天使のような外見に、猪突猛進の熱血漢ならミノタウロスみたいになるんだろう。
じゃあ。
この俺が、世界を変えるために世界を壊そうとしている悪人の俺が、スピリチアルシルエットに改造されて変身したとしたら。
「…見た目、どんな化け物になることやら…」
すこし不安になった。が、それ以上に、寧人は自分の魂が燃えていることに気づいた。
あまり話が進みませんでした。すいません