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悪の組織の求人広告  作者: Q7/喜友名トト
社内闘争編~マルーン5~
33/106

後悔しませんね?

メタリカ本社内には重役しか立ち入れず、セキュリティレベルが非常に高いエリアがある。


許された者のみが厳重な身体チェックを経て、初めて立ち入ることができるその場所に、寧人は脚を踏み入れた。


 部下たちは別室で待っている。まるでSFの世界のようなゲートを通過し、寧人は重役用の応接ルームへと向かった。


 「失礼いたします」


 そう声をかけて入室。どんな部屋かと期待していたが、意外にも中は普通だ。


全体的には大企業の応接室、といった雰囲気であり、接客用と思われる黒い皮のソファでアンティーク調のデスクが備え付けられている。本棚には真っ黒な背表紙で題名のない本が並んでおり、大型のコンピュータとそのモニターのようなものがあった。


 最初、よく部屋を観察しておこうと思った寧人だったが、室内にいる人物を見てそれどころではなくなった。



 「おう、よくきたな小僧。入れ」


 まずはラーズ将軍、長い髪を後ろに束ね、破壊的な威圧感をもつ大男。メタリカ専務取締役。沖縄支店異動の際の人事発令時に会っている。


 「……へぇ。キミが小森くんですか。なるほど。おもしろい」


 そしてもう一人。白衣を着けた眼帯の男。長身痩躯なその男は、ラーズとは違い威圧的ではないが、しかしこちらの心を見透かすような、まるで人間の血が通っていないような不気味さがある。


 知っている。面接のときにも一度顔はみていたが、そのあとメタリカの社員になってから彼が何者だったのか聞かされ、驚いてもいた。


 「……プロフェッサーH…」


 プロフェッサーH。Hはヘッドフィールドの略らしい。

 彼はメタリカ設立のきっかけを作った男だ。



 医術をはじめとるするあらゆる学問を究め、様々な権威ある化学の賞を総ナメにした天才科学者。


 そして、強すぎる探究心から『人間を超える者』を初めて生み出したマッドサイエンティスト。


 それが彼だった。


 その研究のため、悪に身をやつし、現在の首領と結託してメタリカを結成。以来、次々とオーバーテクノロジーによる改造人間や武装、兵器を開発しメタリカの勢力拡大に大きく貢献した人物である。


 現在はメタリカ副社長の椅子に座り、武闘派の専務、ラーズ将軍とともに『巨悪の双竜』と呼ばれている。



 「おや、私のことをご存知ですか?」


 プロフェッサーHの視線が寧人に絡みつく。まるで体の隅々を分析されているような不快感を覚えるが、寧人はそれを表面には出さない。笑顔を作ってみせる。


 これは戦いだ。表彰という名の、人事発令の場という戦いだ。


 寧人は精神を張り詰め、戦いに挑む。


 「もちろんですよ。プロフェッサーH。あなたの功績はラーズ将軍と並び、もはやメタリカの伝説ですから」


 「……なるほど。たしかに精神的にタフな人のようですね。ですが、私とラーズを同列に語るのは……やめていただきたいものですね」


 プロフェッサーHは明らかに不快そうな反応をみせた。もしかしたらこの二人にはなんらかの軋轢があるのだろうか。寧人は自分のミスに肝を冷やす。


 「ヘッドフィールド。その辺にしておけ。今日こいつを呼んだのは、表彰のためだぞ。それも首領の勅命でだ。それに、貴様、忘れたのか。俺たちが争うことは…」


 「……わかっていますよ。不愉快ではありますが、ね」


 「……そういうことだ」


 巨躯の極悪人は痩身のマッドサイエンティストに対して荒れ狂う暴風のような怒気を放っているが、あくまでも言動は抑えている。なんらかの理由があるのだろう。


 「手短に済ませよう。小僧、いや、小森だったな」


 「はい」


 「特地の攻略、及びB級ロックス、ラモーンの討伐。ご苦労だった。その武勇と功績を称え、メタリカ1等勲章を貴殿に授与する」


 ラーズの岩のようなゴツイ手から、白銀に輝く勲章を手渡される。


 「はっ!」


 「まさかお前が、特地を落とすとはな」


 ラーズはむすっとした顔のままだ。


 「…はぁ」


 「お前が失敗していれば、次は俺が直接赴いて潰す予定だったが、ふん、余計なことをしてくれたもんだ」


 ジロリ、猛獣のようなラーズの眼光が寧人に突き刺さる。


 「……それは、もうし、わけ…」


 思わず寧人は謝りそうになった。ラーズならば、正々堂々真正面からサンタァナもラモーンも倒せたのかもしれない。いや、多分倒せる。


 やばい。どうする。あまり彼に不満をもたれるのは得策ではない。


 どうするどうする。


 寧人は一瞬のうちにかなり不安になった。が。


 「……ふっ、わぁっはっはっはっは!! 冗談だ。坊主!」


 ラーズは仏頂面をくずし、豪快に笑って見せた。思えば彼の仏頂面以外を見たのははじめての気がする。


 「は、はぁ…」


 「そう怯えるな! よくやった。俺には理解できないが、お前はお前なりの強さがあるようだな。あのときの言葉を結果で証明したわけだ」


 バシバシと肩を叩かれる。痛い。そして怖い。でもちょっと嬉しい。寧人はそう思った。

 

 ラーズ将軍といえば、無双の極悪人で、メタリカの頂点近くにいる男だ。


 寧人は宣言をして、それを達成した。それで多少なりとも彼に目をかけられたのかもしれない。


彼はある意味、素直で一本気な人物なのだろう。話をすることも、笑うこともできる男なのだな、というところが当たり前なのだが、嬉しく思った。


弱い相手を羽虫のように叩き潰す凶悪さと、豪放磊落さは同居できるものらしい。


 「あ、ありがとうございます。将軍のご指導ごべ、ごべんたちゅの…ご鞭撻の…」


 「お前に教えたことなどないわい。第一俺の闘技を仕込んだら二日で死ぬぞお前!! わっはっは!!」


 「……ラーズ、バカ笑いはそれくらいにしておいたらどうですか? その先は私が告げましょう」


 プロフェッサーHはそんなラーズと小森を冷たい目で見、そして続けた。


 「小森寧人くん。一等勲章の授与に伴い、貴殿を次年度よりレベル4に昇級とする。また人事異動についてだが、貴殿を社内FA制度の対象者とする。現在の部下ともども希望部署を検討されたし」


 「えっ!?」


 予想以上だった。


 表彰される功績をあげた自負はある。寧人はそれほど厚かましいほうではないが、そりゃ、昇級や表彰の内容を予想するくらいはしていた。


 現在の寧人の職掌レベルは3、係長級だ。いくら功績があるといえども、3から上の昇進はそうあることではない。1から3までの間の数倍の厚さの壁が4以上にはある。



 レベル4に昇進、というのも万に一つの可能性としてはあるかもしれない、くらいに夢想していた寧人だった。


 レベル4。課長、室長級だ。そして社内FA制度とは、21世紀初頭あたりから一般企業にも広まってきた制度で、社員が希望部署を出し、条件があえばそこに配属が決まる、というものだ。


 寧人にとって願ってもないことだった。



 嘘だろ。もう昇級かよ。まだ入社三年目だというのに??


 「レベル4…ですか?」


 「ええ。メタリカの人事制度も変ってきていますからね。優秀な人材はどんどん上へ昇っていくべきなのですよ。……君のように、ね」


 プロフェッサーHが甘い言葉を述べる。どことなく、気持ちが悪い。が、ここは乗るしかない。

 

 「ありがとうございます。希望部署については一旦検討させていただき、一両日中には決めたいと思います」

 

 「はい。結構です。それでは退出していただいて……いえ、私が送りましょう。幹部同行であれば重役エリア退出時のボディチェックをパスできますからね。かまいませんね? ラーズ」


 「……ふん、好きにしろ」


 幹部二人の言葉の応酬。寧人はそれをどうこうするつもりはない。送るというのなら断る理由もなかった。


 「では、ラーズ将軍。失礼いたします」


 「おう。せいぜい頑張れよ。坊主」


 寧人はラーズへの挨拶をすませ、プロフェッサーHとともに室外に出た。短い通路を通り。ゲートへ向かう。


 そのときだった。同行していたプロフェッサーHは寧人に語りかけてきた。


 「小森くん、いい機会です。君に忠告と提案をしてあげましょう」


 「はい? ……どういったことでしょうか」


 プロフェッサーHの声は穏やかで滑らかだった。



 「君の功績は見事なものです。ですが、いささか突出しすぎている」


 「……」


 「いえ、それ自体はとても望ましいことです。とても、ね。ですが、そう思わない者もいるでしょう」


 なるほど。寧人もうすうすではあるが、懸念していたことだった。


 「君は強い、とても、ね。ですが、戦闘力が高いわけでも、専門的な技術や知識があるわけではありません。そんな君がすでにレベル4です。私やラーズと面会する位置まで上り詰めてきた。何人の人間の頭を飛び越してきたか、知っていますか? 彼らの中には君への信頼はあるでしょうか? 疎ましく思うものもいると思いませんか? 」


 横に並んで歩くプロフェッサーHは寧人の顔をみて、そして優しく諭すように続けた。


 「庶務課の人間や直属の部下にはずいぶんと慕われているようですが、君はメタリカにおいて、とても危うい存在です。信頼されているとは言いがたい」


 「……もちろん分かっています。ですが、俺は止まるつもりはありません」


 わかっている。そんなことは寧人にもわかっている。元来臆病者の自分だ。それは怖いほど感じている。でも進むと決めている。おっかなびっくり、でもそれを誰にも悟られずに。


 「ふふふ。いえいえ、私は君を非難するつもりはありませんよ。さきほども言ったように、優秀な者は上がってくるべきなのです。ただ、気をつけるにこしたことはない、と言うことですよ。これが忠告です」


 「……ありがとうございます」


 「次に、提案です」


 プロフェッサーHは、悪の天才科学者は寧人の肩に手を於いた。


 ぬるり、それは蛇を思わせる細く、そして不気味な感触だった。そのまま耳もとで囁かれる。


 「私の子飼いになるつもりはありませんか?」


 「子飼い?」


 「ふふふ、ありていな言い方ですが、派閥に加わらないか、と言っているのですよ。もちろんメタリカは首領を頂点とする組織ですが、1枚岩ではありません。私を中心とする勢力があります。いかがですか? 君が行動する上で私の利益をほんのすこし考慮してくれるだけで結構です。それだけで、私は君に色々と便宜を図ることができます」



 甘い言葉だった。ぞくり、とした。


 プロフェッサーHのいいたいことはわかった。

 ある程度大きな組織で派閥が出来るのは当然だ。ましてメタリカほどの組織なら、その派閥の規模も桁違いだろう。


 その一つのトップがこの男、プロフェッサーHということだとすれば、おそらくもう一方はラーズ将軍なのかもしれない。


 組織内の権力争い、管理職に昇進した寧人にさっそく降りかかってきた難題だった。


 たしかにプロフェッサーHの言うことは魅力的でもある。さっき言われたように、寧人は自分の立場が非常に不安定であることを知っている。派閥に加わればそんな自分の身を守ることにつながるだろう。正直言って、今の自分の置かれている状況は怖い。逃げ出してしまいたいほどに。


 また、プロフェッサーHが自分を買ってくれているらしいこともわかった。おそらくこれまでの寧人のデータをあのすべてを見透かすような目でみたのだ。


 どうする。どうすればいい。


 寧人はすこし考えた。仮に、プロフェッサーHの派閥に加わると返事をしておきながら離反行為を行えば、自分はただではすまないだろう。こうもりのように両方にいい顔をして立ち回ることができるほど甘くはないだろう。


 ではプロフェッサーHの傘下に入るのか。それも即断はしかねる。


 特地にいた一般職社員である寧人には派閥のパワーバランスもわからない。ラーズ将軍のほうが押している可能性もある。


 だが、そもそも俺に、こんな俺に、この恐ろしい男の誘惑をはねつけことができるか?


 もしこれがラーズだったらできるか?


 そうだ。どっちでも一緒なら今答えてもいいじゃないか。守ってくれるというのだから、それを断るなんてできるか?


 プロフェッサーH。超人を生み出した稀代の悪党、俺はこの人に…


 「……お、俺は、あなたの…」


 「ええ」



答えは、『出来る』だ。



 「派閥に入るつもりは、ありません…。す、すみません」


 

俺は、この人についていく気などない。


 寧人は恐る恐る、だが、はっきりと答えた。


 「……そうですか」


 そうとも。俺は派閥になど加わらない。 


 プロフェッサーHにしろラーズ将軍にしろ、派閥に加わるということは自分が他人の傘下に入るということだ。


頂点まで一直線。メタリカという巨大な組織をのぼり詰めていく覚悟の寧人にとっては、みずから一段階、硬い壁を増やすことになる。おそらく今後の行動は規制されることもあるだろうし、意に反することもやらなくてはならないだろう。そんなことをするつもりはない。



 怖い。メタリカ内の不安定な立場は怖い。自分を疎ましく思う者は、きっとすごく強いのだから。


 だけど。怯むわけにはいかない。



寧人はもっと強い相手と戦ったことがある。


そうだ。俺は、鋼の勇気と輝く正義を持つ彼らと戦って勝った。


 倒し、進んできた。目指すもののために。まっすぐそこへ向かうために。


 彼らを倒したこの俺が、回り道をするわけにはいかない



 「プロフェッサーH、もちろん俺はあなた以外のどの派閥につくつもりもありません。それほどたいした者じゃないですし」


 「……後悔しませんね?」


 「はい。けして。……では、ここで失礼します。明日までには希望の部署を決めておきますから」



 寧人はプロフェッサーHに頭を下げ、重役エリアから出るゲートを潜った。


 振り返りは、しなかった。


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