間中さん、俺、ずいぶん遠くまできましたよ
※※
寧人は瀕死であったサンタァナのリーダー個体に最低限の治療を施し、メタリカ本社に送った。メタリカの科学力ならば、魂などあつめなくても適当な場所に誰にもジャマされない彼らの拠点を造れる。そして個体数を減らしたサンタァナには他に行くべきところもない。
サンタァナからみれば、寧人とメタリカは命を救った恩人のはずで、拠点も用意した。それでも反抗してくるようならそのときには容赦なく潰す。彼が瀕死のうちに武力のある本社に運んだのはそのためだ。
だがその心配はなかった。サンタァナはメタリカに、いや寧人に協力関係を結ぶことを誓ったのだった。クコクコいいながらも、力が必要ならば言え、といってくれた。意外と恩義を重んじる種族だったらしい。彼らは今、日本海の奥底にいる。
サンタァナとラモーンがいなくなった。そしてメタリカ沖縄支部の士気は上がっていた。
もともとメタリカの活動規模が小さかったため、対抗手段を講じていなかった沖縄は、地元の英雄を失えばもろかった。
メタリカは極悪非道な指揮官の下、あっという間にガーディアンを倒し、地域の権力中枢を掌握。非合法な手段で沖縄の企業及び官公庁はメタリカの支配下に置かれることとなった。
それは、寧人が沖縄支店に赴任してからわずか半年後のことだった。
※※
黛 真紀は悩んでいた。
社内コンペに提出した怪人案は正式採用一歩前まで決まっており、それに伴い真紀は念願だった開発部に異動が決定したのだが、そこで問題が発生したのだ。
改造人間の素体になる人員である。
真紀の改造人間は成長要素を含んだものだ。改造直後の戦闘能力はたいしたことはないが、そのポテンシャルの高さから社内コンペの上位に残れたのだ。成長していく怪人、これがコンセプトだった。
しかし、改造人間になるというのはそれなりに覚悟がいることだ。
まず、改造手術に耐えるには適性に加え、強い精神力が不可欠だ。それを満たす者は少ない。
そしてそこまでして改造人間になったからには無敵の力を振るいたいというのが当たり前だ。
改造人間はメタリカの花形で看板だ。実働部隊のトップエリートのみが改造を許され、また改造後は重要な任務が任され、高待遇が約束される。
なればこそ、改造人間になれるほどの者は改造内容を吟味する。改造後は強いほうがいいに決まっている。改造後の戦闘能力や汎用性はそれから先の進退に大きく影響する。
それから考えると真紀の改造案は彼らに魅力的には映らないのだろう。最強へむけて成長していく、といえば聞こえはいいが最初は弱いといっているようなものだ。
もちろん、真紀が上に依頼すれば命令が下るはずだし、イヤイヤながらもやってくれる人はいるだろう。しかし真紀はそんなことはしたくなかった。
改造といえば一大事だし、人の運命を変えることだ。それを強制するのはよくないと思っていた。
それにこの改造コンセプトは真紀が苦労のすえ生み出したもので、メタリカの戦闘能力を大きく高める可能性のあるものだと信じている。それなりの人物にやってほしいとも思っていた。それも科学者として、開発者として当然の考えだ。
「……んー…」
真紀はデスクで考え込んでいた。どうも上手くいかないものだなぁ、そういう風に思う。
「黛さん? どうしたの? 大丈夫?」
同僚が声をかけてくれる。
「あ、いえ、大丈夫です。ちょっと考え事を…」
あわてて答える真紀。
「そう、なんか元気ないみたいだけど……、あ、そうだ。これ知ってる?」
「? なんですか?」
「すこしは元気になれるかどうか、わからないけど。あなたの同期の、小森くんだっけ? 今日本社に顔を出すらしいわよ」
「え!?」
全然知らなかった。彼は今沖縄にいるはずだった。
情報はいろいろ聞いてはいた。
ラモーンを倒し、サンタァナを支配下においた、との話だ。
このニュースは本社を揺るがした。誰も彼もが『信じられない』『奇跡だ』と大騒ぎしていた。池野などは固まっていたそうだ。
一般公募で入社した庶務課出身の一般職が、あの特地沖縄を制圧した。まさしくそれは大金星で、ありえない事態、奇跡的な成功だったということだろう。
しかし、真紀は違った。ほのかに期待していた。
あの人なら、もしかして、もしかしてだけど。何かをするかもしれない。そんな風に思っていた。今ごろどうしているのかぁ、沖縄で頑張ってるのかな、すこしくらい連絡してくれてもいいのに。元気なのかな、またすごいことしちゃうのかな。
そんな風に思っていた。
だからニュースを聞いたときには思わず『やったぁ!』と快哉を叫んでしまい、周りに注目され、恥かしくて赤くなった。
「な、なんで寧人くんが?」
「専務直々の表彰と勲章授与よ。さすがにあれだけの功績を残してなんにもナシ、ってわけにはいかないでしょ。あ、 ちょうど到着の時間のはずね」
「……!」
すこし目を離すと、あの人はどんどん進んでいく。
自分を不器用に慰めたシャイな彼、世界を壊すと冷静に述べた非道な彼。
本当に不思議な人だ。
真紀は胸が温かくなるのを感じた。
「あ、あの、私! ちょっと行ってきてもいいですか?」
「くすっ、いいわよ。いってきなさい」
「ありがとうございます!」
真紀は廊下を小走りして進んだ。到着の時間がさっきということで、これから専務のところにいくならば、ロビーから来るよね、と思った。
別に何か用事があるわけではないのだけど、会いたかった。顔が見たかった。
エレベーターが見えてきた。あのエレベーターに乗ってロビーに向かおう。
ちょうどエレベーターが到着したようだった。エレベーターには多くの人が乗っていた。真紀はぺこりと頭をさげ、エレベーターに入る。
エレベーターに乗っていた彼らは口々に噂話をしていた。
「しかしホント信じられないよなぁ。どんなヤツだっけ? 小森ってのは」
「本社にいた期間短いからなぁ。覚えてないんだよな」
「私みたことあるよ。なんかあんまり印象ない感じだったけど」
「まさか。あんだけのことするようなヤツがそんなわけないでしょ」
「ディラン撃退、ビートル打倒、特地制圧。とんでもねーよな。ラーズ将軍みたいなみるからに強そうで悪そうな大男じゃね?」
どうやら彼らもまた、社内に衝撃的なニュースをもたらした男を見ようとロビーにむかているらしい。
それを聞いていると、真紀もなんだか嬉しくなった。
ふふふ。違います。寧人くんは優しそうなフツーの人ですよー。
なんて、ちょっと得意気に笑いそうになるのを我慢した。
ロビーについた。
ロビーはいつもより人が多かった。出迎えらしい総務部の女性社員のほかにも、チラチラとロビー入り口をみる人たちも数名。
どきどきしながら待つこと数分。メタリカのシンボルである鋼の翼のレリーフが描かれているロビーのゲートが開いた。
「…!」
そこには真紀の胸を弾ませ、噂の中心になっている男がいた。
ブラックのスーツを着用した彼は、彼の仲間らしい人たちに囲まれ、悠然と立っていた。
ロビー中の人々の視線が集中する。あちこちから小さな歓声があがる
彼は、仲間たちを引き連れ、ゆっくりとゲートを通過し、こちらに歩いてくる。
彼の背後には、日本刀を持った男性、大学生くらいにみえる茶髪の男の子、金髪の少女、そのほかにも明らかに常人とは違う黒ずくめの男たちが3人ほど、いずれも迫力のある者たちを付き従えるように歩いている。注目の的となっているが、それを気にかける様子はなく、一瞥もしない。
彼はまだ真紀には気づいていないみたいだった。
また、変わって見えた。
もしかしたら本社に来ているからあえて、そうしているのかもしれない。
雰囲気が違った。細身な体格なのに、周りにいる人たちより圧倒的に存在感がある。でも、嫌な感じはしない。まるで吸い込まれそうな感じがする。
ラーズ将軍のように、見るからに強そうな威圧的な空気ではない。奥底から滲みでる黒いなにか。
ロビーにいた人たちの声は消え、静まりかえっていた。みんな、言葉を発せず、ただ歩いている彼を目で追っていた。
なんとなくわかる。あんなふうに見えるけど、きっと彼は今でも普段はシャイで遠慮がちで、なんとなく抜けていて、弱そうで、軽く見られるタイプなのだろう。
でも、本社の中を通って専務に会いに行く、というのは彼にとっては多分重大事で、それは戦いに値する行為なのかもしれない。きっと戦うときの彼は、『ああ』なのだ。
真紀はみたことはなかったし、普段の彼とのギャップは大きいが、そうに違いなかった。
そして、沖縄での戦いで彼はさらに大きく、強く、そして悪くなったのだ。
彼が持っていた『何か』、黒く輝くそれは、戦いのなかで磨かれていく。
きっと頑張ってそうしているのだろう。部下を引き連れ、悠然と歩く。悪党らしく、偉そうに、強そうに。
静まり返ったロビーには彼とその部下たちのザッザッという足音だけが響いていた。
彼の進路上にいた本社の者たちが道をあける。
その男、小森 寧人。威風堂々たるその姿。
真紀はすこしだけ、本当にすこしだけだが見ほれてしまった自分に気づいた。
※※
チン。という音がなってエレベーターの扉が閉まった。
寧人は一応確認してみた。ツルギ、アニス、新名、それと沖縄支店の庶務課の人たち数名がいる。
よし、身内以外いないな。
「…あーっ、緊張した。なんか疲れたよ」
ふにゃっとした声が出てしまった。
「ボス、お疲れ様です」
「ネイトかっこよかったヨ!」
「いやー、俺はびびりましたけどね。先輩、ラモーンをやったときといい、雰囲気変わりすぎなんすよ。怖いっすよ本気モードのとき」
仲間たちはそれぞれの反応をする。
そうはいってもなぁ……。『今後の立身に係わる。本社では堂々とした大物のように振舞え』 ツルギの提案だった。
そんなことを意識してやったことはないし、やり方もわからなかった。
だから自分なりにやってみた。ビートルスーツを切り砕いたあのときのように、ラモーンを見下ろしたあのときのように。
俺の道をさえぎる者は覚悟しろ。
誰であろうと容赦はしない。
叩き潰されたくないのなら
この俺の軍門に下れ。
悪意を意識的に全身に満たした。
「ま、とりあえずあんな感じでよかったのかな? でもずっとはイヤだぞ。疲れるから」
「ええ。わかっています。ですがときにはアピールも必要ということを覚えて於いてください」
さて、これから専務に表彰を受ける。そして人事についても話があるらしい。
次の戦いはもう始まっている。
「……そういえば」
寧人はふと気づいた。
最初は無意識だった。極限の状態において悪意のスイッチのようなものが自動的に入っていたように思う。
今は違った。いつからだろう。こんなことが出来るようになったのは。
本当の俺は今だって臆病者の弱虫なのに。
「ネイト? だいじょぶ?」
アニスが上目遣いにこちらを伺う。
「あ、いや。なんでもないよ」
間中さん、俺、ずいぶん遠くまできましたよ。
誉めて、くれますか?
そんな風に、思った。