己を賭けて戦うものがいるのなら
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一ヶ月ほど前、寧人が今回の作戦を始めるにあたり最初に行ったのは庶務課への協力要請だった。
彼らを講堂に集め、作戦を説明した。
まずはメタリカからサンタァナに人間の魂を差し出す。これには3つの意味がある。
1つ目、彼らと協定を結びメタリカへの攻撃を停止させる。
2つ目、サンタァナは人を襲う必要がなくなるため、ラモーンとの交戦を避けられる。それによって個体数を増やすことができる。
3つ目、定期的に魂を差し出すことで、サンタァナのこちらに対する警戒を和らげる。そう、たとえば接触したときに発信機をつけて拠点の位置を探れる程度には。
これが上手くいった後、沖縄中にサンタァナの拠点の位置情報を流す。
そうすれば必ずラモーンは確認にくる。
そうすればサンタァナとラモーンは戦うことになり、消耗するだろう。そこを討つ。
言うのは簡単な作戦だった。ここまでは庶務課員も理屈としては納得してくれた。
重要なのはここから先だ。
「サンタァナに差し出す魂は、君たち庶務課員の中から出したいです」
寧人はそう告げた。これには理由がある。一般人をメタリカが拉致してサンタァナにプレゼントなどしたりしたら、それはそれでラモーンの知られることになる。調査されたらまずい。
もちろん寧人のこの言葉は反発を招いた。それはそうだろう。誰が好きこのんで怪物に魂を与えたいものか、こん睡状態になるのは確実で、そのあと死んでしまうじゃないか。
当然の考えだ。だから寧人はこう言った。
「強制はしません。志願していただければ結構です。やらなくてもペナルティはありません。ですが、志願していただいた方にはそれなりの見返りは出すつもりです。また一時的に彼らに奪われる魂ですが、必ず取り戻します。一ヶ月以内には」
この言葉ですこしだけ庶務課員の心は動いたようだが、まだ足りなかった。必ず取り戻す保障なんてあるのか。それが彼らの思いだった。庶務課を利用するだけの捨て駒にするつもりじゃないのか。上の連中はいつもそうだ。それも当然だ。
「では、私も皆さんと運命を共にします」
寧人はそういって電子制御の首輪をはめた。この首輪には爆薬が入っており、所定のパスワードを入力しないと絶対にはずれない。メタリカ特製のもので、その存在は誰もが知っている。裏切りの防止などのために開発されたそのアイテムは偽造が絶対にできないものだ。
「爆弾のリミットは1ヶ月。それが過ぎれば爆発します。志願していただいた皆様全員にパスワードを設定してもらいます。作戦成功時にみなさんでロックを解除してください。もし一人でも生きて戻れなければ、俺は死にます」
庶務課たちは静かになった。寧人は続けた。
「みなさんは…、いや、みんなは何か思うことがあってメタリカに入ったんじゃないのか。社会から弾かれ、他に行き場所のなかった者たち、世界の不満を変えたい者たち、今はない自分たちの居場所を作りたい者たち、お前らはそうじゃないのか」
「俺はそうだ。だからそのために戦う」
「特地と呼ばれる不遇な土地に飛ばされ、何も果たせず何もせず、腐っていってもいいのか」
「俺は嫌だ。だから戦う」
「俺たちは悪党と呼ばれる。それは目指す道へ向かう手段を選ばないからだ。俺はそれでいいと思っている。沖縄は制圧する。サンタァナは支配下におくしラモーンは倒す。絶対にだ」
「そのためなら命を賭ける。俺にはほかに賭けるものがないからだ。メタリカに入る前の俺には何もなかった。みんなはどうだ? だから俺はメタリカとして戦って死ぬことに後悔はない。もともと何もなかった。だから庶務課からスタートした。走り続けてここまで来た。世界を変える力を手に入れるために」
「もう一度いう、俺は強制しない。たとえこの作戦に協力がなくても咎めもしない。それでも、魂を差し出してもいいというものがいるのなら、己を賭けて戦う者がいるのなら、俺は共に命をかけて戦う。そして必ず勝つ」
ガラではない。人に偉そうにいう器じゃない。そう思ってはいた、でも精一杯思いを伝えた。
庶務課のみんなは、ともに戦ってくれると答えた。古びた講堂は、彼らの咆哮で満ちた。
それから一ヶ月。策はすべて思い通りにいった。昏睡状態になっていた部下たちが目覚め始めたのだ。これはラモーンがサンタァナと戦っている証拠だ。
寧人はすぐに現場へ急行した。
「……メタリカ…」
「そうだ。そういえばお前には命を救われたことがあったな。その節はどうもありがとう」
寧人はラモーンの戦いを最終局面からではあるが、観察していた。
『復活した』部下のうち、動けるものをつれて、洞窟に来ていた。途中焦りもしたが、正義の超人はその全身全霊をかけ、勝利を掴んでくれたようだ。
「立派だよお前は。きっと普段は気のいい兄ちゃんなんだろうな。よく戦った」
「……負けるわけにはいかねーんだよ…!」
ラモーンはもうボロボロなはずの体を奮い立たせ、寧人を睨みつける。
たいしたものだ。本当に凄い。ビートルもそうだったが、どんな苦境に立たされようと、世界を守るために勇敢に戦う、強く美しい男だった。
俺とは違う。世界に満足する者。自分の周りの小さな幸せや生活を守る者。
人間の魂、命を餌にサンタァナを操るという非人道的な策をとり、情報操作でラモーンをここに誘導し、両者の消耗後の勝利の独占を図った卑劣な自分。
子どもでもわかる。正しいのはどちらなのか。
だがそれでも。
「無駄だ。お前は勝てない」
「せあっ!!!」
気合一閃。消えそうになっていたラモーンの拳の炎がふたたび大きく燃え上がった。
寧人は片手をゆっくりとかざし、部下たちに告げた。
「撃て」
寧人の背後にいる部下たちは一斉にマシンガンを連射した。嵐のごとき掃射。
常人ならば、一瞬で潰れたトマトのようになるであろう攻撃だ。
無論、ラモーンならば防げる攻撃でもある。だが、それは彼が万全の状態だったならばの話だ。
「……はあああぁぁっ!!」
次々と撃たれる弾丸を、ラモーンは避けない。
おそらく、もう避ける力はないのだろう。そして一瞬でこちらに間合いを詰めるスピードも残ってはいないのだろう。
「……ほんとうにすごい男だな」
寧人は心から思った。
ラモーンは両の腕を交差させ、弾丸に耐える、そしてこちらへ進んでくる。
いつもの彼では考えられないゆっくりとした速度だ。おそらく防御にエネルギーを集中しているのだろう。
一歩、一歩。また一歩。
「…負けられねぇ…負けてたまるかよ…!! 俺は、この島を…守る。てめぇらのような外道を…世を乱す悪党を、倒す!!」
空気が震えたようだった。すさまじい気迫だった。マシンガンの連射を浴びながら、体中に傷を負い、ダメージを受け続けながら、それでも彼はとまらない。
一歩。一歩。また一歩。
それは正義の誇りによる前進だった。
「ひるむな。撃て。撃ち続けろ」
怯えた声を出すわけにはいかない。寧人は冷酷な口調をなんとか保った。
徐々に近づいてくるラモーン。逃げ出してしまいたくなる。
だが、それはできない。指揮官である寧人が逃げれば掃射は途切れる。そうすればラモーンは倒せない。
彼を、この英雄を倒す機は今をおいてない。俺が進むためには、世界を変えるためにはこいつを倒さなくてはならない。
寧人は一歩も下がらない。眉一つ動かさない。
それは悪の信念によってなる不動だった。
永遠にも思える数秒が過ぎた。
ラモーンは寧人の正面、一歩の間合いまで進んできた。撃たれ続ける弾丸にその身を削られながら、それでも彼はそこまで進んできた。
ラモーンは拳を引いた。炎の正拳突き、ジャスティス・ハンマーの構えだ。
それでも寧人は動かない。ラモーンを見据える。
「……おれ、は…島を…」
ラモーンは構えたその拳を放つことは、できなかった。
あとわずか、というところでグラリと前のめりに倒れ、そして、動かなくなった。気絶したのか、それとも絶命したのか。変身するときに光っていた腕輪は彼が倒れると同時に灰になって消えた。おそらく二度とラモーンに変身することはできないのだろう。
寧人はそんな彼を見下ろし、告げた。
「俺の勝ちだ。お前の正義とやらは、その程度だったようだな」
にやりと笑ってみせる。
だが、内心は違う。
見事だ。
変身した男の名前すら知らない。経緯も知らない。
だが、最後の最後まで彼は進んだ。
寧人が接するだけで怖くてたまらなかったサンタァナたちを相手に、たった一人で、勇敢に戦いぬいた。誰かを守るために。
その空手の技を身につけるのにどれだけの鍛錬をこなしただろう。
その戦いを完遂するために、どれほどのつらい思いをしただろう。
それでも彼は逃げなかった。最後まで戦った。見事だ。すばらしい男だ。
寧人はけして口には出さない、彼を倒した悪党の自分にそんなことを言う資格はない。
だが、彼は称えるべき男だと感じていた。
沖縄での戦いは終わった。
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