南国の英雄よ
ラモーンに変身する能力を得て数年。金城 雄太はその力を活かし、沖縄の人々をサンタァナから守り続けてきた。
先祖に代々伝わる精霊の腕輪を装着すれば、神秘の力を秘めた英雄ラモーンへと変るその力。子どものころから祖父に教え込まれた空手の技はこのためだったのだろう。
サンタァナは人の魂を奪う。雄太の実家に伝わる伝承によれば、彼らは数世紀も昔、琉球王朝時代にも人々を襲った。雄太の先祖もそれに立ち向かったそうだ。
伝承によれば、あるときからサンタァナは出現しなくなった。が、必ず再び目覚め、琉球の民の災いとなるだろうとされていた。
今思えば、当時のサンタァナはニライカナイと呼ばれる彼らの拠点維持に必要数の魂を集め終わったために拠点に篭ることとなり、活動を停止したのだろう。
そして伝承の予言は人間の科学や調査が進めばいずれニライカナイは人間に暴かれ、彼らは住処を追われるときがくる、そのとき彼らは代理の住処のために再び人間を襲うであろうということを意味する内容だったのだ。
雄太は彼らを倒すことに迷いはない。それはすこしは哀れだとも思う。しかし雄太は現代を生きる普通の人間で、家族も恋人も友人もいる。今あるこの人間社会を守りたいと思っている。だから、そんな愛する人たちの暮らす世界の脅威となるサンタァナは討つべき存在なのだ。
代理の拠点とやらは代用品であるがゆえか、頻繁に、かつ定期的に魂を補充しなくてはならないらしい。
戦ううちにそれがわかった。サンタァナが最大で10体までしか増えないこともわかっていた。
サンタァナは自然に増える。俺が倒す以外には数は減らない。
琉球の守り神の化身ラモーンである雄太にはサンタァナが人を襲うときの邪気を感知する能力がある。やつらは魂を奪うために人を襲う。俺はそれを感知し、防ぎ、やつらを倒す。
もともと10体いたサンタァナは雄太の活躍によって6体まで減っていた。増えようが、その分倒す。収支計算をプラスに傾けるよう戦い続け、そこまできたのだ。
だが、ここしばらく、やつらは突然現れなくなった。人を襲わなくなったのだ。
奇妙だった。雄太にはわからなかった。やつらは拠点の維持のために人の魂が必要なはずではないのか。
何故だ。襲撃がなければ雄太にサンタァナを感知することはできない。人が襲われなくなるのはいいことだが、自分がやつらを倒して数を減らさなくてはまた増えてしまう。
これまで苦労して減らしてきたのに? 冗談じゃねぇよ。
それが雄太の思いだった。
独自に調査を進めてみることにした。
最初はまったくわからなかった。が、あるとき、情報が入った。
なんのことはない。最初はインターネットだ。県内の情報が集まる掲示板の些細なものだ。
『サンタァナたちが読谷村の岬にいるのを見た』
無視しようかとも思ったが、同様の情報は他からも入ってきた。
『友達が見たといっていた』
『あの岬には海中の洞窟につながるルートがあるらしい』
『噂では、そこがサンタァナの拠点なのではないかといわれている』
インターネットだけではない。リアルな世界でも雄太は知人からもそうした噂を聞いた。
沖縄はそう広い島ではない。噂が広まるのは早いし、信憑性も疑わしいものだ。
もちろん、信じたわけではない。
しかし、確認してみる意味はあるだろう。何もなければそれでいいのだ。雄太はそう判断した。
絶壁の横穴からしか入れない洞窟。一般人には立ち入ることも難しいだろうが、ラモーンである雄太にとってはたやすく進入できる。
雄太は変身した状態で海面から跳躍し、横穴に侵入した。
その瞬間に、気づいた。
噂は本当だったらしい。
洞窟内に立ち込める邪悪な気配。精霊の力を宿す青年にはわかった。
ここが、サンタァナの巣だ。
雄太は進んだ。どのみち彼らと戦える戦士は俺一人なのだ。拠点がわかった以上、今ここで全滅させてやる。お前らはこの社会にあってはならない存在なのだ。人々の平和のためにも。
祖母にはよく『お前は短気すぎる』といわれるが仕方ない。それが雄太の気性なのだから。
そして、雄太は、精霊の戦士英雄ラモーンは今に至っていた。
「オラァッ!!!」
群がるサンタァナに対し、回転しつつ裏拳を一発!
「ハイヤァ!!」
そのまま回転しつつ後ろ回し蹴りを一撃!!
吹き飛んでいくサンタァナ。
今くらわせてやったのはやつらのリーダー格のヤツだ。人の魂を奪うための腕輪を装着している。
叩き込んだ連続攻撃によって、腕輪からは青白い光球が飛び出ていった。ダメージを与えると吐き出すそれは、人間の魂で、まだ未使用だった分だ。これでまた数名が救われたに違いない。
雄太はこの戦いにおいて、すでに両の手では数え切れないほどの捕らわれた魂を取り戻している。
しかし
「…クコッ…クコッ…」
やつらはことのほかタフだ。この炎の拳を受けても簡単にはくたばらない。
「ラモン、コロス! コロス!!」
サンタァナはすぐさま口に含んだ水をすさまじい勢いで飛ばしてくる。それはライフルよりも危険な攻撃だ。
「くっ…!!」
かわしそこねた。左腕をかすめたらしく、激痛が走る。さすがにやつらも強い。そりゃガーディアンが歯が立たないわけだ。内地では幅を利かせてるらしいメタリカとかいう連中が沖縄ではおとなしいはずだ。
「んの、魚人野郎…! 今日こそはてめぇらを…!!」
戦いが始まってどれくらいたっただろう。
案の定増えていたサンタァナを相手に奮闘し続ける。
ぶっ倒す。なにがなんでもぶっ倒してやる。こいつらの存在は許してはいけないのだ。
手刀、鉄槌、足刀、鉤突き、馬蹴り、肘打ち、膝蹴り、前蹴り、貫手。
雄太は正義の心に宿る精霊の力を乗せ、鍛えぬいた空手の技を繰り出しつづける。
「クコーッ!!」
硬い鱗の一撃を何度となく受ける、しかし倒れるわけにはいかない。
俺の拳はこの島の人たちの希望なのだから。受け継いだこの腕輪は俺をラモーンに変える道具でありながら俺の誇りなのだから。
「セイヤーッ!!」
雄太の渾身の力をこめた踵落としが炸裂した。サンタァナの頭部を地面に叩きつけ、そのまま小さなクレーターを作ってやる。
「……はぁ…はぁ…、あとは、てめぇ、だけか…」
見れば、残るサンタァナは1体。リーダー格のあいつだ。
雄太もまたボロボロに傷ついてはいるが、この機を逃すわけにはいかない。悪は、怪物は、この社会を望まぬ方向へ動かそうとする者は殲滅せねばならない。
「いくぜ。俺の最後の力を…!!」
燃え盛る拳を構える。この一撃に賭ける。外れれば俺は余力がゼロだ。負けるだろう。だが外しはしない。
先祖より受け継いだ腕輪に宿る精霊の力、この身を灯す正義の心、悪を憎む魂の炎。
雄太は己の心と体の全ての力を拳に込め、踏み込んだ。
「クコッー!! ラモン!!」
サンタァナもまた、それを察知したのが全力の攻撃をしかけてくる。
「セイヤーーーッ!!」
一撃。
魂を込めた炎の拳。東京では他のロックスの必殺技と同じようにジャスティス・ハンマーと呼ばれる雄太の必殺の一撃が、炸裂した。
「…終わった。俺の、勝ちだ…!!」
サンタァナの攻撃が入る直前、刹那のタイミングを見切った雄太の拳はサンタァナの胸部に直撃した。
紅蓮の炎に包まれたサンタァナは岩壁に叩きつけられ、もだえている。あと数分もすれば、絶命するだろう。
「やった。俺は、やったぜ…!」
雄太は、歓喜に震えつつ、膝をついた。もう体力が限界だった。精霊の力を振るう余力は残っていない。
だが、いいのだ。これで。俺は勝った。あの忌々しいサンタァナはこれで終わりだ。
休もう。すこし、休もう。そしたらウチに帰ろう。祖母の作ったゴーヤーチャンプルーを食べて、ビールを飲もう。
英雄ラモーンは、一つの戦いが終わったことを喜んだ。
が。
ぱちぱちぱちぱちぱち。
そのときだった。洞窟内に不思議な音が響いた。
拍手のように聞こえた。
だが、雄太はそんなはずはない、と思い直した。
ここはさっきまでサンタァナが拠点としていた海底洞窟で、こんなところに自分以外の人間がいるはずがない。だから、拍手が聞こえるはずがない。
しかし
ぱちぱちぱちぱちぱち
その音は鳴り止まなかった。
「……なん、なんだよ…?」
振り返るのも億劫だったが、雄太は膝をついたまま、振り返った。その不気味な音のする場所を確認した。
いた。
男がいた。細身の男だった。拍手をしていたのはその男だった。とても乾いた音だった。
細身の男の背後には沢山の男がいた。全員が火器で武装している。
みな黒ずくめの姿だった。そのコスチュームは雄太も見たことがある。戦ったことも数回ある。テレビでみたこともある。知っている。
いつのまに? 戦いに集中していたから気づかなかったのか?
「お見事だったよ。ラモーン」
細身の男は雄太に声をかけてきた。
なんだコイツは。
黒ずくめの者たちを率いる男。その表情が見えた。笑っていた。
それは嘲笑だった。ただ、雄太を見るその目だけは冷酷そのものだった。背筋が凍る感覚を味わう。
知識として雄太はわかっている。この黒い男たちは悪党とされる存在だ。
だが、そんな知識などなくてもわかる。この細身の男を見ればわかる。他の者に比べれば小柄なはずなのに、やたらと大きく見えるこの男。
こいつは『悪』だ。
「……なんだ。お前らは…? なんのつもりだ!」
雄太は立ち上がり気勢を張った。
細身の男は、こちらを見つめ、済んだ声で答えた。
「我らはメタリカ。誇り高き悪の組織。南国の英雄よ。貴様をここで討つ」
その言葉はぞっとするほど淡々としていた。
空手の達人にして精霊の加護を受けし者、金城雄太は、これまでに感じたことのない恐怖を覚えた。