配属を命じる
採用通知がきてから数ヶ月間が過ぎた。寧人は当然ながらそわそわと過ごした。
なんとなく家の中をウロウロしてみたり、アニメを見ながら不意に筋トレをしてみたり、数少ない親類に就職が決まったことを伝えようかと思ったが、さすがに憚られた。だって悪の組織だし。
そういえば実際、仕事として何をするんだろうか。犯罪行為の企画立案とかするんだろうか。
採用通知に対してはすぐに就職させていただく旨を返信したが、そういえば具体的な業務内容だとか、待遇だとか、ちゃんと確認していない。
もう一度資料を読み返してみよう。いやまずは筋トレか? とかやってるうちに時は過ぎていき、入社の日が来た。
指定された場所は面接会場と同じオフィス街のビルだ。もしかしたらここは表向きの施設なのかもしれない。メタリカとは別に会社として登録しているダミー企業なのだろうか。
受付嬢は面接のときと同じ巨乳のお姉さんだった。あのときは緊張がひどかったからよくみていなかったが、この人はすごい。ウェーブのかかった栗色の髪の毛に優しそうなタレ目。お姉さんキャラだ。
ここが気持ちいいの? ボク? とかいいそうだ。
「ようこそメタリカへ。会議室へどうぞ♪ 本日はガイダンスを行います」
耳に心地よい声で案内を受ける。この人は受付嬢なんてやらないで政治家にハニートラップしかける部署とかに異動させたほうがいいんじゃないのか。なんて寧人はゲスた妄想をしてみた。
当たり前のことだが、他にも新入社員がいる。寧人は人付き合いが上手いほうではないし、クラスメートやら同級生にもいい思い出はない。だから今願っているのは、同期入社の人がいい人であることだった。
いや会社の特性上、矛盾した願いなのはわかってはいたが。そういえば真紀はいるだろうか? とちらっと思ったりもする。
「あ」
会議室に入ると、そこにいたのは真紀ではなかった。スラリとした長身、整った顔立ち、高そうなスーツ。
あれだ。面接のときに一緒だったやつだ。ハイスペックなイケメンの人だ。
「えーっと…」
イケメンの人も寧人に目をやる。
「あれ? お前も受かったのか?」
意外だな。と言いたげな口調だった。まあ、寧人自身が意外なので、気持ちはわかる。
「えっ、あっ、うん」
ジロジロと寧人をみるイケメン。
面接のときはイケメン死ね、とか思っていたけど、せっかくの同期入社なのだ。できれば仲良くしたいと寧人は思っていた。
「…ふーん。まあ。良かったね。総合? 一般?」
メタリカの採用は総合職、一般職に分かれていた。
「うん、一般だけど」
「あーはいはい。なるほどね。よかったね」
総合職と一般職では給与体系やらなんやらがだいぶ違う。パイロットとタクシードライバーくらい違う。
少し居づらい空気になった。
このタイミングでドアが開く。
「こんにちは。…あ! 寧人くん! 受かったんですね! 良かったー」
入室してきたのは真紀だった。面接であったときより少し髪が伸びおり、亜麻色のそれはより魅力的に見える。なんとなく部屋中の空気が現れたようだった。
「あ、ありがとう。真紀さんも受かっ」
「ああ、君も入社したんだね。そうだろうと思ったよ」
寧人が真紀に声をかけるよりもイケメンのほうが早かった。
「ありがとうございます。えーっと、仏野さんも!」
「俺は池野だよ」
いえーい。俺は覚えてもらってたぜー。内心大喜びだが。表面には出さない寧人。
それはともかくとして、どうやら今期の採用はこの3人だけのようだった。しばらくして、さきほどの受付のお姉さんが役員らしき男性と一緒にやってきて告げる
「おそろいですね。では部署配属発表とガイダンスに入ります」
寧人は学校を出てから就職したこともない。配属を決められるのは勿論初めてのことだ。
採用されたということは何かしらの能力が評価されてのことで、その適性にあわせた仕事が割り振られるわけだ。自分でも何が出来るのかなんてさっぱりわからないが、やはりワクワクするのを抑えられなかった。役員らしき男性は低い声で発表を始めていく。
「池野 礼二。企画部 第一企画課への配属を命じる」
「はい」
ほー。アイツ礼二って名前なのか。企画課ってなにするんだっけ? 頭よさそうだな。すげぇ
あれか? 要人の暗殺とかどっかの拠点の爆破とか企画すんのかな。
「黛 真紀。総務部 総務課への配属を命じる」
「はい!」
「ちなみに、私も総務部よ。優しく指導してあげるわね」
真紀さんは総務部か、怪人の改良したいとか行ってたから本人は開発部とかに行きたかったんじゃないのかな。でもまぁ、あの受付のお姉さんと同じ部署か。悪くないんじゃないの。総務部かー。綺麗どころが配属される部署なんだろうか。俺も領収書落とすために顔出したりするのだろうか。
さて、次は寧人の番だ。記憶にある限り、こんなに胸が躍るのは久しぶりだった。
「小森 寧人。総務部付 庶務課への配属を命じる」
「は、はい」
?? 庶務課? それって、なんだっけ。寧人は読み込んだ会社資料を思い返してみた。
なんか片隅のほうに書いてあった気がする。
「以上、配属発表を終了する。池野、黛の二人はすぐに新入社員研修に出発してくれ」
「はい!」
?? 新入社員研修? さっきから気にはなっていたのだが、池野と真紀の二人はトランクケース持参だ。旅行にでもいくような大きなものである。
「行き先はハワイだが。あくまでも目的は研修だ。あまり浮かれないようにな」
ハワイ? 寧人にとっては寝耳に水だった。なにも準備などしていない。と、いうかパスポートすら持っていない。そんな案内きてただろうか? やばいいきなり大失敗か。パニックになりながらもまずは正直に申し出ることにした。
「あの…俺…準備とか…」
役員は、はぁ? と言いたげな表情を見せ、続けた。
「庶務課は即現場に出るのが普通だ」
「は?」
「お前庶務課ってわかってるか?」
「…いえ、すみません」
「まぁ、端的に言えば戦闘員だな。雑用係りでもあるけど。テレビとかで見たことないか?」
ある。あれだろ。なんか黒っぽい服きてて、変なマスクしてるあれだろ。怪人の取り巻きとかであらわれてはヒーローにぶん殴られるアレだろ。警官相手に立ち回ってるあれだろ。
子どもに泣かれるアレだろ。アレって普通の人がやってたのかよ
やばい。これはやばいぞ。寧人は一気にテンションが下がった。
自慢じゃないが、ケンカもしたことがない。それで研修もなしに即現場とか。マジかよ。
「ああ、そうなんだ。大変だね。一般職は。まあ頑張ってよ。黛さん、僕らは行こうか?」
池野はもはや完全に寧人のことなど眼中にないようだった。
真紀はおろおろとしつつ、声をかけてくる
「だ、大丈夫ですよ! 寧人くん! その…あの仕事は習うより慣れだって、言うじゃないですか!」
この子、ちょっと犬みたいだよなぁ。なんて関係ないことに思いが飛んでしまう寧人。
「小森。お前の職場は…」
寧人の頭にあまり内容がはいってはこなかった。
現在の小森寧人
有限会社メタリカ 庶務課 一般職平社員(月収13万5千円)