今日中に両方とも倒す
サンタァナに定期的に人間の魂を提供するようになってから3週間が過ぎた。
仕込みは完成している。あとは上手くいくか、俺が死ぬか。二つに一つだ。
寧人はあの会談から、部下たちとともに何度もサンタァナたちと接触した。縛り付けた人間たちを餌に自分の身の安全は図りつつ、徐々に彼らの警戒を和らげていった。だから、仕掛けを打つこともできた。
サンタァナにしても、人を襲うのはリスキーなことだったのだろう。ラモーンが出てきて戦闘になれば、最大で10体の仲間を失う可能性があるからだ。だから、彼らも寧人が差し出すプレゼントについては素直に受け取っていた。
意外なことに、サンタァナはメタリカという組織についても知っていた。だからきっと彼らは恐らくこう理解したのだ『メタリカの一人であるこの男は、自分たちを敵に回したくないらしい。だから貢物をしてくる。ならばこちらにとってもありがたい。メタリカというのは人間世界において、悪だが、そんなものは自分たちには関係ない』。それはそうだろう。
彼らのその考えは間違ってはいない。
ともかく、仕込みは済んでいるが、時がくるまでただ待つのももったいない。そう考えた寧人はツルギに頼み、ここ数日の間、戦闘訓練を受けていた。無人の廃工場に出向き、ツルギと模擬戦を繰り返す。
「ファイトだよー! ネイト」
同行してくれたアニスが横倒しになったドラム缶に腰掛け、黄色い声援を飛ばしくれる。
「……はぁ…はぁ…、もういっちょ頼む。ツルギ」
「えー? 先輩! 俺もう限界っすよ。大体、俺と先輩の二人でツルギさんに敵うわけないじゃなっすかー」
「ボス、無理はよくないですよ。新名はともかく、アンタはもう随分長いことやっている。休息も鍛錬のうちです」
「……そっか。んじゃ、次でラスト。新名は休んでてくれ」
「了解っすー」
さて、寧人は考えた。廃工場で向かい合うのは、部下だが、年齢も実力も上のツルギ。
手にした武器はお互い、硬質ラバー製の警棒。
何度やっても一本が取れない。寧人は別に運動神経がいいほうでもないが、メタリカに入って、庶務課に配属されてから、一日たりとも鍛錬を欠かしたことはない。腕を撃って入院してるときですら密かにスクワットとかしていた。
東京の独身寮の近くの土手では、自分なりに考えた卑劣な戦い方を研究してきた。
それでも、まったく力が及ばない。
「ではボス。どこからでもどうぞ」
ツルギは余裕だ。こちらがなんど打ち込んでも、軽く受け止められ、隙をつかれて寸止めされる。
まったく。なんでコイツは俺ごときの下についてるんだよ。とはもう思わないことにした。代わりにこう思うことにした。コイツが俺に主に足る何かを見出したというのなら、それにふさわしい男になってみせる。
「……いくぜ。ツルギ」
集中し、考える。
俺の強さってなんだろう。
もうわかっている。まったく自信がなかったあのころとは違う。俺は悪党だ。勝つためには手段を選ばない。それが俺の強さだ。
なら。見せてやる。俺の……
「……雰囲気が変ったじゃないですか。ボス」
「……そうか? はぁあああっ!!」
寧人は警棒を手にツルギに向かって突進を…
そのときだった。
寧人の携帯電話がなった。この着信音は、『どんな状況だろうと最優先で確認する』として設定しているものだった。
「!…… すまんツルギ。訓練はやめだ」
「……ええ。わかりました…ふっ、どうやら命拾いしたようだ」
携帯をとりつつ、横目でみると、何故かツルギは汗をかいていた。これまでずっと涼しい顔をしていたのに。
「……?」
まあいい。今は電話のほうが優先だ。
「お疲れ様です。小森ですが」
案の定、着信元は救命施設だった。もちろんメタリカ支配下のものだが。
「はい。はい。なるほど。わかりました。では、お話ししていた通りに。はい。お手数をおかけします。ああ、動けないほどの方たちはそのままで結構です。はい」
通話を終える。時は、来た。
「ネイト、どしたの?」
アニスはこちらに駆け寄り、汗を拭いてくれた。ふわっといい匂いがしたのだが、それについては今日の仕事が終わってから思い出して喜ぶことにする。
寧人は告げた。偉そうなもの言いには慣れないのだが仕方ない。
「アニス、新名、今から座標をお前らの端末に送る。装備を整えた上ですぐにそこに移動してくれ。ツルギ、お前は俺と一緒に来てくれ」
「ん。わかったヨ」
「えー? なんなんっすか。あー、あとでわかるんすよね? 絶対ですよね?」
「指示は携帯端末に送っておく。移動中に確認してくれ」
アニスと新名は装備のために、すぐに支店への移動を開始した。
「ボス。我々は?」
ツルギはすでに実戦に挑むときの緊張感を全身に纏っていた。流石だ。
「ああ、あまり時間がない。すぐに救命施設のほうに移動する。そして返す刀で攻め入るぞ」
寧人はツルギにも今回はなにも説明していなかった。今回はその必要があったからだ。だがツルギの反応は早かった。すぐに車を手配し、自身の装備も整える。
「いつでも行けます。攻め入る、といいましたね。今度の敵はサンタァナですか? それとも…」
個別にやるなんて、そんな面倒くさいことやってられるかよ。寧人は答えた。
「決まってるだろ。両方とも今日中に倒す」