すごいな。お前、めっちゃ優秀だな
「うりゃああっ!!」
ラモーンがテトラポットから跳躍する。十数メートルほどの距離は彼にとっては間合いの範囲内らしい。
「はあっ!!」
ツルギと切り結んでいたリーダー格らしきサンタァナに飛び回し蹴り一閃。竜巻のような一撃である。
バァン! という凄まじい打撃音とともに、サンタァナは波打ち際まで吹き飛ばされた。
「?」
そのとき、寧人は妙なものに気づいた。
吹き飛ばされたサンタァナ、つまりリーダーらしき個体だが、彼の装着していた腕輪から、青く輝く光の玉が二つほど飛び出し、そしてどこかに飛び去っていったのだ。
「2人分か。てめぇはまだ使ってない分が20人分くらいはあるはずだ。さっさと全部吐き出しやがれ!!」
ラモーンはなにやら事情を知っているようだった。
「クコッ!! クコッ!! ラモン!! タオス!! タオス!!」
攻撃を受けたサンタァナだが、流石に一撃で沈むほどヤワじゃないようだった。即座に仲間の5体に指示を出すようなそぶりをみせる。
「はっ! 上等だぜ!! まとめて相手してやらぁ!!!…っと、兄ちゃんたち、わりぃが、安全なところまで逃げれるか?」
どうやらラモーンは寧人とツルギが一般人にみえたようだ。寧人はともかく日本刀でサンタァナと戦っていたツルギまで。
もしかしてこいつ、ちょっと天然な人なのか? と寧人は思ったがここはあえて訂正する必要はない。いやもしかしたら、ラモーンにとっては多少素性が妖しかろうが強かろうが、サンタァナに襲われている人間は守る対象としてそれほど違いはないのかもしれない。
もちろん、メタリカだということが知られれば話は別だろう。
「あ、あ、ありがとうございます!! がんばってください! ラモーン!!」
ここでコイツを敵に回すわけにはいかない。寧人は善良な一般人としてお言葉に甘えることにした。
「ボス、しかし…」
「や、やだなぁ。おじさん! 甥っ子の俺にそんな、ボスだなんてふざけて!」
寧人はツルギを促し、即座にその場から立ち去った。
ように見せ掛け、すこし離れた位置、砂浜は森と海の間にあったのだが、森のなかから戦いを観察する。
戦況は、互角。いやわずかではあるがラモーンのほうが優勢であるように見える。燃える拳と超人的な空手技を駆使するラモーンは6体のサンタァナを押している。
サンタァナはウロコを飛ばしたり、口から水流を鉄砲のように吐き出したりもするが、ラモーンはそれを上手くかわし、払う。寧人は武術には詳しくないが、おそらくラモーンに変身した彼自身が空手の達人なのだろう。
だが、楽勝というわけでもなさそうだった。6体のサンタァナの攻撃はときおりヒットしている。
「…どうみる。ツルギ。ラモーンとサンタァナの戦力差を」
「そうですね。この場はラモーンの勝ちでしょう。サンタァナの数がもう少しいればわかりませんがね」
ツルギは強い。その分析は自分よりははるかに信頼できるだろう。寧人はそう考えた。
「何体いればサンタァナは勝てる?」
「…そうですね。9体、いや10体で互角というところでしょうね。それ以上はラモーンもきびしいでしょう」
「……」
「ボス?」
「いや、もう十分だ。帰ろう」
寧人ははるか不可能に思えた沖縄の攻略が、すこしだけ近づいたように思えた。
ラモーンとの遭遇の翌日、新名が予想外のことを言ってきた。調べた情報から分析したことがある。聞いて欲しい、とのことだった。寧人は会議室にメンバーを集めた。
「もう報告があるのか? 早かったな」
「へっへっへ。いやーやりはじめたら意外と面白くなったんすよ」
新名は寝不足なのか、不健康そうな顔だった。だが本人が言うように楽しげにもみえる。明らかにイヤイヤ取り掛かっていたが、適正があったのかもしれない。
「いやー、俺、こんなにマジメになんかしたの多分はじめてっすね!」
「アニスも頑張ったんだヨ! ニーナが怖がって情報集められなかったから、わたしが庶務課の人たちと!」
「ちょ、カンベンしてくださいよ! アニスさん」
アニスが『えいっ』とばかりに手をあげてアピールしてくる。多分イリーガルな手段を用いたのだろうが、まあ、別にいい。
そういえば、新名はアニスよりは年上のはずだが、敬語だった。まあそれもいい。
「あーうん。アニス。偉い偉い」
寧人はぽふっ、とアニスの頭に手をおいた。
「えへへへっ」
とりあえずアニスは笑顔になったので、続ける。
「で? なにがわかったんだ? 新名」
「うぃーっす。んじゃ。まずはこっちのデータをみてください」
新名はパソコンを操作し、プロジェクターを起動させる。
「これは、これまでの2年間に沖縄県内で発生した昏睡事件の被害者の数です。ま、サンタァナに襲われた人の数っすね。警察から入手した情報です」
2年で450人。改めて考えると非常に大きい数字だ。あれほどの戦闘力をもつラモーンだが、守りきれる限界はあるらしい。
「で、次はこの昏睡から目覚めた人の数っす」
稀なケースだが、サンタァナに襲われて、魂を奪われ昏睡状態になった人が回復することがあるらしい。それは知っていた。2年間で22人。被害者数に比べると少ない。
「ここ大事なんすけど、次が病院から拝借した被害者が昏睡から目覚めた日付です。表示します」
プロジェクターが次に映したのは、2年間のカレンダーだった。昏睡から目覚めた日に○がつけられている。
「……? 意味がわからんぞ新名」
「まぁまぁ、ツルギさん。ちょっとこれもみてくださいよ。次は2年間の間にサンタァナとラモーンの交戦が確認できた日っす。全部で122回確認できてます」
スクリーンには再度カレンダーが映る。さきほど記された○に加え、交戦があった日に△がつけられる。△はすべて○と重なっていた。
「……! これは…」
「お、先輩気づきましたか? そうっす。昏睡者が復活した日は、全部サンタァナとラモーンが交戦した日と一致します」
サンタァナとラモーンの交戦は122回、昏睡復活者は22名の復活日がすべて交戦日のいずれかに一致する。これは偶然だろうか。
「ちなみに復活したこの22名は昏睡から復活まで全員1ヶ月以内っすね。昏睡から1ヶ月以上たった人は殆どが全員そのまま衰弱死しています」
「……なるほど」
「一応、これが一番でかい発見かなー、と思ったんすけど、オマケで他のヤツも加えてもいいすかね」
新名は次々と情報を伝えてくれた。
サンタァナが活動を開始したのは2111年。今から4年前の11月11日だ。
同年同月には沖縄県で別の有名な出来事が起こっている。
沖縄県近海の海底で遺跡が発見され、調査が入ることになった。が、何故か遺跡は調査が入るとすぐに自然に崩壊してしまったらしい。
この件については、新名が『なんとなくカンケーありそうじゃないっすか? だってあいつらサカナマンなんでしょ』と適当なことを言っていた。
次の情報も重要だった。
サンタァナは最初確認されたとき、その個体数は10体だった。が、その後のラモーンとの戦闘で1体が倒され9体となったらしい。
その後は、増えたり減ったりらしいが、10体以上が同時に確認されたことはないらしい。新名はこの件については『多分マックス10体までは増えるんじゃないすかね。自然分娩っつーか、細胞分裂っつーか…ラモーンにやられて減った分補充してんでしょ』と言っていた。
「だいたい以上っすね」
新名の報告が終わった。
「お疲れ。すごいなお前。めっちゃ優秀だな。正直びびったよ」
寧人の本心だった。さすがに総合職でメタリカに入ってくるようなやつはすごいわ。
多分態度とか、ヤル気とか、その辺がアレだったから自分の部下なんかに回されてしまったのだろう。寧人はそんな風に理解した。
「……またまた。ガチすか? 部下は褒めて伸ばす、とか考えてんすか?」
「いやほんとすごい。……んで、今までのデータからお前どう思う?」
「? なにがっすか?」
「いや、なんつーか、今後の方針とか。沖縄の攻略法とかさ。思ったことあったら聞いとくけど」
「? そんなの考えてないっすけど」
「ぜんぜん?」
「はい全然」
「そっか。んじゃいいや。お疲れ。今日はもうすこし休んでいいよ。仮眠室で眠ってくれ」
彼は本当に仕事をした。そして眠そうだった。
「え? いいんすか?」
「ああ。ホントにお疲れ様。よくやったな。すごいよ」
寧人は部下がいる状況に慣れていない。だから上手く伝える方法がわからなかった。だから思ったまま、まっすぐに正直にそう告げた。
「……」
新名はすこし決まりが悪そうに、照れたように、鼻を掻き、小さな声で答えた。
「……ぁざっす」
「うん。あ、そうだ。今日終わったら飲みにでも…、あ、そっかお前、そういうの好きじゃなかったな」
仕事とプライベートはわけたいんで、新名はそう言っていたことを思い出し、寧人は口をつぐんだ。
「……先輩のおごりっすか? …だったら行ってもいいっすけど」
そういう新名の口調はすこしだけ嬉しそうに聞こえた。
「お、そうか。じゃあ行こうぜ」
給料は高くはないが、今日はおごるのくらい別にかまわない。新名のおかげで大分情報が増えたし、糸口が見えてきていた。
寧人は新名の知らないことも知っている。それと今聞いた情報をあわせ、考える。
昨日の戦闘で、サンタァナはラモーンの攻撃を受けて、なにやら青白い光球を失っていたし、それをみたラモーンは『二人分か』と言った。
『タマシイ、アツメル…シロ、ツクリナオス』
『……ヨコセ、ラモン…クル…マエニ』
あのサンタァナは確かにそう言った。
魂は何かの目的のために集めているらしい。そして彼らに奪われた魂も短い期間内なら取り戻すことが出来るらしい。そして、サンタァナはなるべくならラモーンと戦いたくないらしい。ならば。
「……くっ、くくくくっ…」
笑いが出てきた。
「先輩? どうしたんすか?」
「ああ、いや、なんでもない」
「そっすか……。なんか今、ものすげー悪そうな顔してましたけど、なんつーか邪悪! って感じの」
新名の言葉。ああ、そうだろうな。その通りだからな。
「ネイト? もしかしてなんかまた悪い方法考えたの!?」
一番付き合いが長いだけのことはある。アニスは寧人の心中を察したらしい。ウキウキとした表情で尋ねてくる。覗き込んでくる綺麗な瞳にはさぞ醜悪な表情が映っているのだろう、寧人はそう思った。
「……ま、ちょっとね」
ああ、そのとおりだよ。サンタァナもラモーンもまとめて倒す。例によって、悪党なりのやり方でな。メタリカは彼らを凌駕し、特地沖縄を制圧する。
熱血漢の守護英雄も、分けありげな海の種族も、俺の前に立ちふさがるなら容赦はしない。
出来るだろうか? この俺に。
いいや、やるしかない。
悪党なりに、外道なりに。
俺は命をかけるのだから。
寧人は次の戦いにむけ、己のなかにある黒い炎が勢いを増すのを感じていた。