太陽よ!海よ!俺に力を!
部下たちに指示を出した翌日、寧人はツルギを伴い、夜のビーチを歩いていた。ここは数日前にサンタァナがトレーニング中のマラソンランナーを襲った現場である。
「……人っ子一人いないな」
「それはそうでしょう。立ち入り禁止ですし、そもそもサンタァナにやられる危険が大きい。一般人がわざわざこんな場所に来る理由はありません」
夜のビーチ、波の音が響く満天の星の下に30代の男と二人きり。ちょっと異様な状況ではあるが、寧人は気にしないこと決めていた。どうせ、誰も見ちゃいない。
「現場検証ではそれほど得られたこともないな。サンタァナが現れる気配もない。そろそろ帰るか」
「そうですね。新名のほうも何かしら発見があったようです。一度報告を聞きましょう」
二人が波打ち際に背を向け、ビーチから去ろうとしたそのときだった。
先ほどまで穏やかなリズムで聞こえていた波音が変化した。バシャバシャと大きな音、そして何かをズルズルと引きずっているような、奇妙な音だった。
「! ボス! 警戒を!」
「…ああ」
即座に振り返り、波打ち際に視線をやる。すると
いた。
あきらかにそれとわかる異形の存在が。
おそらく海中から現れたのだろう。全身が濡れている。
「……クコッ、クコッ…」
奇妙な声だった。いや声だけではない。
筋肉質な体はウロコのようなもので覆われ青く光っており、脚と思しき部分はダイバーが装着するようなヒレがついている。ぱくぱくと口が動いているが、意味のある言葉は発していない。体長はおよそ2メートルといったところだろうか。
半漁人。
事前に読んだ報告書にも書いてあったが、彼ら、つまりサンタァナを表すのにこれほど適した言葉はないだろう。
不気味だった。『クコッ、クコッ』という声をあげ、次々と海中より姿を表してくる。総数は6体。サイズが一回り大きく体色も若干深い青色のものが1体、残りの5体は同じように見える。リーダー格、ということだろうか。特別らしき1体は腕輪のようなものもしている。
「……クコッ…クコッ…ツヨイ…タマシイ…、タマシイ…ウバウ……」
「!…こいつら…言葉を…『奪う』 だって? 『食べる』じゃ、ないのか…?」
「……ヨコセ、ラモン…クル…マエニ」
片言ではあるが、意味のある言葉を喋っていた。これは事前情報には載っていなかったことだ。
「…やりますか? ボス」
ツルギは手にしていた日本刀の柄に手をかけ、尋ねてきた。
「待ってくれツルギ。……あー…んんっ!」
寧人は咳払いをし、続けた。
「えっと…サンタァナの皆さんですよね?」
「……クコッ…クコッ…」
「俺はネイトといいます」
「ボス!?」
ツルギは意外そうな声をあげる。が、寧人にとっては当たり前のことだ。問答無用で人間の魂を捕食する知性のない生き物であるならば、戦闘か逃走はやむをえないだろう。だが、すこし事情が変った。サンタァナは喋ったのだから。
「……クコッ……」
「みなさんにお話があります」
「……ハナ、シ…?」
聞こえているようだ。逃げ惑うでもなく、戦いを挑んでくるでもない相手にたいし、すこし警戒しているようでもあった。
「皆さんの目的を教えてください。魂は、食べるわけじゃないんですか?」
「……クコッ…タマシイ、アツメル…シロ、ツクリナオス…」
どうやら、なんらかの意図があって人間の魂を奪い集めているらしい。
魂を集めて、城を『作り直す』? どういうことだ?
「詳しく教えてくれませんか。もしかしたら協力でき…」
「クコォォオオオオッ!!」
寧人は言葉を続けることが出来なかった。サンタァナの一体、リーダーらしき者が寧人の言葉を無視し、耳を塞ぎたくなるほどの音量で吼え、こちらに攻撃をしかけてきたからだ。
「ちっ!」
すさまじく速い。踏み込んだ地点の砂が爆発したように飛び散り、空を泳ぐように飛びかかってくる。硬質化しているらしいウロコに覆われた腕による高速の一撃。強者を優先的に狙う、とのことなのに、何故かこの攻撃はツルギではなく寧人に向けられていた。
とても寧人が受けきれるものではない。
「ツルギ!!」
「承知!!!」
ツルギは寧人の言葉に素早く反応、すかさず抜刀し サンタァナの攻撃線上に割って入る。
ガキィン!! とても生物同士が激突したとは思えない激しい衝撃音が鳴り響く。ツルギとサンタァナの周囲の砂が激しく舞い上がった。
「……半魚風情が…俺の主君に手出しはさせねぇ…!」
ツルギとサンタァナは寧人の眼前で腕と刀をぶつけ、つばぜり合いを演じていた。
「助かった。すまないなツルギ」
「いえ…ですが……このままでは…ボス、ここは俺が食い止めます。アンタは逃げるんだ…」
寧人にもツルギの言いたいことはわかった。相手は6体、とても戦闘で勝てるとは思えない。このままではやられる。が、寧人はあることに気づいていた
「……それも悪人っぽいけど、逃げなくても大丈夫かもしれない」
「なっ?」
寧人は砂浜から少し離れた位置、テトラポットの方向を指差す。
そこには、一人の人影があった。よく顔はわからないが、若い男のようだった。シルエットからしてハーフパンツにTシャツ、ずいぶんラフな格好だったが、あきらかに常人とは異なる部分があった。
「……ボス、あいつは…? まさか…?」
男の右拳は燃えていた。比喩ではない。その言葉通り、拳に炎が宿っていた。
そして左拳もまた異様。空中に存在するはずのない水流が男の左拳を中心に渦巻いていた。
「クコッ!? クコッ!! ラモン! ラモン!! クコーッ!!」
サンタァナたちも狼狽しているようだった。
「……あぶねぇところだったな。兄ちゃんたち! あとは俺に任せときな!」
男は威勢のいい声をあげ、さらに続けた。
「太陽よ、海よ、俺に力を…!! ハリャァっ!!」
男は咆哮と共に、燃え盛る右拳と水流に包まれた左拳を空手の型のようにクロスさせる。
光の柱が夜の砂浜に出現し、その光の中で男は姿を変えていく。
寧人はその輝きに一瞬魅せられてしまう。
そうか、ハッタリでもインチキでもなかったんだな。
超自然の力、悪党の俺ごときには理解できないけど、神聖なその力は英雄を生むのか。
ビートルはなんかマジメそうな感じのヤツだったけど、アイツはなんか威勢がよくて、男らしい感じだな。それもかっこいいぜ。
「行くぜ! サンタァナ! てめぇらの好きにはさせねぇ!!」
太陽と海の精霊の力、南の島の守護英雄ラモーンは、眩い光とともにその姿を現した。