じゃあみんな、任せたよ
沖縄支店に赴任した寧人はすぐに気づいた。
この支店は色々と問題が多い。
まず第一に、支店内の士気が非常に低い。
構成としては寧人らのほかは支店長と庶務課がいるだけの支店なのだが、支店長も庶務課員もきわめてモチベーションが低い。サンタァナとラモーンという二つの強敵がいるためか、彼らにはこのエリアを制圧しようという意識がなかった。
「あ、君が新しい係長の小森くんですか。残念だねぇ。こんなところに飛ばされちゃって。でも大丈夫だよ。2年も我慢すれば異動になるからね。君の前任の係長もそれくらいしかいなかったし。余計なことはしなくてもいいからね」
これが支店長、大城の言葉だった。彼は地元出身ということで沖縄地区に赴任して長いらしい。大城はニコニコした笑顔が特徴的で、まるで切れ味を感じない人物だった。
「あ、どうも係長さん。お疲さまです。え? 訓練ですか? はぁ、まぁ、とりあえずやってますけど、別に戦闘はあんまりしないですし……あ、いえ、出くわしちゃったら一応戦いますけど」
これは庶務課の主任の言葉だ。彼らは地元の企業や暴力団に対してケチくさい脅迫などを行い、一応の利益を確保しているが、やっていることはただそれだけ。下手に目立てばサンタァナに襲われる。悪事がすぎればラモーンに潰される。そのとき、対抗する力はない。だから、なにもやらない。
そういう思考になっていた。
強敵に対し、士気が低い味方、さらに沖縄は特地でありながら支店権限で出動可能な改造人間を有していない。こんなところに飛ばされれば、まぁ、腐ってしまっても仕方ないのかもしれない。
こんな支店、もうなくてもいいんじゃないか、という意見もあるようだが、サンタァナはメタリカにとって警戒すべき勢力であり、その情報を本社に伝える、という役割から最低限の人員がおかれている。それが現状のようだった。
それが寧人が数日で理解したことだった。
が、勿論そのままでいるつもりはない。かといって、『お前ら! ヤル気だせよ!』なんていうのも苦手だし、そもそも効果があるとは思えない。
寧人はすこし考え、とりあえずこういう結論に達した。
人は無理筋にはモチベーションがもてない。それは当然だ。だから、見つけなくてはならない。サンタァナとラモーン、怪物と英雄を相手にして、勝つ方法を。
が、寧人には局面を打開するほどの個人的能力はない。そういう人が課題解決に当たる場合、古来より有効とされ、サラリーマンの多くがとってきた手段はなにか。
「と、いうわけで、みんなに召集をかけたよ。当面のやることを伝える」
そう、チームによる協力である。会議の出席者は寧人、ツルギ、アニス、新名だ。
「え? 先輩、マジでラモーンとか倒すつもりっすか? 無理っしょ。フツーに。テキトーにやりましょうよ」
新名は順応性が高い。もう沖縄の水に馴染んでいた。
「そういうなよ、新名。別にお前に突撃しろなんて言わない。お前にやってほしいのは、情報の分析だよ」
「分析っすか?」
「ああ、サンタァナとラモーンが現れてから数年たつ、やつら戦いも一度や二度じゃない。年間数十回と交戦してるし、映像や記録も色々残ってるだろ。それを調べて何か俺たちが知らないことはないか、使えそうなことはないか、考えてみてくれ。お前は俺なんかよりアタマいいんだから」
「……あー、んじゃ、まぁ、一応やりますけど。…でも警察とかテレビ局とか、一般公開してないような情報とかはどうするんすか?」
実に新入社員らしい疑問だった。まだ慣れていない『悪』であることに。
「簡単だろ。買収するなり脅すなり強請るなり。どうせたいした情報じゃないんだから、すぐに漏らすさ。お前ならどうだ? 武装した庶務課の人に囲まれて脅されても耐えられるか?」
「…ひゅー、うっわ。先輩マジ外道っすね。俺きびしいかもしれないっすわー」
そういいつつも新名の態度は軽い。やっぱり順応性が高いのかもしれないな、と寧人は思った。
「そこでアニス、お前と新名はチームだ。ハニートラップでも脅迫でもいい。必要なものを集めてくれ。実働はお前が、分析は新名だ」
「うん! でもなるべく派手なことはしないね。そのほうがいいよね?」
アニスはさすがだ。戦闘力もあるし、悪いことをするのに慣れている。そしてとてもいいことに、ルックス的にはそんな風に見えない。純粋で明るい美少女だ(いや、その評価も当たってはいるのだけど)色々動きやすいだろう。
「ツルギさんにはですね…、あ、いや。ツルギ、お前はとりあえずは俺と一緒に街に出るぞ。前回のサンタァナ襲撃場所とラモーンとの交戦場所の検証だ。これは危険かもしれないけど、いいか?」
サンタァナが強者を優先的に襲うことは事前情報で明らかになっている。これまでもスポーツ選手やガーディアン、珍しいところではプロ棋士など、一定水準の何らかの能力を持ったものが狙われる傾向が強い。また、サンタァナの襲撃は比較的近いエリア内で連続して行われる。
つまり、その現場に赴くということは、命の危険が伴うということだ。
それをふまえて、寧人はツルギに問いかけたのだった。
「ふっ、ボス。俺はアンタに命を預けた身だ。いいんですよ。ただ一言『やれ』といってくれれば、それで」
だが、ツルギの言葉には脅えも迷いもなかった。
「…そうか。なら頼む」
「承知」
これで一通りの指示は終わった。悪を成し遂げるには、まずは情報を集めること、そして敵を知ることが大事だ。
「よし、じゃあみんな。任せたよ。まずは第一歩だ。これができなきゃ、沖縄支店の人たちを動かすことだって出来ない。頼むぞ」
裏切り、虚言、不意打ちを基本とし、隙をみせた相手は情け容赦なく叩き潰す、その方法で這い上がってきた寧人はそれを知っていた。