俺は、強い
ビートルとの戦いから五ヶ月が過ぎた。寧人は企画部の立案する様々な侵略プランにたいして戦術を決定し、必要であれば自ら現場に赴く、というスタイルを確立していた。
ガーディアンの拠点の殲滅、メタリカにとって不都合の施設の破壊、わずかに現存しているマフィアや暴力団等の非合法組織の制圧。短期間のうちに寧人は次々と作戦を成功させていった。
ビートルやディランと戦ったときに比べれば、メタリカのバックアップの上でそうした仕事をこなすことは容易なように思えていたのだ。
また、そうした寧人のスタイルは営業部の他のメンバーに影響を与えていく。犠牲を払うようなプランであっても成果が見合うなら即決、そして本社社員自ら現場へ出動指揮をとる。そういうやり方が普通になっていった。
一番下っ端の寧人がその方法でビートルを倒し、またその後も功績をあげていったことで、腰の重かった営業部員たちの意識が代わっていったのはある種自然の流れだったのだろう。結果として、営業部はこれまで以上の実績をあげる部署に変っていた。劇的な成功体験はモチベーションをあげる。高いモチベーションはさらなる成功を呼ぶ。
これは、たった一人の新入社員が起こした改革だった。
※※
「……と、いうわけで。我々第二営業部は今期の実績において他部署を大きく上回る実績を残すことが出来た。ほんとにみんな、よくやってくれたな。これからも積極的に行動し、どんどんチャレンジしていこう。来期もよろしく頼むぞ。皆!」
年次の終わり、泉の挨拶は部員たちの労をねぎらい、褒め称えるものだった。寧人には知る由もないことだが、おそらく泉の社内での評価をうなぎのぼりとなったのだろう。それほど、今期の第二営業部成績はぶっちぎりだったのだ。
「了解しました!」
「よっしゃー!」
「…フ」
部員たちも口々に喜びと達成感の声をあげる。寧人も同じだった。
寧人はなんと、その成果を認められ、ルーキー・オブ・ザ・イヤー候補に選抜され、受賞まであと一歩というところまで来ることができたのだ。
取れなかったのは残念だが、それだけでも満足はしていた。
また、寧人はこの結果が泉の力によるものが大きいことも理解していた。だから、ちゃんとお礼を言いにいくことにした。帰る前に泉のデスクに向かう。
「お疲れ様でした。部長、今年度はお世話になりました。来年度もよろしくお願いします」
「ああ、そうだな。……いや、小森。すまないが明日、始業前に部長室まできてくれないか。朝一ですまないが話がある」
「? はい」
泉はなんとも不思議な表情をしていた。少しだけ、残念そうにもみえた。
翌日、寧人は言われたとおりに朝の早い時間に部長室へ向かう。
「失礼します」
「ああ。入って、そこに座ってくれ」
「??」
部長室には泉ともう一人、重役らしい社員がいた。どこかで見たことのある人だ。
大柄な体格、長い髪を束ね、ロングコートを着ている。よく見ると目はグリーンで、外国の血が入っているようだった。
服の上からでも盛り上がった筋肉が確認できる。また、にじみ出ているその雰囲気は周囲を威圧する攻撃的なもので、緊張を余儀なくされる。
「この方は人事部長兼、専務取締役のラーズ将軍だ」
「専務…!?」
寧人の脳裏に記憶が蘇る。
思い出した。入社試験の面接のときにいた男だ。なるほど、道理でみるからに常人ならざる人なわけだ。
やたら役職が多いな。人事部長で、専務で、将軍? 将軍というのは尊称なのだろうか。
「貴様が小森か。面接のとき見たはずだが、まったく覚えていないな。評判とは違って、随分とおとなしそうな男だな。本当に戦えるのか?」
「……」
寧人は考えた。専務取締役、つまりこの男は、メタリカでトップクラスの地位にいる男で、ということは世界中の悪党のなかでも極めて頂点に近い男ということだ。
何故こんな男が俺の前に現れる。そういえば名前だけは聞いたことがあるぞ。
ラーズ将軍。メタリカ誕生時からその腕一本で現在の地位に上り詰めたバリバリの武闘派だ。たった一人でガーディアンを200人倒しただとか、チャイニーズマフィアを壊滅させただとか、ロックスと互角以上の純粋な戦闘力を持っているとか。
「おい貴様。俺の質問に答えろ。お前は、本当に戦えるのか?」
絶句してしまった寧人に、ラーズは質問を重ね、すさまじい眼力で睨みつけてきた。視線だけで猛獣が殺せるのでは、というほどの威圧感。そして質問の意図もわからない。
「…俺は」
しかし、答えないわけにはいかない。上役の機嫌を損ねられない、ということではない。寧人が進もうとしている道を考えれば、ラーズのようなポジションにいる男に軽く見られるわけにはいかないからだ。引くわけにはいかない。
「戦いますよ。そして、どんな手を使ってでも勝ちます」
寧人は目をそらさなかった。震える体を押さえつけ、自分を見下ろす巨躯の極悪人のプレッシャーに耐えた。
「はっ。度胸だけは対したもんだな」
「…ありがとうございます」
室内は緊張感に包まれた。が、そこに泉が割ってはいる。
「ラーズ将軍、もうそのくらいで…。本題に入りましょう」
「ああ、すまなかったな。坊主。ちょっと貴様を試してみただけだ」
「…はぁ」
一体なんだというのだろうか。寧人にはさっぱりわからなかった。
「小森。お前に人事発令が出てな」
「えっ…?」
内示。異動ということだろうか。しかし自分はやっと一年目を終えたところで、しかもすでに一度の異動を経験しているのに?
「営業部にきて日が浅いのはわかっているし、俺も正直残念だけど、お前には別のフィールドで活躍してほしい」
「そんな、もう、ですか?」
寧人は困惑して答える。左遷、ということだろうか。営業部の仕事にも慣れてきたところだったし、少しは成果もあげたはずなのに。
「おい、そんな顔をするなよ。左遷、ってわけじゃないぞ。今回は特別な人事だからな。専務のラーズ将軍が同席しているのもそのためだ。発令権は俺にはないからな」
「特別…ですか?」
「ラーズ将軍、お願いします」
泉はそういってラーズ将軍に視線をやった。ラーズは咳払いを一度したあと、低い声でつげた。
「小森 寧人。貴殿に特地への赴任を命じる。これにともない、貴殿の職位をレベル3とする。また、あわせて特地における貴殿の活躍を補佐するべくメタリカ本社及び庶務課より貴殿の部下となる人材をあわせて異動することとする。
今後の貴殿の期待する。……以上だ!」
「……」
寧人にはラーズが言っていることがすぐに理解できなかった。
レベル3とは、係長クラスを意味する。それは知っている。
特地とは、メタリカの業務において特別な課題をもつ地域のことである。
それは知っているが、やっぱり意味がわからない。突拍子もなさすぎたのだ。
「小森! これははっきりいって異例の人事で、栄転だぞ! お前にとっては間違いなくいいことだ! 一般職出身者が兵隊持ちになるのはメタリカ始まって初めてのことだ」
「聞いているのか貴様! 返事をせんか!!」
「…は、はい」
「どうした。不服か? なかったことにもできるんだぞ」
なるほど。寧人にとってはそれも魅力的な提案だった。営業部には慣れてきたところだし、今の仕事に不満はない。真紀の部署とも近い。それに特地の業務にも不安はある。そもそも特地とはどこのことだ。
このまま営業部にいたほうが、きっと平穏なはずだ。
しかし。
そんなわけにはいかない。
泉の言うとおり、これが異例の人事だということはわかる。一般職の自分が一気にレベル3の係長クラスへの出世、そして部下を引き連れての異動。
ディランやビートルとの交戦結果や、これまでの業務が認められた、と考えていいのだろうか。それとも悪の組織らしく何か裏があるのだろうか。
ディランの撃退やビートルの打倒、マグレで、卑怯な手段使っただけ。勿論そういう思いもある。だが、今はそれだけじゃない。営業部での経験が、寧人を鍛えていた。少しばかりの自信と、そして自分の才能への理解を与えていた。
――メタリカは悪の組織だ。勝つ。どんな手を使ってでも、汚くても卑怯でも。
目的を達成するためなら、その手段選びはしない。それが悪の力として認められるのなら――
営業部での平穏への執着、新天地への不安。そもそもこの人事に裏がある可能性への恐怖。様々な思いを寧人は乗り越えた。
――俺は、強い――
「いえ。不服などとんでもない。たしかに承りました。特地での活躍を、ご期待ください」
俺は進む。