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悪の組織の求人広告  作者: Q7/喜友名トト
営業部覚醒編~ビートル~
20/106

美味しいです。ホントに。

「おやっさん。俺、芋焼酎。あとハンペンと玉子」


 結局、寧人はいつものおでん屋にいくことにした。ガード下の安い店舗だが、ここしか思いつかなかったし。真紀は真紀で、「寧人くんがいつもいくところ、言ってみたいです」と、大変心優しい社交辞令を言ってくれたからだ。

 それに、マジメな話。このおでん屋はなかなかいい。おでん屋でありながら、言えば大抵のメニューは店にあれば作ってくれる。なぜかメンチカツとかポテトサラダとかもある。

 店主のおじさんは、顔に傷があり、まるでヤクザもののようだが、とても心優しい



 「あいよ。兄ちゃん。今日はずいぶん可愛い子つれてるねぇ、兄ちゃんのコレかい?」


 「勘弁してくださいよおやっさん。この人は俺の同僚です。そんな風に言ったら失礼じゃないですか」


 寧人は焼酎を注ぎながらこちらをからかってくる店主を慌ててたしなめつつ、ちらっと真紀を見てみる。これで気を悪くしたらどうしてくれるんだ。と心配になった。


 「いえいえいえ! 全然、大丈夫ですから。全然!」


 真紀は手をぶんぶんと振って否定してくれた。なんていい人なんだろう。


 「ははは。じゃあ、お姉さんは、何にする?」


 「あ、えと、じゃあ、大根と厚揚げください」


 「あいよ」


 しばらくすると、熱々のおでんが出てくる。客は二人だけだった。いい店なのに繁盛していないのは、やっぱり店主の顔が怖いからだろうか。二人は乾杯をし、おでんにとりかかった。


 「わぁ。美味しそうですね。いただきます! あつっ、はふっ、はふっ…」


 大根をほおばった真紀は、幸せそうな顔で、はふはふと言う。寧人はおもわずじっと見てしまった。


 「…? なんですか? あ! な、なにかついてますか!?」


 「いや、なんか……、その美味しい?」


 「美味しいです!」


 「うん。俺もそう思う。汚いけど、いいお店だよね」


 「汚くて悪かったねぇ…はいよ。これ、サービス」


 「ありがとうございます」


 古い店内で、二人は暖かいおでんを食べ、少しずつ話も弾んできた。


 「俺さぁ、そういえば人と一緒にメシ食いにきたの。真紀さんで3人目だわ」


 「え? そ、そうなんですか?」


 「うん。メタリカの先輩と、あと、高校のとき一人だけ仲がいい友達がいてさ」


 「へー。そうなんですかぁ」


 「寧人くんって、休みの日とか何してるんですか?」


 「うーん。まぁ、自主トレと。あとは引きこもってるかな…真紀さんは?」


 「自主トレってすごいですね! 私は…けっこう暇なので、本読んだりとか、お散歩するくらいです」

 

 「なんか知的な感じだね。そーいや、真紀さんってもう大学でてるんだよね? まさちゅーせっつ? だっけ。俺より年下なのに。ほんとすごいと思う。尊敬するよ。何勉強してたの?」


 「えっと、生物学と、工学と、あと」


 「うひょー。すっげー」


 「た、たたたいしたことないですよ。寧人くんこそ、一年目で結果残してるじゃないですか! あ、そうだ。あらためて、おめでとうございます!」


 さほど盛り上がっているとはいえないかもしれない状況なのだが、それでも寧人は楽しかった。なんとなくだけど、真紀も嬉しそうに見える。少しよっているのか、ほんのり頬が桜色で、それがまた綺麗だった。


 「へー。兄ちゃん。なんかいい仕事したのかい?」


 ときおり店主も会話に絡んでくる。この店主はそのへんが上手くて、けして客の邪魔にはならず、それでいて場の空気をよくしてくれるのだ。


 「そうなんですよ! 寧人くん、すごかったんです」


 「そっか。兄ちゃん、男をあげたねぇ。このままどんどん出世するといいな」

 そういって店主は焼酎のおかわりをとくとくと注ぐ。こんどはいつものやつとは違う。少し高い焼酎だった。


 「おやっさん。これ…」


 「ああ、未来ある若者に、おっさんからサービスだよ。期待してるからま」


 そういわれると寧人も悪い気はしない。でも、そこまで期待されるのも少し気が引けた。


 「はは。でも、俺は一般職だから…」


 なんとなくお茶を濁そうとしたが、真紀が意外な発言をする。


 「何言ってるんですか。そんなの、関係ないですよ! わたし、わかるんです。寧人くんは、なにかを持ってる人です」


 真紀はあまり酒が強くはないようだった。テンションが上がっている。


 「もう一部で有名なんですよ?『俺たちは悪の組織だ!悪いことして何が悪い!』 かっこいいです!」


 どうやら寧人の真似をしているつもりのようだったが、そのわりには舌ったらずで、可愛らしい。多分ちっとも似ていない。寧人は思わず笑ってしまった。さすがに照れくさくなったので、話題を変えることにした。


 「そういえばさ、聞いてなかったけど、真紀さんは、どうしてメタリカに入ったの?」


 入社試験のときから気になっていた。池野はわかる。彼は上昇志向の塊のような男だ。悪とはいえ、絶大な力をもつメタリカでその辣腕を振るいたかったのだろう。しかし真紀はそういうタイプには見えない。


 「……」


 真紀は一転して静かになった。やばい、悪いこときいたかもしれない。寧人が謝ろうとしたそのとき、しばらく黙っていた真紀は、なにかを決めたように、ポツポツと話し始めた。


 「…わたし、サパスなんです。半分だけですけどね。お母さんがサパスだったんです」



 店内は急に静かになった。店主は気を利かせたのか、店の奥に引っ込んでいく。


 サパス。それは世間一般的には、『すでに滅びた悪の組織』と認識されている。が、実は違う。

 

 サパスとは本来、種族を表す言葉だ。現在の人類とは別の進化を遂げた古代の先住民族である。

 平均して高い知能をもっていること以外には人間と変わりない彼らは人類が、現在の文明を築くより前にコールドスリープに入っており、近代になって目覚めた人々だった。


 目覚めた彼らに人類は当初戸惑ったが、サパスのもつ科学力が有用であり、また人類とほぼ遺伝的に同一なこと、さらに友好的であったことから、すぐに友好関係を結び、共存した。


 だが、サパスのなかには一部、過激派と呼ばれるものがいた。ブラック・サパスと名乗る彼らは人類に対し宣戦布告。優良種たる自分たちが支配すべきとの主張を展開した。


 戦いは数年に及んだが、ガーディアンとロックスたちの活躍により、ブラック・サパスは壊滅。


 この戦いの結果、「ブラックではない」サパスたちもまた、人類からすると脅威とされるようになり、今では彼らは社会の片隅でひっそりと生きている。人権は、ない。どんな扱いを受けているのか、想像もつかない。


 「…お母さんは、ブラック・サパスではありませんでした。お父さんと出会って、普通に暮らしていました。でも、わたしが8歳のとき、ガーディアンに連れて行かれて、それっきりです」

 


 「…そっか」


 少しだけ、似ていた。寧人は人間だけど、少しだけ、境遇が似ていた。


 「…でも、復讐したいってわけじゃないんです。ただ…」


 寧人にもなんとなくわかった。きっと、彼女も世界を変えたいんだ。母親がわけもなくいなくなるのが当然である人々が生まれない世界を作りたいんだ。


 そんな彼女は、やっぱり正しい、とはいえない。今の世界は、悪の組織がなければ、それなりに平和で、このままでいたいと思う人だって、たくさんいて。

 それを急進的に変えるのを望まない人のほうが、はるかに多いはずだし、ロックスやガーディアンたちは、そんな人々を悪の魔の手から守っている。それは尊いことだと、思う。

 


 それに、何百年かかるのかわからないけど、メタリカに入らなくても、目指す世界へ向かう道は他にもあるはずで、それでも彼女は今の道を選んだのだから。


 ロックスとメタリカ、どちらが正義かなんて、一目瞭然だ。


 「……やっぱり、わたしって、悪い人ですよね…。サパスだってことも、隠してました。ごめんなさい。…こんな話、人にするのは、初めてです」


 真紀はうつむいていた。少しだけ、肩がゆれている。

 そんなことないよ。君は悪くない、とはいえない。だってそれは嘘だから。

 寧人はこの子に嘘はつきたくないから。


 だから、寧人は別のことをした。


 おっかなびっくり、おそるおそる。寧人はうつむいている真紀の頭に軽く触る。ぽんぽん、とたたく。

 キモがられるかも、とは思ったけど、それでも、そうしてあげたかった。


 「サパスがどうとか、別に気にしないよ。それに悪人ってんなら俺のほうが上」


 真紀はすこし驚いたように顔をあげる。


 「変えよう。俺たちが、この世界を。……一緒に」


 上手くいえなかったけど、言いたかったのだ。

 悪でも、それが認められなくても、俺は違うよ。否定なんてしない。

 俺は戦うよ。ずっと。仲間と、君と一緒に。


 「……はい」


 真紀は顔を上げてくれた。やっぱり目が潤んでいたけど、それでも泣いてはいなかった。


 「ほい。これ、サービスね」


 ちょうどいいタイミングで店主が茶碗を二つもって顔をだす。

 

 「お、お茶漬けですか?」


 「ああ。今日は鯛出汁だよ」


 湯気がたつ茶碗からは美味しそうなだしの香りがする。


 「真紀さん、ここのお茶漬けはすごく美味しいんだよ! サービスでしかでないんだけどね」


 そう言って、明るい声をだす寧人。


 「おう。旨いぞ。あ、でも帰れって意味じゃないからな。ここは京都じゃないし」


 そういって店主はにやりと笑う。強面ながら、お茶目な笑顔だった。

 

 真紀は、嬉しそうに微笑んだ。


 「はい…。いただきます!」


 「いただきます」


 二人でお茶漬けをかきこむ。うん、やっぱり、美味しい。

 傍らをみると、真紀が目に涙をためて、くしゃくしゃの表情で、食べていた。


 「美味しいです…。ほんとに」


 寧人はそんな彼女をみて、これまでみたどんな彼女よりもずっと、可愛いな、と思った。


 店主はそっぽを向いてタバコを吹かす。


 食べ終わった彼女は言った。


 「…はーっ、美味しかったです。…うん。寧人くん」


 「なに?」


 「これからも、よろしくおねがいします。一緒に、世界を征服しましょう」



 そんな彼女の顔は晴れやかだった。


 寧人は答える。


 「もちろん」


 俺は、この先も戦う。でも、おかげでわかった。

 俺は、ひとりってわけじゃ、ない。


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