あ、はい。
まゆずみ まき、と名乗った美少女と一緒に、「悪の組織」メタリカ就職面接会場へ向かう。
「…あのさ、えーと…」
状況があまりにもおかしいので、寧人はつい口を開いてしまう。
「? なんでしょう?」
小首をかしげる真紀。
こんな普通のオフィス街でメタリカの就職試験がされるって、おかしくない?
そもそも、なに一般企業みたいな顔して普通に求人出してるんだろう。
俺はWEBで案内を受けたけど、さっき君はメタリカでの一次試験がどうだこうだいってたよね。それなに? 悪の組織に入社して、何をするの?
聞きたいことが多すぎて、逆に言葉が出なかった。
「あー、いや、なんでもないです」
「? あ、緊張してるんですね! 大丈夫です。…わたしもですから。頑張りましょう」
何か誤解したのか、真紀はぐっと握りこぶしをつくり、ファイティングポーズのような姿勢をとってみせる。
「あ、はい。そうですね」
そう答えるしかなかった。そして試験会場のビルへ向かう。ごく普通のオフィス街のごく普通のビルだ。有限会社メタリカ、なんてどこにも書いていない。
ただ、一つ、異様なことに気づいた。平日のオフィス街だというのに、周りに自分と真紀以外、誰もいない。
おかしい。あきらかにおかしい。
ビルに入ると、M社 試験会場との行灯がある。清潔感のあるしゃれたオフィスは大企業そのものだった。
「まじかこれ」
受付らしき人に受験票と身分証明書を見せ、待合室に通された。
ちなみに受付の人は美人なお姉さんで、巨乳だった。
お姉さんのスーツの胸元にはデザイン化されたMETALICAの文字が入ったネームタグ、フラワーホールには翼をもした社章らしきものがつけられていた。
お姉さんはにっこり笑ってこういった
「ようこそ、メタリカへ。本日の試験では精一杯頑張ってくださいね。一緒に戦う仲間を待っていますよ」
待機用の会議室には就職希望者らしい人々が数十人ほどいる。
寧人は最近ハタチになったばかりだが、受験者らしき人々は多様だった。
あきらかにカタギとは思えないヤクザ屋さんみたいなオッサン。
耳にルーズリーフなみの数のリングのピアスをしているパンクロッカー
眼鏡をかけたインテリ風の青年。
あきらかに外国人とわかるスキンヘッドの巨漢。
ぱりっとしたスーツを着こなす若いイケメン。
「もういい」
小さい声でつぶやいた。ドッキリなのかなんなのかは知らない。
もういちいちツッコむのはやめた。なんだか知らないけど、少なくともこれから企業の入社試験らしきものが行われるらしい。
ジョークだろうとは思ってた。でもすこしだけ、ほんの少しだけ、マジかもしれないという思いももっていた。だから来たのだ。だったら、今の状況はそれはそれでいいはずだ。
ニート脱出のチャンスかもしれない。たしか収入もよかった。
そうとも、全世界が知ってる一流企業だ、と考えることも出来るじゃないか。
それが悪の組織っていうのは微妙だけど、今より悪い状況になどならないだろう。多分。
ただいまー、お父さん今帰ったぞー。
まあおかえりアナタ。今日はお仕事どうだったのかしら?
いやー、首相官邸に破壊工作をしてきたんだけどさぁ、これがなかなか大変でねぇ。まぁ、部長の命令に逆らえないからさぁ
そう。大変ねぇ。お疲れさま。お風呂わいてるわよ。
あ、お父さんお帰りー、あのね! 今度の誕生日にはPS4がほしい!
うーん。そうだなぁ。オセアニア制圧作戦が成功すればボーナスも出るし、考えとくよ
わぁ! やった! 明日はホームランだ!
ははは、こいつめ。
なんていう家庭生活が妄想できなくもない。
寧人はそう考えることにし、一受験者として今日一日を過ごすことにした。
午前中は筆記試験、まずは数学パズルのような問題を解く。
これはあまり出来なかった。次に問題文を読み、それについての意見を書く記述問題。
悪の組織の問題らしく、内容がメチャクチャだった。例えばこんなのがあった。
あなたは現役のヘビー級ボクシングチャンピオンと、図に描かれた室内で戦うことになりました。どのように戦いますか? 図をよくみて答えなさい。ただし、チャンピオンを殺すことが出来なかった場合は、あなたが死んでしまうこととします。
図にはヤル気満々にファイティングポーズをとる黒人の絵と、彼の背後にはマシンガンやらナイフやら、武器になるものが描かれている。ふむ。
その問題にはこう答えておいた。
勝てる確率が低いし、逃げることもできそうもないので、降伏する。もし殴られたりしたらすぐにダウンして立たない。とりあえずその室内での戦いは敗北で終わらせる。後日、闇討ちや毒物などで殺害する。
回答になっていないかもしれない。チャピオンにはこの室内で勝たないとダメなのかもしれない。でもまぁ、室内で殺し合いをしたら多分こっちが死ぬだろう。だから仕方ない。
最終的にチャンピオンを殺すことが出来ればいい、ってことにしておこう。
こんな感じの問題ばかりだった。
これは出来たのかどうかはわからない。とりあえず思いつくまま全部書いた。
続いては面接。これは集団面接らしく、しばらく待機用の会議室で待たされる。ここでは真紀と並んで座ることが出来た。
うーむ。なにか話さないと。そう思いはするも、寧人は女の子と会話すること自体がかなり久しぶりで、もちろん苦手だ。
やべぇ。どうしよう。この子、予習とかもしてないし、不安気な表情でお茶のみながら順番待ってる。ここはあれか、なにかこう、気の聞いたこと言いたい。くっ、考えなくては…! 今のところまだ嫌われてはいないはず! 今ここで好印象を与えておけばもしかしたら…!
「ま、黛さん! き、緊張しなくて大丈夫だと、おおお思いますよ!!」
やっと出せた声は完全に裏返っていた。
真紀はきょとん、と目を丸くさせ、しばらくして
「…ぷっ、あはははっ。もー、小森さんのほうが緊張してるじゃないですかぁ。今すごい声でしたよ?」
このアマ、俺がこんなに頑張って声をかけたのに笑いやがって…
なんてことは一ミリも思わなかった。寧人からしてみると、これはこれで会話成功だった。笑顔が見れたことで、とりあえず満足していた。
「いや…その…。はいまぁ、俺も緊張してますけど…」
「うん。わたしもです…。でも、ありがとうございます! おかげですこし気分がラクになりました。頑張ります」
真紀はそういうと背筋をしゃんと伸ばしてみせる。小柄ながらに凛とした雰囲気もあった。
「あ、そういえば、私のことは真紀、って呼んでほしいです。あんまり苗字で呼ばれるのなれてなくて」
おっと、これはこう答えるパターンだな。
「えーっと…わ、かりました。真紀さん、じゃあ俺も寧人でいいです」
「ニート? …変わった、名前ですね」
「ネイトです」
しばし沈黙。
「や、やだなぁ。冗談ですよ。ちゃんとわかってましたよ?」
すこし頬に桜色が指していた。うーん。実にいいよ。そう思わずにはいられない寧人だった。そのとき、ドアが空き、メタリカの社員らしき人が声をかける。
「小森さん、黛さん、池野さん、鈴木さん、スミスさん、どうぞ」
面接の順番が来たらしい。そういえば、今は、悪の組織の就職試験中だった。
「はい!」
真紀は元気良くそう返事をして席を立つ。
「一緒に合格、できたらいいですね!」
まっすぐな瞳でそういう彼女。これがたとえば航空会社だとか、マスコミだとかの試験ならそれも普通かと思うのだが…
「う、うん」
とりあえず、そう答えるしかなかった。
面接会場には2人のオッサンと老人が1人、あと女性がいた。多分、管理職の人なんだろう。
オッサンのうち一人は研究者っぽい白衣姿に眼帯。マッドサイエンティスト枠か。
オッサン2は体格がよく長い髪を後ろで束ねた人物。ロングコートに手袋までしてる武闘派?
老人は白髪で、ふぉっふぉ、と聞こえてきそうな好々爺にみえる。大物? いやミスリードか?
女性はなにやらセクシー秘書みたいだ。
寧人は面接など、バイトのものですら受けたことはない。さすがに、不安にはなる。
面接がはじまるともう、なにがなんだかわからなくなった。他の受験者と面接官のやりとりを聞くのが精一杯だ。
「池野さん、志望動機をお聞かせ願えますか?」
まずはあのイケメンかららしい。悪の組織ですらイケメンが重んじられるのかそうなのか。と余計なことに頭がまわる 池野と呼ばれたイケメンはハキハキと答える
「はい! 私はかねてより、御社の営業方針に興味を持っておりました! 競合相手の多い業界にありながら、業界の成立期から常にトップランナーで有り続ける御社にて力を発揮したいと考えております! 目標とする世界征服は壮大で遠い目標ではございますが、目標へ進む過程で得られる利益を高めていくことが22世紀の御社では必要かと思います。私もその力になれれば、と考え、志望させていただきました!」
おいおい。なんだアイツは。
「なるほど。とてもモチベーションが高いんですね。では自己PRと入社した場合の希望部署をお願いします」
「はい! 私は父の仕事で幼いときからフランスに…(略)また海外の大学で近代戦を専攻にしており(略)、また高校時代に剣道でインターハイに出るなど…」
PRはさらに続く。
マジかよアイツ。寧人はおもわず舌打ちをしそうになった。いいとこのお坊ちゃまでイケメンでスポーツマンで高学歴。死ね。なんでメタリカに入ろうとなんてするんだ。広告代理店でも受けろよ。
「どの部署に配属されても全力を尽くすつもりですが、将来的には企画部にて怪人を用いた侵略作戦の立案に係わりたいと考えています!」
あーそうですか。すごいですね死ね。
池野の話が終わり、次は真紀の番になった。
「私は御社のライバル的存在であるロックスを倒したいと考えています。その力になれれば、と思い志望いたしました」
ロックス…ああ、あのヒーローの人たちね。変ってるな。ヒーローなんてみんなの憧れだろ。可愛いけど、やっぱりちょっと変ってんのかな。そうだよな悪の組織に入社しようとしてんだもんな。
「私は米国のMITを飛び級で卒業しており、博士号を2つもっています。御社の怪人のメンテナンスや改良に役立つものだと思います」
でも可愛いしなー。頭もいいのか。すごいなぁ。それにしても可愛いなぁ。
現実離れしすぎた状況は寧人の思考を遠いところに飛び足させるのに十分だった。
「では小森 寧人さん。あなたの志望動機を教えてください」
いきなり現実に戻されてしまった。初の面接。悪の組織らしき大企業、他の受験者の衝撃的な経歴。自分は内気で無能なニート。パニックになる条件はすべて整っていた。
「お、御社の理念にカンメイをうけまして…」
「弊社のどういった理念にですか?」
「それは、えっと…あの…」
「……趣味や特技はありますか?
「…趣味はインターネットで…特技は…あの…そろばん3級です」
「…はぁ。では、もう結構です」
終わった。寧人だけでなく、ほかの受験者も一同にそう思ったはずだ。
真紀は心配そうにこちらをチラチラみているし、池野はニヤニヤしそうなのを耐えているようだ。
はい。就活終わり。悪の組織も、大企業となるとむずかしいわな。
そもそも、俺がここにいること自体が場違いなんだよな。今日は帰りにカレー食っていこう。寧人が気持ちを切りそうになったそのときだった。
これまで黙っていた老人の面接官が口を開いた。
「君は、たしか一般公募からだったね?」
老人の質問に、部屋がざわついたように感じた。
一般公募とはあのWEBサイトだろうか。俺は、ということは他の人は違うのか。このざわつきをみるに、それはよほどおかしなことなのか。
「ネットでみて…それで」
「そうかそうか。ではワシからの質問は一つじゃ」
老人の言葉は穏やかで優しげだった。聞いていると安心するような。でもそれが怖いような。そんな声だった。
「この世界を変えたい、君はインターネットでそう答えたのう?」
寧人は何故だか言葉が出なくて、頷くことしか出来なかった。
「世界を変えたい。それは、今のこの世界を壊してでも、かの?」
? 変なことをいうじいさんだ。決まってるじゃないか。リア充め、大企業め
エリートめイケメンめ。どいつもこいつもヒャッハーされてしまえばいいんだ。
寧人はすこし間をおいて答えた。
※※
真紀は自分の面接における自分の発言の順番が終わり、すこしホッとしていた。
が、すぐにいてもたってもいられない気持ちになっていた。
今日知り合ったばかりの男の子、寧人くん。
彼の面接での受け答えはあまりにもひどすぎる。正直言うと、一昔前とは違い、今では一般の人は実施を知ることもなくなり、各分野のエリートや特殊な人間しか受験しないメタリカ本社の採用試験にいるような人には見えなかった。別にバカにしてるわけじゃない。ただ、不思議だった。
彼の面接がうまくいきそうにもなくて、真紀はもじもじするのを抑えるのに必死だった。
でもそのあと少し驚いた。彼はなんと『一般公募』を経て、最終面接の場にきた人だったのだ。噂では聞いたことがある。何度も試験を重ねここに至ったほかの受験者とは異なり、インターネットなどの不特定多数を対象とした選抜による採用ルートがあるらしい。
まずその公募を発見するのには非常に強い運がいる。そして公募に『合格』するにはあるたった一つの高い素質が必要らしい。なんでも過去に一般公募で選ばれた人物はひとりだけだそうだ。これも噂だけど、一般公募の試験はメタリカの首領がみずから作っているらしい。
たった一つの素質。それは『悪』であること。ただそれだけ。
寧人はとても悪人には見えなかった。どちらかというと内気で、シャイで、すこし不器用な男の子。真紀には寧人がそういう風に見えていたし、それですこし好感も持っていた。
だから彼が一般公募を経てここにきていることは本当に意外だった。
そのあと、面接官のひとりのおじいちゃんが寧人くんに聞いた質問。
この世界を壊してでも、世界を変えたいか?
真紀は面接官の質問にぞくりと背筋が寒くなるのを感じた。
誰でも大なり小なり世界には不満はあると思う。それを変えたいとも思ってるんじゃないか、と感じる。
だけど、今のこの世界を壊してもいいか? と聞かれて心から了承できる人はいるだろうか。
軽い気持ちで、みんな死んじまえ! とかいうのとはわけが違う。本当に?
この老人の面接官の言葉には本心を抉り出すなにかがあった。きっと嘘はつけない。
仮に真紀が同じ質問をされたのなら、わからないです。と答えるしかないと思う。
隣に座る池野さんが同じ質問をされたのなら、面接だから、勿論です。と答えようとするだろうけど、きっとプレッシャーで答えられないと思う。
寧人くん…。面接中ではありながら、つい真紀は寧人のほうを見つめてしまっていた。
彼は、顔をあげ、答えた。あまりにも、普通に。
「あ、はい」
そのときの彼の表情は、あまりにも自然だった。だが
頼りなげにみえていた男の子の周りに、一瞬だけだが、漆黒に輝く炎が見えたような気がした。弱々しくておぼろげだけど、たしかに。
それに、彼の瞳の奥に引き込まれそうな錯覚を覚える。
ん、…あれっ…? 嘘…? なんでわたし…あれ?
一瞬後れて、胸の鼓動が高鳴っていることに、真紀は気づいた。
面接が終わると、寧人はすぐに帰途につこうとした。恥かしくて、この場にいたくなかった。終わった。落ちたな。
最初ジョークだとか、どっきりだとか思っていた就職試験だったが、こうも本格的にダメだと。さすがに落ち込む。さっさとカレー食べに行こう。そう思い廊下を歩く。
「あ、あの! 寧人くん!」
声をかけられれば振りかえりはする。そこまで社会性は低くはないさ、面接は落ちるけど。心の中でそう自嘲せずにはいられないが、別に真紀はなにも悪くない。寧人はそう思いなるべく穏やかに接することにした。
「お疲れさまでした…。メタリカ頑張ってね。応援してるよ」
そう答えると真紀はなにやら下を向き、モジモジとしだした。スカートの裾のところを
つかんでいる。
? トイレいきたいのかな。
「ね、寧人さんも入社するつもりなんじゃ…」
優しい人だ。ホロリ。真紀の優しさを感じ、さらに落ちたことへのショックが高まる。
もしかしたらこの人と同僚になれたかもしれないのかー、と考えはする。
「はは…無理無理。あれで受かるわけないよ」
「そんなこといわないでください…」
寧人はすこし考えた。どうしてこの人はこういうことを言うのだろう。
ああ、そうか。自分だけ受かりそうだから申し訳ないのかな。
バカだなぁ、そんなこと全然気にする必要ないのに。悪の組織に入社する人とは思えないぞ。結婚してくれ。
「じゃ、俺帰るね」
気を使わせちゃ申し訳ない。寧人はそれだけ言うとその場を立ち去ることにした。
その日、都内の地下にあるメタリカの一拠点では会議が行われていた。
「池野くんと黛さんは採用でいいですよね」
「そうだな。池野は優秀だし、黛さんも…かわいいし」
「すぐそれだ。黛さんだって有能ですよ。みてくださいこの経歴書」
「そういえば、小森とか言う子はどうしますか?」
「そりゃ、誠に残念ですが…でいいんじゃないのか」
「まちなさい」
「あ! …どうしてこちらに?」
「なに、ちょっと採用に口を出そうと思っての」
「なにか」
「あの小森という者。なかなか面白い。あれほどの負のオーラはなかなかいない。負け組、とか言うんじゃろうか。
今はただの世を拗ねた子どもじゃが、磨けば光る球かもしれぬ。ワシに免じて、いれてみぬか?」
会議は2時間で終了した。
その2週間後、寧人のもとには一通の郵便物が届いた。
「めずらしいな。俺に郵便なんて…んっ…。えっ? あれ? まじ?」
もう一度文面を見直してみる。間違いないようだ。
「うおーーーーーー!!!!」
4月から俺は、悪の組織の新入社員だ。
口に出すと笑ってしまいそうなフレーズなのでとりあえず心のなかでつぶやくことにした。