本当に強い男だった。
「待っていてください。僕がみんなを助けます」
ビートルは全身からモーター音を響かせ、戦闘の構えを取った。おそらくカメラになっているであろうツイン・アイが光る。ビートルという愛称の由来となっている頭部のツノ状のプロテクターが金色に染まっていく
。
「やる気か? ふん。バカが、勝てると思うのか?」
寧人は憎々しい口調でビートルを煽る。キャラじゃないのはわかっているが、あえて偉そうに喋って見せる。だが心中は違う。
さすがだよ。まったくひるまない。今ある社会を守るため、戦う男。かっこいいよ。
「いいぜ。相手をしてやるよ」
だが、こっちだって引けない。俺は戦う。お前を倒してでも、先へ進む。
「いくぞ」
キュイン、という機械音、ビートルは脚部のブースターから爆風を放ち、寧人に向けて突進してきた。
「……やれ」
寧人は三体の怪人に攻撃命令を下す。黒い鬼はビートルの行く手をさえぎり、爪による一撃を放つ。
「はぁっ!!」
ビートルは腕部のアーマーでそれを受け止める。3体の怪人の重量と腕力にひとりで拮抗してみせた。
すさまじい力だ。
「今だ。遠距離武器を持つ者は一斉に攻撃」
間髪入れずに庶務課へ指示を下す。
「あいさいさー!!」
真っ先に反応したのはアニス。ホットパンツから白い素足をのぞかせる可憐な見た目からは想像もつかない早撃ちの連射を浴びせかける。
さらに庶務課の者もそれに続き、銃弾による一斉攻撃をしかける。
「無駄だ!」
しかしその攻撃さえもビートルには通じない。ビートルは額のツノからバリアを発生させ、すべての銃弾を防ぎきる。さすがに、これまでも数々の悪を倒してきた戦士だ。数の不利をもろともしない。
「ほう。流石だな」
余裕のある態度を演じる寧人だが、内心では驚愕していた。ディランも強かったが、こいつも相当だ。理不尽だ。凡人を一蹴する破壊的な正義。
だが、負けるわけにはいかない。
「…嘘だろ。あれだけの攻撃が…」
「ば、バケモノだ…。勝てるわけが…」
「殺される…俺たちみんな…」
庶務課一同に動揺が走る。無理もない。寧人とてディランの強さを最初にみたときは信じられなかった。
だが、負けるわけにはいかない。
寧人は椅子から立ち上がり、ブレードを高く掲げ、激を飛ばす。
「怯むな!! 我らはメタリカ、誇り高き悪の組織!! ヤツはすでに別の任務を終えたところだ。エネルギー残量にも限りがあるはずだ。徹底的に攻撃しろ。徹底的にだ!!」
そう。唯一勝機があるとすればそこだった。ビートルはここに来るまでの間に相当エネルギーを消耗しているはずだ。そしてバリアを展開するのにもエネルギーは使う。
他のロックスとは違い、外的なアーマーとエネルギーに頼るビートルならば、エネルギー切れのリスクはあるはずだ。
そしてこちらの攻撃は効いてはいないが意味はある、前衛の怪人3体、後衛からの射撃。
それは少なくともビートルの前進をとめる効果はある。
全力を尽くしても足止めが精一杯。それが彼我の実力差だ。しかもこちらの弾薬も無限にあるわけではない。このままいけばこちらのほうが先に力尽きる可能性もある。いやおそらく先に力尽きる。
「撃て、撃ち続けろ! 弾はいくらでもある!!」
だが、それを悟られてはならない。寧人は気を吐いた。
「うおおおおおっ!!!」
なんとか戦意を持ち直した一同は攻撃を続行。
「…くそ…! 汚い手を…!!!」
そのときだった。寧人らの背後から声が響いた。
「ビートル!! 新型のエネルギークリスタルがB研究室に出来上がっている!! 早く換装を…! そして、こいつらメタリカを倒してくれ!!!」
「…なっ!?」
寧人は振り返ってそちらを見る。
捕縛し、さるぐつわを噛ませて言葉を発せなくしていた研究員の一人の声だった。さるぐつわが外れている。縛りがゆるかったのだ。研究員は庶務課員に後ろから銃を突きつけられながら、ビートルに決死の情報を伝えてきたのだ。
エネルギークリスタルとはビートルアーマーのエネルギーの源となる鉱石であり、ビートルはこれを定期的に交換することで力を持続させている。
「! 了解しました! 待っていてください! すぐに助けに戻ります!!」
ビートルは即座にブーストを逆噴射させ、加速した。クリスタルがあるとの情報を得た研究室に向かうつもりらしい。実に俊敏な判断だった。
「ちぃっ!! やらせるか! 追うぞ!!」
寧人はすかさずに指示をだし、一同でビートルの後を追った。
しかし、ビートルは速い。ホバーによる移動速度に対し、ドタドタと走る一同は追いつけなかった。
「くっ…」
ビートルにやや遅れて、寧人たちはB研究室に到着。そこではすでに、クリスタルを手にしたビートルの姿があった。
「遅かったな。悪党」
ビートルはさきほどの寧人の言葉に意趣返しをしてみせる。
「ネイト! あいつ、もうクリスタルを持ってる! …どうしよう…」
アニスは弱気な声を洩らした。この戦いで負ければ寧人は終わりだということを理解しているのだろう。
寧人は思った。
ごめんなアニス。お前が思っているほど、俺は強くないんだよ。失望したか?
「ちっ……。正義の味方ってやつは、ほんとに運がいいよな」
「運命というものがあるのなら、それが悪党に味方することはない。いくぞ、メタリカ! ここからが本当の勝負だ!!」
ビートルは腹部のクリスタル収納スペースをオープンした。これまで入っていたクリスタルを取り出し、新たなクリスタルを挿入した。
「やめろぉぉっ!!」
寧人の絶叫。
「チャージ・オン!!」
勝ちを確信したビートルの声。その次の瞬間には、アーマーが強い光を放ち、起動音が室内に鳴り響く…
ことはなかった。
「なに!? 何故…!?」
ビートルのアーマーは光を失った。そのままガシャン、という音を立て、膝をつく。
各パーツから聞こえてくるはずのモーター音も、聞こえない。
「ひゃっはっはっは…傑作だぜ」
寧人は手を叩き、ビートルを嘲笑する。
「どういう…ことだ…」
「わからないのか? お前が取り替えたクリスタルは、機能の強制停止を外部から行えるものだ」
寧人はにやりと笑ってみせる。
「そりゃ、強制停止するための装置くらいあって当然だろ。もし暴走したらコトだから」
フェイス部のアーマーのため、ビートルの表情は見えないが、戸惑っているであろうことは間違いなかった。
「だが…このクリスタルは、僕の仲間が…」
僕の仲間が教えてくれた。決死の情報のはずだ。って?
寧人は高笑いを浮かべる。おかしくてたまらない。そういう顔を作る。
「ははは。お前、まだわからないのか? 仕方ないな。教えてやるよ。
あれは嘘だよ。最初から機能停止用のクリスタルの場所を聞いていて、お前に教えさせたんだ。さるぐつわは最初から取れるように結んでいた」
「……きさま…」
「なに、簡単だったぜ。事前にやることを教えておいてな。今だ叫べ、さもなくば撃つと、脅したら、すぐに落ちて、叫んでくれたぜ。文字通り、『お前の』決死の情報をな。マヌケなお前はお仲間を信じて、意気揚々と自分の首を絞める縄に飛び込んでくれたよ。正義の味方を売るなんて、ひでぇヤツだよな? ははは!!」
「この、外道が!! そう仕向けたのはお前だ! 彼に罪はない!!」
エネルギーを失ったビートル・スーツはただの鉛色の重りにすぎない。エネルギー転換装甲も機能せず、ブースターも起動しない。重量数百キロの棺おけだ。立ち上がることすら出来ないようだ。
寧人は笑顔を浮かべたまま、ブレイク・ブレードを起動させ、ゆっくりとビートルに歩み寄る。
「……す、すげぇ…」
周囲の庶務課員たちはあまりにも苛烈な悪意の発言に、固唾を飲み込み、その光景を見守っている。
「……言いたいことは、それで終わりか? ビートル。外道? それがどうした上等だ。俺はメタリカなんだぜ。悪いことしてなにが悪い?」
「!…なら、せめて、研究所の皆の命は助けてくれ。お前に従ったんだろう?」
「……お前に偽の情報を教えたヤツも、か?」
「もちろんだ」
「…わかった。命だけは助けてやる。だが、お前が今後メタリカにたてつくようなら、その保障はない。当然だが、今お前が纏っているビートルスーツは破壊する」
「……約束は守れよ」
「……さてね」
寧人は会話を終えると、膝をついたままのビートルに向け、大上段に振りかぶった超振動の刃を振り下ろした。
ガチッ、というような鈍い音、続いてキュイーン、というような高い音。二つの音が響いた直後、ビートルが纏っていた科学の鎧は、頭頂部から亀裂が全身に渡っていき、そして、バラバラに砕け散った。
「へえ。中身はやっぱり若かったんだな」
砕かれたアーマーの中から、青年が姿を表した。ブレードを受けた衝撃で、気絶していた。
「…ふうっ…これでコイツは終わりだ。研究所も制圧した以上、もうビートルスーツは造れない。もう、こいつには何も出来やしない。それに研究所の連中にしても、自分たちのヒーローがここまで完全にやられて、しかも裏切ったヤツすらいる状態だ。俺たちに従う以外ないだろう」
寧人は寧人で精神力と体力が限界に来ている。ふらつく。
「大丈夫かい? 本社さんよ」
すぐにツルギが肩を貸してくれる。
「…うん、ちょっと休めば、多分」
なんとかそう答える寧人。
「しかし、本当に勝っちまったな。アンタ、大したもんだぜ。それとも、ビートルは予想よりも弱かった、か?」
「……」
そんなことはない。彼は強かった。本当に強かった。
仲間に裏切られた彼は、それを責めることはしなかった。そして気絶する直前のときも己の命よりも、仲間の身を案じていた。その言葉に、自らを飾る偽りの響きはなかった。社会を守るために戦い続けた男は、本当にすばらしい人間だった。
「……強かったよ。ビートルは、本当に強い男だった」
綺麗で、カッコよくて、気高い男だった。そんな相手を、俺は卑劣に倒した。
後悔してはいけない。するわけにはいかない。
ただ、最後にかわした約束だけは守る。
「……アンタ…ふっ、ホントに変った野郎だな」
「…それより。皆さん怪我は? 全員無事ですか?」
ふらつきながらも、その確認はしないわけにはいかない。
「ああ、全員、軽症だ。死人はいねぇよ」
「へ、へへ。よかった…。ホントに…よかった…」
ああ、疲れた。ここでぶっ倒れてしまっても、いいかな。そう思った矢先。
「ネイト! すごいよ!! あれがネイトの戦い方なんだね! アニス、ゾクゾクしたよ!」
一段落つくのを待っていたのか、アニスが駆け寄ってくる。白い頬が、興奮しているのかすこしだけ桜色に染まっていた。その声は不必要なほど明るく弾んでいて、シリアスな空気が、いっべんに吹き飛んでしまうようだった。
「……あ、うん。だから言っただろ。俺、別に強くは…」
「ううん。そんなことないヨ。ホント、カッコよかったよ! やったね! やったぁ!」
カリフォルニア育ちなだけあって感情表現がストレートで、悪のボスの一人娘なだけあってかっこいいの感覚がおかしい。
「お、おい」
止めるまもなく、アニスは寧人に抱きついてきた。予想よりも華奢で、でも胸のふくらみが感じられ、焦る。
「ちょ…ま……」
「? あ、あれ? ネイト?…もー、しょうがないなぁ。ふふふ」
「……すーっ…すーっ…」
誰よりもダメージを受け、疲れ果てていた寧人はその柔らかさに負け、眠りについたのだった。
寧人は主人公だけどに「いいもん」としては書いてないです。
あと、彼の世界征服へのモチベーションたる、世界を変えたい、ですが、どう変えたいのかはボチボチ出てきます。
指摘があったので一応お知らせでした。