叩き潰すぞ。悪党の力、みせてやる
「あそこがハリスンの施設か…」
岐阜県山中、寧人率いるメタリカ部隊は夜の闇に紛れ、ハリスンの施設に接近していた。
施設は山間の谷間にひっそりと立っており、寧人たちは崖の上からそれを見下ろしていた。
月明かりが悪の兵士たちを照らす。
「……作戦はさきほど説明したとおりですが、何か質問はありますか?」
寧人は庶務課の人員に確認を取る。寧人がいたエリアの人たちではないので、見知った顔ではない。皆が戦闘服を着用し、緊張の面持ちだった。
いや、庶務課の中に一人だけ、何故かすこしも動じていない、泰然自若とした男がいたが、それは例外で、他は皆、固くなっているようだった。
「あの…」
ある庶務課員が口を開く、彼は緊張と恐怖からか、声が震えていた。
「どうして、今回は本社の方が任務に参加しているんですか?」
疑問は最もだった。寧人自身、庶務課時代に本社の人間と共同で作戦に当たったことはない。かなりのレアケースらしい。
「それはね! ネイトが発案したんだヨ!」
傍らにいたアニスが元気に答えた。彼女を同行させたくはなかったのだが、『嫌だいくもん! だってアニスはネイトのアシスタントだもん! 戦うところもみたいし、一緒に戦うもん、ヤダヤダ』と涙目になられたので仕方なくつれてきていた。今日は髪をストレートにしており、動きやすくするためかポニーテールを結っている。
白い肌と金色の髪、そして華やかな雰囲気はこの状況でも損なわれておらず、瞳もキラキラとしていた。
「あのねあのね、ネイトが」
「アニス、少し静かにしてくれ」
「ご、ごめん…」
注意すると、しゅんとして、叱られた小動物のようなかわいらしい反省をみせてくるので、若干困ったが、寧人は今は無視することにして、庶務課員に答えることにした。
「作戦の成功率をあげて、こちらの被害を少なくするためですよ。庶務課の方々だって、一人も失いたくはないんです」
「…え?」
寧人の言葉を聞いて、庶務課の人員はざわついた。庶務課は使い捨てられるもの、そう考えていたのかもしれない。実際問題、そういう現場はたくさんあるのだろう。
「俺は元々、現場の人間です。みなさんの気持ちは少しくらいはわかるつもりです」
寧人は嘘はついていない。今言ったことも本心だった。それとは別に敵を徹底的に殲滅する意図もあるが、それはあえて言う必要はないことだ。
一同はさらにざわついた。
「今まで、そんなこと言った人は…」
「本気なんですか?」
「もちろんです。この戦いが上手くいけば、皆さんに臨時ボーナスが出るようかけあってみます」
「ホ、ホントですか!? ヤッター!!」
これも本心だった。この戦いが上手くいく、ということはビートルを倒したということで、それならそのくらいは許されるはずだし、逆にこの戦いが上手くいかなければ寧人は死ぬ。
「……アンタ、変わった人だな。本社さんよ?」
さきほどから黙って聞いていた庶務課の男、一人だけ冷静だった男が呟く。作戦前なのでバイザーは装着しておらず、彼の顔が見えるが、その頬には切り傷があり、また眼光は猛禽の用に鋭かった。30代中盤だろうか? この場の責任者である寧人よりも、彼のほうがよほど強そうだ。確か、名前はツルギと名乗っていた。
「…そう、ですかね? 俺はただ…」
「だが、それもこれも作戦が終わってからの話だ。これで俺たちが全滅するようなら、アンタはただの嘘吐きで終わるぜ」
「……俺は勝ちますよ。悪人なりに、貫きたいことが、あるんです」
寧人はそう答えた。
「……ふっ…なるほど。じゃあ、アンタの覚悟が本物かどうか、お手並み拝見させてもらいましょうか」
ツルギは寧人にそう告げ、バイザーを装着する。作戦決行まで、あと1分だった。一同、待機状態に入る。
「はい…」
寧人は一度目を瞑った。
「ネイト? どーしたの?」
アニスがひょこっと覗き込んできたので、目を開ける。
思い出せ、あのときの感覚を。
俺は止まらない。走り続ける。頂点まで、一直線だ。
「……行くぜ!! お前ら!! 俺に、、続けえええ!!」
黒く冷たいなにか、寧人はときおり感じていた自身のなかにある『それ』の爆発を感じた。
「いくよー!!」
「う、うおおおおおおおっ!!!」
ときの声があがる。寧人らは用意していたワイヤーを利用し、一気にハリスン拠点まですべり降りる。
遅れて今回の作戦に動員する怪人、古来の鬼を思わすフォルムの彼らは崖から垂直に落下を開始。
寧人は今回初めて生で怪人をみたが、その迫力はさすがにすさまじい。まがまがしい巨体が、頼もしく見える。彼らは本社開発室実働課に属するレベル1の社員が変身した姿だが、ランクが低い怪人のため、変身後は会話などは出来ず、簡単な命令にしたがうのみだ。
すなわち、あの超生物の働きは、指揮官である寧人にすべてがかかっているともいえる。
重量200キロ超が数十メートル上空から3体落下。
先行してワイヤーで着地した寧人らの周囲に、次々と激しい落下音が鳴り響く。
もちろん彼らの肉体強度なら、ビクともしないが、高所から落下した衝撃音はハリスン拠点にも当然察知され、すぐさまアラームが鳴り響く。すぐに迎撃や守備態勢が如かれるだろう。
だが、そんなことは想定内だ。もともと戦力はビートルを除けばこちらのほうがはるかに上、そしてこの作戦はこちらの圧倒的な力と悪意を見せ付けることが目的だ。小細工は無用。
寧人は装備品のブレイク・ブレードを起動させる。超振動する刃をもつ近接武器だ。
ブレイク・ブレードは淡い光を放ち、低い音を響かせる。
黒の戦闘服を纏う庶務課社員、禍々しい気を放つ怪人、彼らの中心で寧人は告げた。
ホントはこんなこというガラじゃないし、正直言うと今だって怖くて失禁してしまいそうだが、それでも。
「叩き潰すぞ。悪党の力、見せてやる」