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悪の組織の求人広告  作者: Q7/喜友名トト
営業部覚醒編~ビートル~
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もちろんです

今回、寧人が参加する会議のテーマは端的に言うと、研究開発施設の制圧である。

 そう、ビートルを有するハイテク機関『ハリスン』を攻撃し、その戦力を潰し、こちらで技術を吸収する。


 正義のヒーロー、ロックスのうちの一人に『ビートル』と呼ばれる存在がいる。ビートルは他のヒーローとは異なり、比較的その正体が知られている。


 ビートルは民間の研究施設『ハリスン』に所属しており、ハリスンが開発したハイテク・アーマーを装着した人間が戦っている。堅牢な装甲に加え、アーマーの隅々まで電気的なエネルギーを流し込むことで人間を超えた腕力を生み出し、備え付けのスラスターやバーニアによる高い機動力も有している。


 本来は作業用のアーマーであったが、乱立する悪の組織に対抗するため実力行使を初め、超法規的にその運用を政府からも認められている科学のヒーロー、それがビートルだ。


 ビートルが有名になるにつれて、ハリスンは危険にさらされることが増え、数年前から秘密の土地へ移設していたが、その位置が特定できたために、今回の作戦は行われることとなったのだった。



 やることも明確、優先度も高い、そういった作戦なので、作戦会議はスムーズに全員一致になりそうだ、と思っていた寧人だったが、意外にも会議は長引いていた。


 「以上の状況から、Cランクの怪人を1体、庶務課戦闘員を10名を送っての制圧を提言します。それでこの作戦は十分でしょう」


 会議を主導しているのは池野、彼は自説を主張するテクニックに優れているようだった。ただ、長い。


 「ビートルスーツを着用できる人間は現在1名のみ、そしてその1名は作戦決行予定日には西日本へ別の任務に出ていることまで調査済みです。ビートル不在の施設など、問題ではありません」


 池野の主張は筋は通っている。たしかにビートルがいないようであれば、怪人1体を投入することで、特に問題なく施設の制圧は可能だろう。が、寧人の考えは違う。


 「無駄な破壊はせず、攻撃も最小限にして威嚇だけで済ませます。その上で施設の人員、つまりはハリスンに所属する研究者や技術者を抑えます。メタリカに取りこみましょう。私の提案するプランは以上です。いかがですか?」


 池野の確認、会議に出ていた者たちは、おおむね納得の様相を見せた。少ない戦力で結果が出せるのなら、それにこしたことはない。また、比較的ではあるが、平和的な作戦であることも大きいのだろう。


だが、寧人の考えは違う。


会議の場に出るのは初めてで、これまでのところ緊張もあり、何も発言していなかった寧人だが、意を決して声を上げた。


 「俺は……反対です」


 一同の目が寧人を見る。そのうちの一人、池野は失笑を漏らし、答える。


 「おいおい小森。誰もお前の意見なんて求めてないぞ?」


 メタリカの企画会議に出ている者たちは、常人ではない。いずれもなんらかの道のエキスパートであり、そして悪人だ。彼らに注目されるプレッシャーはハンパではなかったが、ここは折れるわけには行かない。


 「いや、言ってみてくれ。小森」


 営業部の部長である泉が、寧人に助け舟を出したこともあり、寧人は発言を続けた。


 「……施設は徹底的に破壊すべきだし、研究員は捕縛した上でその様は見せ付け、絶望を与えるべきだと思います」


 「何!?」


 会議室は急にざわつき始めた。接収したい施設の破壊も抑え、少ない犠牲で済むであろう策を否定してまで、過激な意見を主張する寧人に対し、一同はいぶかしげな視線を送る。


 「……理由を聞かせてくれるかい。小森」


 代表して泉が問いかけてくる。


 「……やるからには徹底的に、ということです。たしかに、池野の案なら、ビートル不在の施設の接収はできると思います。でもハリスンの研究員はどうでしょうか」


 寧人の言葉に池野はすぐに反論をしてくる。


 「何を言ってるんだお前は! 当然従うに決まってるだろう。施設を制圧された他に彼らには他に選択肢はない!」

 

 「違うな。たしかに一度はメタリカに服従するだろうけど、精神的にはけして屈服しない」

 

 発言を続けているうちに、寧人はあの感覚が体に満ちていくのに気付いた。重田を脅迫したときの、ディランに発砲したときの。何か冷たく黒いものが、満ちていく感覚だ。次々に言葉が出てくる。


 「ビートルが助けてくれる。そう信じて待つんじゃないのか?」


 「!」


 「正義のヒーローってのはピンチに出てきて助けてくれるもんなんだ。誰だってそう思ってる。だから希望を残しちゃいけない」


 「圧倒的な悪意と力で、やつらの心を折るんだ。怪人は5体は投入し、徹底的に施設を壊す。邪魔する者がいるなら叩き潰す。何もかもを奪った上で、こちらに取り込むんだ」


 「……おまえ…」



 会議の中心は寧人に移っていた。


 「…お前は知らないだろうが、最近では世論でもメタリカを容認する声があがってきているんだぞ」


 池野はしばらく考えるそぶりをみせたあと、別の切り口に切り替え、反論を始めてきた。


 「たしかにメタリカは当初から反社会的な勢力とされてきた。しかし長期的な視点で考えたとき、そのままでいいと思うのか? 世界を制覇する存在は、最終的には正義だったとされなくてはならないし、そうすることが大きな意味では世界征服へ近づくことにつながるんだ。悪として力をつけてきたメタリカだが、

今後は世論の支持は得ていかなくてはならない。それが力につながるからだ」


 「……それで?」


 「悪の組織はいつまでも悪の組織でいるわけにはいかない、ってことだ。だからここ数年では、目的の解決に際し、比較的に穏便な手段をとる流れがある。今回の件もそうだ。必要以上に過激な手段をとることはない。幸い、ハリスンの施設は一般的にも所在や情報が知られていない。今回の件を最小の戦力で片付ければ、そのまま秘密裏に終わり、知られることはない」



 池野の主張、会議室の流れは再び池野に戻った。主張によどみはなく、説得力も欠けてはいない。




 「……お前の言う、『穏健な手段をとる流れ』っていう流れは誰が決めた? 俺の知る限り、そんな方針はないし、悪といわれても貫き通す、ってのが行動指針のはずだろ。なんとなく日和ってそうなってるだけじゃないのか? それに『長期的な視点』ってのは何年先を指す? 10年後か? 100年後か?」


 「なんだと?」


 だが寧人は引き下がるつもりはない。長期的になど待っていられない、そのために穏健な手段を取るつもりもない。


 「俺はそんなあやふやなものよりも、目の前の敵を一つ一つぶっ潰していきたい。

 最速の手段で、徹底的に」


 悪でいることを、ためらうつもりも、ない。



 「俺たちは悪の組織なんじゃねぇのか!? 悪いことしてなにが悪い!!!」


 寧人は会議のテーブルに拳を叩きつけた。自分でもめちゃくちゃ言ってるな、とは思ったが、間違っているつもりはない。


 「おま…」


 会議の雰囲気は再び、一変する。誰しも、覚悟して入ってきた者たちだ。利を得たいという欲望から、あるいは世界を変えたいという信念のため、他に選ぶ道がなかったため、様々な者がいるが、いずれも悪であることを覚悟した者たちのはずだ。


 寧人の言葉は彼らの心に多少なりとも響いたのであろうか。それとも若い二人の戦いを見守ることにしたのか、他の者たちは無言だ。


 「…お前の言うことも一理ある。だが、そもそもその案は不可能だ」


 池野は折れない。彼にも思いがあるのだろう。


 「不可能? どういうことだ?」


 「規則をよく読みこめ3体以上の怪人を作戦に動員する場合は、現場で統制をとるために、本社社員が同行する決まりがある。レベル2以上の社員がな」



 池野の言葉は決定的に思えた。この規則は必要なものだと、寧人も思う。絶大な力を持つ怪人を複数体、用いるからには責任の所在や、あるいは不測の事態への対応要員は絶対に必要だ。


 また、メタリカの社員にはそれぞれ定められたレベルがある。能力や勤続年数によって決められ、レベルに応じて給与や権限があがる。レベル4以上が管理職クラスであり、企画部の若手エースである池野はレベル2。そして本社にきて日が浅い寧人はレベル1だ。つまり、怪人指揮権はない。


 「……くっ」


 「お前の無茶な作戦を実行してくれる人がいると思うか? 犯す必要のない危険を犯してまで」


 会議室は再び静かになった。別に危険を犯すのが嫌、というわけではないのだろう。メタリカ本社にいるものなら、修羅場をくぐってきた経験はあるはずだ。

 ただ、この場は寧人の負けだ。そう判断したのかもしれない。


 「……」


 諦めるしかないのか、寧人がそう思ったそのときだった。泉が重い口を開いた。


 「…池野くん、君は現場に出る気はあるかい?」


 「覚悟はありますが、本件では必要ではないと考えています」


 その答えを聞き、泉は深く息を漏らした。そして。


 「……そうか。なら、仕方ないな。小森。お前をレベル2に昇進させる」


 衝撃的な提案をしてきた。


 「なっ…!?」


 「泉部長、それは本気ですか!?」


 「それは部長権限を逸脱した人事ですよ!」


 「何故そこまでして…!?」


 会議に参加しているメンバーは一応に騒ぎたてる。当然の反応だろう。


 「…泉さん…」


 寧人にも泉の意図がわからなかった。だが、それが可能であるならば、もし自分が現場に出られるのなら。


 「小森、俺はこう見えてもお前に期待してるんだ。それに俺も、昔はならしたもんさ。だから、お前がそこまで言うなら、人事に無理を通すくらいのことはしてやる」


 泉は笑顔だった。とても悪人とは思えない。自分の何を評価してくれているのか、寧人にはそれはよくわからないが、この場において、それは最高の助け舟だった。


 「ありがとうございます!!」


 「だが、それだけじゃ他にも示しがつかない。特別扱いは出来ないからな。

  だから、ある条件をお前が飲むなら、俺も動いてやる」


 急に冷たく厳しい口調へと変わる泉。まるで別人のようだった。

 寧人は強いプレッシャーを感じた。

 たしかに泉の言うとおり、こんな我儘がホイホイ通ってはいけない。それは組織としてあってはならないことだ。


 鋭く突き刺さる泉の視線。寧人は震え上がりそうな自分を懸命に抑えた。


 けして容易な条件ではないだろう。それは誰もが予想していた。


 会議室が静まりかえる。その中で泉は淡々と告げた。


 「お前のレベルを2にあげ、怪人指揮権を与える。そして作戦には3体の怪人と庶務課をつけよう。ただし」


 誰かが唾を飲む音が聞こえた。


 「ハリスンの攻略に加え、ビートルをも倒すことが条件だ」


 泉は強い口調で言い切った。


 ビートル。科学の鎧を身に纏う正義のヒーロー。ロックスの一人にして、超人的な能力をもつ鋼の勇者。


 メタリカの構成員がそれに挑む、ということは、つまりこういうことだ。



 死を覚悟しろ。命を賭けろ。




 それはここにいる誰もが知っていた。凍りつく空気。寧人とて同じだ。

 ビートルに挑むのは地獄だ。しかしこの条件を飲んでおきながら、ビートルに敗北しても地獄。メタリカはそんなに甘い組織であるはずがない。


 「…それでも、やるのか?」

 

 しかし、立ち止まれはしない。凍りついた体を奮い立たせ、寧人は立ち上がり、答えた。


 「もちろんです」


 今度はディランと戦ったあのときとは違う。

 自分の意志で、自分が果たしたいもののために、命を賭ける覚悟で


 正義の超人に、俺は勝つ。


 寧人は静かに決意した。

 


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