お前、雰囲気変わったか?
寧人はひさしぶりに一人で昼食をとっていた。本社内にあるカフェテリアでひとり、カレーを食べる。
いつもはアニスが問答無用でついてくるのだが、今日は彼女はいなかった。昼休み直前にいつものように『ゴハンいこ! ネイト!』と言うまえに、部署の別の人間に雑務を頼まれていたからだ。
ちぇー、とか言いつつも、ちゃんと雑務をこなすアニスにすこし感心した。立場を考えれば無視してもいいはずだが、ああみえてアニスはマジメだ。寧人よりも年下な彼女だが、意外としっかりしている。いつも笑顔で明るいし、父親があれじゃなかったら最高だな。と考えていた。
すこし褒めてあげようかな。いややっぱり俺には無理だな。考えるだけで照れる。どもるは絶対。寧人がそんなことを思いながらスプーンを動かしていると、見知った顔が視界に入った。ランチプレートを持ち、歩いている。
「小森…か?」
「あ、池野。久しぶりだね」
同期の出世頭、イケメンの池野だった。寧人は入社式以来会っていなかった彼だが、評判は聞いている。企画部でメキメキと頭角を現しているらしい。流石だ、と思っていた。
「…おまえ。ちょっと雰囲気変わったか?」
池野は寧人をみて、いぶかしげに話しかけてきた。
「そう? 一年もたってないけど。変わったかな」
「お前、庶務課から営業部に異動になったらしいな」
「…まあね」
「お前がこんなに早く本社に来るとは思ってなかったが…まあ、よかったじゃないか」
「うん。ありがとう」
池野はしばらくたっていたが、通行の邪魔になっていることに気づき、他に空いていなかったからか、寧人の向かいに腰掛け、食事を始めた。ちなみに彼が食べているのはカルボナーラだった。
「そういえば、お前聞いてるか? 午後からの会議?」
池野の言葉。何故だか、こちらをバカにしているかのようなニュアンスだった。
会議? ああ、そういえばスケジュールに入っていた。
先日、寧人が実行したガーディアン掃討作戦の結果として、捕らえたガーディアンがある施設の位置を洩らしたのだ。
その施設は、メタリカの敵であるロックスの一人、『ビートル』を生み出した企業のテクノロジー部門の開発拠点であり、現在もガーディアンに装備やテクノロジーの提供を行っている重要な施設だった。
「ああ、企画部との合同会議なんだよな。ビートル関連の施設攻撃の立案だろ」
寧人がそう答えると、池野は意外そうな表情をみせる。
「へえ。販売部は風通しがいいんだな。下っ端の若手も聞かされてはいるのか」
池野も若手なんじゃないのかな…と、思わなくもなかったが、自分と池野では経歴も貢献度も違うんだろう。と思い直す。
逆に言えば、自分が彼のところに近づくことが出来たってことだ。
「いや、だって俺その会議でるから」
「なに!? お前が? 冗談だろ」
「いや、このまえ言われてさ。俺会議とか初めてなんだけど」
ガーディアン掃討作戦、ガーディアンの尋問を行ったのは寧人で、結果施設の情報が入った。その流れもあったのか、先日、部長に会議への参加を命じられていた。
「……そうか。俺も会議には出る」
「そうなのか。なんか初めてお前と同じ会社で働いてる実感わいたよ。頑張ろうな」
「あ、ああ」
とりあえずこれで仕事の話は終わりだった。寧人はせっかくなので、同期の池野となに会話してみようかと思ったのだが…
「ネイト! 終わったよ! ねぇ、そっちいってもいーい?」
遠くのほうから元気な声が聞こえてきた。振り返ると、もちろん可愛らしく、そして悩みの種でもあるアシスタントのアニスだった。
今日はポニーテールを結っておらず、背中のあたりまでの金色の髪の毛がサラサラと揺れている。
よくても高校生にしかみえないアニスの周囲はなにやら華やかでキラキラした光があるように錯覚してしまう、明らかに浮いている。
そんな彼女がトテトテと音をたてて、寄ってくる。
「あれ? またカレー? ダメだよネイト。栄養が偏るんだヨ?…あれ? この人は?」
「俺の同期の池野だよ。イケメンだろ?」
アニスはむーっ…と池野をみて、そしてふいっと目をそらした。
「うん。顔カッコイイね! でも私はネイ」
「やべぇ!! 俺カレーにはソースがいるんだった!! アニス悪いけど取ってきてくれない!?」
なんとなく言いそうなことがわかったので、寧人は大声でそれを遮った。乙女の勘違いというのは意外と長引くものらしい。池野に知られるのはいろいろとまずい。
「ん? いいよ。もう、仕方ないなー」
くるりと方向転換をし、アニスはなにやらリズミカルにソースをとりにいってくれた。
「……」
「……」
寧人と池野はしばらく沈黙したが、すぐに池野が言葉を発する。
「とにかく、午後から会議だ。俺の戦略を営業に下ろす内容だ。お前に任せられるとは思わないが、一応聞いておけ。営業部のミスで俺の企画がダメになるのはカンベンしてほしいからな」
「…ああ。そうするよ」
池野はそういい残すと、立ち去っていった。
寧人だってバカではない。池野が自分をバカにしていることくらい気づいているし、それが今のところ当たり前だとも思っている。現時点での立ち位置を考えれば、仕方ない。
でも。
寧人にはそんなことはどうでもいい。大事なのは、事を成すことだ。
アニスが言うほど、自分が強いとは思ってないし、間中が言ってくれたように、自分に才能があるのかもわからないけど、とにかく、やる。それだけだ。
ふと、それとは別にすこしカッコつけてみたくなった寧人は、ある台詞を思いついた。
本心ってわけじゃなし、自信があるわけでもないので、たんにカッコイイ台詞を言って見たかっただけだ。
小声でつぶやいてみる。
「俺は、いつまでも同じところにいるつもりはねぇぜ。池野」
む。ちょっとカッコよすぎか。と思ったそのとき。
「そーだよ! ネイト!! イケノなんかコテンパンにしちゃえ!」
「わあああっ! 聞くな! 忘れてくれ!!」
いつのまにか傍らに戻っていたアニスが、ニコニコとカレーにソースをかけつつ檄を飛ばしていた。