私のダーリンはパパよりも
メタリカ本社、第二営業部。そこが今日から寧人の職場だ。
入社試験のときのビルの地下にそこはあった。どうやら実際の本社機能は地下にあるらしい。地上にあるのはカバー企業なのだろう。
「本日より、異動してまいりました。小森 寧人です。未熟者ではございますが、どうぞよろしくお願いします」
挨拶をしつつ部内を見渡す。地下ではあるものの、清潔感があり明るい、都会的なオフィスだ。窓に見えるものは実際にはモニターであり、空の映像が映っている。ストレスの軽減等の理由らしく、職場環境に配慮していることが見て取れた。
「うん。小森くんは庶務課からの叩きあげだ。その経歴を活かし、ここでも頑張ってほしい。デスクはあそこを使ってくれ。みんなもしばらくは色々助けてやりたまえ」
部長も親切そうだった。庶務課とは違い、個人のデスクがあり、パーテーションで各デスクが区切られている。働きやすそうなオフィスにも驚いたが、一番衝撃的だったのが、この部長だ。
この部長、名は泉といった。この人、テレビで見たことがあるぞ。たしか元政治家だ。高そうなスーツを着ており、白髪混じりの髪の毛も渋い。ロマンスグレーのキレ者政治家、とか一時期ワイドショーで騒がれてたはずだ。
なるほど、メタリカってのはつまり、『そういう』組織だってことか。
泉からの寧人の紹介が終わると、部内の人間が一応、といわんばかりの拍手を送ってくれた。他のメンバーもそれぞれ特徴的だ。
エリート然とした年配の男、仙人のような年寄り、鋭い雰囲気を放つ黒衣の男。どいつもこいつも、只者ではなさそうだった。
…ゴクリ。寧人は思わず唾を飲み込む。独特の緊張感に威圧されそうになったが、なんとかこらえる。そのときだった。
「わぉ!! 来たんだね! ネイト!」
場にそぐわない、明るく華やかな声が部内に響いた。
「??」
見ると、入り口のドアのところに見知らぬ少女がいた。
プラチナブロンドにブルーの瞳。そういえばどことなく日本語のイントネーションも変っている。外国人のようだった。
フワフワした髪をポニーテールにしており、ミニスカートに白のニット。透き通るように滑らかで白い肌に、ベイビードールのような顔立ちに小柄で華奢に見えるが、胸部についてはそれなりのボリュームがある。
一言でいうと明るく可愛らしい少女だったし、さらに言うと若干のロリ嗜好のある寧人にとってはドキドキするほど好みのタイプだった。が、どうもおかしい。
「??」
あれ? 今俺のことを呼んだのか? 誰だこの人。俺ぜんぜん知らないぞ。
すこし困ってしまい、部長の泉に視線をやる。
「……あー…、すまないね小森くん。あとで説明する。とりあえずはよろしく頼むよ。くれぐれも粗相のないように、ね」
泉も泉でどこか困っているようでもあった。
「ふーん。思ってたよりフツーっぽいんだね! ネイト! もっとすごいタフガイなタイプなのかと思ってたよ。でもそゆのも、好きだよ♪」
少女は寧人にグイグイ近づいてきた。ブルーの瞳で見つめられる。
うわ、近くでみるとすげー美人だなこの人。でも一体なんなんだよ。誰だよ。「そゆの」ってなんだよ。
「……はぁ。どうも。こんにちは。小森寧人です。よろしくお願いします」
そうは見えないが、多分営業部のメンバーなんだろう。と判断した寧人はそう答えた。
「うん? どうしたの? キンチョー?」
「いや…あの…ハハ…」
だから誰なんだよカンベンしてくれよ。俺は童貞なんだよ。
寧人はこれまでの人生経験上、女性はあまり得意ではない。真紀についてはあっちがかなり気を使ってくれているし、同期という立場も手伝い、比較的接しやすかった。が、突如として現れた金髪美少女に対応できるほど、寧人は人間が出来ていなかった。
まして、ここ数ヶ月は男くさい庶務課にいたのだからなおさらだ。
寧人は曖昧に笑うしかなかった。
「アニスはネイトのアシスタントなんだから。キンチョーしないでいいんだヨ?」
アシスタントの部分がネイティブ発音だよ。ヨの部分がカタカナの発音だったよ。助けてくれ。
寧人は寧人なりに強い決意を固め、覚悟とともに営業部にきたのだが、一気にシリアスな空気が霧散してしまったようだった。
「アシスタント? え……? なに?」
再び部長の泉に目をやる。
「……ちょっと、こっちに来てくれ」
「はぁ」
「なになに? アニスもいく」
「いや、ちょっと、そこで、待っててくれ」
「えー?」
泉はアニスに気を使っているようにみえた。すこし気になったが、寧人は言われるままに別室に移動した。
「……あの人、一体?」
「うーん。まぁ、あの子の言ったとおり、お前のアシスタントとして一昨日からウチで預かってる。まぁ、バイトみたいなもんだ」
「え?」
つっこみどころだらけだった。まず、何故悪の組織にバイトが入れる。次に、何故あの金髪の美少女なのだ。そして新入りの俺に何故アシスタントがつく。そしてなんで部長があんなに遠慮がちなんだ。
「……ここだけの話だぞ…アニスは『クリムゾン』のCEOの娘だ」
「はい!?」
CEOの娘? CEOってあれだよな。社長みたいなもんだよな。寧人は予想外の流れに高デジベルの返答をしてしまった。
クリムゾンというのは、メタリカと同じく一般的に知られている『悪の組織』である。米国カリフォルニア発祥だが、今ではニューヨークを活動の中心としている。改造人間を主戦力とするメタリカに対して、ハイテクを用いた科学兵器及びジャケットアーマー装備の戦闘員を売りとしており、現在米国で勢力拡大中。 『悪業界』ではメタリカに迫る勢いの大手である。
米国のマフィアやギャングの大半を傘下におさめ、非合法の商売で権力絶大の恐怖の組織。それがクリムゾン。
と、いうことは寧人も知っている。と、いうよりも一般人でも普通に知っている。
「な、なんでクリムゾンの社長? の娘がメタリカにいるんですか?」
「まだ水面下での動きだが、メタリカとクリムゾンはジョイントベンチャー、まあ一種の業務提携だと思ってくれればいいが…。これを推進中でな。組織としては一応協力関係にある」
「……そうなんですか」
それは知らなかった。どんな業界でもそういうことはあるもんなんだな。
「人員の交流も始まっていてな」
「それで、あの、アニス? さんが? いや話はなんとなくわかりましたけど、CEOの娘が前線の営業部に来るなんて……。それに俺のアシスタントってどういうことですか?」
そこはまったく意味がわからなかった。寧人は一般職で、しかも最近まで庶務課にいた末端も末端の平社員だ。アニスのようなビッグネームがアシスタントにつく理由がさっぱりわからない。
「相手はCEOの娘だからな。比較的安全なポジションを用意していたのだが…。本人の希望らしいぞ。クリムゾンのボスは娘のわがままに寛容らしいな。詳しくは、本人に聞け」
「ええ? ちょっとそれは…」
「それとな。よく考えて接しろよ。名目的にはお前のアシスタントだが、万が一彼女になにかあれば大問題だからな」
そりゃそうだろう。下手したらメタリカVSクリムゾンの抗争勃発だ。
唖然として部屋に取り残された寧人。するとすぐさまそこに声を駆けられた。
「やっほう」
ドアに両手をかけ、首を傾けてこちらを覗き込んでいるのは噂のアニスだった。
「あ、どうも」
答えるとアニスは部屋に入ってきて、すぐに寧人の隣に座った。
「あのね。私、自分でアシスタント志願したんだよ?」
「そう、みたい。ですね」
「もー。なんでそんな喋り方なのー? フランクにしてよー?」
そういわれてもな。クリムゾンのボスを怒らせたら、俺の首なんてすぐさま吹き飛ぶんだぜ。しかし、本人の希望もあるので、これはどうすればいいのか。寧人はしばらく悩み答えた。
「あ、うん。じゃあさ、ちょっと聞いても、いいかな?」
「いいよ! なに?」
上目遣いをされるとまずい。首筋の白さとかいろいろまずかった。
「なんで、俺のアシスタントに志願したの?」
その質問に対し、アニスはへへん、待ってました! といわんばかりに自信満々に答えた。
「だって、ネイトはクールでタフな。バッドボーイだからね!」
何を言ってるんだこの人は。寧人はもはや混乱を抑えきれなかった。
「いやいやいや!! 何言ってるんだよ。俺なんて別に全然強くもなんともないよ」
「? ……ああ! 『ケンソン』だね! サムライの人はそうするんだよね! ネイトはあんまり強そうじゃないけど、ホントは…」
やべぇよこの人。まったく話が通じないよ。なんで目を爛々と輝かせて俺を見るんだよ。あと日本人は別にサムライじゃねぇよ。
「違う違う全然違うよ!!」
「ふふーん。でも私知ってるもん。ネイトはあのディランと戦って、勝ったんだよね!」
「勝ってないよ! あれは…その…」
その件はそんなに知られてるのか。クリムゾンのボスも娘だからって競合他社で聞いてきた噂話まで伝えるなよ。どうせ伝言ゲーム中に大きくなって伝わってんだよ。企業倫理どうなってんだよ死ねよ。
寧人は見たこともにないクリムゾンのボスに心の中で文句をいうことで平静を保った。
「だって私のパパがいってるもん。私のダーリンには自分より強くて悪い男じゃないとダメだって! だから私いままで恋人いたことないんだよ? ネイトはいい線いくと思うんだよね!」
怖いよ。今までアニスに近づいた男とか秘密裏に消されたりしてんじゃねぇのかよ。クリムゾンのボスより強くて悪い男ってどんな人間だよ。多分世界に3人くらいしかいないぞ。
ちょっと待てよ。今何気にダーリンとかいい線いくとか言ってなかったか……?
とは思ったが、もはや寧人にはどうすることも出来なかった。
「それにね! 私小さいときからずーっと、色んなこと勉強したから優秀なんだよ! 強いんだよー? ネイトの役に立つよ!」
そりゃそうだろうね。英才教育だもんね。きっと俺なんかよりはるかに強いと思うよ。
そういえば日本語上手だね。それも英才教育なんだろうね。すごいね。
さらに混乱する。
が、重ねて言うがもうどうすることもできない。
「……うん。わかった」
「うん! よろしくね♪ ダ… ネイト!」
ダ、と言いかけて訂正したアニス。寧人はそこにはあえて触れないことにした。
その代わり、すこし考えてみる。もうどうすることも出来ないのなら、せめてよく考えよう。この事態のメリットについて。うん。二つある。
まずは、単純に嬉しい。いくら誤解に基づく好意とはいえ、これほどまっすぐに女の子に好かれたことがあっただろうか、しかもこんな美少女に。だからそこは素直に嬉しい。手を出したりしたら殺されてしまうかもしれないことを差し引いても、それはそれで嬉しい。
そして、あと一つ。
実は、さっきからチラリと考えていたことがあった。それは、とても生い立ちとは矛盾して純真そうなアニスには話すことなど出来ないし、現時点では妄想甚だしいようなことだが、それを考えておくことは無駄ではない。
「じゃあ、よろしく。アニス」
寧人はそういってアニスに笑いかけた。困り果てた末での愛想笑いだったが、その下には隠した思いがある。
「うん! じゃあ、まずはカフェテラスにゴハン食べにいこ♪」
まぶしい笑顔を浮かべるアニス。寧人はそんな彼女をみて、そしてさきほど考えたことを思い返してて、こう思った。
俺も本当に悪いやつになったよなぁ。