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悪の組織の求人広告  作者: Q7/喜友名トト
新入社員立志編~ディラン~
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焼酎を二杯ください。

 寧人は4日ほどで退院することができ、翌週には町工場を装っている職場である庶務課に出勤した。


 しばらくは訓練になるのかな? と思っていたが、復帰二日後に主任から呼び出しがかかる。これは入社してから始めてのことだった。


 「失礼いたします」

 「おう。座れ座れ」


 主任室の古いソファへの着席を進められる。主任の表情はなにやら緊張しているように見えた。


 「どうか、しましたか?」


 「ああ。これはちょっと驚いたぞ! きっとお前も…いや君も、驚く!」


 先ほどまで緊張していたかと思えば、今度は興奮している。寧人にはさっぱり意味がわからない。


 「??」


 「あー…んんっ! 小森 寧人くん!」


 「はい?」


 わざわざ咳払いして、しかもフルネームで呼ぶなんて妙だ。いつもは、おいコモリ!! みたいな感じなのに。



 「君に内示だ。来週付けで、本社の第二営業部へ異動してもらいたい」


 「は?」


 最近までニートだった寧人には馴染みが浅い単語だったが、意味は知っている。内示というのは人事関連の通達のことだ。


 「第二……営業部?」


 「そうだ!! 庶務課から直での本社への異動はお前が初なんだぞ!! 異例の大抜擢だ!! 喜べ!! ディランを撃退したことが認められたんだな!」


 はしゃぐ主任。一方、寧人は実感がまだわいてこない。


 営業部、これまた普通の会社の普通の部署みたいな名称だが、中身は違う。やっぱりこれも意図的に命名された部署名なのだろう。


 営業部はその名の通り、『営業』をする。と、言っても別に英会話セットを売りに家宅訪問をするわけでもないし、取引先に土下座したり、自社商品のポスターを代理店に張りにいったりはしない(いやそういう業務もあるにはあるが)。


 ここで言う『営業』は悪行、と言い換えてもいい。営業部は企画部の立案した計画を元に、大規模で戦略的な作戦を実行する部署だ。


 他部署の雑用係のような庶務課とは異なり、一定の権限を与えられており、作戦の意味も知ることができ、さらに状況によっては怪人の指揮統率を行う。


 一般的な企業でも営業部といえば、第一線を任され、目標の達成を要求される部門だが、そういう意味ではメタリカの営業部も共通している。


 要するに、メタリカにおける実働部隊ということだ。


 新入社員の寧人はその程度のことしか知らないが、これまで散々感じていた本社との壁を考えると、大躍進といえるのかもしれない。


 作戦の意味も詳しく知らされず、使い捨てのように無茶で一方的な命令、劣悪な労働環境、何も出来ないに等しい低い権限、それが一般職、庶務課だ。


 本社に行くということは、総合職社員と肩を並べて働くということだ。いくら職掌が一般職のままでも、やることは総合職と変わらない。これまでとはガラリと違う仕事が待っているはずだ。


 「っと、どうした!? まさか、異動するのが嫌なのか!?」


 黙りこくってしまった寧人に、主任は慌てて声をかける。


 寧人は笑って答えた。


 「いえ、とんでもない。喜んで異動します」


 「おお!! だよな! 良かったなあ!」


 そうとも、俺は進むんだ。その一歩目を踏み出す。


 「くー。いいなぁ。俺も異動したいぞ」


 主任はそう漏らす。それも本心なのだろう。寧人は冗談めかして答えた。


 「俺が、出世したら庶務課の待遇も改善して、今よりモチベーションがあがる職場にしますよ」



 「おいおい。冗談まで言うとは余裕だな。ま、あんまり期待しないで待ってるよ」


 冗談? とんでもない。俺は本気だよ。庶務課の労働環境は変えたほうがいい。


 「ははは」


 でもそれは、庶務課の人たちのためだけじゃない。メタリカ全体のためだ。劣悪な労働環境が高い生産性をもつことはないと、なんとなくそう思うからだ。


 主任室を出て、業務に戻る寧人。じわじわと異動することの実感が沸いてくる。

 異動、権限、本社。

 ああ、そうか、本社に行くということは真紀とも頻繁に会うのかもしれないな。あと、池野も。


 心がそわそわとする。もぞもぞと落ち着かない。


 業務が終了し、職場の掃除を済ませる。もう自分以外誰も残ってないことを確認すると寧人は叫んだ。


 「やったぜぇーー!!!!」



 ひとしきり喜ぶ。喜びは喜びだ。


そしてそれが終わるといつものおでん屋に向かった。それは絶対にしようと思っていた。


おでん屋に入る。今日はとなりに座る人はいない。でも


 「すみません。焼酎を2杯ください」


 「2杯? ……ああ、そうか…」


 店主は黙って2杯のグラスに酒を注ぎ、寧人とその隣の席に差し出す。


 「……俺、異動になりました。このまま、いけるとこまでいってみようと思います」


 「……でも、忘れません」


 「俺、絶対、忘れませんから」


 「…ありがとう…ございました…」


 寧人は合わせる相手がいない虚空に、グラスを合わせた。


 

 おう、頑張れよ。


 そんな声と、グラスのなる音が、聞こえた気がして、でも見るとやっぱり誰もいなくて。


 寧人は少しだけ、泣いた。


 悲しみは、やっぱり悲しみだ。

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