60.5話 バカ言ってんじゃねぇよ
お盆も近いので
小森寧人は、墓参り、というものをしたことがなかった。
獄中で死亡した父親のおかげで、親族関係というものがなかったし、親しい友人もいなかったからだ。
だから、というわけでもないが、寧人は一般的な墓参りの作法をいうものを、よく知らなかった。何を用意するのかとか、どんな服を着ていけばいいのか、とかそういうことだ。
知らないことはちゃんと調べてから行こう。一度は、そう思った寧人だったが、予定している日が近くなって思いなおした。
多分あの人は、そんな形式ばったことなんて喜ばないだろうな。そう、思ったからだ。
死後の世界というのが実在するのか、寧人にはわからない。でも、その人の魂がそこにあるのなら、きっと、俺なりにちゃんとやれば笑ってくれる。そういう気がした。
スーツを着て、ネクタイを締める。仕事をしているときと同じ格好だけど、黒で統一されたそれは、喪服にも見えた。
ちょうど季節も盆の時期だ。これからスレイヤーを率いていくことを考えると、ここに来るなら今しかない。
彼が好きだった焼酎。それの一つ上のランクの焼酎を買って、寧人は彼が眠る場所へと向かう。
辿り着いた場所は寺だけど、メタリカにゆかりのある場所だ。山奥にあるわけでも、見晴らしのいい丘にあるわけでもなく、都会の真ん中にひっそりとたたずむ寺。
きっとそこに納骨されている人たちはいわゆる『まとも』な人ではないんだろう。あの人も、そんな一人だった。
「……あれ?」
寺の門を潜った寧人は、見知った顔が山道に立っているのが見えた。いつも咥えタバコの彼だが、今日の口元にはなにも見えず、シックなダークスーツを着ている。
「おはようございます。ボス」
「ツルギ。……なんでいるんだ?」
寧人の腹心の部下、ツルギ。昨日も仕事では一緒で、夜には酒も飲み明かした相手だ。
「いえ。例の件が朝で片付いたものですから。……俺も会ってみたいと思いましてね。アンタの恩人というその人に。もちろん、良ければですが」
寧人の恩人。メタリカに入社したばかりのころ寧人が世話になり、そしてディランとの戦いで命を落とした先輩、間中年男。ともにメタリカの下っ端戦闘員だったあの人だ。
「……ダメなわけないだろ。きっと、喜んでくれると思うよ。間中さんも」
寧人は予想外の弔問者に驚きつつも、笑って答えた。
忙しい彼が来てくれたことは勿論嬉しいことだが、それとは別に、もし幽霊とかそういう存在が本当にあったとしたら、間中さんは俺の部下としてツルギという男を紹介されることになる。
このどうみてもタダモノではない凄腕の腹心をみた間中さんは、きっと驚き、そしてニカっと笑ってくれることだろう。
寧人が笑ったのは、そんな間中の笑顔を思い出したからだった。
「じゃあ行こうか。墓はそっちみたいだ」
「承知」
後ろに続くツルギと一緒に、間中さんの墓前まで足を運ぶ。
手を合わせ、心の中で語り掛けてみる。
間中さん、お久しぶりです。元気してますか? いや、死んでるのに変ですよね。
俺は……まあ、あんまり元気じゃないですけど、なんとかやってます。
ここしばらく、寧人の体には異常が出ていた。改造人間となった副作用か、それとも過酷な連戦による消耗か。それはわからないが、寧人は自分がそう長くは生きられないかもしれないと悟っていた。
えーっと……横にいる渋くて強そうな人は、俺の部下のツルギです。……笑っちゃいますよね。こんな凄そうな人が俺の部下ですよ。もちろん俺よりずっと強いです。
あれから色々ありました。おかげさまで、俺はメタリカの重役になって……辞めました。今はスレイヤーという別の組織を立ち上げていています。でも、いつかは必ずメタリカに戻るつもりです。――あの日、間中さんが言ってくれたように。俺は、メタリカの頂点への道を、歩いているつもりです。
冷たい墓前を前にして、いない人への思いを告げる寧人。
思えば、間中がいなければ、寧人の今はなかっただろう。だから、世界にとっては間中は最悪の男を誕生させるきっかけと言える人物なのかもしれない。
それでも、寧人は彼に出会えてよかったと思っている。
「……」
横を見ると、ツルギは胸に手をあて、頭を垂れて黙祷していた。イタリアでは、死者を悼むときにはそうするのだろうか。
「……あんまりしんみりしてもな。あー、そうだ。間中さんが好きだった焼酎、買ってきたんだった。えっと、これって、墓石にかけていいのかな?」
なるべく普通の口調で質問する寧人に、ツルギは頷いて答えた。
「ええ。それでいい。……俺が墓の下にいる方なら、そうしてほしいところですよ。ボス」
「そっか。ツルギは日本酒だよな? ……一応、新名にでも伝えとく」
「……ボス、それは。……いえ、そうですね」
ツルギはそう言って目を伏せた。どうやら、彼もなんとなく察しているらしい。
つい数年前、寧人とその仲間たちは皆で海に行ったことがあったけど、そのときとはまた別の関係性が二人のなかにはあった。
「じゃ、間中さん、どうぞ」
寧人は焼酎のキャップをあけ、香り高いその中身を注いでいく。
「……どんな人だったんですか?」
不意に、ツルギが問いかけた。
「あー……うん。そうだな。なんていうか、熱がある人だったよ」
寧人の心に最初に浮かんだのは、そんな答え。陳腐だとは思うけど、まずはそれだった。一緒に過ごした期間は約半年。それも劣悪なメタリカ戦闘員の現場での同僚として。
「熱? アンタにしては、珍しい表現をされる」
寧人は、間中のことを詳しく知っているわけではない。過去とか、家族とか、そういうことはほとんど知らない。でも、大事なことは知っている。そう思っていた。
「はは。そうか? なんかさぁ、そんなに長い間一緒にいたわけじゃないけど、結構いろんなこと覚えてるんだよな、俺」
「少し、聞かせていただけませんかね」
間中の言葉に、寧人は目を閉じた。やっぱり、今でも思い出せる。
「……そうだな。じゃあ、間中さん、一杯ずつだけ、貰いますね」
一応そう断ってから、寧人は持参していた陶器のグラスに焼酎を注ぐ。せっかくだから、飲んでしまおう。
自分とツルギ。そして、もう一人ここにいる、と今だけは信じて。
※※
「寧人お前なぁ、倒れるくらい腹減ってんなら先に言えよな。朝飯食ってねぇのかよ?」
その日も寧人は間中の特訓を受けていた。庶務課の先輩である重田との模擬戦の前から始まった二人の特訓は、寧人が重田を破った後もなんだかんだと続いている。
が、今日は限界がきて倒れてしまった寧人だった。
「……すみません。今月の給料、この前カツアゲされてかなり減ったんですよね……昨日からなにも食べてないです」
庶務課の休憩室、簡素なベンチで横になっている寧人は弱々しくそう口にした。
「ったく。悪の組織の戦闘員がカツアゲかよ……。まあ、お前らしいっちゃらしいけどな」
「はは……すみません」
「時々、とんでもねーひでぇこと思いついたりするくせによぉ」
間中の言葉に寧人は少しぎくりとした。
正直に言えば、この前、不良の方々に絡まれたとき、寧人はなんとかしようと思えば出来たのだ。
間中から教わったテクニック、そしてそこから生まれる考え方。
たとえば、ジャケットを脱いで相手の顔にかぶせて殴るとか、近くに転がっていた空き瓶を割ってその破片で攻撃をするとか、自分でも驚くくらい残酷で非道なやり方も思いついてはいた。そういう卑劣な戦い方を実行すれば、喧嘩には勝てたと思う。
でも、寧人はそれをやらなかった。出来なかった、というわけじゃないと思う。やらなかった。そういうことをするときは、『譲れない何かのために』だけだと、そう感じていたのだ。
「……ま、おめぇは、今はそれでいいのかもな」
間中は小さく息を吐き、ぼそりと言った。
今は? じゃあ、いつかそういうときが俺には来ると、間中さんは思っているのかな?
そう疑問に思った寧人だったが、あまりにも腹が減りすぎていて、質問する気力すら沸いてこなかった。
「うし。じゃあ、メシ行くか。仕方ねぇから奢ってやるよ」
「え? でも……」
「いいんだよ。どうせおでん屋だ。ああ、出世払いでいいぜ?」
間中は無精ひげ交じりの頬を緩め、にかっと笑った。その顔は、やっぱりむさくるしい。でも、寧人はそんな表情が好きだった。
「……俺、出世しませんよ。だから、次の給料日に返します」
「わかんねぇだろ。んなこと」
で、いつものようにおでん屋に行く。たまには串カツ屋だったり焼き鳥屋だったりもするが、共通しているのは、どこも小汚くて格安なことだ。
「ふう」
「ちっとは腹、膨れたかよ?」
「ありがとうございます。さすがにあの超低賃金がさらに減って……死ぬかと思いました」
「はは。ま、厳しいわな」
間中の方は、おでんよりも酒のほうを中心に攻めていた。
「そういや、この前言ってた、同期の娘とは、どうにかなったか?」
中年男性のサガなのか、間中は酒が入ると寧人の女性関係を心配することが多かった。
もちろん、寧人には心配されるようなことはない。文字通り『何もない』。
「……その話はやめてくださいよ間中さん。っていうか、入社式終わってから一回も会ってないですよ」
「お、おう。そうか……。じゃあよ、どんな女が好きとかねぇのか?」
「……どうでしょう……まあ、俺の今後の人生にはなんの関係もないことだから考えても仕方ないことじゃないですかね……」
「金髪でよ、胸もデカくて、顔も可愛い娘と知り合ったらどうするよ?」
間中はどうやら、金髪グラマーさんが好きらしい。寧人は焼酎のお湯割りを口に含み、ため息をついて答えた。
「そんなことは確実にありえないから大丈夫ですよ」
「夢がねぇなぁ」
「そんな奇跡が起きるよりは、まだ……」
俺が将来世界征服をするほうが現実味がある話ですよ。
寧人はそう言いかけて辞めた。
これは、冗談で言っていいことではないと感じたからだ。
メタリカの下っ端である間中だが、彼はまだ世界征服への思いを捨てていないと話していた。この整った世界を変えてやりたいという意志を持ってメタリカに加わり、ずっと戦ってきた男だ。
劣悪な環境の中で、腐りもせずに、自分が取るに足らない人物だと知っていると話しながら、それでも折れずに。自分なりに、一人の『悪党』として、泥臭く戦ってきた男だ。
そして寧人もまた、これまで生きてきたこの世界には変えてしまいたい部分がある。
どうすればいいのか、どうしたいのか、それはまだぼんやりしているけど、それでも心のどこかにくすぶっている熱がある。
「どうかしたか? もう酔ったのかよ?」
問いかける間中のほうが、寧人よりよっぽど酔っているようだ。その赤い顔をみて、寧人は苦笑した。
「いえ、大丈夫ですよ。それより間中さん、明日はたしかC14地区に出動して、ナントカって組織の武器弾薬を奪う任務ですよ。そろそろ帰った方が……」
「もう一杯だけな! な!」
仕方ないなぁ、と寧人は店主に追加を注文する。なんだかんだ言っても、間中は大丈夫だと知っているからだ。
そして翌日。間中はやっぱり頼もしい顔つきで出勤し、寧人や他のメンバーを叱咤激励しながら泥臭く任務をこなした。
間中は、絶対に二日酔いで出勤することはないし、早朝のトレーニングも一日も欠かさない。小さな任務でも自分なりに必死に取り組む。でも基本的にはダメな人。そういう男なのだ。
温かくて、熱い人だった。
寧人は、そんな彼に特別な念を抱いていた。
たとえばディランやソニックユースのような英雄への尊敬や憧れとは違うかもしれないけど、クリムゾンのボスやメタリカの幹部への畏怖や憧憬とは違うかもしれないけど、それでも。
小森寧人は、間中年男を敬愛していた。そしてそれは、寧人にとって初めての感情だった。
※※
「……間中年男、か。なるほど、少しだけ分かった気がしますよ」
ツルギは一杯の焼酎を時間をかけて飲みおえたあと、寧人の昔話への感想を述べた。
「そっか」
「どうやら、ここに眠っている男は、俺の主君にずいぶん影響をあたえたお人のようだ」
その言葉に寧人は黙って頷き、酒の残りをすべて墓石にかけた。
「そろそろ行かなきゃな。すぐにアンスラックス攻略戦が始まる」
「ええ。俺は一足早くやつらの島に飛びます。ボス、アンタが池野と一緒に後から来ることを願ってますよ」
「……わかってるよ」
昔の顔に戻ったのはわずかない間だけ。小森寧人は再び『悪のカリスマ』と呼ばれるようになった男として動き始める。
間中さん、今日はこの辺で。もし地獄があるのなら、多分近いうちにまた会えますから。
内心でそう呟き、墓石に背を向けて歩き出す。
ちょうど携帯端末に着信があり、それに応じる寧人。
『ネイト、こっちの準備はもう出来たヨ!』
声の主は、秘書を務めてもらっているアニス・ジャイルズだ。アンスラックスの本拠地である島を攻める用意が整ったらしい。
間中さん、今日はもう行きます。あと少しで、あの時の約束を果たせるかもしれません。……もし地獄があるのなら、多分近いうちにまた会えますから。その時にまた。
内心でそう呟き、墓石に背を向けて歩き出す。
――バカ言ってんじゃねぇよ――。
そんな声が後ろから聞こえた気がした
番外短篇も案外書くと面白いですね。
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現在は『ワールドドライブ』連載中で、開始一週間くらいです。
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相棒、乗り物、ロードムービー、男の絆? あたりが好きな方はこちらが(拙作のなかでは)オススメです。
あとは、じわじわ連載を続けている『てのひらに星雲を』
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こっちは宇宙を舞台とした学園青春もの。
ドックファイト、超能力、恋愛、とにかく無敵のヒーローとが好きな方はこちらが(拙作のなかでは)オススメです。
この辺もご一読くだされば幸いです。