40.5話 きっと、一生に一回だけの夏。
お久しぶりです。いつかやるかも、と言っていた本作の短編。夏休みなので。それっぽい話を。
時系列的には4章(社内闘争編)と5章(米国進出編)の間くらいのお話です。
ひさしぶりに書くとキャラが懐かしいですね。
夏。そういえば夏だったな。道理で暑いわけだ。
寧人はそんなことを思いつつ灼熱の砂浜を歩いていた。
メタリカが所有するここは、ほぼプライベートビーチのようなものだ。なので、人目が無く、そこは助かる。
そうじゃなければ、太陽がこれでもかと照り付ける海辺をスーツにネクタイ姿で歩いている自分はどう考えても変なヤツだ。
「暑ぃ……」
一人呟き、ジャケットを脱いで片手に持つ。ネクタイもだらしなく緩める。
寧人は本来、あまり我慢強いほうではないのだ。
先日、煉獄島で手術を受けて改造人間になったときは、精神力で暴走を抑えたし、マルーンレッドとの戦いでは強力なテレキネシスによる攻撃にも耐えた。でもそれはあくまでも絶対に譲れない目的への道を進むためだったから出来たことであって、寧人は普段はメタリカ入社前と変わらない根性ナシのヘタレなのである。
「みんな、どこにいるんだろ……?」
ビーチは無駄に広くて、みんなの姿が見えない。早く合流したいところだ。
今日この島には、すでにメタリカ開発室二課のメンバーが到着しているはずだった。
改造人間開発コンペがなんとか無事に終わったから保養! という名目である。ちなみに言い出したのは寧人の部下である新名数馬だ。
『センパイ、海とかどーっすか?』
『海? いきなりなんの話だよ』
『あれっすよ。社員旅行的な? 頑張った部下を労うのは大事らしいっすよ』
『ああ、そういうことか。じゃあ皆に聞いてみるよ』
『もう聞きましたよ。全員OKっす。ちなみにメタリカのプライベートビーチ押さえてます。あー、旅費とかもろもろ、全部開発室の経費でいいっすよね?』
『……お前ってほんと、さすがだよな。いろんな意味で』
『あざっす』
『海なー……。そういや俺、沖縄支店にいるときにサンタァナさんたちに襲われたりしたから、ちょっと海はトラウマなんだよな……。俺はいいから、みんなで行ってきたら?』
『先輩バカじゃないっすか? アニスさんと真紀さんも来るんすよ? あと水着っすよ? つか、先輩が来ないんなら間違いなくポシャりますよ、この企画』
と、いうわけで開発室二課の社員旅行は南国のビーチリゾートと決まった。
寧人としては別に同僚の女性二人の水着姿が見たかったわけではない、と言い切ると少し嘘だが、たしかに皆を労ったほうがいいのでは、という考えがあった。
開発室は激務だったし、しかもコンペの最中にマルーン5の急襲もあった。そしてすぐに、新しい戦いがやってくるのだから。
自分にとっても、貴重な機会かもしれない。
「早く行かなきゃな」
寧人は今日、メタリカ本社でプロフェッサーHとの交渉があったため、ついさきほど専用機で到着したばかりだが、多分皆はもうビーチで遊んでいることだろう。
「……あ」
視線の先に、寧人は見知った人たちを見つけた。
茶髪で軽薄そうな青年、新名は沖の方でサーフィンをしている。イメージ通り、サーフィンも上手だ。あいつ、ホントに天才だよな……、と思わされた。
女の子二人、真紀とアニスは波打ち際で水をかけあったりして遊んでいる。
あの水をかけあうやつ、一体なにが面白いんだろう……? ドラマなどでその光景をみるたびにそう考えていた寧人だったが、無邪気にはしゃいでいる彼女たちを見るとなんとなく楽しそうに思えるから不思議だ。
砂浜のほうではパラソルの下、ビーチチェアに座って酒を飲んでいる男がいた。さすがに今日はロングコートを着ておらず、水着姿だ。鍛え抜かれた鋼の肉体をさらしている。
寧人の片腕であるツルギ。あいつはいつも渋くてカッコいいな、と寧人は常々思っていた。
他にも開発室の部下たちがちらほら、みんな思い思いに夏の海を楽しんでいるようでなによりだ。
さて、俺はどうしようかな……。
寧人は少し考えた。運動神経にはあまり自信があるほうではないので、サーフィンは出来そうもない。かといって、女の子二人がキャッキャウフフと楽しんでいるところに入っていくのは……なかなかにハードルが高い。
そして結局。
「ツルギ」
「ああ、ボス。お疲れ様です。思ったよりはお早い到着で」
寧人はひっそりとみんなの方に近づき、ツルギの横のビーチチェアに腰かけた。
「あー、うん。案外すんなりいったからさ」
「ほう? それではあの裏切り者、プロフェッサーHをどうしたのですか? アンタのことだ、もう始末してしまったと言われても驚きませんがね」
「いや……。プロフェッサーHには直接の手出しはしないよ、『まだ』な。ちょっと話して、今後の便宜を図ってもらえるように交渉してきただけ」
ちょうど周囲にツルギ以外の者がいなかったので、正直に打ち明ける。すると、ツルギはニヒルに笑った。
「ふっ、なるほど、脅迫ですか」
「え、あ、えーっと、言ってしまえばそうなるかな……」
しかしそうハッキリ言われると、我ながらなんてことをしてしまったのかと不安になる。
メタリカの大幹部を相手によくあんなことが出来たものだ。
「……思い出すとチビりそうになるな……」
「震えてますよ、ボス。……相変わらずおかしなお方だ。まあ、それだからこそ俺が仕えている意味がある」
ツルギは普段のヘタレた寧人も、そうじゃないときの寧人も知っている。そういう意味では気安いし、ありがたい存在だった。
「ところで、向こうに真紀さんとアニスさんがいますよ。行って来たらどうです?」
「やー……。それはちょっとな。ツルギ、それ、なに飲んでるんだ? 今日は日本酒じゃないんだな?」
ツルギの持ったグラスに目を落とす。何やら氷が入っていて、涼し気で、炭酸入りの酒のようだ。
「ふっ、俺もビーチで燗を飲むほどの野暮天にはなれませんよ。これはグラッパのソーダ割りです。アンタも飲りますか?」
寧人はグラッパという酒がなんだかわからなかった。イタリア暮らしが長かったツルギが好んでいるのなら、あちらの酒なのかもしれない。
「ああ、ありがと。……旨いな、これ」
「それは良かった。すぐに次の戦いがやってくるでしょうが、その前に気を緩める時間を作ることも大事ですよ、ボス」
「……」
ツルギは、寧人がここしばらくの激務とプロフェッサーHとの一件で消耗していることを見抜いているようだった。
これから先のことだって不安もある今、腹心の部下にツルギほどの男がいることは本当に心強い。
「もちろん、時が来れば俺は、アンタのために命を張る覚悟もあります。だから、あまり一人で張りつめ過ぎないことです」
ツルギは飲み干したグラッパソーダの次を新たに注ぎ、タバコに火を付けながら言った。所作の一つ一つが様になっていて、しかも気障には見えないところが彼らしい。
「ああ、わかってる。……けど、『なるべく』命は懸けるな。約束だぞ」
寧人はあえてそう答えた。なるべく。そう、なるべくだ。必要なときがくれば寧人はツルギの命すらも武器とするだろう。でも、そんな時はきてほしくない。真剣にそう願っている。
「承知」
頼もしく答えるツルギと二人で軽く乾杯をして、酒を飲む。
互いに口数が多い方ではないので、会話が盛り上がるわけでは無いが、不思議と居心地がいい。寧人はツルギと一緒に過ごす時間が好きだった。
しばらくして、遠くのほうから弾んだ声が聞こえてきた。
「あ! ネイトだ! ネイト来てる!! わーい!」
まるで仔犬の尻尾のように手を振り、こちらに駆けてくる少女。その少し後ろから、控えめな感じでゆっくりと歩いてくる女性。
寧人の人生においては唯一といっていいレベルで親しいと言える女の子たち、アニスと真紀だった。
「良かったー。ネイト、来れないのかと思ったヨ。良かったー♪」
アニスは寧人のすぐ近くまでやってくると、こぼれるような笑顔をみせた。やっぱり、彼女はいるだけで周囲を明るくする不思議な力があるような気がしてならない。向日葵のようなアニスには夏の太陽がとても似合っていた。
「う、うん。ありがとう。遅れてごめん」
寧人はアニスにそう答えて、彼女から目をそらした。なんでかというと、アニスは水着姿だったからだ。
いやビーチだから当たり前なのだが、彼女の滑らかな肌と抜群のスタイルはあまりにも健康的で、そして眩しいほどに魅力的で。
とても寧人には直視することが出来なかった。特にビキニの間から覗くおへそのあたりとか、布地の少ない水着では隠しきれていない谷間な部分とか色々無理だった。
悪の組織の幹部だろうと、正義の英雄だろうと目をそらさず睨み付けることは出来るが、これは無理だ。
「あれー? ネイト、どうしてあっち向いちゃうの? ねぇねぇ、なんで? なんで?」
顔をそらしたほうに回り込んでくるアニス。その無邪気な破壊力に寧人はただただ慌てた
「や、な、なんでもない……」
「? ネイト、顔が赤いヨ? 熱があるの?」
「いや、大丈夫だから」
さらにアニスは寧人の額に手を当ててきた。ツルギはツルギで、そんな光景を微笑ましそうに見ているばかりで助け舟を出してくれる気配はない。
「寧人くん、お疲れ様です」
「あ、うん。真紀さんも、お疲れさまです……」
アニスから遅れることわずか、真紀のほうもこっちにやってきた。彼女は彼女で、もちろん水着である。水色で、パレオつき。アニスのものほどの露出度は高くないが、これはこれでインパクトが大きい。白くて華奢な彼女の腰のラインとか、全体的にその辺が。
寧人は、一瞬だけだが真紀に見惚れてしまった。
「あっ……」
「……ご、ごめん」
しかも悪いことに、そんな寧人の視線は真紀に気取られてしまったようだった。真紀は、恥ずかしそうに両手を前にやって、ちょっとだけ前かがみになっている。しかも恥ずかしそうに頬を染めている。
俺のバカ、クズ、死ね。寧人は思いつく限りの罵倒を自分にむけて放った。
「あれ? マキも赤いね? どして?」
そしてアニスはなにもわかっていない。
「センパイはね、お二人の水着姿にときめいちゃってんすよ。それで照れてる感じっすね」
不意に、後ろから声が聞こえた。この飄々とした声の主は間違いようがない。寧人の後輩にして、参謀役でもある新名だ。
「え? そうなの!? わーい!」
「……わ、わわ、そんなことは……ないですよね? 寧人くん」
「新名!? お前、いつの間に海から上がってきたんだよ!?」
喜ぶアニスと、戸惑って真っ赤になる真紀、そして誤魔化そうとする寧人。
「あー、さっきっすね。もう波乗りも飽きたんで」
新名はサーフボードを砂浜に指し、髪を拭きながら続けた。
「しかし、センパイの反応面白いっすよね。ガチなときとのキャラのギャップが。あれじゃないっすか? もしかして世界一凶悪な童……っと。ツルギさん、俺にもグラッパください」
「ほらよ」
新名はツルギからグラスを受け取る何事もなかったかのように、ごくごくと喉を潤し始めた。
部下ながら、ときおり本気で勘弁してほしいと思いつつ、しかし憎めないのがこの男の特徴なのである。
「ねーねー、ネイト! 可愛い? セクシー?」
アニスはぐいぐい来る。白い砂浜と青い空、海、その間に咲く向日葵のような少女。それに根負けした寧人はぼそっと答えた。
「……うん。可愛い、と思う」
するとアニスは両手を上げて飛び上がった。
「やったー♪ ネイトに褒められた! セクシーだって!」
セクシーだとは言っていない。のだが、くるくると回りながら大喜びするアニスにそう言うことは出来そうもなかった。
「わーい! 今度パパにも自慢しよーっと♪ もう子どもじゃないんだヨ! って!」
アニスのパパ、といえば米国最大の組織クリムゾンのボスである。しかも予定では寧人は近いうちに彼と接触することになっている。本気でやめてほしいが無理そうだった。
「……はぁ」
小さくため息をついた寧人は、再び真紀と視線があった。
「寧人くん……」
彼女はジトーッ、という擬音が聞こえてきそうな目で寧人を見ている。理由はさっぱりわからない。
「ねぇねぇネイト! じゃあ、マキと私はどっちが可愛い?」
クリティカルすぎる質問だった。マジで答えづらい。 しかも、こんなときアニスをいさめてくれそうな真紀も黙って寧人の答えを待っているようだった。
勘弁してくれ……。そう思った寧人に意外な人物が助け舟を出した。
「んじゃ、せっかく海だし、みんなで遊びましょーよ。ビーチバレーとかスイカ割とかどうすか?」
寧人はこのとき、新名の超ファインプレイに心から感謝した。
なんだかんだ言って、コイツは空気を読める男だと感心する。本当は、こういうヤツのほうが皆を率いるのには向いているんじゃないか、と思う。
「スイカワリ? スイカってなに?」
アニスの興味が別のことに移ってくれた。そして、真紀のほうはふう、と息をつくと『スイカっていうのはね、ウォーターメロンのことだよ』とアニスに話してくれた。
「センパイもやりますよね? 海といえばビーチバレーとスイカ割りとBBQっすよ。ま、クラシカルですけど定番っすよね」
悪の組織の構成員なのに、大変リアルが充実してそうな新名の言葉。寧人は今彼が言ったことなど何一つやったことはなかったが、もうここは頷くしかないところだ。
「そ、そうだな。やろうか」
と、いうわけで新名提案の海の遊びを一通りやることとなった。
スイカ割りでは、心眼を持っているとしか思えないツルギが一刀のもとにスイカを綺麗に真っ二つにして。
やっぱりビーチバレーも超上手かった新名にボコボコに負けて。
そのあとの罰ゲームで海に放り込まれてビショビショになって。
アメリカ仕込みのBBQテクニックを持つアニスの焼く肉は旨くて。
なんだか、気か付けば皆が笑っていた。
時間が過ぎて、みんなが酔いつぶれたりホテルに戻ったりする中、寧人は一人で浜辺を歩き、夕陽を見ていた。今日一日を噛みしめるように、そうしたくなったのだ。
「……綺麗ですね」
不意に声をかけられる。鈴の音のようなそれは真紀のものだ。彼女はさっき、眠くなってしまったアニスをホテルまで送っていったのだが、戻ってきたようだった。
夕焼けの優しい光に照らされ、穏やかな笑みを浮かべる真紀。寧人はもう、自分が彼女のことをどう思っているのか、知っている。
「うん。そういえば、夕陽とか見たの久しぶりかもしれない」
二人きりだからか、今度は寧人も普通に話すことが出来た。なんだか、安らいだ気持ちになる自分が少し不思議で、でもどこか納得できる。
「寧人くんはいつも一生懸命だから。……たまには、こうやってゆっくりしてもいいと思います」
真紀は、寧人に並んでゆっくりと歩き出した。
「そうかな。でも、うん、楽しかった」
気がつけば、寧人はそう口にしていた。
楽しかった。本当に楽しかったのだ。途中、ちょっとヒヤッとしたり、焦ったりするところもあったけど、それも含めて過ぎてみれば笑えるし、温かい気持ちになれる。
それは、多分、みんながいたからだと思う。
ここにいた人たちはみんな悪人で、これまでだって人に胸を張れるようなことはしていない。そして、これから先もそれは続くだろう。
でも、彼らは寧人にとって、初めてできたかけがえのない仲間だ。それだけは真実だった。
仲間と一緒だったから、楽しかった。
「はい。私も、楽しかったです」
真紀の言葉が嬉しかった。
寧人が戦闘員としてメタリカに入ってからわずか三年、すでに幹部の座を手に入れた自分が、どれほどのことをしてきてしまったのか、よくわかっている。
頂点を、メタリカの首領を目指すうえで行う次の戦いも見据えている。すぐに激闘に身を投じ、悪意に満ちた残酷な戦い方で勝利していくつもりだ。その過程のなかで、自分も含めた誰かが欠けてしまう可能性だってある。
きっと、今日のような日はもう訪れない。寧人にはそういう予感があった。修羅の道を行く中で得られた得難い一日。それが今日だったと理解している。
「真紀さん、そろそろホテルに帰る?」
「んー……。せっかくだから、太陽が沈むまで、こうしてみていませんか?」
真紀が少し恥ずかしそうに言った。でも、寧人も本当は同じ気持ちだった。
寧人は砂浜に座り、真紀もその横にちょこんと座る。肩が触れ合う、ただそれだけのことで、寧人は自分の胸がいっぱいになるのを感じていた。
仲間と呼べる人たちと過ごし、大切に思う女の子と一緒に居られる、優しい時間。
自分のような男にとってそれは、奇跡のようなことだ。
寧人は、太陽がいつまでも落ちなければいいと、夜が始まるのが少しでも遅くなればいいと、願った。
きっと、一生に一回だけの夏。
後に悪の王となり世界を制する男のそれは、こうして過ぎていった。
宣伝を兼ねての短編更新でした。
『ワールドドライブ~転生エンジンオタクと自由すぎる盗賊~』という小説の連載を先日開始しました。http://ncode.syosetu.com/n0725dl/
相棒同士となる男二人主人公によるバディもの風な異世界ファンタジーです。
こちらも読んでいただけると嬉しいです。