:悪
最終回です。
フロア内に断続的に響き渡る轟音、まるで戦車が撃ちあいでもしているかのようなそれは、すべて二人の男の激突に伴い発生しているものだった。
「せあぁぁぁぁっ!!!!」
白銀の騎士の拳はなによりも堅く、寧人を襲う。
まるで輝く流星のように空を切り裂き飛んでくる高速の一撃。さきほどから幾度となく放たれるその拳は、もはや人間が知覚できるレベルを遥かに超えているだろう。
同じく超人的な能力を得た寧人にはその拳の軌道をかろうじて視認できる。
だが、寧人はあえてこれを避けはしない。
「……っ……!!」
満身の気合を混めて、防御する。
拳と腕が衝突し、要塞全体を揺るがすほどの衝撃波が広がる。二人の周辺の瓦礫が吹き飛んでいく。
「はああああああっつ!!」
ディランは攻撃を止めない。吹き飛んでいく瓦礫がスローモーションに見えるほど速く、次の技を打つ。
左エルボー、右ストレート、右ハイキック、左バックスピンキック、右ミドルキック、左フック。
高速で回転しつつ前進し、次々と放たれる銀に輝くコンビネーションは、まるで竜巻のようだ。遠心力を利用し加速する一撃一撃が亜音速の領域に達している
要塞の外からですら聞こえるであろう轟音がいつ止むことなく鳴り響き続ける。
寧人は反撃を試みない。ただひたすらに、ディランの攻撃を防ぐ、腕で肩で脚で。
勿論すべての威力を殺せるはずがない。仮にこの超高速の格闘戦を完全に視認できる第三者がいたのならば、寧人はただ身を固めて滅多打ちにされているようにしかみえないだろう。防戦一方の寧人がただ負けるまでの時間を延ばしているだけだと捉えるかもしれない。
だが、それは間違いだ。
いかにディランといえどもスタミナには限界がある。無限に攻撃を続けられはしない。
破壊的な攻撃の竜巻は、かならず止まる。
「……!」
左のバックハンドブローを受け止めたそのとき、わずかにディランの動きが乱れた。
「アアアアアアアッッ!!!」
寧人はその隙を逃がさない。絶叫するかのような不様な雄たけびとともに、全身のエネルギーを集中させた掌底を放つ。紅く黒い波動を纏う掌がディランの顔面に叩きつけられる。
直撃。
落雷のような打撃音。ディランはフロアの床を破砕しつつ吹き飛び、エクストラハードメタル製の壁に大穴を空けた。威力にして数トンはくだらないだろう。
「……はぁ……はぁ……」
だが寧人はディランから視線を逸らさない。たしかに手ごたえはある。だが、彼がこの程度で沈むはずがない。
「……まだだ……!!」
片膝をついたものの、即座に立ち上がったディランが再び光を纏う。その声は雄々しく覇気に満ちている。
「……だろうな」
このような攻防が、十数秒の間に八回行われていた。
これは寧人の選択したもっとも勝率の高い戦術だった。いや、正確に言えば、これしか出来なかったのだ。
たしかに、寧人はシルエットシリーズの極限へと変身した。単純なスペックでいえばディランに勝るとも劣らないだろう。そうでなければ、さきほどから繰り返される連続攻撃の一撃だけで即死している。
だがディランにあって寧人にないものがある。それは格闘の技術だ。
ついさっき力を手に入れた寧人とは違い、無数の戦闘経験を持つディランは自身の超人的な能力を完全に使いこなしている。またそれ以前の問題として変身者の運動能力や格闘センスにも天と知ほどの開きがあるのだ。
ディランの徹底的に最適化された闘い方を考慮しても、まともに格闘戦につきあえば寧人が劣勢に立たされるのは目に見えている。
だが、シルエットシリーズである寧人は自身の精神の力でエネルギーを上昇させることができる。
速射砲のごとき連続攻撃を耐え続け、一方でエネルギーを高めておき、一瞬の隙をついて全身全霊を込めた重い一撃で反撃する。
少しでも気を抜けばそのままバラバラにされてしまいそうな正義の拳、その華麗で鋭い攻撃を寧人はあえて受けていた。
俺は、これしかない。かっこよくなんて戦えない。
「アアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
九合目の激突。すでに漆黒の装甲も紅の兜も破損だらけだ。
痛い。痛くてたまらない。今すぐ倒れてしまいたい。それでも負けるわけにはいかない。
命を、魂そのものを武器にするような戦い方は寧人を壊していく。だが、その力は確実にディランにも届く。
「ハアアアアアアッ!!」
繰り出される銀色の閃光が悪の王を撃つ。
「オオオオオオオオッッ!!
闇の炎を纏う一撃が白銀の騎士に突き刺さる
幾度となく繰り返される攻防。白銀と漆黒の超人が互いを襲い続けたその果てに二人の動きにかげりが生じ始めた。
両者ともすでに万全な状態ではない。だが戦いを止めない。
互いに満足に動ける状態ではなくなっていく。それでも立ち上がる。
「……はぁ……はぁ……アアアアッ!!」
「……くっ……!! うおおおっ!!!」
ふらつく体を引きずるように前に進め、攻撃。それを受けひるみながらも持ち直し、反撃。
もはや閃光のようなスピードではない。しかし超重量と高エネルギーを乗せた拳で、敬意に基づいた敵意をこめた拳で、ただひたすらに殴りあう。
永遠に続くかと思われたその炸裂音は、突然にやんだ。
「……どうした、もう終わりか?」
攻撃を止めて、後退したのはディランのほうだった。高く跳躍し寧人から距離をとっていた。
「……お前は強い。だが……勝つのは俺だ」
呼吸は乱れてはいるが、ディランの言葉は力強く確信に満ちていた。
「……なに?……!」
寧人は息を飲んだ。ディランのやろうとしていることに気がついたからだ。
ディランの右拳が光を放っていた。それも、これまでとは比べ物にならないほど強い輝きだ。
「驚いたな。まだそんな力を残していたのか」
いや、この男のことだ。最初から、最後にその技を撃つために計算して戦っていたに違いない。必殺の一撃を、確実に決めるためにだ。
「……いいだろう。付き合ってやる。どっちにしろ次で終わりってわけだ。シンプルでいい」
寧人は薄く笑ってみせた。
「最後に言いたいことはあるか」
その言葉からもディランが勝利を確信していることがわかる。それほど例の技に自信があるのだろう。それも当然だ。
たしかに今の寧人であれば同じようなことはできる。だが、なにせ初めて使う技なのだからにわか仕込みもいいところだ。練度も威力も、ディランのものには及ばないだろう。
ディランはそれを知っているのだ。
「言いたいこと、か……ありがたいね」
心の奥にしまっていたはずの言葉が、自然と溢れた。寧人はそんな自分に驚きつつも、どこか納得していた。
「お前さ、さっき俺に敬意を持った、って言ったよな」
これまで倒してきた相手には言わなかったことだ。自分にそんなことを言う資格はないと思っていた。為してきたことを考えれば矛盾しているのもわかっている。
でも今なら、この男になら言える。
「……俺もさ。俺はずっと正義に敬意を持っていた。尊敬していた」
ずっと大事にしていたその思い。
騎士は、少しだけ黙って、ただその言葉を聞き届けた。
「ああ。……お前のことは忘れない」
驚くほど優しい言葉だった。たったそれだけの短い会話、その終了とともに、ディランは地を蹴った。
そして、フロアと平行の軌道を描き、流星のように空を翔ける。
拳から放たれる白銀の輝きがディランの全身を包んでいく。
それは幾たびも悪を討ち人々を守ってきた究極の一撃。
いつしか、誰もが知るようになった正義の必殺技の代名詞。
正義の鉄槌。
「ハアアアアアアッッ!!!」
雄々しい声とともに、自身に迫るディランに対し、寧人もまた跳んだ。真正面から迎え撃つ。
右手から放たれる禍々しい光を纏い、加速する。
白銀と漆黒の流星が、ぶつかり合うべく超高速で進んでいく。
その刹那。激突直前、千分の一秒にも満たないわずかな瞬間だった。
寧人は、変身を解いた。
すでに瀕死の生身の体を、すべてを打ち砕く流星の前に晒す。
相手の挙動を確認したりはしない。
――これは賭けだ。わずかでもタイミングがずれれば、俺は死ぬ――
「っ!」
即座に再変身を行う。
そして直後に両者は交差した。凄まじいまでの轟音のあとに訪れたのは、完全なる静寂だった。
互いに拳を振りぬき、背中を向け合ったまま、動きを止める。
「乱れたな。ディラン」
寧人は振り返ることなく、そう口にした。
わずかな勝機があるとすれば、それはヤツがジャスティスハンマーを撃つときだと決めていた。
ラーズ将軍を倒したほどの攻撃が、間中さんを即死させはしなかった。それがずっと気になっていた。
そんなことは、ありえない。普通の人間なら間違いなく原型を留めないほどに破壊されるはずなのだ。そしてこれまでディランは戦いで悪を倒すことや殺すことあってもけして必要以上の破壊力を振るうことはなかった。力を抑えて戦うことはけしてめずらしくはなかったのだ。
それは、ディランが守るために戦う者だから。
たとえ敵であろうともその尊厳を踏みにじることを良しとはしない者だから。
「……ああ」
背を向けたまま、小さく聞こえるスパークの音とともにディランが答えた。
守り続けた正義の心が、長い間戦い続けたことで身についた反応が、千分の一秒にも満たないわずか一瞬、ディランの攻撃を乱していた。
寧人は信じていた。守る者としてのディランを、誰よりも信じていた。だからこそ迷わなかった。恐れ、乱れることもなかった。壊す者として、その一瞬にすべてを込めた。
「お前は誰よりも勇気と仁愛を持った。すごい男だ。……皮肉じゃないぜ」
予期せぬ乱れがあった者、その乱れが起こることを確信しすべてを賭けた者。これは拮抗した力を持つもの同士にあって、紙一重の、しかし決定的な差を生んだ。
「……貫いたな。小森寧人……見事だ」
バチバチ、と聞こえる火花の散る音。そしてそれに負けず、最後まで凛々しいままの騎士。
「……正義のことは忘れない。……悪の、勝ちだ……!」
寧人は、心からの敬意とともに、別れの言葉を伝えた。
背後の爆発を感じつつ、寧人は振り返らない。
飛び散る火花が、消えていく白銀の光が、宿敵の死を告げていた。
寧人もまた、変身を解く。爆風に靡く髪が、表情を隠してくれるだろう。
白銀の騎士は散った。だいぶ破壊してしまったが、まだ生きているカメラはある。全世界の人間が目撃している。
もう、十分だろう
寧人はカメラのスイッチをすべて落とすと、肩を抑え膝をついた。
途端に、体のあちこちが重く感じる。
頂点を極めた変身の連続と戦いによって負ったダメージが、急に体中に回ったように感じる。
少し休むつもりで膝をついたのに、立ち上がれる気がしない。腕や脚の感覚がない。視界さえも暗くなっていくのがわかる。どうやら、これで終わりのようだ。
「……はは……。やっぱり、無理か。……でも、いいさ……」
寧人は前のめりに倒れた。
真紀のもとに戻ることは出来なかった。申し訳ないと思う。
でも勝つことが出来た。そして自分の作った道を歩いてくれる者がいる。あいつなら大丈夫だ。世界は変わる。
もしあの世なんてものがあるのなら、間違いなく地獄に落ちるだろう。でもそれなら会いたい人たちも大体みんな地獄にいるはずだ。
「……俺、勝ちましたよ……。だから……」
俺の戦いには意味があった。そう、思える。
悪の王は、いや、小森寧人は、朽ちていく体を感じつつも少しだけ笑って。
そのまま、目を閉じた。
※※
煉獄島での決戦から、三年が過ぎた。
あの戦いを知る一人の男は、今でも多忙な日々を送っている。
男は今日も瀟洒なデスクに座り、次々と案件をこなす。モニタに表示される情報を確認し、部下から入る通信を聞き取り、判断し、決済する。
「首領。昨日お渡しした中期戦略プランのデータはご覧になりましたか?」
「それはもう全部確認しました。二番と六番はダメです。根拠甘すぎです。あとは問題ないんでとりあえずそのままでいーです」
「フラリス公国訪問の件ですが」
「専用機の手配しといてください。時間もったいないんで自分で操縦して効率よく回ります。反対派のリストアップできてますか? 全部ひっくり返して戻ってきますから準備しといてください」
「来週木曜の会食の手配はいかがいたしましょう?」
「いいです。自分でチーズバーガーでも食べに行くんで」
「相手は法王ですよ」
「いいでしょ別に。ベジタリアンとかなんでしたっけ? じゃあフィッシュバーガーでも食えばいいんじゃないですか」
男は、音声とメールで入ってくる内容を片っ端から片付けていく。と、正午を前にして、スポット的に時間が空いてしまった。
とりあえずテレビをつけてみる。まあ、ニュースを見るのは仕事のうちと言えなくもない。
アンスラックスの住む島近くの海底から遺跡が発見されたらしい。学術的に価値のあるそれは、一度国連に預けられ『国籍』が決められるのだろう。もしかしたら争いの火種になるかもしれないが、遺跡が発見されたこと自体はいいことだ。
「ふーん。ベナさん、ちゃんとしてんなぁ」
現在、アンスラックスの住む島には外部の人間の立ち入りは許されていない。彼らの教義はネットで論争を巻き起こすこともあるが、基本的には『あの人たちはああいうもの』ということになっている。多分、そのうち世間の記憶からも薄れていくだろう。
アンスラックスは外部からなんの圧力も受けない、そして自分たちに必要でないものはすべて島から遠ざける。
ベナンテの言っていた『居場所』というのはもう大体整ったようだ。もう二度と会うこともないだろうが、彼は多分満足しているだろう。今ごろ絶賛生贄の儀式中かもしれない。それはあの島では自然なことなのだ。
『次のニュースです』
サンタァナさんの誰かがまた問題を起こしたらしい。困ったもんだ。神殿はもう完璧に出来てるんだから、それでいいはずなのに。たまに人を襲ったりするやつがいる。
逮捕されたらしい。そりゃそうだ。
とはいえ、少し前みたいに、サンタァナ絶滅運動なんかは起きない。多分国境の警備は厳しくなるだろうけど、それはあくまで個人の問題だ。
男がボケッとテレビを見ていると、ポーン、という音が室内に響いた。正午らしい。
「首領」
空気を読まない部下が入室してきた。
「今は昼休みです。仕事はしないんで」
男は、休む時は休む。なにせスレイヤーを設立する直前にリフレッシュ休暇と取ったほどなので、筋金入りだ。部下にもちゃんと有給休暇を取らす。サービス残業は評価しない。要はやることやってりゃいいのである。
「で、では伝言だけでも聞いてくださいニーナ様!! イケノ長官より『例の件は了解した、こちらでは関与しない』とのことです」
「ああ、そうっすか」
それは結構。さすがは池野さんだ。話が早くて助かる。
メタリカ首領、新名数馬は問題ごとが一つ片付いたことで、さらに腹が減った。さっきピザが届いたので昼飯にはこれを食べることにする。
今日のピザはスパイシーチリソースである。そういえば池野さんは辛いものが好きだったような気がするな、というところから始まり、なんとなく彼のことを考えたりし始めた。
煉獄島での決戦のあと池野に再会した新名は少しばかり驚いた。が、どこか納得もしていた。池野が負けるというのはやっぱりどこかおかしいと感じていたのだ。今から考えれば、あえてそういう結果になるように誘導したのかもしれない、と思わなくもない。
なにせあの人は本当に狡猾な人だった。実際池野さんのほうが強かったんだろうけど、勝負の結果どうなるかということは予想していたのかもしれない。要するに、勝ったほうがいい池野さんと、別に負けてもいいあの人との決闘だったわけだ。
多分、あの時点では二人はもう好敵手ではなかったのだろう。目指すものが違っていた。
で、池野さんはあの戦いのあと、メタリカを正式に脱退した。そして次にであったときは解体、再編成されたニューガーディアンの長官になっていた。
マジでハンパない人だ、と思う。メタリカの首領に就任した新名は一瞬ヤバイかも、と思ったが、結局彼と敵対することはなかった。そのころには、もう完全に新しい世界は出来ていたのだ。
ニュー・ガーディアンは新しい世界のなかで、長官の考えに基づく秩序と平和を守っている。多分、池野さんは正義感でやってるわけじゃないだろうけど。
「なんか、懐かしいな」
ピザを食べ終わった新名は、デスクの引き出しの奥にしまっている一枚の写真を取り出した。池野の名前を聞いたことで、昔を思い出したのかもしれない。
「……ははっ」
開発室時代の写真だ。あのとき、仲間だった人たちが写っている。
日本刀を携え、男前でキリリとした表情のツルギさん。
なんか気恥ずかしくてちゃんといえなかったけど、あの人はマジでカッコよかった。死んでしまったのは悲しくてたまらなかったけど、彼がいない分はちょっとがんばろーかな、と思ったりしたものだ。
毎年妻と一緒に、ツルギさんの墓参りに行っている。去年は日本酒を墓にかけてみた。
『お前ももう一人前だろ。今度は大吟醸にしてほしいもんだな』
そんな声が聞こえた気がした。多分空耳だと思う。
あの人の腕に抱きつき、満面の笑顔でピースサインを出してるアニスさん。
この時は好き好きオーラがやばかったよなぁ、と思い出して笑ってしまう。
アニスさんは、あのときいっぱい泣いていた。そりゃそうだよな、と思う。
彼女は結局アメリカに帰っていった。今では産業機器メーカーになったクリムゾンで頑張ってるらしい。
いつも元気で明るい彼女のことだ。きっと、みんなに愛されて、その分みんなを笑顔にして、楽しくやってるんだろう。たまに会うと、ニーナ!と懐かしい声で呼んでくれる。
あんなに可愛くてしかも若いのに、彼氏もいないというのが少し気になるところではある。たまに海外へ出かけていってなかなか帰ってこないというところも謎だ。
緊張しているように肩をすくめつつ、でも優しく微笑んで写っている真紀さん。
真紀さんはあれからしばらくしてメタリカを辞めてしまった。今はヨーロッパの小さな町で、お医者さんをやっているらしい。
サバスの人権が復活したことで色々思うところがあったんだと思う。サバスへの差別や偏見はまだ完全にはなくなっていないけど、彼女のように優しい人が自分がサバスであることを公表して生きていくことはきっといいことだ。
写真の中央では、写真になれていないのか変な顔をしている先輩と、それを指差して笑っている新名自身が写っている。
あの決戦の前に先輩から託されたデータチップは、まさに彼の思いそのものだった。
あれから三年、新名は彼の意志を継ぎ、自分なりにやってきたつもりだ。正義を破り、メタリカの力を示したことで抵抗は小さく、各国をメタリカの支配下に置くことはそれほど難しくは無かった。
強引な方法で世界を変えていった。
まずは世界的な統一機構であった旧ガーディアン及び国連の解体を実施。これにより、一度世界から消えたはずの宗教や信条、生活様式が復活し、対立や政治的闘争が生まれたりもした。
ほとんどの人が統一された価値観を持ち安定していた以前の世界と比べて、良かったのかどうかはわからない。平和であるか、最大公約数的な幸せがあるか、と言われれば肯定は出来ない。
しかし、じゃあ今まであの人たちは何を思いながら生きていたんだ? とも思う。
人間にだっていろんなヤツがいる。なのに平和で幸せになるためにみんな一緒、というのはそれそれで違和感がありはしなかっただろうか。
世界中に小さく、だが確実に存在していたスラムといわれるエリアは無くなった。当然、資源が必要なことなので、一般社会にとっては痛みを伴うことだった。反対もあったし戦いもあった。だが、メタリカは圧倒的な力を背景にこれを実現した。
もともと一般社会の『外』にいた人たちなので、世間は荒れた。最近では減ってきてはいるものの一時は犯罪発生件数などが爆発的に増加した。でも『いないとされていて当たり前の人たち』はいなくなったのだ。これから先の時代、それがどうなっていくのかはわからない。
そしてメタリカも、もうそう遠くはない未来にはなくなるだろう。そうなるように動いている。
世界はいろいろな面で変わった。
世界を征服したメタリカが圧倒的な力を背景として短期間で行ったそれは、けして褒められたものではないし、正義の改革といえるようなものじゃない。
壊れたものはある。傷ついた人もいる。
それでも、変わった。
それだけは、真実だった。
このように世界を変えたのは、新名だけの力ではない。新名は切り開かれた道の上を走ったのだ。
そして、道を切り開いたのは、新名が先輩と呼ぶ男だった。
あの人は、もう、いない。
「……でも、楽しかったっすよ、俺。」
新名は誰も聞くもののいない首領室で一人、そう呟いた。
※※
――欧州、どこかの町――
医院で使う予定の抗生物質を購入し、お使いからの帰宅途中だった青年はため息をついた。
まだ体が十分に動くわけではないし、虚弱もいいところだ。
やっと少しだけ回復してきたからお使いに出るくらいの許しはもらえたのだが、果たして今からやろうとすることは大丈夫なのだろうか? 完全復帰が遅れたりするかもしれない。
ちょっと無茶かもしれないな、怒られるかも、とも思う。でも、素通りするのは無理だ。
「いいからここを開けろ!!」
そう怒鳴りながらドアを蹴る男たちは警察官だ。
この街には何人かのサバスとそれを快く受け入れた人たちが住んでいる。それに対し、理不尽な文句をつけ、私服を肥やそうとする警察官がたまにいる。
変わった世界を認められない者は少ないがいる、ということだ。
そして、自分たちをいまだに『正義』だと思っている。
青年が知っている正義とは、違う。
「やめろ」
青年は、低い声で警察官にそう告げた。
「なんだお前は!? 我々に逆らっていいと思っているのか!?」
警察官は警棒を手に、青年を脅すように大声を出した。なるほど大男だ。口答えをすれば殴られるのだろう。
だが、青年は怯まない。まあ間違いなく体力でも腕力でも負けるだろうけど、そんなことは些細なことだ。どうにでもなる。
『なんだお前は』『逆らっていいと思っているのか?』だと?
俺はお前らなんて正義だとは認めない。でも、お前らが自分を正義だと思っているのなら、俺はこう答えてやる。
冷たく笑い、青年は口を開いた。
「悪の手先だよ。悪いことしてなにが悪い?」
※※
――世界を征服してから15年後。メタリカは解体された。あの戦い以前と比べると、そのころには本当に多くのものが変わっていた。
そのなかで特筆すべきものをあえてあげるなら?
記者からあげられたその質問に対し、元メタリカ首領新名数馬は『ある単語の意味だ』と答えた。
辞典に載っているその言葉の定義が変わったのは、いつからかははっきりしていない。だが、変化があったことは15年以上前と比べると明確である。それはメタリカがそうしたものではなく、自然な変化だった。
悪:己の信念と理想のために、現在の常識や価値観を否定し戦うこと、もの。
長い間ご愛読ありがとうございました。
スピンオフの短編とかはそのうちやるかもしれませんが、本編はこれにて完結です。
現在は別作「ワールドドライブ」連載中ですので、よろしければそちらも読んでくださると幸いです