歩いて行くよ
寧人が意識を取り戻したのは、メタリカ傘下の医療施設であった。戦いが終わったあと、庶務課の仲間に運び込まれたらしい。怪我は左腕の銃創。出血で気絶はしたものの、それ以外に大きなダメージはなかった。
比較的短期間で退院できるらしい、今回はよくやったな。庶務課では異例の成果だ。…間中のことは、残念だったな。気を落とすなよ。面会に来た庶務課の主任はそう説明し、さきほど病室を出て行った。
「……」
やっぱり、あの出来事は夢ではなかったのか。人気のない波止場での戦闘、圧倒的なまでの強さと迫力を持つヒーロー、死に物狂いで一矢報いようとした自分。そして、間中の死。
「……くそっ…」
採用試験、配属、庶務課、社員。まるで一般企業のような名称に組織体制だったが、寧人のいるところは紛れもなく普通ではなかった。もしかしたら、構成員がその異常性を感じるのを抑制するために、あえてそうしているのかもしれないな。
寧人はボンヤリとそんなことを考えた。別のことを考えていれば、今心の中にある感情を追い出せるのではないか、と思って。
しばらくして、不意に病室のドアがノックされた。
「……? はい」
「こんにちは。入っても…いいですか?」
ドアから顔を覗かせたのは、同期入社の真紀だった。
「真紀さん……? なんでここに?」
今日はオフなのだろうか、彼女はひらひらしたワンピースを着ていた。
「うん。労災の書類申請で、寧人くんのこと知って、それで……」
真紀は花を抱えている。お見舞いに来てくれた、ということだろうか。どうして来てくれたんだろう。同期だから? 社会人って偉いんだな。寧人はそう思った。
「そっか」
真紀は総務課の配属だった。そういう情報も入ってくるのだろう。多分、間中が戦死したことも知っているはずだ。
「あ、これ。お見舞いです。……活けてもいいですか?」
真紀はそういうと、バックから花瓶の入った袋を取り出し、花を活け始めた。
「……ごめん。せっかくの休みの日に気を使ってもらって」
同期入社の美少女がお見舞いに来てくれた。普段なら思わずニヤついてしまうほど嬉しい出来事だったが、今はそんな心情にはなれなかった。
「いえ。どうせ暇ですから! 気にしないでください!」
真紀は花を活け終えると、手をぶんぶんと大げさにふる。
「……ありがとう」
「どういたしまして。それにしても凄いですね! 寧人くん。本社のほうでも話題になってるんですよ!」
元気付けようとしてくれているのか、真紀は元気な口調だ。
「新人がロックスを、それもあのディランを撃退した! って! すごいです! どうやったんですか?」
「……」
「……ごめん、なさい」
一転して、真紀はしゅん、と顔をうつむかせた。
いや、いい。別に真紀に対して怒ったりしてるわけじゃない。心遣いが嬉しかった。本当に嬉しかった。だから、カラ元気を出して見せた。
「そ、そうなんだ! 給料上がったりしないかなー?」
「…あはは。そうですね。ひょっとしたらボーナスでるかも知れませんね!」
「やったぜ!」
「やりましたね!」
そのあとしばらくは、真紀の近況報告を聞いたり、全然関係ないテレビ番組の話なんかをした。
少しだけ、楽しい気持ちになれた。真紀はきっと、自分が沈まないように、きてくれたんだろうな、とわかった。別に好きでもないであろう同期というだけの男に、こんなに気を使ってくれるなんて。美少女な上にいい人なのか、すごいな。
そんな風に思った。
「あ、……長居しちゃいましたね。ごめんなさい。傷に障るとよくないから、そろそろ、行きますね」
「うん。今日はありがとう」
そう言葉をかわし、真紀が立ち上がる。
「あのさ」
誰かに、聞いて欲しかった。だから口から言葉が出た。
「ん? なんですか?」
「……俺にはいい先輩ができてさ、すごくいい先輩で、さ」
「……はい」
真紀はこっちをまっすぐ見つめ、頷く。大きな瞳が、少しだけ潤んでるようにも見えた。
「その先輩が、俺に言ったんだ。『メタリカの頂点に立て、約束だぞ』って」
「……うん」
メタリカの頂点に立つ。下っ端の戦闘員ごときの大言壮語。笑われるかな、そう思ったけど。真紀はマジメな顔で、答えてくれた。
「それがどういうことなのか、今は分からないけど。俺……バカみたいだけど……」
メタリカの頂点へ。悪の頂へ。
世界を変えたいと願った気持ち。それは嘘じゃない。そして、この道の先には、それを可能にする力があるかもしれない。
俺が作りたい世界はどんなものなのか。まだおぼろげだけど。きっとこの道を進んでいけば見えてくるはずだ。
悪に属する自分が進めば、壊してしまうものもあるだろう。『正義』の敵とされるだろう。多くの業を背負うだろう。当初なんとなく入団した自分に、それでも進む覚悟はあるか。
答えは決まっていた。それはきっと、間中が最後にきっかけをくれたものだった。
だから。間中が死んでしまったことが悲しくても悔しくても、それで立ち止まるわけにはいかない。
「俺は、メタリカの頂点へ歩いて行くよ」
寧人は静かな口調でそう告げた。
真紀はそんな寧人を、笑わなかった。