世界を変えたいと思いますか?
その求人広告はおかしかった。
社名:メタリカ
事業内容:世界征服
待遇:総合職月収70万円~ 一般職月収14万円
必要資格:無し(ただし経験者優遇)
募集人数:若干名
世界征服を目指す悪の組織です! 明るく元気な職場が、あなたのヤル気を待ってます!
採用:筆記試験、面接。(一次試験はさきほどのWEBサイトで終了とさせていただいております)
試験日、会場まで書いてある。
「…なんだこれ」
ネイトは思わず口に出してしまった。
そろそろ就職なりなんなりしないとな。
小森 寧人、なんて名前の俺が、その名の通り引きこもりのニートだと面白すぎる。
2時間ほど前、寧人はなんの気なしに求人広告をネットで探していた。
すると変なサイトにたどり着いた。アンケートといくつかの妙なクイズ問題が出題されてきた。奇妙に思いつつも、そのサイトを閉じることが出来なかった。不思議な魅力があった。
世界を救うために、一人の女の子を犠牲にする、という悪役に立ち向かう主人公をどう思いますか?
あなたは今、幸せですか?
織田信長やチェーザレ・ボルジアをどう思いますか?
勝利するために人質を取ることをどう思いますか?
果たすべき目的があるとき、あなたはそのために死ねますか?
尊敬する上司が殺されてしまったら、どうしますか?
地球に攻め入る異星人は殲滅すべきだと思いますか?
下記の戦場をみて、次のうち適切な選択肢を選びなさい
次の敵のうち、倒す順番として適切なものを選びなさい
よっぽど暇なヤツが作ったんだろうな。と思いつつ、すこし面白くなった寧人は次々と回答していった。そして最後にこんな質問が出た。
世界を変えたいと、思いますか?
うーむ。そうだなぁ。景気もよくないみたいだし、外国では戦争やらなんやら起きてるし、俺はニートだし、もてないし童貞だし貧乏だし。ずっと見下されて生きてきたように感じるし。キラキラ輝く存在と、それに手が届かない自分を考えて苦しいこともあった。
だから、
YES
そう答えた
するとすぐに次の質問が出た。
本当ですか?
手がこんでる。そこまで言うなら、ちょっと真剣に考えてみよう
この世界は、本当にこのままでいいのか。何もかも、このままで。
いや、やっぱ、違う、よな。
鬱屈はあった。昨年までの学生生活でもロクなことはなかったし、この先もさほどいいことはないだろう。それは自分のせいだ。でも俺みたいな人だってほかにもいる。そんな人たちが生きていきづらい世界。うん。やっぱり、少なくとも「俺は」こんな世界、変えてしまいたい。だからもう一度答えた。
YES
そしたら急に変な求人サイトにとんだ。メタリカの求人だ。ジョークにしては手がこみすぎだ。寧人は一度画面から目を離し、落ち着いてみることにした。
最初に「悪の組織」っていうのが出てきたのは、大体20年前くらいだったと思う。メタリカと呼ばれるその組織は、改造人間というのを所有していて、色々な悪事を始めた。
改造人間はモンスターのような容姿をしていて、とても強かったらしい。警察やらなんやらでは対応できないこともあったそうだ。一時、世間は混乱した。メタリカの目的はなんなのか。世界征服なんじゃないの? という説が一般的で、それはそれなりに衝撃的で、毎日ニュースに出た。
直後、ディランと呼ばれる存在が都市伝説として語られるようになった。ディランもまた、人とは思えない、だがメタリカの改造人間とは異なりどこかヒーロー然とした姿をしていたそうで、やはりとても強かったらしい。ディランはメタリカのあらゆる悪事を防ぎ、英雄と呼ばれた。
人々が悪の組織、メタリカというものに慣れて、そしてそのニュースに飽きてきたころには類似の、いわゆる「悪の組織」が色々出てきた。いずれも怪人という戦力を有しているらしいが、その中身は改造人間一辺倒ではなく、蘇った古代の戦闘民族だったり、異星人だったり、突然変異の人類だったり、とにかく色々だった。サバス、メガデス、クリムゾン、その他複数。
そういう悪の組織は、実態の妖しい都市伝説だったり、それなりに信憑性のある政治的な団体だったり、科学的に興味深い種だったり、とにかく色々いた。
が、今のところ世界は征服されていない。警察や軍隊が一応機能していたこともあるが、ディランのような謎のヒーローの存在も大きかっただろう。ディランと同じような存在としてビートル、レックス、ラモーン、その他もろもろの個体が確認され、悪の組織と戦ってくれたらしい。いずれも異形の姿の彼らは、その共通する特徴から、ロックス、と呼ばれることが多かった。
こうした流れがあって人々は、悪の組織に慣れた。また、それと戦うヒーローの存在も常識となった。
現実にそういうことが起きたために、テレビの特撮ヒーローはなくなってしまったが、子どもたちは現実のヒーローに憧れた。かくいう寧人もヒーローに憧れた。
自分を犠牲にして、誰かを守るために戦う戦士、そのなんとカッコいいことか。
素晴らしいことか。尊敬した。自分が弱くてどうしようもなくて、社会から落伍してしまった存在であるからこそ、よりいっそう、憧れた。その一方、悪の組織、という連中が荒唐無稽の遠い存在に感じていた。
だから、この求人広告には驚きはしたものの、ジョークサイトに違いないと割り切ろうとした。
「割り切った、と思ったんだけどな…」
求人サイトに書かれていた面接の日、書かれていた場所に寧人は来てしまっていた。
とても悪の組織の採用試験会場とは思えない、都心のビジネス街、指定されたビルも普通だ。なんだこりゃ。
言い訳をさせてもらうと、面白半分だ。あれほど手がこんだジョークなら、なにかしらイベントが用意されてるかもしれない、と思ったのだ。うん、それだけだ。
ビルに入るのはためらわれた。結果、ビル前でウロウロとする。寒い。
サイトに書かれていた通り、目印となる黒のネクタイまで締めて、俺はこんなところで何をしてんだろう。アホか。
そう思った寧人は家に帰ろうと、歩きだした。
向こう側から、女の子が歩いてくるのが見えた。肩までに切りそろえられた髪がサラサラと揺れている。やや細めの体型、陶器のような白い肌、やや貧乳気味だが、ピンク色の形のいい唇と穏やかで優しげな瞳に整った顔立ちを持つ、美少女だった。彼女の周囲には清らかな風が吹いているような錯覚にとらわれそうになる。
あー、可愛い。俺の人生にはなにも関係ないけど。
そう思いつつすれ違おうとしたそのとき、あることに気がついて寧人は硬直した。
黒の、スカーフ…!?
女性は黒のスカーフを、男性は黒のネクタイを着用すること。サイトにはそう書いてあった。リクルートスーツを着た美少女には異質に見えるそのスカーフ。
この子もあのサイトに引っかかったのか? アホの子なのか?
どうしよう。声かけてみるか? いや無理だやめとこう。
寧人の葛藤はムダに終わった。意外にも声をかけてきたのは美少女のほうだったのだ。
「あ、こんにちは」
悪の組織の就職試験を受けに来た人とは思えない、礼儀正しく、可愛らしい声だった。
「こ、こんにちは」
そう返すのが精一杯だった。だが、美少女はかまわず続けてきた。
「…メタリカの採用試験を受けにきた方ですよね?」
美少女は小柄で、覗き込まれるように問いかけられた。必然的に上目使いになっている。
くそ可愛いなくそ。やめてくれ。ああなにか質問されてるな。答えなきゃ。
「……はい」
振り絞るようにそう答える。
美少女はその言葉を受けて顔をぱっと輝かせる。花のこぼれる笑顔、ああ、昔の
人はうまい表現をみつけたものだ。
「よかった! 私もなんです!! アメリカでの一次試験で見かけなかった方だったから、すこし不安だったんです」
は? アメリカ? 一次試験? 何言ってんだこの子は。
「はぁ…それは…どうも」
「よかったら一緒に会場まで行きませんか? 1人だと…その、不安で…」
今、何が起きようとしているのかわからない。
もしかしたら詐欺かなにかか、だから美少女を使うのか。
そう思わずにはいられない、が。
「あ、わたしは黛 真紀っていいます。よろしくお願いします」
礼儀ただしく、ペコリという擬態語が聞こえてきそうなお辞儀をする彼女。あわせて、髪の毛が揺れる。桃のような香りがした。シャンプーなのか香水なのか、それとも素の匂いなのかは知らない。
ああ、もういいや。どうせ失うものなんて何もない。この可愛い子と一緒にいってみよう。詐欺だったとしても金なんて持ってないし。
それに、あの求人サイトをみてから、ずっと心に残っている言葉がある。
世界を変えたいと、思いますか?
俺はそれにYESと答えた。
バカみたいかもしれない。でも寧人はどこかで、ずっとそう思っていた。だからこう答えた。
「うん。い、行こう」
真紀と名乗った美少女は寧人のその言葉を受け、ニッコリと笑って、そしてとんでもないことを口にした。
「はい! 一緒に採用されるといいですね! そして、世界を征服しましょう!」
うん。これはちょっと、やばいかもしれない。