4.青木・大路合同プロジェクト?!
いよいよ本格的に始動したプロジェクト。
大路の本社はアメリカの為、青木コンチェルンに大路の社員が何名か配属されていた。
秘書室に入ってきたその5人のうち、驚きの人物が一人混ざっていた。
お互い紹介し合った後、私はその人に駆け寄った。
「健ちゃん!」
「よう、これからしばらくよろしく」
笑顔で言った健ちゃん。
「健ちゃんって、大路の社員だったの?」
「大路グループの傘下ってところかな。俊の割に仕事ができるって、抜擢されたんだ」
「健ちゃん凄いね」
普段は呑気なのに仕事は出来る人なんだ。
私の横に、ひょこっと現れたのは、洋子さんだった。
「岩下さんの知り合いなの?」
「大学の時からの友人なんです」
「そうなんだ、ぁ、私秘書課の太田洋子です、宜しくお願いします」
「前園健太です。よろしくお願いします」
二人は握手しあった。
正直、このプロジェクトは、春也と修二に挟まれて、やりにくいと思っていた。
でも、健ちゃんがいると、少しホッとした。なんとかやっていけそう。
一週間、残業続きで、へとへとだった。
日曜日。やっとお休みが出来た。今日はとことん寝てやる。
・・・そんな私の小さな願いは叶わなかった。眠たい目をこすりながら、携帯に出た。
「もしもし」
「寝起きの声も可愛いな」
「大路社長?!」
「春也でいいって言っただろう?」
「・・・」
「これから猛スピードで、準備して、会社に来るように」
「エ?…日曜日なのに?」
「いいから早く」
「…分かりました」
携帯を切り、溜息をついた。日曜まで仕事とは・・・
案外人使いが荒い人ね・・・
準備を終えた私は早速会社に向かった。
…会社の前にこれまた高級そうな車が1台。
窓が開くと、春也だった。
「早く乗って?」
「え、はい」
とりあえず、言われたことに従った。
「会社で仕事じゃないんですか?」
私の質問に、クスッと笑った春也。
「日曜まで仕事させるほど、鬼じゃないよ。カッコよく、迎えに行こうと思ったんだけどね、日本の道はよく知らないから。仕方なく、ここまで来てもらったんだよ」
「じゃあ・・・どちらへ?」
「もちろん、デートに決まってるじゃないか」
その言葉に驚いた私。
「俺達付き合い始めたのに、どこにも行ってないだろう?そういう事はちゃんとしておかないと」
そう言って子供のように笑った春也。
「青木社長は日曜も仕事ですよ?春也さんは仕事しなくていいんですか?」
「修二は仕事人間だからな。うちは5000人の社員がいる。一日休んだって、心配ない」
「呑気な社長さんですね」
「社員が有能な奴ばかりだと褒めてもらいたいね」
・・・修二さんとは正反対な春也。
なんだか、それはそれで面白いかも。
「じゃあ、行くよ」
「あ、だから、どこへ?」
「そんなの気の向くまま」
鼻歌交じりに言った春也は、車を出した。
…こんなに適当で、よく社長が務まっているなと、感心してしまった。
2時間ほどドライブして、着いたのは。
「綺麗な海!」
「だろ?日本に来たら、必ずここにドライブにくるんだ。・・・海ってさ、全世界のすべての国に繋がってるだろ?ちっぽけな悩みも吹き飛んで、また頑張れるんだ」
「・・・ですね」
何も考えていないようで、ちゃんと考えてるんだ。
海を見て、食事をして、意外に普通なデートに安心した。
「今日はありがとうございました」
「いえいえ、今度はいつ休みが取れるかな」
「日曜は、休むんじゃないんですか?」
「実は、今から仕事。休みなんて取ったのいつぶりだろ?」
そう言って舌をペロッと出した。
「私なんかの為に、すみません・・・貴重な休みだったのに」
「好きな子の為なら、いつでもとるさ」
「…私なんかじゃなく、もっとふさわしい人を探してください」
「十分すぎるくらい、ふさわしい人だよ、すみれは」
そう言うと、私の頬にチュッとして、車を出した。
…通りすがりの人にジロジロと見られた。
公道でのキスは止めてほしい・・・ここは日本です。
私は家に帰る道を歩き出した。
住んでる所は知られたくなかったから、近所で下してもらった。
・・・マンションの5階。歩いていると・・・修二さんの姿が。
「どこに行っていた?」
「・・・ちょっと」
「春也とデート?」
「え?」
「会社の前で待ち合わせとは・・・」
・・・あ。見られてたんだ。
私の前まで歩み出た修二さんは、私の手を掴むと、自分の部屋に連れ込んだ。
「あの…キャッ」
…ソファーの上に、押し倒された。
とても切ない目。・・・そんな目で私を見ないで。
目を逸らそうとすると、両手で顔を挟まれて身動きが取れない。
「オレと一緒に住め」
「・・・え?」
「オレの傍にいろ」
「わ、私は、春也さんと付き合ってます」
「そんなのどうでもいい!…これは社長命令だ」
「しゅ・・・ん・・」
何度も何度も、唇を重ねた。
私を抱きしめた修二さんおてが少し震えていた。
「修二さん」
「悪い・・・ただの嫉妬だ。でも、お前が離れていくのだけは、それだけは許せない。必ずいてくれ・・・頼む」
「・・・」
何も言えない。
そんな顔で見ないで。
「修二さん」
「アイツと別れなくてもいい」
「同棲なんてできないけど、ここで、修二さんの帰りを待つことくらいは出来ます」
何でそんな言葉が口から出たのか、自分でも不思議だった。
「約束」
そう言って微笑んだ修二さん。
好き過ぎて、今にも行ってしまいそうになるのを、必死に堪えた。
「もう、帰りますね」
「帰したくない」
…胸がキュンとした。
「ダメですよ・・・今日は帰ります」
「・・・すみれ」
私から初めてキスをした。少し顔が赤くなったけど、
「おやすみなさい」
それだけ伝えて、部屋を出ていった。
こんなに好きなのに、自分の思いを伝えられないなんて凄く苦しい。
好きだって言えば、楽になるんだろうな。
でも、それを伝えてしまえば、秘密にしていることがばれてしまう。
自分で決めた事。最後まで、秘密を守ろう。
苦しいことくらい、我慢できる。もう、大人なんだから。
プロジェクトが進むにつれて、緊迫した社内・・・
時々息が詰まりそうになった。
会議室で残業中。一人の女子社員がみんなにコーヒーを運んできた。
最後に私の所にそれを置いた。
「美味しいですよ?」
ニコッと微笑んだその人は、足早に会議室を出ていった。
…これを飲めと?
コーヒーの中に、虫が・・・
それを持ったまま動きが止まった私。
「そんなに疲れたのか?」
健ちゃんが近づいてきた。
「お前、それ?!」
健ちゃんの大声に、みんながこちらを見た。
「元気あり過ぎだよ?!」
私の言葉に、みんなは笑って、また各自の仕事に戻った。
「これ、どういう事だよ?」
コーヒーを指差した健ちゃん。
私は無言のまま、健ちゃんを給湯室へ連れて行った。
「苛めにでもあってるのか?」
「シーッ!声が大きい…この事は他言無用」
「誰だよ?こんな事やってるやつは?」
「女子社員の半数ってところ?」
苦笑いの私に、溜息をついた健ちゃん。
「こんなとこ、辞めちまえ」
健ちゃんはカンカンに怒っていた。
「もう、最近は慣れっこなのよ?私に味方してくれる人だっているから。私は大丈夫、ね?」
元気な顔をして見せた。
「お前は何時も無理しすぎなんだよ」
あれ・・・
何で健ちゃんが、私を抱きしめてるの?
「そんなんじゃ自滅するぞ?」
「自滅なんてしないよ」
「オレの彼女に、馴れ馴れしく触らないでくれるかな?」
「大路社長」
突然の春也の登場に、驚きを隠せない健ちゃん。
…しかも、『オレの彼女』と言ってしまったからには、その驚きの視線が私に向くのも当然。
「いつからそんな関係に?」
「健ちゃんあのね?」
「それは、オレが説明するよ」
3人の視線が交差する。
「その前に、そのコーヒーくれる?」
「「あ!!」」
コーヒーを飲みかけ、春也の手は止まった。
「これは、これは・・・」
春也が苦笑いした。
「飲まなくてよかったです」
ホッと溜息をついた。
「相変わらず、陰険ないじめな事で」
「この事は内緒ですよ?」
「また?」
私と春也の会話を聞いていた健ちゃんが、
「またって、大路社長は知ってたんですか?」
「知ったのは最近なんだけどね?」
「それならなんで放っておくんですか?」
「オレはこの会社の社長じゃないし、第一ここの会社の社長には言わないように口止めされてるからね?」
「はぁ…苛めの理由は?」
「青木社長と私の関係?」
「…何かあるのか?」
「別に…女子社員の嫉妬ってやつよ。これくらいで、社長を巻き添えにしても、仕方がないでしょう?」
「すみれ、もしかして青木社長の事?」
・・・鋭い。
「まさか!何でそうなるのよ?私は大路社長の彼女だし」
「本当の彼女じゃないけどね?」
そう言って私の頬っぺたを突いた春也。
「意味がよくわからないんですけど?」
首を傾げる健ちゃん。
「とにかく、私は健ちゃんの事は、友達だと思ってて、しかも大路社長の彼女だから健ちゃんとは付き合えない。それからいじめの事は、青木社長には絶対言わないで!」
一気に言い放った私は、息切れがしていた。
「簡単にフッてくれるなぁ。人が長い事片思いしてたって言うのに」
「・・・ごめん」
「まぁ、社長にはかないそうにないから諦めるとしても、苛めの件は放っておけないぞ?」
真剣な顔で言った健ちゃん。
「このプロジェクトが終わるまでは、そっとしておいて?波風立てて、仕事に支障が出たらイヤだから」
「・・・それはそうだな」
考え込んだ健ちゃん。
「オレはもう、次の手は考えてる」
春也がボソッと呟いた。
「次の手?」
「この仕事が終わったら、オレの会社に来い、すみれ」
「え?!」
唐突な提案に、呆気にとられた。
「アメリカではこんな事は、絶対にありえない」
「・・・いい提案じゃないか?」
健ちゃんまでもが言い出した。
「でも…、私は社長秘書で」
「オレの秘書になったらいい。すみれが有能なのは認めてる。あっちでもちゃんとやれるさ」
…私はここを、修二さんの傍を離れる事なんて考えられなかった。
「まだ時間はある。ゆっくり考えておけよ?」
そう言った春也はどこかへと歩き出した。
「どこへ?」
「とくいさきにちょっとな。後は頼んだぞ、前園」
「・・はい」
些細ないじめは続いていたけど、我慢できた。少ないながらも、私の味方がいたから。プロジェクトは最終段階。
完全に終わったのは、深夜2時になったころだった。
皆の拍手と歓声が上がった。
かなり大きなプロジェクトだっただけに、嬉しさも一入だった。
「お疲れ様でした」
皆は、次々と帰っていった。
最後まで残っていた私は、戸締りをして、外に出ようとした。
「すみれ」
振り返ると修二さんが立っていた。
「お疲れ様でした、まだ、残っていたんですか?」
「あぁ、書類に目を通してたから」
「そうですか…気をつけて帰ってくださいね?」
「同じところに帰るんだから、車、乗れよ」
「い、いいです」
私の言葉は無視して、押し込むように私を助手席に乗せた。
・・・マンションの5階。
私の部屋を通り過ぎた修二さん。
「あの?」
…自分の部屋に私を連れ込んだ。
「か、帰ります!」
「アメリカに行くのか?」
「え?」
「春也がオレに言ってきた。お前をアメリカに連れて行くと」
「・・・」
困った私は、俯いたまま何も言わなかった。
「そんな事はオレが許さないからな」
修二さんは私の唇を塞いだ。・・・何も言わせないように。
「・・しゅう・・じ・・」
「すみれは、オレのモノだと言ったはずだ」
気づいた時には、心も…体も…修二さんの捧げていた。
修二さんの腕の中。
私はこの人と離れる事なんて、きっとできない。
でも好きだと伝える事も出来ない。
それならいっそのこと、アメリカに行ってしまった方が。
目が覚めると、修二さんはまだ眠っていた。
私は何も言わず、部屋を出ていった。