12.同棲?!
それから間もなくして、修二さんは日本に帰った。
私は、任された仕事をしっかりこなし、2か月後。晴れて、日本に帰国した。
・・・久しぶりのマンション。帰る部屋は、あの部屋ではなかった。
玄関をそっと開けると、修二さんの香水の香りがした。
日本に着いたのが遅かったから、マンションに着いたのは、0時を少し回った頃だった。寝室には、修二さんが気持ち良さそうに眠っていた。
「ただいま」
小さな声で呟いた私は、修二さんのホッペにそっと口づけた。
「・・・キャッ」
眠っていると思っていた修二さんの顔を見ると、どうやら眠ったフリだったらしい。私を抱き寄せて、優しく微笑んでいた。
「帰って早々、オレを誘っているのか?」
そう言って意地悪な笑みに変わる。
「ち、違いますよ!」
私は顔を赤くした。
私をギュッと抱きしめた修二さんは・・・
「本当に、ここにいるんだな?腕の中にいるのは、すみれだよな?」
小さな声で呟いた。
「そうですよ」
私が微笑むと、尚一層強く、抱きしめた。
…私もここにいる事が、凄く幸せ。もう二度とないと思っていた貴方の腕の中にいる事が・・・夢の中の出来事のよう・・・
修二さんは、一晩中、私を離さなかった。私も、修二さんを離したくなかった。
・・・朝。目が覚めると、修二さんの姿がなかった。
前のように、リビングに向かうと、置手紙が一枚。
『午後になったら出社しておいで』
それだけ書かれていた。
…辞表を出したのに、今更会社に出社とは…どんな顔をしていいのか・・・
不安を抱きつつ、午後、会社に向かった。
・・・?
会社に入っても、皆、何でもない顔をして、私の横を通り過ぎていく。
不思議に思いながら、最上階に向かう。
…深呼吸をして、秘書室をノックした。
そっと開いたドアの向こうに、見慣れた顔が・・・
とても優しい笑顔がそこにあった。
「おかえりなさい。さぁ、中に入って?」
招き入れてくれたのは、他の誰でもない、洋子さんだった。
「・・・あの」
その先の言葉が出ない。
洋子さんは何かを察したのか、私の背中をポンと叩いた。
「全部知ってるわよ。だから何も不安に思う事はないわ。それと、貴女の辞表の事は、秘書課の人間以外誰も知らないから、みんな、反応がなかったでしょう?
それもこれも全部社長のおかげ。貴女は長期出張ってことになってる」
そう言って洋子さんは、私の手を引っ張って、中に入れた。
「久しぶりだな」
・・・その声は、藤田さん。
私は藤田さんに頭を下げた。
「よく戻ってきたな?今、秘書課の人間が少なくて、困ってたんだ」
「・・・え?」
藤田さんの言葉の意味が、理解できない。
「チーフ、ここ辞めたんだ。…と言うか、クビ?」
「なんで?」
私の驚き様に、藤田さんはクスッと笑った。
「チーフがあんな女だとは思わなかった・・・絶望したよ。もっと早く気づいてたら、岩下を助けてやれたのにな。すまなかった」
社長の言葉を思い出す。確かに香華さんのした事は、最低だ。
でも、藤田さんは、香華さんの事・・・
「そんな顔するなよ。女なんて、星の数ほどいるんだ。次は、いい女見つけるさ」
藤田さんの言葉に、安堵の溜息をついた。
「…藤田さんって、チーフの事?」
そう言った洋子さんは、藤田さんを見つめた。
・・・咳ばらいをした藤田さん。
なんだか可笑しくて、でも必死に笑いを堪えた。
「岩下、社長が待ってる。早く行けよ」
藤田さんはそう言って、逃げるように、デスクに戻った。
…洋子さんが私を捕まえた。
「エ?!そうなの?私、全然知らなかった。すみれたちって、案外凄い泥沼だったなのね」
「…アハハ。じゃ、じゃあ、私も社長室に行きますね」
苦笑いをした私は、洋子さんから逃げ出した。
「デスクは、前と同じ場所だからね」
そう言ってウインクした洋子さん。
「ありがとうございます。すぐに戻りますね」
それだけ伝えて、社長室に向かった。
藤田さんも洋子さんも、前と全然変わらない態度で、私に接してくれた。凄く嬉しかった。
スーツを整え、ドアをノックした。
「・・・どうぞ」
一礼して、中に入った。
机の前に立った私に、封筒を差し出した修二さん。・・・あ。
「それは預かっておいただけだ。処分はすみれに任せる」
そう言って微笑んだ。私の手の中にあるのは、私が書いた辞表だった。
「太田から、事情は聞いたと思うが、秘書課は今3人しかいないから。すみれの手助けがいる」
「…役に立つでしょうか?」
「ここで仕事をしてたんだから、すみれ以外、適任者はいないと思うが」
「…また、宜しくお願いします」
頷いた修二さんは、立ち上がり、私の前に立った。
修二さんを見上げた瞬間、ギュッと抱きしめられた。
「仕事なんかどうでもいいな。ずっとこのままでいたい」
修二さんがボソッと呟いた。
胸がキュンとしたけど、そっと体を離して言った。
「ダメですよ。修二さんは社長さんですよ。仕事をしましょう?」
私の言動に、クスッと笑った。
「同じ、気持ちのくせに」
修二さんの言葉に、真っ赤になった。
「もう!青木社長」
「はいはい。仕事を始めるぞ。藤田がチーフになってるから、仕事内容は、藤田に聞いてくれ」
「わかりました」
今日は5時まで仕事をした私は、早く、仕事に帰った。明日から本格的に仕事を開始する為に。帰りが遅いのは分かっていたけど、手料理なんか作って、テーブルに並べた私。ソファーで一息ついていたら、いつの間にか夢の中・・・
…人の温かい感触で目が覚めた。
「ただいま・・・疲れてるのに、夕食作ってくれたんだな」
修二さんは私を抱きしめた。
「やだ・・・私ったら、いつの間に寝ちゃって・・・」
・・・?!!
突然私を抱き上げた修二さん。
「あ、あの」
「今は、食事より、すみれがいい・・・」
「エ、いや、あの、先に食事にしません?」
真っ赤な顔でそう呟くが、
「ヤダ」
子供みたいな顔をした。
「子供みたいなこと言わないで・・・」
「すみれの前では、子供かも?」
そう言って、私を寝室に連れて行く。
「何度抱いても抱き足りない・・・それだけすみれが恋しかった」
そう言って、私にキスを落とした。
「恥ずかしい事ばかり言わないでください」
「正直な気持ちは、ちゃんと言わなきゃ伝わらない」
「・・・」
「…すみれは?」
「…私も、貴方が・・・恋しかった」
私たちは、互いの気持ちを確かめ合うように、何度もキスをし抱き合った。
恥ずかしい気持ちなんて、いつの間にか、吹き飛んでいた。
これから、こんな幸せな日々が、ずっと続いていくんですね?
そう思うだけで、胸一杯、幸せが溢れ出した・・・