壱
春休みのある日。
椙乃茉高校新2年生の島津梓は真っ暗な夜の道の真ん中で途方に暮れていた。
一体どうしたことだろう……。
これは夢?夢なのだろうか?
だとしたら何て悪夢。早く覚めたらいい。
起きろ、私!
そんな風に心のなかで自分に言ってみても一向に悪夢が終わる気配はない。
肌を刺すような冷たい風がこれは現実だと囁く。
時間は10時を過ぎていた。
都会と言えるくらいの発展した都市ではあるが、東京などに比べれば田舎で夜中に開いているのはコンビニくらいだ。
しかし、住宅街すぎてそのコンビニさえも近くにはない。
なんで、なんで約1年間過ごした土地で迷子になるの!?
我ながらある意味天才ではないだろうか。
へたりこみそうになる足を叱咤してとりあえず適当に進んでみることにした。
どうせ何処から来たか分からないのだからどう進んでも同じだと思った。
しばらくして、ふと足を止めると細い路地に入り込んでしまっていた。
少し進んで角を曲がってみると、そびえるマンションとマンションに挟まれるようにして赤い鳥居が道の先に見えた。
暗い道でそこだけがほのかなあたたかみのある橙色の灯りで明るくなっていた。
藁にもすがる思いで明かりのもとへ走った。
そして、鳥居をくぐって足を止めた。
両脇には小ぶりな狐の石像。
石畳の道の先には小屋のような小さな社。そこの縁側に腰かけて、境内を囲むマンションに切り取られた空を見上げる者がいた。
月光を紡いだかのような銀色の髪、美しい横顔。
着物姿のそのひとの浮世離れした美しい様子に思わず見とれてしまっていた。
「このような刻限に何用か」
低く、落ち着いた声音でそう問われた。
ゆっくりとした動作で彼はこちらにやってくる。
「道に迷ってしまったんです。ウチにたどり着けなくて……。どうか、助けて下さい」
歩きすぎて足は棒のようだし、通行人に1人も遭遇できなかったことから、彼にすがるしか道はないように思った。
「……そうか。それは、心細かったな」
そう言って彼はよしよしと頭を撫でてくれた。
他人に触られるのは何故か苦手だけれど、今は彼の手の感触やその温かさに安堵せずにはいられなかった。
「そなたはどこへ行きたい。私の知るところならば送ろう」
頭に置かれた手はそのままに言われる。
「***というアパートです」
そうかと呟いた彼はおもむろに身を屈めたかと思うと、ふわりと身体が浮く感覚がしてぐっと彼の顔が近くなった。
「すぐに着く故、大人しくしておれ」
表情を変えることなくそう言って歩きだす。
あまりに彼が平然としているものだから抱き上げられているのだと頭が追いつくのに時間がかかった。
ピクッと身を固くすると、静かな視線が落とされる。
言外に動くなとか騒ぐなとかそんな感じのことを言われている気がした。