プロローグ
会社の新年会の帰り、長峰律子は少し酔いがまわってクラクラする頭をかかえながらマンションのエントランスにあるポストの列の中から迷わず自分のポストのダイヤルを回して中を取り出した。
手に掴んだのは数枚の少し遅めの年賀状とピザのチラシ、それと"同窓会のお知らせ"とかかれたハガキだった。
「高校の同窓会か……」
それを見て律子の頭に一瞬忘れられない顔が過った。
“あの人”も、来るのだろうか。
そう考えてしかしすぐに思い直した。
それは無いだろう。
だいたい“あの人”が律子の学年にいたのは二年までで三年は教科こそ担当していたものの、クラスは持っていなかったのだ。
来るはずもない。
律子はそう結論ずけて夜が明けはじめて白じんできた空を見て大きくひとつ欠伸しのだった。
プルルルル……
朝、家の鍵を手に家を出ようとしているとその機会的な音が家の中に響いた。
いつもより幾分早く支度が終ったため電車の時間にも余裕があり、律子はいつもなら無視するであろう電話をとった。
「はい、長峰です」
『あっ、律子? よかったやっとでた。』
「奈那子? どうしたのよ」
電話の主は高校時代から付き合いのある友人の藤 奈那子だった。
最近仕事が忙しいせいか随分久々なような気がする。
『どうしたじゃないわよ。昨日携帯に何度も電話したのよ?』
奈那子は少し怒ったように言った。
そういえば、昨日は携帯を会社に置き忘れたのだ。
「ごめん、会社に置いてきちゃって」
『もお、そういうところ相変わらずね。おっちょこちょいなんだから』
呆れた、と言うように奈那子は言う。
そう言われると、なんとも反論のしようがない。
「あ、それでどうしたの? 急ぎの用?」
『ん? あぁ、そうだった。あんたのところにさ一週間くらい前に同窓会のハガキいってない?』
「え? あぁ、そういえば……」
なんとなく、そんな事があったような…。
あの時は酔っていたので記憶が曖昧だ。
『それで、主席するのか聴きたいの。あれけっこう大きなホテルのレストランでするらしくて、会費集めてるのよ。それで返事が今日までなの。あたしは今日夜の見回りあるから夜は電話できそうもないし朝だったらあんたもいると思って』
奈那子は看護師だ。
夜勤の時は忙しいのだろう。
「んー……同窓会かぁ。いつだっけ?」
『それぐらいみときなさいよね。20日よ。1月20日』
「20日……」
律子は呟きながら、スケジュール帳をめくる。
20日の欄をみると、ざんねんながらそこには既に予定が書き込まれていた。
「ごめん、無理そう。その日は予定あるの」
律子は若干の落胆を胸に奈那子にそう告げた。
『そっかぁ〜残念。実はね……』
奈那子が心底残念そうにそこまで言ったときハッとして律子は時計を見て、短かく悲鳴を上げた。
「奈那子、悪いけど時間ない! また今度ゆっくり話そ!」
律子はそう言って奈早口に捲し立てると一方的に電話を切った。
朝の満員電車に揺られていると、何故だか憂鬱な事ばかり思い出してしまう。
『律子、そろそろ身をかためなさい』
頭に響く厳格な父の声にため息がでる。
律子は今年で25だ。
確かに結婚してもいい歳だろうが、別にそこまで急ぐ必要もない。
それなのに父ときたら、自分が会社経営をしている関係で知り合ったおえらいさんどもの息子たちに私を嫁がせようとする。
元々父は私が働く事に賛成ではなく大学卒業と同時に見合いさせて結婚させるつもりだったらしい。
オトコが働き、オンナが家を守る。
そんな古い考えをもつ父ならではの思いだ。
そして私がいま念願だった編集の仕事につけているのはひとえに母の説得のおかげてある。
母の説得のおかげでお見合いをするかわりに働く事を許されたのである。
そう、お見合いするかわりに。
律子は今月二というハイペースでお見合いをしている。
律子からすればよくもまぁこんなにというほど次々に見合い合いての写真を送って来る父になんだか呆れを通り越して感心した。
そして今日同窓会を断ったのもそのせいだ。
『住道〜住道〜お降りの方はお足元におきおつけください』
車内にアナウンスが響いて律子は慌てて電車を降りようと人並みを掻き分けた。
「あれ? 長峰さん?」
「え?」
ふいに後ろから腕を掴まれた。
振り返ると、女子にしては高めるの律子の頭ひとつ分上で見覚えのある顔が笑っていた。
「髪、ボサボサになってる」
「え?」
くっくっと笑っている男を某然と見上げながら、律子はすぐさま髪に手をやった。
本当だ。
触ってわかる。鳥の巣状態だ。
律子はかあぁと赤面してすぐに髪を整えた。
「さ、真田くん?だよね?」
律子は気恥ずかしさをかんじつつ穏やかな表情の彼、真田正人を見た。
「うん、久しぶりだね長峰さん」
彼は高校のときのクラスメイトである。
たしか、クラス委員をしていた。
どうやら今日は高校時代の人達に縁があるらしい。
「いつもこの電車?」
これまで合わなかったかとを不思議に思ったのか真田は首を傾げる。
「ううん。今日はちょっと遅れてさ」
本当はいつも念のため一本はやめの電車に乗っているのだ。
「ふーん、そっか」
真田は納得したように頷いた。
「あ、そういえば長峰さんは同窓会来るの? あれ俺幹事の一人なんだ。」
「え? そうなんだ。ごめんその日は私用事があって」
「そっかー残念だけど仕方ないね。」
真田は苦笑した。
律子はそんな真田を見ながらなんとなくきいてみたくなった。
幹事なら、しってるかも。
「あの、さ。それって先生もくるの?」
直球であの人のことはきかずに遠回しに問う。
「あ、うん。連絡とれた先生は何人かね。あと連絡とれてないのはたしか……藤堂先生だけかな」
ドキンと心臓が大きくうった。
藤堂先生。
名前をきくと今だに反応するあの人の名。
なんだかそれが律子にはとても悔しく思えた。
「そっか」
律子は内心の同様を悟られまいとし、つとめて冷静にそう返した。
「あ、ごめん長峰さん。俺急がなきゃ」
腕時計を見て真田はそういうや早いや駆け出していった。
その背を見送って思わずため息をつく。
来るわけない。
あの人が藤堂先生が同窓会なんて……来るわけない。
そう自分自身に言い聞かせながら。