スキップ!スキップ!
本作は拙作『わたしちょっとけっこう年上なんですけど』『断捨離OLが異世界に行ったらどうなった?』と同じ世界を舞台にした、さらに昔の時代の物語です。
関連性はあんまりないので単体でも読めます。
私はゲームのイベントムービーが、あまり好きじゃないタイプです。
あれって長くないですか?
見ていると疲れません?
結局、私はスキップボタンを押して、次の場面へ飛ばしちゃうことが多いんです。
そして、クエストの行き先がわからなくなって、ログを確認するのはいつものことなんですけど。
最近はクエストの行き先が表示されるので、まあ、それで済むこともありますし。
ストーリーとか全部いらない、なんて言ったら開発者に失礼かもしれないけど、正直、早く操作させてほしいって思いません?
どうせ選択肢で取り返しがつかない分岐があるストーリーなんて、そんなにないですし。
ほとんど一本道ですよね。
ところで今やっているスマホゲームの新バージョンのストーリーが、本当に長いんです。
これが終わらないと新エリアに行けないっていうのに長いですよ。
早く終われと念じながら歩いていると、トラックのライトが、やけに近くに見えました。
あっ。
~~~
あっという間に、いまは白い部屋で説明を受けています。
この部屋って本当にあるんですね。
「……というわけで、あなたに異世界へ渡ってもらい、ある国を救ってほしいのです」
目の前には、白く光る神様っぽい存在がいました。
セレネリアと名乗った女の人ですよ。
人かな?違うかも。
とりあえず、お返事します。
「えーと……めんどくさいからいいです」
「いいんですか?行ってくれるんですか?」
「あっ、ちがいます、大丈夫って意味です」
「大丈夫なんですか?行ってくれるんですね」
いよいよめんどくさい人ですね。
だいたい、一方的に頼まれても困りますよね。
仮にもし、行くとしても条件くらいあるじゃないですか。
「あの、すみません。せっかくのお誘いですが結構です。実は私、忙しいんです。普通に仕事あるし。ゲームのデイリーもあるし。新マップあるし」
「ですから、お気の毒ですがあなたはもう死んじゃいましたんで。仕事はもちろん、ゲームもできませんよ」
「そっか……じゃあ、しょうがないですよね。となると、これから私はどうなるんですか?」
「諦めがいいですね……もう少し生への執着が……。令和の時代の人って、みんなこうなんですかね。まあいいですけど。えーと、どうなるか、ですね。通常なら、この世界で輪廻して次の生を得るでしょう」
「なるほど。ちなみに私の次の生って何ですか?」
「この世界の神様によれば、次は『花』だそうです」
「おお、花ですか。なかなかいいんじゃないでしょうか。知らないうちに徳を積んだのかしら」
「そうでもないです。花はわりと、どうしようもない魂の行き先ですよ」
「……花の見方が変わっちゃうな。聞きたくなかったです。どうしようもないのですか」
「しかも、別の花からの花粉で受粉するタイプなのに、垂直崖の真ん中で横向きに一輪だけ生えてしまっていて、そこで異性間交渉もなく一生を終える予定です」
「え、マジで言ってます?」
「マジでというのが本当かという意味なら、本当です。あなたは現世と同じく、来世でも異性との交渉がなく、結実せず生を終えるでしょう」
「マジですかー……。あと、現世のことは言わなくてもいいじゃないですか?」
「あっ。はい、どうもすみませんでした」
「別に全然後悔してないです。男なんて不潔だし面白くないですし」
「あの、お顔が……」
「赤いのは元々ですよ? 興奮してませんよ? じゃ、あなたのおすすめに従って、あなたの世界に行ったらどうなります?!」
「何か怒らせてしまいましたか、ごめんなさい。えーと、私の世界に転生していただければ幸せになる可能性があります」
「幸せって?」
「花で言うなら、受粉と結実です。そして真心からの愛を得て、経済的にも裕福で幸せになれる可能性があります」
「可能性って言いました?」
「ええ、言いました。ですが、あなたがあなたの意志と知性で普通に過ごしていれば、大丈夫だと思います」
「保証は?」
「保証はないですけど、たぶん大丈夫です」
「たぶんですか……たぶんですか……」
「転生ボーナスで、優れた能力を授けるんで大丈夫ですよ!」
「……どんな?」
「おやっ、興味持ってくれましたか? あちらの世界では優れた容姿、優れた知性、優れた家柄、優れた魔力を持って生まれるように予定していますよ」
「……」
「え、だめですか? かなり優遇してますよ? かなりです」
「記憶はあるの? 今の私の記憶というか精神というか」
「選べます」
「ふうん……」
「大人の経験と知識を持った精神をそのままに、子供になれるっていうのはかなりのアドバンテージだと思いますけどね」
「……もうひと声!」
「なんですか、もうひと声って」
「能力に指定を入れることってできますか?」
「どういうことですか?」
「例えばですけど、自分の欲しい能力をもらえるような」
「具体的には?」
「イベント選択機能とイベントスキップ機能」
「なんですか、それ」
「ゲームによくある機能なんですけどね。選択肢があって、1を選ぶと力が上がって魅力が下がる、2を選ぶとその逆で、3だと両方とも少し上がる、みたいな。結果があらかじめわかるのがイベント選択機能。スキップ機能は、その結果が出る場面まで時間が自動で進行する機能。この説明でわかります?」
「今日いち早口でしたね。熱量を感じました」
神様は少し笑いました。
「つまるところ、それをあなたに与えれば転生してくれる、ということでいいでしょうか」
「いいですねー。いいですよ。いただけるんなら転生しましょう」
~~~
こうして私は、異世界のとある王国の有力な侯爵家の姫として転生することになり、愛し合う優しい両親に祝福されて生まれました。
うん。予定どおりです。
名前はルシア・アルセイド。
みんなにはルーとかシアちゃんとか呼ばれていますよ。
そして約束どおり、私は生まれながらに特別な能力を持っていました。
特殊スキル
【イベント選択&イベント自動スキップ】
【説明】
任意もしくは自動で選択肢が発生し、各選択の結果を事前に確認できます。
選んだ結果の場面まで時間が自動で進み、その間の出来事は記憶に残ります。
なお、見逃したイベントムービーは夢で再視聴可能です。
きちゃーーーーー。
ステータスを見たいと念じたら、ちゃんと画面が出てきて特殊能力がありました!
これはすごい能力だわ。
スキップ機能が任意じゃなくて自動なのがちょっと不便だけど、まあ、よし!
平気っしょ! いけるいける!
そして、始まる新たな人生。
ルシアちゃんスタートです。
とはいうものの、生まれたばかりの頃は、とにかく暇でした。
赤ちゃん、暇すぎます。
なので私は、さっそくこの能力を使い倒すことにしました。
『選択肢来い!』と念じると、目の前にウインドウがにょきっと出ました。
周囲はモノクロになって静止。
選ぶまで世界が止まるらしいです。
凄い能力ですね……。
そして赤ちゃんルシア(0歳)の選択肢はこちらです。
1.運動能力強化 体力+3
2.学力強化 知力+3
3.魔力強化 魔力+3
4.バランス強化(弱) 全能力+1
5.バランス強化(強) 全能力+2 疲労+2
そう、これです。
これが欲しかったんです。
選択肢大好き!
そして当然、5を選択しました。
やりこみ勢ならあたりまえですよね。
えい。
『5を選ぶ』と念じます。
ぴゅん。
一瞬で、その日の夜になっていました。
すごくないですか?
赤ちゃんなのに修行できるうえ、辛さを味わう前に一瞬で夜なんですよ?
スゴイ!
少し疲れてはいるけれど、全然いけます。
このままだと最強の赤子が爆誕しそうです。
おぎゃああああああ!
あっ、興奮して叫んだらメイドさんが来ちゃいました。ごめんなさい。
おしっこ出てませんしお腹も空いてないです。
その後、修行をサクサク行うと、あっという間に幼児時代は過ぎ去り、少女時代となりました。
私はどんどんスキップして進んでいきました。
どんどん、じゃんじゃん、そーれスキップスキップ!
少女時代の家庭教師とのお勉強にもどーん!
【イベント選択】
1.真面目に勉強する 知力+5 教師好感度+5
2.ほどほどに勉強する 知力+2 疲労−1
3.サボる ストレス−3
当然1です。
チョイス&スキップ!
ぴゅん。
その結果。
「ルシア様は本当に聡明なお子様です!」
家庭教師は感動した顔でそう言い、両親も誇らしげです。
勉強した内容はちゃんと記憶にあります。
苦労は一瞬もしていないのに。
……この能力、やっぱり最高です。
なので今日も選択、いつでも選択。ゴーゴー!
少し成長したので、ちょっと進んだお勉強もやっちゃうのですよ。
【イベント選択】
1.剣術訓練 体力+3 家臣好感度+3
2.魔法訓練 魔力+3 教師好感度+3
3.両方やる 全能力+2 疲労+3 家臣教師好感度+5
もちろん3です。
チョイス&スキップ!
ぴゅん。
ぴゅんぴゅんぴゅん。
ぴゅんぴゅんして、気がついたら数年後になっていました。
剣術師範のイケオジと、イケメン魔法教師が揃って褒めてくれます。
「お嬢様は実に真面目で筋もよく、砂が水を吸うように、指導したことを何でも吸収していきますよ」
「侯爵家の誇りですな!」
両親も家臣もみな鼻高々です。
くるしうないぞ。
うふふふふ。
この辺でちょっとヤバいなと思ったのは、スキップしすぎていることです。
異世界に来てからの体感時間は3日くらいなのに、もう10歳になってるんですよ。
そして見ていないイベントムービーがものすごく溜まっています。
10年から3日分差し引いたくらいです。
その甲斐あって、知力・体力・魔力が同年代の子供に比べて隔絶している模様です。
そりゃそうですよね。
こんなに真面目に頑張る子供は普通おらんて。
神童と呼ばれています。
えへへ。
ちなみに、ごくたまに夢の中で、転生の間で会った神様セレネリアが出てきて『スキップをあんまり使いすぎないほうがいいよ』とたしなめてくることがあります。
まあでも、便利なんですよね、これ。
少し弊害があることもわかりました。
経験は記憶にあるのに、体感がないのです。
特に剣術みたいな身体技能は、できる“はず”なのに本当にできるのか怪しい。
試せばいいのですが、面倒で……スキップ。
それと、人の名前がアブないです。
会えば思い出せるのに、会う前はまるで出てきません。
こんなふうにスキップの弊害もあることに気づいたから、あんまり使わないほうがいいかなと思いつつも、やっぱり便利すぎて、ついつい使いすぎちゃうのよねえ。
自重せねば。
……そう思ってはいました。
思ってはいたんですけどお。
でも、成長するにつれて押し寄せてくる勉強イベント、訓練イベント、社交イベント。
うーん。
……。
全部まとめてスキップ!
スキップ!
スキップ!
スキーーップ!!
やばいです。
やってしまっています。
気づいたら14歳まで体感時間5日で到着しちゃいました。
あああああああ、どうしよう。やばあい。
もうスキップやめなきゃ。
やめなきゃ……。
これ以上はいけないわ。
もう、本当にダメよ。
絶対ダメ。
しばらくは絶対に、あんまり選択肢チョイス&スキップ機能を使わないと誓いました。
そうして私は、今までまるで見ていないイベントムービーを夢の中で消化視聴する日々を送ることになってしまいました。
それは結構長い時間をかけることになってしまったため、しばらくの間、少女らしい甘い夢を見ることはありませんでした。
……いや、まー、自分が悪いんですけどね。
~~~
ところで、私は王国でも有名な人物になっていました。
いわく。
「アルセイド侯爵家の完璧令嬢」
いわく。
「美貌、知性、魔力、すべてが最上」
いわく。
「将来は王妃になる器だ」
などというのが、世の評判らしいです。
そう教えてくれたのは、記憶によると大親友の、ヴェルディナ侯爵家令嬢ナディカさんです。
イベントムービーは見てないけど、彼女とはお買い物に行ったり、一緒に旅行に行ったり、とても仲良くしているらしいです。
……らしい、というのがちょっと悲しいですね。
ええ子ですよ。めっちゃええ子です。
それにしてもですが、私が王妃候補ですか?
どうしてそうなったのですかね。
意識して思い出してみると、スキップ機能中は自動行動しているあたくしこと、アルセイド侯爵家のルシアさんは、社交パーティーでは分け隔てなく愛想を振りまいていたらしいです。
もちろん、王家のエミリオ王子にもきちんと挨拶をして、世間話などをそつなくこなしていた模様です。
……ムービーで確認した限りではですが。
こういう時の振る舞いは、選択肢と自キャラ能力値に準じた結果になるのですよね。
鍛え抜かれたルシアちゃんの能力値もすごく高いしねっ!
社交パーティーの選択肢は、常に『社交評判+30』とか『+50』を選んでたからだねっ!
上がりまくってますよ!
王子が私に好意があるって噂があるんですって?
そりゃそうなるかな!
うふふふふふ!
…………はあ。
自業自得だったようですね。
こりゃ、しゃあないですね。
それにしてもスキップは危ないですね……いかんいかん。
~~~
そんなこんなで15歳になってしばらくたった今日は、王都の秋の大舞踏会の日です。
王家主催の選ばれしトップエリート貴族だけが参加するアレですよ。
歴史ある壮麗な王宮の大広間には、いくつもの燭台が明かりをともしており、天井の金細工や壁の大理石をきらきらと照らしています。
床は鏡のように磨き上げられ、優雅な音楽が静かに流れ、色とりどりのドレスと礼服をまとった貴族たちが、あちらこちらで優雅に踊り、談笑しています。
王都でもっとも華やかな夜です。
その中心に私は、アルセイド侯爵家令嬢ルシアとして立っております。
そして今日は、選択肢とスキップを使っていないのです。
いつもですと、好感度とか何か能力が上がる選択肢を選んでスキップしてたんですけど、ちゃんと、意識を保ったまま、この舞踏会に参加しているのです。
だって、もう決めたのです。
これ以上、人生をスキップするのはやめようって。
……いやまあ、完全にやめるかと言われると、ちょっと怪しいですけど。
完全にはやめないと思います。使う時は使いますよ。そりゃ。
でも、少なくとも今日は絶対使わないです。
ちゃんと、自分で体験してみようと思ったのです。
自分の目で見て、自分の足で歩いて、自分の言葉で話して。
ちゃんと、生きてみようって。
それに、今日は、ちょっと気になることもあるのです。
それは噂のエミリオ王子のことです。
王家主催の宴だから当然なんですけど、彼もこの舞踏会にやってきます。
そう考えていたら、ちょうど発見。
彼のことは、遠くからでもすぐにわかりました。
背が高くて、姿勢がよくて、柔らかな金髪です。
灯りを受けて、その髪が淡く輝いています。
顔立ちは整っているけれど、冷たくはなくて、どこか穏やかな雰囲気があって、いわゆる「威圧感のある王族」という感じではありません。
優しそうです。
……彼が、私のこと好きらしいって噂の王子です。
記憶をたどると、挨拶はしています。
何度か、というか何度もしていますね。
雑談もしています。
好きな本の話もしました。流行りの物語の話とか。
お芝居の話もしてますね。あの役者がいいとかなんとかかんとか。
……あれ?
これ、結構、話してますよね?
そんなことを考えていると、ふいに彼と視線が合いました。
すると彼はゆっくりと、そして、まっすぐこちらへ歩いてきました。
うわ。
来た。
来ちゃった。
いや待って。
ちょっと待って。
自動行動ルシアさんは、こういうときどうしてたの?
いでよ選択肢!
カモーン!最善なる答えに我を導けー!
……って。
いかーん!!
選択肢を出して選んだら、自動でスキップしちゃう!
ダメダメ!
今日はスキップ封印中!
今は自分でやるんですよ!
そうこうしているうちに、王子は私の前で立ち止まりました。
「ルシア嬢」
穏やかな声です。
柔らかく、よく通る声です。
そして彼は軽く一礼しました。
「こんばんは」
「こ、こんばんは。エミリオ殿下」
……あ。
私、声がちょっと裏返った気がします。
おかしいですね。
自動行動ルシアさんは、こういうの余裕でこなしてたはずなのに。
王子は微笑み、そして、静かに言いました。
「この広間には多くの宝石が輝いていますが、その中で、ひときわ目を奪う星があるとすれば、それはあなたでしょう」
その視線が、私をまっすぐ捉えます。
うわ。
いきなりそんなこと言うの?
そんなに、さらっと言うの?
え、これ、貴族社会では普通なのですか?
いや普通でも困りますけど。
言われた私の心臓が普通じゃなくなってしまいました。
相手によってはキザで鼻につく臭いセリフかもしれませんけど、いま、彼の言葉を、私の体は喜んでしまっています。
ドキドキします。
王子は少しだけ身を寄せて、声を落として続けました。
「でも、今日は、少し違いますね」
「え?」
「いつもより、表情が柔らかい」
優しい目で、私を見ます。
「いつもは……どこか遠くを見ているようでしたから」
……。
え。
なにそれ。
そんなふうに見えてたんですか?
「今日は」
王子は少しだけ笑いました。
「ちゃんとここにいるみたいだ」
そして、穏やかに言いました。
「私は、その方が好きです」
どくん。
心臓が、大きく跳ねました。
なんですかこれ。
平気でいられないです。
自動行動ルシアさんは、どうしてたのでしょうか?
こんな状況で普通にしてたのですか?
ムービー確認したいです。
じゃあ寝ないと。
寝ないとムービー見れない。
いや。
今はダメです。
寝ちゃダメ。夢を見てる場合じゃないんです。
どうしたらいいの?
どう返事すればいいの?
選択肢を出したい。
選択肢から選びたい。
あっあっ。
どうしよう。
どうしよう。
王子は続けます。
「ルシア嬢」
「は、はい」
「もしよければ」
そう言って、手を差し出しました。
「一曲、踊っていただけますか?」
……。
……。
あれ?
これ。
もしかして。
イベント発生ですか?
頭の中に、見慣れたウインドウが浮かび上がります。
【イベント選択】
1.王子と踊る 王子好感度+20
2.丁寧に断る 社交評価+10
3.他の相手を優先する 自由+3
……。
いや、今回はだめよ。
今回はちゃんと体験するんです。
スキップしないと決めたんです。
選択肢を選んだら、勝手に結果シーンまで飛んでしまうから。
それじゃ意味がないんです。
だから。
私は念じました。
『4.選択しない』
出ろ。
出ろ。
出ろぉ……!
~~~
私は差し出された王子の手を見ました。
大きくて、しっかりした手です。
少しだけ息を吸って。
そして。
その手を取りました。
自分の意志で。
選択肢じゃない。
自動行動じゃない。
自分で選びました。
「喜んで」
そう言うと、王子は嬉しそうに微笑みました。
「ありがとうございます」
そして私たちが歩き出すと、音楽に合わせて周りの紳士淑女たちが静かに場所を開けてくれました。
大広間の中央です。
灯りの下です。
音楽が流れています。
王子が一歩踏み出します。
私も一歩踏み出します。
ダンスには性格が出るというけれど、王子のダンスはとても優しかったです。
私を支えて導いてくれます。
けれど、それだけじゃないんです。
彼は私にも同じことを求めています。
二人で歩幅を合わせます。
二人で形を作ります。
王子と目が合います。
胸がぎゅっと締めつけられます。
苦しいです。
息が詰まりそうです。
彼の笑顔を見るだけで、心臓が暴れます。
……。
ステップ、ステップ。
ターン。
ステップ。
胸の鼓動が早いです。
……。
なんだろう。
これ。
スキップしてない人生って。
こんなにも胸が苦しくて。
こんなにも嬉しくて。
こんなにもドキドキするものだったんですね。
~~~
舞踏会が終わった後も、私はイベント選択&スキップを使わずに過ごしていました。
それは、何度か王子と会う機会がありましたが、その時間を自分で体験したかったからです。
王子と話す時間。
庭を歩く時間。
本の話をする時間。
全部、自分で体験しました。
エミリオ王子は、噂どおり優しい人でした。
王族なのに威張ることもなく、いつも穏やかで、誰にでも礼儀正しいんです。
一緒にいるときは、明るく楽しく接してくれて、私はその時間がとても好きになりました。
でも、実はその時、国の事情は、あまり良くなかったんです。
王家は、はっきり言って貧乏でした。
長い戦争と、貴族同士の争いで国は疲れていて、財政も苦しく、地方では不満も高まっているらしいです。
政情不安。
……うん。
ゲームだったら、完全に難易度ハードの国家です。
何度か会い、それなりの時間を一緒に過ごしたときに、王子は言いました。
「それでも、私はこの国を諦めたくない」
ある日、庭園で二人きりになったときでした。
王子は真っ直ぐ私を見ていました。
「この国にはまだ、守る価値があると思うんです」
その目は、驚くほど真剣でした。
そして、少しだけ照れたように笑って続けました。
「それに、あなたがいるなら。きっとやれる気がする」
……。
ああ、もう。
ずるいなあ。
そんな顔されたら。
そんなこと言われたら。
好きになっちゃうじゃない。
それから一年が経ちました。
その間いろんなことがありました。
傾いた国を何とかしようと、王子は本当に忙しかったんです。
でも、その合間を縫って、何度も会いに来てくれました。
そしてある日。
ついに、その瞬間が来ました。
王宮の庭園です。
夕暮れです。
王子は私の前で片膝をつき、言ってくれました。
「ルシア」
「はい」
「ルシア。この命が尽きるその日まで、あなたを私のただ一人の伴侶として愛し、守ることを誓います。どうか私の妃となってください」
ついに、でした。
嬉しいと思ったら、この時も頭の中に、あの見慣れたウインドウが浮かんできました。
気分を壊しますね……ほんとにデリカシーのないウインドウですよ。
【イベント選択】
1.結婚を受ける:エミリオ王子好感度MAX 国家安定度+20
2.断る:国家安定度-100 エミリオ王子全能力-30%
3.死が二人を分かつまで:エミリオ王子好感度MAX ルシア全能力値+2500
……。
……うん。
2の断るを選んだ場合がひどいね。
あからさますぎます。
だからこれは論外。
そもそも、王子のこと好きですしね。
断りませんよ。
わ、私も愛してるって伝えたいんですけど、はしたないかしら?
普通に考えると1なんでしょうけど。
3は?
3はなに?
死が二人を分かつまでって、結婚式の誓いのあれかしら。
そして……これ、どうなのかしら。
『ルシア全能力値+2500』
……。
スゴすぎない?
今までの能力値の上昇量と桁が違うんですけど。
こんなの、もはや伝説に残る救国の聖女レベルでは?
……。
エミリオは、国を救いたいって頑張ってます。
あきらめないって言ってました。
そんな彼が好きです。
支えたいです。
だったら、私が強くなるのは悪いことじゃないですよね?
……。
うん。
これは欲じゃないです。
愛です。
1は普通です。
3は愛とロマンと超性能です。
ごくり。
3だわ。
3しかないわ。
いけ!
3だああああ!
能力値+2500よ!
かもーーん!
えい。
ぴゅん。
~~~
……。
……あれ?
ここ、どこ?
王宮の玉座の間ですか?
暗い。
今は夜なの?
周りには、最も信頼する侍女のナディカと、最愛の息子だけがいました。
息子?
ん?
あの人はもういない。
いない?
え?
重い空気です。
3人は黒い服を着ています。
……黒?
え?
私も黒いドレスです。
そして、私の横に、少年が立っています。
息子です。んん?
うーん、美少年。
くるくるの巻き毛の金髪、白い肌、くりくりの目に長い睫毛付き。
かわいい。
とてもかわいい。
王子が子供だったらこんな感じかしら。
あーかわいい。
こんな息子いて最高。ん?
んんんん?
「母上」
……ははうえ?
……母上ぇぇっ?!
少年が言いました。
「わたくしが、父上の仇を必ず取ります」
……。
……え?
私は慌てて頭の中のステータス画面を開きました。
【イベントムービー】
・結婚式の花吹雪(未視聴)
・初夜と蜂蜜酒(未視聴)
・蜜月旅行は白砂の海辺(未視聴)
・とろける甘さの新婚生活(未視聴)
・戴冠式(未視聴)
・王子誕生は雪の夜(未視聴)
・陰謀と反乱(未視聴)
・獣人王の咆哮(未視聴)
・王の東征(未視聴)
・海賊船は闇に紛れて(未視聴)
・裏切り(未視聴)
・東で星は堕ちて還らず(未視聴)
・流れ星と二人(未視聴)
・セレネリアの夢と聖女の力(未視聴)(必ず見てねbyセレネリア)
・死が二人を分かつまで(未視聴)
……。
……。
……。
「ちょっと待ってえええええ!!」
私に寄り添っていた親友でもある侍女のナディカが驚きました。
「王妃様? どうなされたのですか?」
「ああああああああ!!?
新婚生活スキップしちゃったああああああ?!
もしかしてやっちゃった?!」
「えっ?」
「子供がいる!?
産んだ覚えがないのに、子供がいるの?!
……え、でも、産んだかも?!
あああああああああああ?」
「お、王妃様?」
「新婚旅行に行ってないよおおおおおおお?
あれ、行ったのかな?!記憶はあるなあ!
行ったわあああああ!行ってましたあああ!
行ってないけど記憶あるよおおおおおんんんんんん」
「ああ、王妃様、おいたわしや……やはり、我慢されていたのですね。ううっ」
「泣かないで母上! ぼくが絶対国を救うからね!」
「あああああああ! 1だったかーーーー!
やっぱ1だったわああああああああああああっ!!
やってもうたかーーーーーああああああ!! おおおんんんんんおんおん」
王妃の晩年まで支え続けた侍女ナディカの手記によれば、王が亡くなった後、ルシアが取り乱したのはこの時だけであったということです。
王国史には後にこう記されます。
偉大なる王妃ルシアは全ての貴婦人の憧れであった。
ルシア王妃は、幼い王子を守り育て、内乱を鎮め、外敵を討ち、獣人を討伐しただけでなく、情に厚い統治を行い、息子である王国中興の祖と言われる名君ギリニア王の治世の礎を作った、王妃の中の王妃と語り継がれる女性である、と。
ただし彼女が「新婚生活をスキップしたこと」をずっと後悔していたことは史書には記されていないのです。
誤字などありましたらご指摘ください。
つたない文章ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
『断捨離OLが異世界に行ったらどうなった?』という短編が、同じ世界の別の時代のお話となっています。
よろしければそちらもご一読ください。




