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ソウカイノイチゾク  作者: 神代 チイ


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第三章:アリステリアの過去

惑星ハウメアの王宮は、氷のように冷たく、静謐(せいひつ)だった。

分厚い次元ガラスの窓からは、永遠に凍てつく南極の海、滄海の青い光が差し込み、宮殿の隅々までを薄い青に染め上げていた。


アリステリア・プリンセス・ハウメアは、この光の中で育った。

彼女の王族としての教育は、愛や感情といった「不確かなもの」を排除し、秩序と使命を絶対とするものだった。

彼女は、王族の血筋が持つ「次元知覚(ディメンション・センス)」の微かな片鱗を受け継いでいたが、それは感情の発露と共に抑制され、理論と理性によって支配されるよう教育されていたため、次元知覚(ディメンション・センス)を育成される事はなかった。


幼い頃のアリステリアは、王宮の奥深くに安置された巨大な記録結晶に触れることが許された。

同時に幼いアリステリアの体内に追跡装置を埋め込むためでもあったのだった。

そして、巨大な記録結晶には、ハウメア王族のすべての歴史と、ヴァルハラとの血なまぐさい政略の記録が刻まれていた。


彼女が最も気になったのは、初代ヴァルハラの皇后の記述だった。

政略結婚の道具として送られ、愛のない生活とヴァルハラ王の冷酷な統治に耐えかね、精神を病んでいったという内容だった。


「王族の愛は、惑星への献身でなければならない。アリステリア、お前の魂は、惑星ハウメアの秩序のために存在するのだ!そして、ヴァルハラの王族に愛など求めてはならぬぞ」

王は、アリステリアにそう言い聞かせた。


彼女の未来は、幼い頃から、ヴァルハラの王子"ゼノン"との婚姻という、冷徹な政略の道筋で定められていた。


アリステリアは、周囲の期待に応えるために、完璧な王女を演じ続けた。

知的に、美しく、そして何よりも感情を持たないように。

しかし、彼女の魂は、この凍てついた王宮で、静かに窒息していた。


「この人生に、私の自由意志は、たった一欠片もないのでしょうか?」


ある日、彼女は王宮の庭園で、雪解け水が流れる小さな池を見つめていた。

その水面は、王宮の冷たい光を反射していたが、その下で、小さな魚たちが自由に泳いでいるのを見た。


「あなたたちは、いいわね。望むままに、泳いで、生きていて……」


その時、一人の護衛官が彼女の背後に立っていた。それが、ウォルター・ハルト・マトゥザックだった。

ウォルターは、アリステリアの主席護衛官だ。

彼は、王族の護衛官としては珍しく、感情を表に出すことを恐れない男で、その瞳は、彼女の周囲を包む凍てついた空気とは違い、暖かく、強い光を宿していた。


「アリステリア殿下。ご気分が優れませんか?」

ウォルターは尋ねた。


アリステリアは、その時、衝動的に、ウォルターに心の内を漏らした。


「……私は、あと1年もすれば、ゼノン王子と結婚します……惑星ハウメアの歴史と秩序を守るための…私の使命。しかし、私の魂は、この使命に縛られて、息苦しいのです……」


ウォルターは、王女の弱音に対し、すぐに叱責するどころか、静かに答えた。


「アリステリア殿下。王族の使命は重い。しかし、命は…殿下の命は、ただの役割を果たすためだけに存在するものではありません。お心が苦しいのであれば、それを押し殺す必要はない」


彼の言葉は、アリステリアの凍てついた心に、初めての温かい火花を散らした。


彼は、彼女を「王族の使命」ではなく、「一人の人間」として見ていた。


それ以来、二人の間には、公務の裏側で、密かな交流が生まれた。

ウォルターは、王宮の厳格な規則を破り、アリステリアに、ハウメアの外の世界の話をした。


──自由とは何か、愛とは何か。


彼が語る世界は、アリステリアが今まで生きてきた、冷たい使命の世界とは、完全にかけ離れたものだった。


ウォルターは、彼女に贈るために、ヤミから貰った、遠い惑星…地球の伝説的な植物の種を密かに持ち込んでいた。


それは、凍てつくハウメアでは決して育たない、太陽を求める花の種だった。


「アリステリア殿下。いつか、この花が咲く、温かい世界へ行きましょう。あなたの魂が、使命ではなく、愛によって自由に呼吸できる世界へ」


アリステリアは知っていた。ゼノンとの結婚は、ハウメアの安全を担保する、絶対的な使命だ。

それを破ることは、国を混乱に陥れ、彼女自身の全てを破滅させる行為に等しい。

彼女は、自分が、この広大な宇宙の滄海そうかいに浮かぶ、取るに足らない一粟いちぞくでしかないことを理解していた。


だが、彼女の心の中で、ウォルターへの愛は、凍てついた王族の使命の重さを上回っていた。


ウォルターという一人の人間の、純粋な愛と、魂の自由への渇望こそが、彼女が王族としての使命を全うせず、すべてを捨てて駆け落ちを選ぶ、最大の理由となったのだ。




──そして、婚約式の前夜。


アリステリアは、ウォルターの手を握り決意をしていたのだった。


彼女は、王宮を後にする前に、王族の記録結晶の奥深く、自らのペンダントの内側に、最後のメッセージを刻み込んだ。


それは、自分自身にもしもの事があった時に、この先に産まれる子どもが自分のルーツを守れるようにと願う、母としての最後の使命だった。


こうして、アリステリアは、愛するウォルターと共に、自由という名の、危険な逃亡の旅に出たのであった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


次回は、水曜日の20:00頃に更新します。

よろしくお願いいたします。

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