第十五章:王族の真実
シャドウ・ポケットの崩壊寸前、ヤミの操縦する小型脱出艇は、カイジが計算し、ヒヨリの次元知覚が確認した、極めて不安定な次元経路を突き進んだ。
彼らが辿り着いたのは、惑星ハウメアの凍てついた大気圏を抜けた、遥か上空に位置する小惑星帯の一角だった。
そこは、ヴァルハラ軍の主たる監視ルートから外れた、静寂に包まれた領域だった。
「成功だ。ヴァルハラの追跡波長は、ここまでは届いていない」
ヤミが安堵の声を漏らした。
眼前には、青白い氷に覆われた巨大な惑星、ハウメアが浮かんでいる。
ウォルターとアリステリアが、禁断の愛と共に逃げ出した、彼らの故郷。
「美しい……」エリスが、思わず息を漏らした。
ヴァルハラの鉄と火の惑星とは対照的な、静謐で威厳に満ちた光景だった。
カイジは、ハウメアの衛星軌道を精密に解析し、ヒヨリに問いかけた。
「ヒヨリ、母さんの温かい光が、最も強く感じる場所はどこだかわかるかい?」
ヒヨリは、窓に張り付くようにハウメアを見つめた。
彼女の瞳は、まるで惑星の地殻の奥深くまで貫くように光を放ち、やがて、彼女はハウメアの南極付近にある、広大で誰も立ち入らないはずの氷原を指さした。
「ここだわ…。ここが、一番温かい……」
「南極の氷原…?師匠、いやエリスでもいい!ハウメアの王族の記録に、南極に何か秘密の施設があるという記録はありますか?」
カイジが尋ねた。
エリスがヴァルハラの軍事機密データベースを基に答えた。
「南極は、ハウメア王族にとって神聖な静寂の地とされています。軍事的な施設は一切ないことになっていますが、ヴァルハラの情報部も、この地の奇妙なエネルギー波動を懸念していました」
「その奇妙なエネルギー波動こそ、母さんが信じた錨!」
カイジは確信した。
彼らは、小型脱出艇を王族の古い識別コードで偽装し、ハウメアの警戒網をくぐり抜けた。
南極の氷原に着陸すると、一面の青白い氷原が広がるばかりだった。
しかし、ヒヨリが着陸地点から数メートル離れた、何の変哲もない巨大な氷の塊に手を伸ばした。
「ここよ……」
ヤミが船のセンサーで解析すると、その氷塊の奥から、極めて複雑な次元振動が発せられていることが判明した。
「信じられん。これは、古代ハウメア文明が次元振動を固定化して作った、次元の扉だ! この技術は、現在のハウメアでも失われているはず……!」
ヤミが驚愕する。
カイジは、アリステリアが残したペンダントの内部に刻まれていた、数行の古語を思い出していた。
『真なる血統、静寂の地に至り、滄海の扉を開く』……母さんの言葉……。
カイジは、ヒヨリに頼み、その氷塊に「次元知覚」の波動を送るよう指示した。
ヒヨリが小さな手を氷塊に触れると、彼女の身体から再び青白い光の粒子が溢れ出し、氷塊全体を包み込んだ。
その光は、アリステリアの血統にのみ反応する、鍵だった。
鈍い機械音と共に、巨大な氷塊が割れ、地下へと続く、金属製の重厚な階段が現れた。
ヤミ、カイジ、そしてエリスに抱かれたヒヨリは、静かにその階段を降りていった。
──地下深く。
そこは、南極の冷たさが嘘のような、温かい光に満たされた空間だった。
彼らの目の前に広がっていたのは、凍てつくハウメアの地底に隠された、古代の巨大なドーム状の施設だった。
そして、そのドームの中心には、ハウメア王族の紋章が刻まれた、巨大な「結晶体」が鎮座していた。
その結晶体は、地球のダイヤモンドとは比較にならないほど複雑な構造をしており、内部では、無数の光の筋が複雑に絡み合い、回転していた。
「これは……ハウメアの伝説にある、滄海の核心だ!」
ヤミが声を震わせた。
エリスも、驚愕の声を上げた。
「ヴァルハラの情報部が追っていた、次元エネルギーの根源……! 伝説は本当だったのね。ハウメア王族は、この結晶体を通じて、全次元のエネルギーを監視・制御していた!」
その結晶体の前で、彼らは、信じられない光景を目にした。
結晶体の横には、古いハウメア王族のローブを纏った、一人の老人が座っていた。
彼は、ウォルターたちがハウメアから脱出した時、アリステリアの判断を最後まで支持していた、ハウメアの長老だった。
長老は、ゆっくりと顔を上げ、ヒヨリを見つめた。
「よくぞ、この地に戻ってきた、アリステリアの娘よ!」
長老は、ヒヨリの瞳を見て、全てを理解していた。
「お前の母親は、王族の血統の力を信じていた。そして、お前の父親は、その力を守るために命を捧げた」
長老は、結晶体を指さした。
「この滄海の核心こそが、ハウメアが持つ、真の秘密。我々は、この結晶体を通じて、この宇宙に存在する全ての生命、全ての次元、全ての時間軸の情報を観測していた。王族の次元知覚の力は、この結晶体と共鳴することで、初めて真の力を発揮する」
そして、長老は、カイジの白銀の髪と、ヒヨリのサファイアの瞳を見つめ、言った。
「お前たちの両親は、自分の命を犠牲にして、お前たちをこの核心に導いた。この結晶体の力を使って、ヴァルハラのシステムそのものを、全次元から消し去る必要がある」
カイジは、その巨大な使命の重さに、息を飲んだ。
彼らが持つべき力は、逃げるためのものではなく、宇宙の秩序を書き換えるためのものだったのだ。
「カイジ、そしてヒヨリ。お前たちが、この宇宙の運命を左右する、最後の希望だ!」
長老の言葉が、地底のドームに厳かに響き渡った。
彼らの逃亡は終わり、今、この「滄海の核心」を巡る、宇宙の命運を賭けた戦いが始まろうとしていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回は、木曜日の20:00頃に更新します。
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