第十四章:次元を彷徨う希望
ウォルターとゼノンが次元の光に消えてから、五年の月日が流れていた。
────五年後
辺境惑星「バニッシュメント」からの辛うじての脱出以来、ヤミ、エリス、カイジ、そしてヒヨリの四人は、ヤミが新たに構築した極小の次元領域、通称「シャドウ・ポケット」の中で、身を潜めていた。
この空間は、いかなる星系にも属さず、物質的な法則すら曖昧な、純粋な次元エネルギーの狭間だった。
カイジは十九歳になっていた。
白銀の髪は肩まで伸び、その知性は、もはやヤミの師を超え、新たな領域に達していた。
彼は、この「シャドウ・ポケット」を安定させるための膨大な計算と、次元間のエネルギー抽出を担う、一家の柱となっていた。
「師匠。ポケットの安定性は、あと三カ月が限界です。次元エネルギーの歪みが、空間の崩壊を示しているので、次のジャンプ座標を決めなければならないですね」
カイジの声は、父ウォルターの冷静さと、強い意志を継いでいた。
彼の顔には、常に疲労の影があったが、その頭脳は、決して揺るがなかった。
「分かっている、カイジ。だが、ゼノンは消えたとはいえ、ヴァルハラの追跡システムが完全に止まったわけじゃない。奴らは、お前たちを、徹底的に抹消しようとするだろう」
ヤミ・クロノス・ヴァイスは、以前よりも痩せ細っていた。
彼の全エネルギーは、この不安定な空間を維持するために費やされており、彼もまた、己の命を削って、この一粟を守り続けていた。
「次の逃亡先は、もう『逃げる』ための場所ではないわ……」
そう言ったのは、ヒヨリだった。
十四歳になったヒヨリは、大人しく無口な少女だったが、その発する言葉は、常に真実の核心を突いていた。
ヒヨリの「次元知覚」は、あの決戦以来、完全に覚醒していた。
彼女は、このシャドウ・ポケットの中でも、常に宇宙の無数の次元の波動、人々の感情の波、そしてヴァルハラの憎悪の念を、視覚情報として受け取っていた。
「ヒヨリ様、何か見えたのですか?」
エリス・ファーストが優しく尋ねる。
エリスは、今や彼らにとって、失われた母や侍女の面影を重ねる、唯一の女性の庇護者だった。
ヒヨリは、透明な壁の向こうに見える、無数の光の筋(次元の経路)の一つを指さした。
「母さんの故郷の、波動。悲しい音だけど、温かい光が見えるわ。あそこが、私たちが行く場所よ……」
ヒヨリが指した座標は、ヤミとカイジの計算では、最も危険な場所の一つ。
それは、ハウメアの衛星軌道に近い、小惑星帯だ。
「ハウメア……ヒヨリ、そこは危険すぎる。ヴァルハラが最も監視を強めている場所だ」
ヤミは難色を示した。
カイジは、すぐにそのヒヨリの言葉の裏にある論理に気づいた。
「違う、師匠。ヒヨリが感じているのは、母さんが残した『温かい光』。父さんとゼノン王子が消滅したことで、ヴァルハラは一時的な混乱期に入っています。今こそ、ハウメアへ向かう絶好の機会」
彼は、さらに続けた。
「ハウメア王族の真の秘力は、ヒヨリの『次元知覚』だとしたら、ヴァルハラは、ヒヨリを追うために、次元探知機を強化しているだろう。だが、ハウメアには、その力を隠蔽し、守護するための古代の技術が残っているはずだ。母さんは、それを知っていた?」
ヤミは、目を見開き、カイジを見つめた。
アリステリアは、逃亡を選んだが、王族として、自らのルーツと、秘められたハウメアの力を熟知していた。
「ソウカイノイチゾクが、滄海に呑み込まれないための、最後の錨……」
ヤミは呟いた。
「そうだ。僕たちは、逃げるのをやめ、故郷へ向かい、この一族の血に宿る力を、解放する」
カイジの瞳に、新たな決意が宿った。
エリスは、ヴァルハラの元技術者として、その計画の危険性を誰よりも理解していたが、同時に、その大胆さに強く惹かれていた。
「私には、ヴァルハラのセキュリティシステムをハッキングする知識があります。ハウメアへ潜入するなら、私の知識が最大限に役立つでしょう。」
ヤミは、カイジとヒヨリ、そしてエリスの顔を交互に見た。
ウォルターという盾を失った今、彼らはもう逃げ惑う弱い一粟ではない。
彼らは、自らの運命を切り拓く、戦う一族へと変貌していた。
「分かった。ハウメアへ向かう。カイジ、ヒヨリの力を最大限に活用し、最も隠蔽された次元経路を探せ。エリス、ハウメアの防御システムの弱点を洗い出せ。俺は、脱出艇の次元ジャンプ出力を最大まで引き上げる」
シャドウ・ポケットの壁が、徐々に崩壊を始めた。カイジは、ヒヨリの手を握り、静かに言った。
「ヒヨリ。僕たちの船は、もうすぐ、母さんの故郷に着く。母さんの残した希望の光を、見つけに行こう」
ヒヨリは、兄を見上げ、穏やかに微笑んだ。
彼女のサファイアの瞳は、故郷の星系が放つ、遠い光を映し出していた。
彼らの逃亡は、今、故郷への帰還という名の、最も危険な旅へと変わった。
滄海の一粟が、再びその海へと漕ぎ出す、運命の瞬間だった。
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