第十章:無人惑星の密議
カイジが再計算した座標は、文字通り「次元の嵐の端」だった。
小型脱出艇と、牽引されたエリスの戦闘機が不時着したのは、無数の次元エネルギーが絡み合い、常に空間が不安定に揺らぐ、ある無人惑星だった。
惑星自体は岩石と氷に覆われ、生命の痕跡はない。だが、その次元の揺らぎこそが、ヴァルハラの追跡技術による予測を困難にしていた。
小型脱出艇から降りたウォルターとヤミ、そしてカイジは、まずエリス・ファーストの戦闘機を隠蔽し、周囲のエネルギー波を解析した。
「ここなら、ヴァルハラに捕捉されるまで、最低でも一週間は稼げる」
ウォルターは、安堵の息を漏らした。
そして、ヤミとエリスと共に、岩の陰に身を潜めた。
「エリス。君の話を、改めて聞かせてもらおう。ゼノン王子が、なぜこれほどまでに、アリステリアとその子どもたちに執着するのか」
エリスは、カーライル公爵からウォルターに渡されたメダルを改めて確認すると、静かに話し始めた。
「…ウォルター様。ゼノン王子にとって、あなた方家族の存在は、単なる逃亡者ではありません。それは、ヴァルハラ王家の歴史的な『弱点』であり、『恥部』です」
彼女は、初代皇后の逃亡と、それがゼノンの教育に与えた影響を詳細に語った。
「ゼノン王子は、初代王の血統至上主義を最も強く受け継いでいる。彼の目的は、あなた方を捕らえることではない。あなた方の愛の結晶であるカイジ様とヒヨリ様を、ヴァルハラ国民の目の前で『血統の汚点』として公開し、王家の権威を絶対的なものにすることです」
ウォルターの顔が、怒りで歪んだ。
愛するアリステリアが命を懸けて守り抜いた子どもたちを、見せしめの道具にするなど、断じて許せるはずがない。
「ゼノン王子は、あなた方を追跡するために、ヴァルハラ王家が数十世紀にわたって開発してきた、すべての情報解析技術を投入しています。私の知る限り、彼らは、あなた方が次に逃げる場所を、必ず予測するシステムを持っています。あなたが逃げる限り、彼らは追ってくる。そして、次の逃亡先は、必ずゼノン王子の罠となるでしょう…」
エリスの言葉は、ウォルターの胸に重くのしかかった。
彼らがこれまでしてきた「逃亡」は、すべてゼノンの手のひらの上で踊らされていたに過ぎない。
シーナの命と引き換えに得たはずの安息も、一瞬の幻影だった。
──その夜。
無人惑星の岩陰で、ウォルター、ヤミ、カイジの三人は、炎を囲んで密かに話し合いを始めた。
ヒヨリは、ヤミが用意した携帯式の簡易ベッドで、静かに眠っている。
エリスは、眠っているヒヨリの傍に控えていた。
「ヤミ。エリスの話は、正しい。逃げれば逃げるほど、奴らの罠にはまる。カイジの次の座標も、きっと奴らに予測されるだろう…」
ウォルターは、静かに言った。
「ああ、ウォルター。俺の技術をもってしても、ゼノンの解析システムを上回るのは難しい。奴らの追跡は、次元の壁をも透過する。俺たちには、もう逃げ場がないかもしれないな…」
ヤミは、天を仰いだ。
カイジは、黙って二人の話を聞いていたが、突然、口を開いた。彼の白銀の髪は、炎の光を浴びて、決意の光を放っていた。
「父さん、師匠。逃亡は、もう終わりにするべきです」
ウォルターとヤミは、驚いてカイジを見つめた。
「俺は、ヒヨリの力が、なぜあの時、『ゼノン』と感知したのかを考えていました。師匠が、必死で次元を隠蔽しても、ヒヨリの力は、ゼノンの悪意の波長を追いかけている。それはつまり、ヒヨリの力を完全に封じるか、あるいは……」
カイジは、強く膝を叩いた。
「ヒヨリの力を使って、ゼノンの波動を追跡し、奴らの追跡システムを逆手に取るしかないです」
ヤミが目を見開いた。
「逆手に取るだと? カイジ、それはあまりに危険だ!」
「危険を承知の上の提案です。このまま逃げ続けて、ヒヨリの力が覚醒した瞬間、奴らに捕まる方が、よほど危険だと思います。俺たちは、ゼノンの予測を裏切るのではない。俺たちは、ゼノンの本拠地へ、向かうべきです!」
ウォルターは、驚愕したが、カイジの瞳に宿る、亡きアリステリアの強い意志と、自分の護衛官としての決意と同じ光を見た。
「ヴァルハラへ向かうのか、カイジ……?」
ウォルターが問うた。
「ヴァルハラではありません。ゼノンの本拠地は、ヴァルハラ王家の血統の歴史的な『恥』を隔離し、追放した、初代王が定めた辺境の惑星。エリスの話から判断して、ゼノンは、俺たちを、そこに連行し、公開処刑の舞台にするつもりでしょう。その辺境惑星こそが、ゼノンの支配の核心であり、同時に、追跡システムから最も遠い盲点となるのではないかと思います」
カイジは、確信を持って断言した。
「逃げるのをやめよう。父さん、師匠。俺たちは、戦う。ゼノンの本拠地で、奴らの追跡システムを無力化し、ヒヨリの力を、この一族の解放のために使う。それが、母さんと、シーナの犠牲に報いる、唯一の道だ」
ウォルターは、静かに立ち上がり、炎の向こうの、カイジの顔を見つめた。護衛官として、アリステリアの血統をヴァルハラに渡すことは、彼の魂が許さない。
「分かった、カイジ。逃亡の旅は、今日で終わりだ」
ウォルターは、ヤミとカイジに強く頷き、結論を断言した。
「私たちは、ゼノンの本拠地へ向かう。そして、この滄海の一粟の運命を、この手で決着をつける」
ヤミは、その決意を受け止め、エリスを振り返った。
エリスは、全てを聞いた上で、静かにウォルターたちに頭を下げていた。
彼らの逃亡の旅は、今、ヴァルハラの核心へと向かう、反攻の旅へと、その性質を変えたのであった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回は、水曜日の20:00頃に更新します。
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