表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/30

第8話:ぶっ壊すべきは、どこですか?

「……ここが、その村?」


 私は立ち止まり、前方を見つめた。


 瓦屋根と木造の家々が連なる、小さな集落。けれど、人の気配が感じられない。

 まるで、時間が止まってしまったかのような空気。


「そうだ。ここは、元は普通の人間の村だったんだ。でも、王国が“魔族の血が混じってる”なんて言いがかりをつけて、援助を止めた。そのせいで食糧は尽き、病気は蔓延して……この有様さ。」


 ラグナの言葉を聞きながら、私は村の奥へ歩を進める。


 子どもも大人も、痩せ細って、ボロ布のような服をまとい、影のように暮らしていた。


「っ……」


 見るだけで、胸が痛くなる。


 あのとき、自分が“神殿で使い潰されていた”ことなんて、比べ物にならないほどの地獄。


「水も薬も、王国からは一切届いていない。民の多くは、もう王に絶望している。だが、それでも生きているんだ」


 ラグナの声が、どこか悔しげだった。



 ***



「お姉ちゃん……魔族、じゃないの?」


 震える声で問うてきたのは、まだ小さな女の子。


 見るからに栄養失調で、頬がこけ、指は細い枝のようにか細い。


 私は、ひざをついて目線を合わせる。


「違うよ。私は……うーん、なんていうか、“なんでも癒す人”?」


「なんでも……?」


「うん。人でも、魔族でも、元気な子でも、弱った子でも。癒すのに、理由はいらないよ」


 そっと、彼女の額に手を当てた。


 光が、やさしく灯る。

 熱がすっと引いて、少女の表情が少しやわらいだ。


 その瞬間――村のあちこちで、ざわめきが広がった。


「……聖女様だ……!」


「光の癒しだ……!」


「神殿のとは、違う……!」


 住人たちが、ひとり、またひとりと顔を出してくる。

 その誰もが、怯えと期待を入り混ぜた目で、私を見ていた。


「聖女が……俺たちのところに来てくれた……!」


「神に見捨てられたと思っていたのに……!」


 違う。


 見捨てたのは、神じゃない。


 王国だ。

 神の名を語って、都合よく“癒す相手”を選んできたやつらだ。


「ねえ、ひなた」


 ラグナが私の隣に立ち、問いかける。


「お前は、癒すべき相手を、何で選ぶ?」


 私は拳を握った。


「“傷ついてるかどうか”だけだよ」


「では、“ぶっ壊すべき相手”は?」


「……苦しむ人を無視してるやつら。搾取してるやつら。見て見ぬふりしてるやつら」



 私は立ち上がる。


 拳を、天に向かって突き出すように掲げた。


「ぶっ壊すべきは、制度! 構造! そのてっぺんにいるクソどもだよ!」



 村の空気が変わった。


「聖女様……!」


「俺たちも、戦っていいのか……?」


「もちろん。癒して、立ち上がって、ぶっ壊していい!」


 私は微笑む。


「だってそれが、“生きる”ってことだから」



 ***



 その夜。

 村の広場には、小さな焚き火がともっていた。


 宴と呼ぶには、あまりにも静かで、質素なものだった。

 でも、子どもたちは火の周りで小さな歌を口ずさみ、大人たちは久しぶりに“顔を上げて”話をしていた。


「……こんなの、宴なんかじゃないけどね」


 焚き火を見つめていた年若い母親が、照れくさそうに笑った。


「でも、聖女様が来てくれて、初めて“明日”の話ができたから……それだけで、今日は特別なんですよ」


 配られたのは、ほんの少しの干し肉と、じゃがいもを煮た塩スープ。

 それだけでも、ここではごちそうだった。


「なあ、聖女様。ひとつだけ、聞いていいかね」


 老いた村長が、私の隣に腰を下ろした。


「……お前さんは、王国を敵に回す覚悟があるのか?」


 私は、夜空を見上げた。


「うん。もう敵に回っちゃってるから」


「……はっはっは。そうか、そうか!」


 二人して笑う。


 その笑いは、ほんの少しだけ、あたたかかった。


 もしこれで王国が動き出すっていうなら――こっちも動いてやる。


 私はもう、神殿に縛られた聖女じゃない。


 拳で制度をぶっ壊して、

 癒しで世界を作り直す。


 これはその、はじまりの日だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ