第7話:王国、大パニックです
アストレア王国・王城会議室。
重厚な扉が閉ざされると、部屋の中にただならぬ緊張が走った。
集まっていたのは、王、側近の神官たち、そして軍上層部。
「――報告を繰り返します」
一人の兵士が、顔を青くしながら報告を始めた。
「“聖女”天川ひなたは、前線で魔獣を拳一つで粉砕し、その後神官マール殿を殴打。砦を離脱し、現在――消息不明です」
「……なんだと?」
国王が、思わず椅子から立ち上がる。
「聖女が、魔獣を……拳で……?」
「は、はい。目撃者多数。……“ぶん殴る聖女”として、兵士たちの間で恐怖と崇拝の対象になりつつあります」
「冗談ではない! 聖女は我が国の庇護のもとで管理されているはずだ! なぜそのような……!」
「それが……問題は、そこだけではありません」
兵士がためらいがちに差し出した書簡。
「魔王城より密偵からの報告――“聖女、魔王ラグナ=ネビュラと接触”」
「…………は?」
空気が、凍った。
「はっ、反逆者だ……!」
「聖女が、魔王と共謀……?」
「すぐに討伐令を出すべきです! このままでは国家の威信が!」
会議室の中が騒然とする中、国王は震える声で呟いた。
「……奴が、魔王と手を組んだとすれば。我が国に向けられる力は、もはや“癒し”ではなく、“破壊”だ……!」
「陛下、“第二聖女候補”の召喚を急ぎましょう!」
神官のひとりが進み出て、神殿で準備中の“予備召喚”計画を持ち出した。
「すでに新たな触媒は用意しております。今度はもっと従順な者を……魔法陣の用意しろ!」
「――準備完了です! 今すぐに召喚を……!」
パァン!
魔法陣が弾けるようにして崩れた。
「な、何が……!?」
「召喚、失敗……!? なぜだ!? 確かに手順は……!」
次の瞬間、空間に神々しい声が響いた。
『――選ばれし者は、既にひとり。
その魂に、代わる存在なし。』
神の声だった。
神殿に仕える者たちが膝を折る中、国王は顔面蒼白になった。
「……神すら、ひなたを“正当な聖女”として認めているというのか……!?」
「……だが、それなら……それならば……!」
神官たちは、震えた声で言う。
「国が正しくあらねば……聖女に、見放される……!」
「聖女に敵認定されたら、我々は……滅ぼされる!!」
***
同時刻、神殿の一室。
意識を取り戻した神官マールが、白目を剥いたまま呻いた。
「う……うぅ……拳が……拳が……腹に……っ」
彼の呻きに、周囲の神官たちは恐怖を共有する。
「……やはり、封印するしかない」
「聖女を?」
「そうだ。“暴走聖女”というレッテルを貼り、世界から隔離する」
「もしそれすら拒むようなら――」
「……最終手段に移行するしかないな」
***
一方そのころ。
魔王城の医療塔。
私は、包帯を巻き直していた。
「はい、これで大丈夫。ちゃんと消毒はしてあるよ」
「ありがとう、聖女様!」
子どもたちの声に、私は微笑んだ。
でも、その心の奥では――
薄く、遠く、誰かの“焦り”が伝わってきていた。
王国が、動き始めている。
次に向こうが何を仕掛けてくるか――それはまだわからない。
でも、ひとつだけ、確かなことがある。
「来るなら来い。次は、“癒す拳”じゃ済まないからね」
私は、拳を静かに握った。
もう二度と、“壊される側”には戻らない。