第23話:偽りの神、復活す(中編)
空が――狂っていた。
それは、天からの祝福でも、神の加護でもなかった。
王都の上空に漂うのは、信仰を装った“呪いの光”。それを見上げる民たちの目は酔ったように揺れている。歓喜ではない。安心でもない。ただ、“期待”に満ちていた。
「これが……“神のご降臨”……?」
「これで救われるんだ……私たちも、また……」
そう口にする人々の顔は、まるで壊れた人形のようだった。
「まずいわね。あの光、民の精神を侵してる」
ゆうりが険しい表情で呟いた。
「洗脳に近い。おそらく、“癒し”のイメージと繋げて誘導してるわ」
私は拳を握った。
“偽神”の力……いや、正確には、“信仰を利用した魔術的儀式”か。なら、その中心にいるのは――
「……あのクソ神官共の仕業ね」
***
「さあさあ、民よ! 神の御声を聞くがよい!」
広場の神殿前――そこに立っていたのは、忘れもしないあの顔。
そう、“あの男”だ。
「マール神官……!」
私の眉間がぎゅっと寄る。
かつて、私を“癒しの道具”として管理し、搾取し尽くしたあの神官。
私に殴られた後に処分されたと聞いていたが……
その口元は笑っていた。ねちっこく、嫌らしく、そして――確信に満ちて。
「民よ! あなた方の祈りは、ついに届いたのです! 新たな“神”が、王都に舞い降りました!」
マール神官の後ろには、神殿の信者らしき者たちがずらりと並んでいた。瞳は虚ろで、信仰という名の熱に呑まれている。
「これより、神の御業をお見せしましょう! 光あれ――!」
マール神官が叫ぶと、広場の空に浮かぶ光が、より強く脈打った。
そして、ひとりの少女が連れ出される。
――エリス。
「……っ!」
あの子の姿を見た瞬間、頭が真っ白になった。
なぜ。あの子は、安全な場所にいたはず――
だが、マール神官はにやりと笑った。
「皆さま、この子こそが神の使い、“聖なる器”なのです!」
そう言い放ち、光の柱の中へとエリスを押し込む。
「お姉ちゃ……!」
エリスが私を見て、手を伸ばす。
「やめろおおおおおおおお!!」
私は全力で駆け出した。制止の声なんか聞こえない。周囲の人混みも、神官たちの結界も、全部すり抜ける。
手を伸ばす。間に合え――
――だがしかし
間に合わなかった。
目の前で、エリスの体が光に包まれ、消えた。
「エリスっ……!!」
「……残念でしたね、聖女様」
憎々しげに笑うマール神官が、私に向かって手を振る。
「これより、偽りの“あなた”に代わり、“真の神”がこの国を導きます!」
「ふざけるな……っ!」
私は立ち上がり、叫んだ。
「子どもを“道具”にするな……ッ! そんな“信仰”は、ぶっ壊してやる!」
神殿の結界が広場を覆う。
信者たちは狂気のような声で唱和する。
光は、空から“形”を持ち始める。人のようで、人ではない。神のようで、神ではない――
「偽神が……降りてくる!」
ゆうりが叫ぶ。
「時間がない! ひなた!」
「わかってる!」
私は、腰を落とす。
癒しの魔力を、拳に込める。
この力は、本来“誰かを救う”ためのものだ。
でも、今だけは――
「救いたいから、私はぶん殴るんだよ……!」
空を仰ぎ、拳を握る。
「“偽りの神”なんかに、あの子は渡さない!!」




