第21話:癒しと拳で築く、新たな秩序
夜の王都広場。
人々が集まるその中心に、小さな少女が立っていた。
年の頃は十歳にも満たない。繊細そうな銀髪が揺れ、真っ白な衣を纏ったその姿は――
“かつての聖女像”を、完璧に再現していた。
「神は、再び語りかけました。世界は乱れ、正しき心を忘れていると……」
少女の背後に立つのは、見覚えのある神官たち。
聖女制度の恩恵にあずかり、民の祈りを私腹に変えていた、あの腐った面々だ。
その目が、笑っている。
“操っている”自覚がある笑いだ。
「……ほんとに、どこまで腐ってんの」
私は広場の端から、ゆっくりと歩き出す。
人々が道をあけていく。かつては“聖女様”と呼ばれ、今は“ぶん殴る救世主”と噂される女が、拳を握りしめてやって来るのだから。
「お初にお目にかかります、“新しい聖女様”」
壇上の少女に、私は声をかける。
その顔は、一瞬だけ怯えた。
だが、すぐに神官の一人が背後から肩を押す。
「恐れることはありません。この者はすでに神の加護を失った異端者です。あなたこそ、真の聖女なのですから――」
「うるせぇよ」
バキィン!
返事代わりに放った拳が、神官の顔面を捉えた。
ど派手に吹っ飛び、壇上の聖書が舞う。
「痛い? 痛いよね? でもさ、あんたらが子どもに言葉を詰め込んで、神の名を使って扇動して、それでどれだけ多くの人間が傷ついたか、分かってんの!?」
「お……おまえ、何を……!」
「私は“異端者”? そうだよ。だったらその異端の名にかけて、全員ぶっ飛ばす!」
神官たちが慌てて呪符を取り出す。
「今だ! 封印術式発動!」
「神の名のもとに、力を鎮め――!」
「はい、ストップ」
私は手に込めた癒しの力を一気に放出。
術式の構成を無理やり逆流させて――
ズドンッ!
神官ごと、空に吹き飛ばした。
「……あのね、回復魔法って、攻撃にも転用できるんだよ。力の本質は“修復”じゃなくて、“干渉”だから」
あっけに取られる民衆の前で、私は少女の前にひざをついた。
「怖かったよね。無理に言わされたよね。ごめんね。ちゃんと“大人”が止めてあげられなくて」
少女が震える唇で、かすかにうなずいた。
私はその小さな肩を抱き寄せ、癒しの光で満たす。
「もう、“神の言葉”なんて借りなくていい。自分の声で、自分の意思で、生きていいんだよ」
***
事件から一日。
私は少女――“エリス”を庇護することに決めた。
彼女の身元を調べた結果、孤児院育ちで、神殿の出資者に引き取られていたことが判明。
「利用するには、ちょうどいい血統だったんだろうな……」
ラグナが呆れたように言う。
「ほんっと最低なやつら……」
ゆうりは珍しく机を叩いた。彼女もこの件では完全に同じ気持ちらしい。
「……でも、よかったよ。ひなたがあの子を抱きしめたとき、民衆の目が一気に変わったの、分かった?」
「うん。あの瞬間、みんな“信じた”んだよ。“この人は、本当に癒してくれる”って」
それは私が望んでいたことだ。
拳で殴るだけじゃない。癒しで未来を変える。
「よし、今のうちに行政ルートを広げるよ。元神官の資源回収と、癒しの訓練士の配置、新しい“聖女制度”の設計もやっておきたい」
「え、仕事しすぎじゃない?」
「だって私は、“聖女”だから」
……いや、ちょっと違うか。
「いや。“ぶん殴る聖女だから”」
癒して、殴って、未来を変える。
そのためなら、何度でも立ち上がってやるよ。
***
夜。
エリスが、私の隣でそっと言った。
「ひなた様……わたし、本当に……生きてて、いいの?」
「もちろん」
私は彼女の頭をなでながら、空を見上げた。
あの空の向こうにも、まだ癒せていない誰かがいる気がする。
なら――
次はそこを、ぶん殴りに行こうか。




