第20話:聖女、暫定改革指導者となる
「……じゃあ、これで正式に“改革代表”ってこと?」
王宮、謁見の間。
私は玉座の前で、両腕を組んだままふてぶてしく王を睨んでいた。
民衆の前で神殿を叩き潰してから、三日。
街の空気は一変していた。
神殿の権威は地に落ち、逆に“ぶん殴る聖女”への期待が、嵐のように広がっている。
そして王――レオニス三世は、その風を見逃さなかった。
「……あくまで、暫定的な措置である。王家の威信を損なわぬ範囲で、王都改革の一部を任せよう。貴様の力と行動が、今や王都を動かしているのも事実だからな」
「へえ、正直だね。あんた、民衆が怖くなった?」
私の皮肉に、王は目を細めるだけだった。
そう――彼はしたたかだ。私を処刑することもできた。
だが、“民意”という爆弾を、いま最も上手く使える駒として私を選んだ。そういう男だ。
「構わないよ。どうせ、てっぺんから変える気なんてないんでしょ? じゃあ、私は下からひっくり返すから」
宣言と同時に、私はくるりと踵を返し、謁見の間をあとにした。
***
「“聖女行政局”? 本気か、ひなた?」
「マジだよ、ラグナ。まずは“名前”から変えるの。神殿じゃない、新しい力の象徴。それが必要なの」
その日の夕方。
私は早速、王宮の一室に仮設の指令所を立ち上げた。
集めたのは――
・スラム出身の青年医師
・元神官で異端扱いされた癒し手
・差別を受けていた魔族の学者
・農村から連れてきた肝っ玉母ちゃん
誰一人、既存の上層部とは関係ない“現場のプロ”。
「癒しは、上から命令されてやるもんじゃない。現場で必要なことを、現場で決める。まずは、医療支援の再配分、衛生環境の整備、食糧ルートの見直し、魔族村との交易――全部、“人を見る”ところから始めよう」
私はホワイトボードに、力強く書き込んだ。
【誰かを癒せる仕組みは、“誰かを癒さない仕組み”でもある】
ゆうりが、黙って私の背後に立っていた。
「……あんた、やっぱ変わったよ」
「いいほう? 悪いほう?」
「うーん、悪い意味では……強くなった。すごく、怖いくらいに」
「そっか」
でも、それでいい。
私は、怖がられてもいい。
それでも、“痛み”に目を背けない人間になりたいと思ったから。
***
「大変です! 北門の方角で騒動が――!」
報告に飛び込んできたのは、癒し手の青年だった。
「またか……?」
「いえ、今回は……元神殿の神官たちが、“新しい神託”を掲げて民衆を集めているようです」
私とゆうりは目を合わせた。
「新しい……?」
「ええ。『神の意志は、聖女ではなく“新たなる使徒”に託された』と。しかもその使徒ってのが――」
「まさか、“子ども”とか言い出してないよね……?」
「……言ってます」
「うっわ、最悪のパターンじゃん」
神殿の残党が仕掛けてきた、“第二の聖女神話”。
新たな混乱の火種が、また王都に放たれようとしていた。
***
夜――
私は、小さな子どもが神の名を語らされる広場を見下ろしていた。
彼女は確かに、光を出していた。
だがその顔には、“意思”がなかった。
――操られてる。
「……まだ、こんなことしてるのか。おぞましいな」
ラグナが吐き捨てる。
「神の名を騙って、また子どもを聖女に仕立て上げるつもりなの!?」
ゆうりが静かに剣を抜いた。
「ひなた。止める?」
「もちろん。“聖女”の名前を、これ以上、汚させるわけにはいかない」
私は、広場へと歩き出した。
拳を握りながら、強く、強く、心に誓う。
――この拳は、“次の犠牲者”を生まないためのもの。
――この癒しは、“声なき痛み”を見逃さないためのもの。
新たな敵が現れるなら、殴って正す。
それが私の、“ぶん殴る聖女”としての――
改革第一章だ。




