第19話:聖女、国を殴る(後編)
私の叫びは、王都の空気を震わせた。
一瞬の静寂。
誰もが言葉を失ったまま、拳を突き上げた私を見ている。
神官たちの顔が引きつり、護衛の騎士に命じて剣を抜かせた。
だが――私は動かない。
「癒すだけが聖女じゃない。拳で“癒す道”を切り拓くのも、聖女の仕事だよ!」
私の隣で、ラグナが剣を抜く。
そして、もう一人――
勇者・神崎ゆうりが、無言で前に出た。
「……中立の立場って言ってなかったっけ?」
「うるさい。あんたが“真正面から本気”で怒ってるの見てたら、こっちも燃えてきたのよ」
「……そっか、ありがと」
そして、敵陣――神殿の壇上。
「愚か者が……!」
一人の神官が、青白い顔で叫んだ。
「我らは神の代理人! その我らに歯向かうなど、天に唾するに等しいぞ!」
「いや、唾はあんたらが地に向かってずっと吐いてきたんでしょ?」
私はそのまま壇上に向かって、堂々と歩き出した。
「“神の言葉”ってのは、そんなに都合よく誰かを見捨てるためにあるの?」
私の足音が響くたび、神官たちの顔が強張る。
「“この子は救うけど、あの子は魔族だから見捨てます”って、そんな神の言葉、私は知らない」
「黙れ! 貴様は神の声を聞いたことなど……!」
「あるよ」
私は言い切った。
「“癒してくれてありがとう”って声。何百回も聞いた。“生きてていいのかな”って泣いた声。そっちのほうが、よっぽど“神の声”っぽいよね」
神官の口が、わなわなと震えた。
そして――
「貴様ぁぁあああ!!!」
怒鳴り声とともに、ひとりの神官が魔法を構えた。
癒し系じゃない。攻撃術式だ。聖女と見なさなくなった私に、容赦はないというわけか。
でもね。
「遅いよ!」
その詠唱が完成するより早く、私は足元から飛び上がった。
軽やかに宙を舞い――
「私に殴られるなんて、ついてないね」
そして、拳を叩き込んだ。
ドガァッ!!
神官の身体が空中を舞い、壇上の奥に吹っ飛んでいく。
ざわめきが、悲鳴に変わり、やがて歓声に変わった。
「せ、聖女様が……!」
「ぶん殴った……!」
「神官を……ぶん殴ったぞ!!!」
「やれえええええ!!!」
広場が、沸いた。
神殿が揺れた。
その場にいたすべての者が、“聖女”という存在に対する認識を更新した瞬間だった。
そして――神官団が、一斉に動き出す。
「捕らえろ! この異端を――!」
「逆賊めが……!」
「神殿に仇なすものには、神罰を!」
だが、それに応じたのは、もはや神官団だけではなかった。
「やめろ! この人は俺たちを救ってくれたんだ!」
「黙ってろ! 貴様らも処罰対象だ!」
群衆のなかから、数人の若者が盾を構え、前に立つ。
そこへラグナが滑り込み、その剣が神官の杖を叩き折る。
さらに――
「通るよ」
ゆうりの斬撃が神官団の中心を貫いた。
「この国には、“誰の声”が必要なのか、今ここで見せてもらう!」
剣と拳と癒しが、広場を覆い尽くしていく。
暴力ではない。破壊ではない。
これは――“再生”だ。
傷つけた制度を、否定する力だ。
苦しむ者を見捨てる社会に、「NO」と言う拳だ。
***
神官団は、散った。
癒されず、支持もされず、言葉だけを武器にしてきた彼らに、もう力はなかった。
私は壇上に立ち、振り返る。
民の目が、私を見ている。
勇者・神崎ゆうりが、隣に立った。
そして、静かに言う。
「“聖女”って、本来こういう存在だったのかもしれないね」
「そうだといいけどね。とりあえず、今日からは“ぶん殴る聖女”ってことで、よろしく」
私はそう言って、右手を掲げた。
拳を、天へと突き上げる。
「さあ、次は――国そのものだ!」
神殿を超えた先にある“支配の根源”。
王国の構造そのものへ、鉄拳が向かう――!




