第18話:聖女、国を殴る(前編)
「王都を、回ってくれ」
王宮を出る際、あの王が言った言葉を、今でも覚えている。
「貴殿が民の支持を得られるなら、この国の構造そのものを見直そう」
「得られなければ、反逆者として処罰する。それだけのことだ」
……はいはい、圧はもう十分感じてますよ、陛下。
でも、今さら“引き返す”なんて選択肢はない。
癒して、見て、聞いて――そして、ぶっ壊す。
その覚悟だけは、拳と一緒に持ってきてるんで。
***
王都を歩くと、民の目がこっちを見てくる。
ただの噂じゃない。昨日の問答が、想像以上に波紋を広げていた。
あの場で私は、王国の騎士を拳でねじ伏せた。
でも、それは破壊じゃなかった。
“痛みを知ってる奴が、一発ぶち込んだ”だけだった。
その意味を、民は少しずつ理解しはじめている。
「……あれが、聖女様……?」
「なんか、噂とは全然違う……めっちゃ強そう……」
「でもあの子、あの貧民街の子を治したって……」
「病気の子ども、立ち上がって歩いたって……」
ひとつ、またひとつと、希望が生まれていくのを感じた。
ラグナが言った。
「この空気……神殿、焦っているな。情報操作が効かなくなってきている」
「だろうね。噂は伝染する。しかも、“癒された”って体験談は嘘じゃないから、どんどん広がるね」
癒しの力は、見た目以上に“連鎖する”。
たったひとりの子が笑えば、隣の誰かが救われる。
そして今、私は――
「その連鎖を“王都中”にばらまくって決めたの」
***
《東門前スラム地区》
王都の中でも、神殿の支援が一切届かない場所。
“魔族の血が混じっている”という曖昧な噂で切り捨てられた人たちの吹き溜まり。
だが、ここにこそ――
「お姉ちゃんだ! 光の人だ!」
「ひなた様! また来てくれた!」
私は、彼らの中心に立ち、光を放つ。
病を癒し、怪我を治し、明日への希望を灯す。
けれど。
この光は、ただの癒しじゃない。
「みんな、聞いて」
「私はね、この国の“仕組み”を変えたいの」
「差別する制度。選ばれた人しか救わない神。そういう“構造そのもの”をぶっ壊して、みんなが“明日を選べる世界”にしたいの」
人々は、黙って私を見つめていた。
そして――
「じゃあ……じゃあ、俺たちも立っていいんですか?」
「“生きてていい”って、言ってくれるんですか?」
「当たり前でしょ! 生きて! 立って! 叫んで! あんたたちの“生きてるって証拠”を、世界にぶつけてやって!」
火がついた。
もう誰も、目を伏せてなんかいない。
***
神殿は、黙っていなかった。
三日後、王都中心の掲示板に、通達が出された。
【通達】
異端の聖女を騙る者が王都で扇動行為を行っている。
当人は聖女としての資格を剥奪された者であり、王国の秩序を乱す反逆者である。
民は関わることを禁ず。従わぬ者は、神の裁きに処す。
「……きたな」
「神殿の“最後通告”か」
ゆうりが、隣でぼそっと言った。
「だが、こういうものはもう“火に油”を注ぐだけだ」
ラグナは呆れたようにため息を吐く。
「ねえ、ひなた」
ゆうりが静かに問いかけてくる。
「これから、もっと大きな“何か”が起きる気がする。もし国を変えたら、その後、どうするつもり?」
私は空を見上げた。
「癒すよ。まだ痛んでる場所があるなら、どこまでも行って癒す。そして、腐った制度が残ってるなら――」
私は一瞬、目を凝らす。
そこには何の光もなかったけれど、私はその先に、まだ見ぬ“痛み”を思い浮かべていた。
誰かが泣いている声が聞こえる気がした。
どこかで助けを求める手が、誰にも届かず震えている気がした。
そんな世界を見過ごすのは、もうたくさんだ。
「――また、ぶん殴るよ」
***
夜明け。
王都の中央広場。
神殿直属の神官団が壇上に立ち、民衆を前に糾弾を始める。
「聖女・天川ひなたは、“神の加護”を持たない者である!」
「彼女の癒しは偽物! その力は魔族との共謀によって――」
「うるせぇええええええ!!」
私の声が、それを遮った。
「嘘を並べてる暇があったら、“目の前の痛み”を見てみろよ!」
私は広場をぐるりと見渡し、民の顔を一人ひとり、しっかりと見つめた。
「私は今日ここで、正式に宣言します!」
【神殿の支配を、終わらせる!!】
拳を掲げると、民衆がどよめいた。
「“癒す”って、光だけじゃない! 言葉でも、行動でも、声でも、拳でも、できるんだよ!」
私は神官たちを真っ直ぐに睨み据え、拳をぐっと突き出した。
「だから私は――あんたたちを、ぶん殴る!!」
その瞬間、神官たちの顔が引きつる。
数人が慌てて剣を抜き、周囲が緊張に包まれた。
けれど私は、一歩も退かない。
広場を満たす視線を真正面から受け止めながら、大きく息を吸い込んで叫んだ。
「聖女なめんじゃねぇ!!!」




