第16話:公開問答、癒しの拳 vs 正義の剣
――公開問答。
それは、王国において“真なる正義”を問うための、古くから伝わる裁定方法だった。
双方がそれぞれの「正義」を掲げ、言葉と武で語り合う。
決着は、戦いの勝敗だけではなく、
「その行動がいかに人々を納得させるか」
という“説得力”も大きな判断基準とされる。
一種の儀式裁判であり、公開されることで民意にも委ねられる――それが《公開問答》だった。
かつて王国の分裂危機をも和解に導いたとされるが……
「うーわ……そんな大事になってたんだ、これ……」
私は控え室の椅子に座りながら、額を押さえる。
「いや、ラグナから“殴り合いのショー”って聞いてたから、てっきり見世物系だと……」
「言ったはずだ。“派手にやるなら、最初から正義を背負え”って」
「うん。聞いてた。けど、いざ背負ったらめっちゃ重かった」
控え室には、私とラグナ、そして神崎ゆうりの姿がある。
ゆうりは監査役、つまりは中立の立場で公開問答の進行を見届ける役だった。
「ま、あたしは見てるだけだけどね。どっちが“正しいか”を決めるのは、民の声と剣と拳。それと――行動だよ」
「行動ね……うん、殴る準備はできてるよ」
「せめて“癒すために殴る”って言って」
***
広場には、すでに人が溢れかえっていた。
民衆、貴族、騎士、そして神殿関係者。
「ーー見ろ、あれが新たな“異端の聖女”だ」
「神殿に背いたって聞いたが……何を考えてるんだ?」
「俺は見たぞ、村を癒したって話。病人が立ってた」
「拳で?」
「いや癒しで。拳は神官相手だった」
なんだその噂の混ざり方。
壇上には王と王子、そして重臣たちが居並ぶ。
そこに告げられたのは、進行役であるゆうりの声。
「ただいまより、公開問答を開始します!」
「王国側代表は――聖騎士グレイ・バルティエル!」
壇の反対側、白銀の鎧に身を包んだ騎士が姿を現す。
鋭い目つき、背の高い体格、そしてその手に握られた重厚な剣。
「聖女よ。貴殿の“正義”が本物であるなら、この剣に打ち勝ってみせよ」
観客がどよめく中、私は前へと進み出る。
「私の正義? ううん、そんな大層なもんじゃないよ。ただ、“傷ついた人を放っておけない”ってだけ。そのためなら、聖女だろうが、異端だろうが、王国だろうが、関係ないんだ」
私は拳を握り、グレイの前に立った。
「じゃあ始めよう。“癒す拳”と、“守る剣”。どっちが本物か――」
「ぶん殴って決めようか!」
***
「始めッ!」
神崎ゆうりの鋭い声が、広場に響き渡った。
公開問答――それは言葉の裁判であり、拳の裁き。
だが、私の言葉はもう語った。あとは拳で証明するだけだ。
「参るぞ、聖女!」
銀の鎧が風を裂く。
聖騎士グレイの剣が、一直線に振り下ろされた。
「うおおっ、マジで初手から殺す気かっ!」
私は半歩引いて、回避。
そのまま地を蹴って、一気に間合いを詰めた。
(重い! でも――重さに頼ってる!)
カウンターで右拳をグレイの脇腹へ叩き込む。
「ぐっ……!」
響く金属音。手が痺れる。
けど、鎧の隙間を狙ったその一撃は、確かに効いていた。
「“聖女”のくせに……戦い慣れしているな……!」
「戦ってきたからね! 制度と! 搾取と! 神殿と!」
「なるほど、拳で世界を語る“異端の聖女”か……だが!」
次の瞬間、剣が横薙ぎに走る。
私はしゃがみ込み、紙一重でかわした――と思った瞬間、
「ッ!?」
グレイの膝蹴りが飛んできた。
(こいつ、近接格闘もできるの!?)
容赦なくぶつかる盾。
押される。いや、圧倒される。
「“守る者”は、簡単には崩れない。お前の“癒すための暴力”が、いかに破壊的でも――それは、“本物の守り”には届かない!」
ぐらりと視界が揺れる。
私はよろけて後退した。
(この人、強い。でも――)
「ねえ、グレイさん」
私は立ち直りながら、問う。
「あなたの“守ってきたもの”って、なに?」
「……王国と、民と、神殿だ」
「じゃあ、“苦しんでる人”を見捨てた王国も、守ってきたってこと?」
「……っ」
「神殿が、私を道具として扱ったのを見て、黙ってたのはなんで?」
グレイの動きが一瞬止まる。
その隙を、私は見逃さなかった。
「私が殴ってるのは、“苦しみを見捨てた体制”だよ。“癒す”ってのは、光を出すことじゃない。“痛みに気づく”ってことだよ!」
拳が、盾を貫いた。
いや――盾の“構え”が、崩れた。
「ぐっ……!」
グレイが膝をつく。
「あなたの守る正義に、傷ついてる人がいたら、それはもう“正義”じゃない。正義ってさ、“人を守る”ためにあるんじゃないの?」
……沈黙。
それは、反論じゃなかった。
グレイは立ち上がり、私に向き直る。
そして――
「……参った。お前の拳は、ただの暴力ではない。“誰かの痛みを、己の痛みとして感じる拳”だった。それは――私の剣よりも、重い正義だ」
剣を、大地に突き立てる。
「勝者、異端の聖女・天川ひなた!」
観客が、ざわめいた。
いや、ざわめきからやがて拍手へ、そして喝采へと変わっていく。
「……ぶん殴って、勝っちゃった」
「これが……これが、“癒し”の勝利か……」
ラグナが苦笑していた。
──でも、終わりじゃない。
これは、まだ始まりに過ぎない。
“正義”という言葉の下で、誰かが黙らされる限り――私はまた、拳を握る。
癒すために。
変えるために。
誰かの「明日」を、生きさせるために。




