第15話:謁見、鉄拳、そして勇者の決断
王宮への道は、かつての私が“絶対に逆らえないもの”として見上げていた場所だった。
白亜の壁、金の門、整然と並ぶ衛兵たち。
でも今は――
「ぶん殴りに来たって言ったら、正面から通されちゃったよ。大丈夫? この国の危機管理」
「むしろ、逃さず囲ってから処理する気かもしれんな」
ラグナの警戒する声に、私は肩をすくめた。
「そしたらこっちも処理するまでだよ。王様ごと、制度ごとね」
***
玉座の間は、変わらない荘厳さを保っていた。
高い天井。銀と青の絨毯。壇上には、国王とその側近たち。
そして――
「おお、“帰ってきた”のか。我が聖女よ」
笑みをたたえた国王が、私に言った。
その顔は、あの日とまったく同じだった。
人を“道具”としてしか見ていない目。
「“帰ってきた”んじゃなくて、“ぶっ壊しに来た”って言ったでしょ?」
「ふむ……“反抗期”か。だが忘れるな、そなたは神の名を背負っている」
「もう“背負って”なんかいない。私は私の名前で、私の意思で、ここに立ってる。あんたの聖女じゃない。“ひなた”っていう、ひとりの人間なんだよ」
周囲がざわめく。
王が眉をわずかにひそめた。
「では、なぜここに来た。自ら命を差し出しに来たというのか?」
「逆。私は“制度”に引導を渡しに来た。あんたたちが“癒し”を好き勝手に使って搾取してたって、全部バラしに来たんだよ」
「ふざけるな……!」
側近の一人が剣を抜きかける。
その瞬間――
「抜くな」
鋭い声が飛んだ。
声の主は、王子・レオニールだった。
「父上、私は彼女の話を聞くべきだと言いました。それすら拒むなら、この国はすでに腐っている」
「レオニール……っ」
「そして、僕が王位継承権を持つ者として提案します」
王子は、壇から降りてきて私と向き合った。
「話し合いではなく、“力”で答えを決めるならば――」
「この場で、“公開問答試合”を開くべきです」
「……え、なにそれ。拳で語るやつ?」
「そうだ。聖女と王国騎士団。双方が代表者を出し、“どちらが正義か”を問う。民も貴族も見る場でな」
「めっちゃいいじゃんそれ。やろう」
「ひなた、ノリすぎだ……少し抑えろ」
ラグナが後ろでため息をついたけど、構ってる暇はない。
これってつまり――
“王国公認のぶん殴り合い”ってことだ。
王は沈黙したままだったが、やがて、重々しく頷いた。
「よかろう……ならば3日後、王都広場にて“公開対問”を行う」
「負けたらどうなるかは、分かっているな?」
「うん。私が“異端”だって証明されたら、おとなしく処刑されるよ。でも――」
私はゆっくりと歩み出て、玉座の目の前に立った。
「私が勝ったら、“この制度”ごと、処刑するから」
***
その夜。
準備のため、宿舎に戻った私たちのもとに、静かに姿を現したのは――
「よ、ゆうり」
「……あんた、変わったね」
勇者・神崎ゆうりは、少しだけ困ったように笑っていた。
「本気で、殴り合うの? 正義のために」
「ううん。“癒すために”だよ」
私は彼女の前で、拳を握って見せる。
「殴るのが正義じゃない。“癒すために殴る”って、バカみたいだけど、今の私にできることはこれしかないんだ」
ゆうりはしばらく黙っていた。
けれど、やがて――
「……あたし、当日は“王国側の監査”として立ち会う」
「え?」
「でも、あんたを止めない。むしろ、ちゃんと見届ける。あんたの拳が、何を癒し、何を壊すのかを」
私は笑った。
「うん。それでこそ、“勇者”って感じだね」




