第10話:女神との再会
夜。
焚き火の音が消え、子どもたちの寝息が静かに響くなか。
私は、ひとり星を見上げながら眠りについた。
ほんの一瞬、まばたきをしたような感覚のあと――
私は、白い世界に立っていた。
空も地もなく、ただ静寂が広がる無音の空間。
(……夢?)
そう思った瞬間。
音もなく、彼女は現れた。
白銀の髪。柔らかな衣。まるで光で編まれたような存在。
どこか懐かしくて、優しいまなざし。
彼女は、ただ一言――
「お久しぶりですね、ひなた」
「……女神様」
私の声は自然に出た。
たしかにこの人だった。
召喚されたとき、最初に出会った、あの“誰にも信じてもらえなかった”存在。
「ようやく……ここまで来たのですね」
***
「なんで今さら、出てきたの?」
問いかける私に、女神は微笑んだ。
「あなたが“自分の意志で道を選んだ”からです。聖女という枠に縛られることなく。癒しという力を、自分の手で掴み直したから」
「……でも、あんたは見てたんでしょ? 私が“使い潰される”の、ずっと」
「はい。見ていました。そして、あなたの怒りも、痛みも、無力さも。……私は、干渉できなかった。けれど、見守ることはできました」
女神の声は、どこか震えていた。
「聖女とは“癒しの器”ではありません。
本来は、“癒しの意思”をもって世界に抗う存在なのです」
「……抗う?」
「あなたが抱いた怒りも、悔しさも、正しいのです。誰かを救えないまま、ただ祈るだけの力ならば、そんなものは――神の力ではない」
「…………」
「だから、あなたに託します。
癒しの“真の力”を。
それは、ただの再生ではなく――魂すら揺さぶる、“怒りと希望の癒し”です」
女神が、私の胸元に手を添える。
すると、そこから光が広がって――私の体に、じんわりと暖かさが染み込んでいった。
「これが……?」
「“癒しを拒むもの”にも届く力。
あなたの拳に宿る、“魂癒しの力”です。
それは痛みを知るあなたにしか扱えない。……“怒りを知る聖女”だけが使える、もう一つの祝福」
私は、手を見つめた。
力が、確かにそこにあった。
「ありがとう。……あんたのこと、ちょっと嫌いだったけど、いまは……少し、好きになりそう」
「ふふ。それで十分です」
女神が、微笑んだ。
***
目覚めた私は、拳を握った。
ほんのわずかだけど――何かが違う。
(……これは、“誰かを癒す拳”じゃない)
(“世界そのものを叩き直す拳”だ)
「おはよう」
横で眠っていた子どもが起きて、私の顔を見て笑った。
「うん、おはよう」
私はその笑みに、いつも以上に優しく微笑み返す。
癒す力は、与えられたものじゃない。
選んで、進んで、掴み取ったもの。
それが、これからの“私の癒し”だ。




