第2話 正夢のような
授業が始まってしばらく経つのに、どうも集中できない。
ノートを開いてはいるけれど、書いている内容が頭に入ってこない。
気づけば、襟元の包帯に指を添えていた。
(……気になるな、これ)
包帯がシャツに擦れるたび、チクチクとした違和感が走る。
その下にあるのは、赤黒く残る鬱血痕――
俺の首に、昨日、東雲アサヒの指が喰い込んでいた証拠だった。
あれは夢じゃない。
朝、鏡の前でこの痣を見つけた瞬間、そう確信した。
現実に、俺は――殺されたのだ。
覚えている。
――9月8日、夜20時15分。
何故かそれだけは、はっきりと。
文化祭の準備で遅くなった日の、誰もいない校舎。
だけど、なぜそこで東雲に襲われたのか、どうして首を絞められたのか、
肝心な部分は、まるで靄がかかったように思い出せない。
今、前で先生が板書している授業内容――
それにも、なぜか覚えがあった。
聞いた、――はずだ。
書き写した単語にも、なんとなく見覚えがある。
書いた、――はずだ。
けれど、次にどんな話が続いたか、どんな質問が飛んだかは思い出せない。
まるで、断片的な記憶の中に取り残されたようだった。
(……こういうの、なんだっけな)
一度体験したはずの現実。
でも、実際にもう一度、同じ行動を取ってからじゃないと、「あ、これ前も見た」と思い出せない。
例えるなら、デジャヴじゃない。
もっと感覚が確かで、リアルで――
(……あ、正夢だ)
そう、正夢のような。
すでに経験している確信が、身体に刻まれている感覚。
窓の外で風が揺れたのを感じて、なんとなく、教室の隅へ目を向けた。
一番後ろの窓際。
東雲の席。
彼女は静かに、ノートをめくっていた。
染めた髪を耳にかけて、目元はキラキラが入ったブラウンシャドウ。
第二ボタンまで空いたシャツの間から、小ぶりのネックレスがの覗く。
見てはいけないものを見てしまっている感覚にさせる……短いスカート。
東雲は、いわゆる、――ギャルだ。
けど、肌は明るくて、化粧っ気はあるのにケバくなくて、どこか大人っぽさがある。
気さくで人気もあるし、男にも女にも好かれてる。
けど、いつも誰かと一緒にいるわけじゃない。
――クラスの中心にいるのに、一人でも成立してる、そんな存在。
ふと、彼女の手元に視線がいく。
シャープペンを持ってる右手の爪先。
パッションピンクのベースに、シルバーの星が描かれている。
昨夜、喉に食い込んだあの指先。
まさにそれだった。
(間違いない。あの時、俺の首を締めてたのは――東雲だ)
今朝、彼女に声をかけた。
「おはよ」と、ただ一言。
その時の反応は、たぶん気のせいなんかじゃない。
東雲も、覚えている。
あの後、話をしようとして、チャイムに遮られてしまった。
なぜ、俺は首を絞められた?
なぜ、東雲が?
そもそも、陽キャの東雲と、どちらかというと陰キャな俺。
普段そこまで接点があるわけじゃなかった。
たまに、目があったら適当に挨拶をするくらいだ。今日みたいに。
話すのも、なにか用がある時だけで――
それなのに、なぜ?
カリカリ……とシャープペンの音だけが教室に響く。
ぼんやりと、黒板の文字を書き写しているノートに、何かがコトンと落ちた。
(……?)
丸められた小さな紙玉が、ノートの上に転がっていた。
不思議に思って開くと、そこには一言だけ、書かれていた。
『昼休み、屋上。』
(……!)
思わず振り返る。
紙くずが飛んできた方向――窓側を見ると、東雲がこっちを見ていた。
視線が合う。
彼女は、小さく――けれど、確かに頷いた。
それはまるで、
「話がある」と言っているようだった。
※こちらの作品は、『カクヨム』でも連載しています。
https://kakuyomu.jp/works/16818622177713290066
カクヨムの近況ノートにて、キャラクターのラフスケッチを描いていくので、
もしビジュアルのイメージに興味がある方は覗いていってください。