第1話 おはよう
廊下を歩く生徒たち、文化祭準備でごった返す教室。
花紙のにおい、騒がしい声、色とりどりの飾り。
いつもの、はずの光景。
でも、俺の目に映るそれは、まるで既視感の塊だった。
同じ人の配置、同じ話題。
クラスの陽キャたちが昨日のバラエティの話で笑ってるのも、窓際で女子がかっこいい先輩の話をしながら花紙折ってるのも、全部、見たことがある。
黒板に書かれた日付:9月6日(水)
――いや、違う。
昨日は9月8日、金曜日。文化祭前日で、クラスはバタバタしていた。
そして、その日の夜、
俺は放課後、校舎のどこかで――
(……殺された。たしかに)
思い出そうとした瞬間、首の奥に鈍い痛みが走った。
息が詰まる。喉に締めつけるような違和感が残っていた。
俺は無意識に、首に巻いた白い包帯に触れる。
そのとき、後ろから軽く肩を叩かれた。
「はよ、南」
「……大地。……はよ」
「なんだよその首。どしたん?」
見れば、クラスの男子。口を開けてきょとんとしている。
俺は慌てて襟を正して、笑ってごまかした。
「なんか、寝違えちゃってさ。やっべー寝相だったらしくて」
「うっわぁ……お前それ、どんだけ激しい寝相なんだよ……」
すんなり流されたのが、逆に怖い。
昨日、9月8日金曜日の夜に死んだはずの俺は、
今、9月6日水曜日の朝の教室に立っている。
ざわつくクラスのなかをすり抜けるように歩いて、
俺は、自分の席を通りすぎ、窓際、いちばん後ろの席へ向かう。
そこに座っていたのは――
東雲アサヒ。
明るい色に染めた髪が、朝の光をうっすらと反射していた。
指先をじっと見つめるように、彼女は手元でネイルを眺めていた。
彼女は、俺に気づいた。
目が合う。
一瞬、何かを探るような視線のまま、彼女は小さく口を開いた。
「……おはよ」
――昨日、俺の首を絞めたはずの彼女が、“おはよう”と言った。
アサヒの視線が、ゆっくりと俺の首元へと吸い寄せられる。
「……首……」
かすれた声。ほんの一瞬、彼女の目が見開かれた。
その反応で確信する。
――彼女は、覚えている。
わずかに見えていた包帯。
その下に何があるのか、彼女だけが知っていた。
俺は静かに、でも確かめるように言った。
「……昨日、俺の首、絞めたよね……?」
教室のざわめきが、すっと遠のいていく。
まるで、そこだけ時間の流れが止まったみたいに、彼女は静かに座っていた。
夏なので、ホラーっぽいものを書きたくなりました。
巻き込まれ系男主人公×ギャルの組み合わせ、大好物です。
※こちらの作品は、『カクヨム』でも連載しています。
https://kakuyomu.jp/works/16818622177713290066
カクヨムの近況ノートにて、キャラクターのラフスケッチを描いていくので、
もしビジュアルのイメージに興味がある方は覗いていってください。